第102話 アリスとの激闘

 刀と太刀たちの剣閃がみだれ咲き、斬撃が幾度となく交差する。

 一方は抜刀ばっとうのアビリティにより、限界まで強化された斬撃を放つ死閃の剣。もう片方は重力アビリティにより、尋常でない破壊力をまとった暴虐ぼうぎゃくの剣。共に出し惜しみなどはせず、全力で剣を振るっていた。

 この久遠くおんレイジとアリス・レイゼンベルトがくり広げる闘争という名の舞踏ぶとうに、誰かが入る隙間などない。戦意や歓喜、郷愁きょうしゅうといった様々な想いがぶつかり合い、完全な二人だけの世界が形成されているのだ。もはや互いのこと以外、考えられないほどに。

「ああ、今最高の気分よ! こんなにもレージと全力でやり合うのが楽しいだなんて! もう、今回の依頼なんてどうでもいい! 一秒でも長くレージとの闘争の時間を分かちあいたくて、しょうがないんだから!」

 アリスは太刀を振りかざしながら、まるで恋こがれるように告白してくる。

「ははは、同感だ。今のオレもこのアリスとの一戦と、その果てにある決着のことしか頭にないな。なんせ今まで背中を預け合ってきた、かけがえのない戦友との死闘だ。こんな熱く燃える展開、そうそうない」

「フフフ、やっぱりアタシたちはお似合いのカップルね! こんなにも想いが通じ合っているんですもの! もう柊那由他が入る隙間なんて、まったくないほどだわ!」

 一歩間違えばやられるというのに、二人にあるのは余裕の笑み。もはやレイジとアリスは心底この戦いを楽しんでいたといっていい。

「さあ、どんどん上げていくわよ! ついて来れるかしら!」

 アリスは間合いを詰め、超重量の斬撃を放つ。

 直撃すれば大ダメージは避けられない必殺クラスの一撃。それが一振りだけにとどまらず、二撃目、三撃目と重力アビリティを駆使くしして連撃を。もはや荒れ狂う暴力の嵐。一度巻き込まれればひとたまりもなく、ぎ払われてしまうだろう。

「誰にものを言ってるんだ? オレがこの程度でくたばるはずないだろ!」

 アリスの繰り出す斬撃の猛襲を、レイジは真っ向からさばききる。

 狙うのはアリスが太刀を振り下ろそうとする刹那だ。この瞬間にアリスは自分の思い通りの軌道を描こうとするため、そこを突いてやればおのずと太刀筋が乱れるのである。なぜなら彼女の太刀は重力を加えた超重量の斬撃。一度振りかざせば軌道の修正が難しく、そのまま振り切ってしまうというわけだ。

 ただこの戦法、理論上からすれば簡単そうに見えるが、実際はかなりギリギリ。タイミングを少しでも外せば、たちまち一刀両断されてしまうだろう。しかもアリスの連撃のインターバルは重力操作により短い。なんとかさばいて反撃にでようとするころには、基本次の彼女の攻撃の対処をしないといけなくなるのだ。

「そこだ! 叢雲流抜刀陰術むらくもばっとういんじゅつ一の型、刹花乱(《せっからん》!」」

 レイジはアリスの猛攻によって生まれたわずかな隙を見さだめ、刃を走らせた。

 放たれるはほぼ同時といっていいほどの最速の二連撃。二つの銀閃が標的をち斬ろうとアリスへと。

 反撃に出たタイミングは完璧ゆえ、本来なら交差した斬撃が彼女を斬りせていたはず。だがアリスは刀がさやにおさめられるのを見るや否や、重量アビリティを使いデタラメな勢いで後方へと下がったため、空振りに。

 レイジは追撃するため間合いを再び詰めようとするが、その先に彼女の姿は見当たらなかった。

「上か!?」

「フフフ、暴虐の流星に飲み込まれなさい!」

 視線を上に向けるとすでにアリスは上空へと高く飛び上がっており、太刀を振り上げレイジに狙いをさだめている。そして重力を一気に付加させ、突っ込んできた。その光景はまさに流星。自身を一筋の閃光と化して放つ最大規模の斬撃が、レイジに降りそそぐ。

 ヤバイと思いすぐさま回避行動をとるが、せまりくるスピードが尋常ではないので間に合わない。レイジは太刀の軌道をなんとか逆算し、刀をすべり込ませての防御態勢を。結果、斬撃を最小限の被害に抑えることに成功するが、アリスの上空からダイブした勢いに吹き飛ばされた。

 地面にたたきつけられながらも、受け身をとって態勢を立て直す。彼女の落下地点には大きなクレーターが。その地面のえぐり具合から、攻撃の破壊力の規模が読み取れる。もしアリスの太刀筋を日頃見ていなければ、こうもきれいにしのげず致命傷を受けていただろう。

(重力アビリティの機動力はやっぱり半端はんぱじゃないな)

 今の一連の流れでもっとも恐ろしいのは彼女が持つ破壊力ではなく、機動力。実際のところアリスのデュエルアバターは、パワー型の筋力重視のカスタマイズをしている。そのため機動性の方は低く、たいしてスピードがでないのだ。だが彼女の場合はアビリティにより自身に加わる重力をカットすることで、格段に機動力を上げ本来出せないスピードを実現できるのであった。ゆえに回避行動や相手の距離を詰めるのはお手のもの。しかも重力を無視した変則的な動きによって、レイジみたいなスピード型のデュエルアバターよりも機動力が上になるほど。もはや反則級のアビリティといっても過言ではない。

 ただ強力なアビリティの分それ相応の演算力が要求され、普通のデュエルアバター使いでは到底操作不可能。アリスが使いこなせるのは、レイジをさらに超える演算力を持っているからなのだ。

(アリスに攻撃の主導権をにぎられたら、こちらが不利。なんとかアドバンテージをこっちのものにしないと)

 レイジはすかさず攻撃直後のアリスに突貫とっかんする。

 加速を十二分に加えた高速の刺突。並のデュエルアバター使いでは反応する間もなくつらぬかれるであろう一撃だが、アリスには当然とどかず太刀ではじき返されてしまう。だがそんなことおかまいなしに、レイジは次から次へと連撃をたたき込んでいった。

 四方八方から変幻自在に弧(こ)を描く剣閃。そこに返しの刃や刺突、さらには抜刀のアビリティまで。圧倒的手数で押し、アリスの攻撃にてんじる機会を封じる作戦だ。

 ここまで猛攻を繰りだされると、いくら彼女でも防ぐのが精一杯。見事レイジのペースに持っていくことに成功していた。

「なかなか熱烈な攻撃じゃない。でもそんなに飛ばしまくってたら、すぐにばてるわよ」

「ははは、アリス相手だと、これくらいはしないとキツイからな。もう後先考えず、一気に片を付けさせてもらうぞ!」

「フフフ、だまってこのままやられるアタシじゃないのは、わかってるわよね?」

 レイジの繰り出す刀の一閃ごと、アリスは一回転しての回転斬りで薙ぎ払った。

 あまりの暴力じみた剣戟けんげきに、吹き飛ばされるしかない。しかしこのままでは彼女に次の攻撃の機会を与えてしまう。見れば案の定、今がチャンスと前にでようとするアリスの姿。ここでなにもしなければ、一気に形勢を逆転されてしまう恐れが。ゆえにレイジは足に負担を掛けることをいとわず、無理やり踏みとどまる。そして即座に地を蹴り、アリスに一撃をおみまいした。

「クッ!?」

 ここで食い下がってくるとは思っていなかったせいか、防ぎながらも一瞬動きが止まってしまうアリス。その隙を見逃さず再び剣閃の嵐を。

「ハァァァァッ!」

「意地でも主導権は離さないってわけね!」

 さっきのようにアリスは押されながらも反撃を繰り出してくるが、もうレイジは止まりはしない。被弾覚悟の最小限の防御や回避しかせず、ダメージを受けながらも攻撃の手を一切緩めなかった。その甲斐かいあってか刀が少しずつアリスにとどき、ダメージを与えていく。

 一見すると押しているため有利に見えるが、実際そうでもない。レイジはなにがあっても食らいつこうとしているので、完全に捨て身状態。いつアリスからの反撃をもろに食らってしまってもおかしくないのだ。ただ勝負としては五分五分。先にレイジが反撃によって沈むか、それともアリスの防御を突き破り斬り伏せられるかである。

「そっちがその気なら、アタシも強引に止めてあげる!」

「なッ、しまった!?」

 次の瞬間アリスが地面に太刀を突き刺したかと思うと、そのままレイジの剣閃をいくぐりふところへもぐり込んできた。

 マズイと思った時にはすでに時遅く、レイジの身体は空中へ。なんとアリスが背負せおい投げの要領ようりょうで、壁目掛けてレイジをぶん投げていたのだ。筋力ステータスを重視したデュエルアバターによる圧倒的パワー。しかも投げる瞬間、重力アビリティを使うことでさらに勢いを増幅させた一投。これによりレイジは壁にめり込むほど、思いっきりたたきつけられてしまった。

「グハッ!?」

 この技はアリスと共に、狩猟兵団レイヴンのボスであるウォード・レイゼンベルトに教わった武術の一つ。彼には小さい頃護身用やデュエルアバター戦で役立つからといろいろ仕込まれており、アリスもレイジも格闘戦が可能なのである。レイジは刀で斬りまくるバトルスタイルなためあまり使わないが、アリスはパワー型と重力アビリティの相性からよく使っているのであった。

 今の攻撃で一瞬朦朧もうろうとしてしまうが、すぐさま意識を引き戻す。ここでぴよっていたらアリスの思うツボなのだから。

「――叢雲流抜刀陰術、三の型、無刻一閃むこくいっせん!」

 レイジは起き上がった瞬間、太刀を引き抜き追撃を加えようとするアリス目掛けて奥義おうぎをくり出す。一筋の風のごとく、本来ではありえない速さで疾走し抜刀を放つレイジ。アリスからしてみれば、あまりの速さにレイジが消えたと錯覚さっかくしてしまうほどのスピード。しかもそこに一撃必殺クラスの死閃のやいばが襲うという、脅威付きだ。

 光戦でも使用した、ケタ外れのスピードからくり出される抜刀。アリスはこれまでレイジの剣を見てきた経験を生かし防ごうとするが、完全には不可能。左肩に斬撃が吸い込まれていった。

「このまま押し斬る!」

 レイジはまたたく間に態勢を立て直し、攻撃の手をゆるめない。この機が絶好のチャンスと、今の攻撃で動きがにぶっているであろう彼女に斬りかかる。

「させないわ!」

 せまりくるレイジに対し、アリスは重力を加えた太刀を思いっきり地面にたたきつけた。

 そのとてつもない暴力のかたまりは、地面にクレーターを作りながらも破壊をまき散らす。こうなると彼女に近づいていたレイジに、余波によって吹き飛ばされた瓦礫がれき散弾銃さんだんじゅうのごとく襲い掛かるのも必然。攻撃することばかりに気を取られていたため、とっさにかわせず巻き込まれるしかない。

「レージ、これで幕引きよ!」

 アリスの勝ち誇った声が、上空から聞こえてくる。

 視線を移せばアリスが重力アビリティで飛び上がり、今まさに上空から斬り掛かろうと。余波と降りかかる瓦礫の反動で、満足に防御や回避ができない状況。ゆえにレイジに残された選択肢はもはやこのまま断ち斬られるか、むかえ撃つかの二択だけ。

「まだだ! 防げないのなら、むかえ撃つまで!」

 レイジは瞬時に刀をさやに納め、抜刀のアビリティを起動。

 襲い来るは重力アビリティをフルに使った、流星のごとく斬撃。その破壊力はかたるまでもなく絶大。アリスの攻撃の中で、一番の威力を持つ渾身こんしんの一撃だ。そんな攻撃をむかえ撃つとなれば、こちらも最大威力を誇る絶技ぜつぎをおみまいするしかない。

「叢雲流抜刀陰術、四の型、死閃絶刀しせんぜっとう!」

 レイジが放ったのは抜刀のアビリティ時に付加できるブーストを、筋力ステータスにかけることで繰り出せる技。通常をはるかに超えるパワーと超斬撃のコラボレーションゆえ、その威力は絶大。暴虐ぼうぎゃぐ一刀いっとうとしていかなるものもねじ伏せるであろう、叢雲流抜刀陰術最高威力を誇る絶技なのであった。

「ハァァァァッ!」

「ッ!? 力勝負なら負けはしないわ!」

 降りそそぐ流星の斬撃と、死閃の絶刀が真っ向から衝突。互いに最大威力の一撃ゆえ、大気が震え余波が地面をえぐる。

 そして激突しあったベクトルの本流が破裂し、轟音ごうおんひびかせながら両者をはじき飛ばした。

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