第100話 道化師の助言

 ここは政府側のメモリースフィアが保管されている、とあるアーカイブポイント周辺の廃墟と化した市街地。

 銃器がとどろき、武器同士が激突する金属音が鳴り響く。その敵味方入り乱れる光景は、まさに戦場そのもの。現在軍、エデン協会側と、レジスタンス、狩猟兵団側が激突し激しい戦闘がくり広げられていた。

 今回の作戦はレジスタンス始まって以来の大規模なもののため、世界中から同士を日本に集め準備をしてきたのである。よって圧倒的物量の兵力を投入でき、狩猟兵団も味方についてくれている今、うまくいけば政府のアーカイブポイントを攻略できる可能性が見えていたのだ。

 ここにいるレジスタンスの男も勝てるかもしれないという希望を胸に、さっきまで戦っていたといっていい。だが今はその希望を打ちくだかれ、状況を報告するべく戦場から少し離れた場所にいた。通信回線で話すのは、後方で待機している増援部隊だ。

「こっちの部隊はもうだめだ! だから別の同士のところへ向かってくれ!」

 レジスタンスの男はパニック状態になりながらも、なんとか伝える。

「なにがあった? いくらそちらの戦況が不利でも、ここにいる増援を向かわせればまだなんとか」

「いや、だめだ! ここには悪魔がいるんだ! 来ればみんな奴の餌食えじきになってしまう! それに巨人が無双して、ミサイルの雨が降って、め、メイドが!?」

 先ほどまで見ていた地獄のような光景を、早口にかたる。

 信じてもらえないであろう内容がところどころにあるが、本当のことなのでしかたがなかった。もはや自分でも嘘であってくれと、思うほどなのだから。

「は? なにを言っている? まさか気でも狂ったのか!?」

「とにかくここに来てはだめだ! どこか他の……、え?」

 レジスタンスの男は唖然としてしまう。

 なぜなら自分の腹に、禍々まがまがしいオーラを放つ黒くて細いやり状のものが刺さっていたのだから。

「グァァッー!? ど、どうして痛覚が!?」

 そして起こるのは激痛だ。同調レベルが高いデュエルアバターを使っているような痛覚が男を襲った。

 本来こんなことはありない。そう、男が現在使っているのはゼロアバター。痛覚を最小限にカットできる、すぐれもののはずなのだから。

 痛みに苦しみながらも、男は黒い細槍を引き抜く。とにかくこの武器にこれ以上触れてはいけないという直観を感じたがゆえに。抜くとさっきまでの痛覚は少しおさまったが、おかしなことに傷口から痛みが毒のごとく広がっていくのがわかった。

「おや、もう抜いてしまわれたのですか? せっかくいい悲鳴をお出しになっていたのに」

 背筋にぞっとする感覚が襲ったため後ろを振り向くと、そこにはさっきまで同士をいたぶっていた悪魔が。

 悪魔といっても、彼女の姿はあどけない顔立のドレスを着た少女。にじみ出る気品がすごく、どこぞのご令嬢なのがわかる。しかし問題はその表情。彼女はクスクスと残虐ざんぎゃくきわまりない笑みを浮かべているのだ。こちらの苦しむ様を心底楽しむように。

「うふふふ、一本程度では物足りないでしょう? ささ、ご覧の通り! まだまだありますので、遠慮なさらずお受け取りください!」

 少女が手を後方に向けると、そこにはちゅうに浮いた一三本の黒い細槍の姿が。

 もはやレジスタンスの男は絶望するしかない。これまであの得物の餌食えじきとなり、苦しんでいった仲間たちと同じ末路(まつろ)をたどることになるのだから。よってすぐさま逃げようと、走り出すが。

「逃がしませんよ」

「うわっ!?」

 少女が投げた黒い細槍が右足に突き刺さり、ひざをついてしまった。

 傷口から毒のように広がっていく得体のしれないなにかを感じ取ったので、すぐさま抜き逃げようと再び立ち上がる。

「ッ!?」

 しかしバランスをくずして転んでしまった。

 右足がマヒしたかのごとく、思い通りに動かなかったのだ。ゆえにレジスタンスの男はさとるしかない。これでもう逃げられないと。

「絶望に染まったいい表情をしてますね! どうか安心してください。ワタシが優しく優しくほうむむってあげますから! うふふふ、それはもうやみつきになってしまうほどに! ではリクエストを聞きましょう! 標本ひょうほうと串刺し、どちらが好みですか?」

 少女は天使のような微笑みを向けて、男に一歩一歩近づいてくる。もはやその足取りは男にとって死神のカウントダウンそのものだ。

「――た、助け……、え?」

 レジスタンスの男が懇願こんがんしようとすると、ふと異変が。なんと自身の脳天にナイフが突き刺さっていたのだ。ただほとんど痛みがなく、破損によりアバターとのリンクが切れていく。

 視線を移すと少女の後ろのほうに、若い青年の姿が。どうやら彼がとどめを刺してくれたらしい。

「――誰かと思えば、相馬そうまさんですか……」

 彼に感謝しながら、レジスタンスの男は強制ログアウトしていくのであった。





「せっかく楽しんでいたのに、人の得物を横取りするとはどういう了見ですか?」

「貴様の悪趣味な残虐ざんぎゃく行為は、見るにたえなかったのでな。胸くそ悪いから、どこかよそでやってろ」

 ほおに手を当てながら険しい視線を向けると、相馬は吐き捨てるかのごとく言い放つ。

「――はぁ……、相馬さんの相手に対する態度はすぐ変わりますね。東條とうじょうの傘下にいたころは、まだワタシには敬語だったというのに。それで保守派の一大事に、こんなところでなにをしてるんですか? てっきりアビスエリアの方に向かったとばかり思ってましたよ」

 ため息交じりに肩をすくめ、たずねてみる。

「フン、さすがの俺もまだそこまで信用されてないということだろうな」

「うふふふ、まっ、当然ですね! 相馬社長は他者を蹴落とし続け、しまいには我ら東條をも裏切った男! どこに信用される要素がありましょうか! きっとサージェンフォードもいつ寝首をかれるか警戒してるはず!」

 不服そうに答える相馬に、指をさしながらケラケラと笑ってやった。

 サージェンフォードは相馬に利用価値があるから同盟を結んだだけで、特に信頼などはないはず。保守派側のピンチに、相馬ほどの戦力を野放しにしているのがもはやその証拠。そうやすやすとアビスエリアのようなアポルオン側の重要な場所に、入れてはもらえないのだろう。

 ちなみに相馬が東條を裏切りサージェンフォードについた流れは、かなり特別なケース。実はアポルオンメンバーの権限なら、セフィロトを通して対象となる傘下の受け渡しができるのである。ただこれには傘下のやり取りをする両者と傘下側の合意や、様々な面倒な手続きなどを済ませなければならず、実際のところ滅多に行われるものではなかった。

「ハハハ、まさかあの天下のサージェンフォードを出し抜くなんて、そんな大それたこと考えるはずなかろうが。俺とて下につくにふさわしいと判断すれば、その立ち位置に甘んじ続けてもいいと考えないわけではない」

 ありえないと笑っている相馬だが、最後の方のニュアンスだといずれはきばくかもしれないということ。やはり筋金入りの野心家というしかない。

 そして相馬はいやみったらしい口調で告げてくる。

「ゆえに東條を裏切ったのも必然というわけだ。貴様みたいなイカレタ女が次期当主である東條など、俺が下につくにふさわしくないのだからな」

「ほぉ、どうやら相馬さんはよほど死にたいとお見受けします! 裏切ったにも関わらずぬけぬけとワタシの前に出てきたのですから、それそうおうのむくいは覚悟の上でしょう?」

「ハハハ、ケンカなら喜んで買うぞ。もはや東條の傘下でなくなった今、こちらは貴様の顔色をうかがわなくて済むんだ。これまで散々こき使われ、嫌がらせを受けてきた鬱憤うっぷんをまとめて返してやってもいいぞ」

 冬華と相馬は互いに不敵な笑みを浮かべ、にらみ合う。

 緊迫きんぱくした空気があたりを支配し、もはやいつ戦闘が開始されてもおかしくない状況。どちらかが先に動けば、戦いの幕が切って落とされるだろう。

 しかししばらく視線を交差させた後、相馬が先に手を引いた。

「――フッ、ここまでだ、東條冬華。俺は忙しい身ゆえ、貴様とかまってるほヒマではない。序列二位であるサージェンフォードにこちらの有用性を示し、嫌でも使わざるを得なくしてやらねばならんからな」

 野心に満ちたまなざしを空へと向け、こぶしをぐっとにぎりしめる相馬。

「相馬さんは相変わらずの野心家ですね……。あなたのことは前々から毛嫌いしていましたが、東條の発展に貢献こうけんしたのも事実。よって一つ助言を与えてあげましょう」

 そんな彼の生き方はあきれを通り越して、逆に感心するほど。少し興が乗ったので、彼にアドバイスをしてやることに。

「助言だと?」

「ええ、とうとう幕を開けたアポルオンの内部戦争。相馬さんはこの戦いを序列二位に取り入るチャンス程度にしか考えてないはず。ですが今回の件、あなたが想像してるよりもはるかに由々ゆゆしき事態なのです。なんたってあのパラダイムリべオン! さらにはエデンという電子の世界を生むきっかけとなった、始まりの物語にまつわる闇までもが深く根付いているのですから!」

 両腕を天高くかかげ、芝居がかった口調で声高らかに告げた。

 それはまるで白神相馬が本来たどり着けない道へと、いざなうように。

「なので表面的なことだけにとらわれず、事を慎重しんちょうに見さだめたほうがいいですよ。この戦争の裏側にはとんでもない思惑が、いくつも交差しています。そう、保守派や革新派だけではない。彼らさえも出し抜き、己が理想を実現しようと暗躍する者たちが何人もいるのですから!」

「ほう、なかなか興味深い話だ。つまり誰につくべきか見極めろと言いたいのか?」

「そうです。どこの陣営につくかで白神相馬の運命はもちろん、世界の幾末いくすえにさえ影響するでしょう! なぜなら相馬さんはこの舞台では、なかなか重要な立ち位置にいる役者! 覚悟次第では一波乱巻き起こせるかもしれません! ですので存分に盛り上げてくれることをひそかに期待してますよ! うふふふ!」

 相馬に手のひらを向け、期待を込めたウィンクをする。

「フン、助言と言いながら、本心は俺を振り回して事を面白くする腹づもりか。相変わらずいけ好かない女だ……。――ではな、東條冬華。一応その助言、きもに命じておいてやろう」

 なにか企んでいそうな不気味な笑みに対し、相馬は疑いのまなざしを向けてくる。そして冬華に背を向け、去っていった。

「――行きましたか……。うふふふ、これで相馬さんはいいように踊らされるだけで終わりはしないでしょう。真実にみずから近づいて、少しは舞台をかき乱してくれるはず! 楽しみが増えましたね!」

 野心家の相馬のことだ。より自分が上に行くため、この戦争を存分に見極め誰の下につくべきかを模索もさくしていくことだろう。その果てに、はたして彼はどこにつくのだろうか。

「あとは保守派側の女神が、舞台に上がってくるのを待つだけですか! ついでにエデンの巫女みこも参戦してくれればより面白くなるのですが、こればかりは白神がどう動くかで決まりますかね。――さあ、どうなることやら、うふふふ」

 冬華は天をあおぎ見り、口元に手を当てながら愉快げに笑う。この先の展開に思いをはせながら。

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