第99話 柊の少女たち

 アリス・レイゼンベルトの相手はレイジに任せ、那由他は通路を進み続ける。

 改ざんで軽く調べたところ、あと一部屋超えれば最終地点にたどり着けるはず。おそらく敵が時間稼ぎをするならこの先の部屋なので、手早く仕留め柊森羅ひいらぎしんらを止めなければ。

 敵との戦闘を覚悟しながら、那由他は敵が待ちかまえているであろう部屋に踏み込んだ。

「なっ!?」

 入った瞬間入り口に襲い掛かるのは、すべてを飲み込むような禍々まがまがしい黒い炎。

 那由他は持ち前のスピードで横に跳び、ギリギリ回避する。もしあと一瞬でも反応に遅れていたならば、今ごろあの黒い炎に飲み込まれていただろう。

(この黒い炎はうわさの!? ということは相手は!)

 部屋の中央にいた人影に目を移すと、そこには悠々ゆうゆうとたたずむ森羅の姿が。

「くす、今のをかわすとはほめてあげる! だてに執行機関のエージェントはしてないみたいね! 柊那由他ひいらぎなゆた! でも次の攻撃はどう!」

 森羅の後方には黒い炎の円球が十二個。そして彼女が手を振りかざした瞬間、それらが一斉に那由他へと降りそそいだ。

 現状まずいことに、さっきの回避行動で少しバランスを崩してしまっているのだ。よって再び全速力で避けるのは難しく、このままでは数発被弾するのが目に見える。もしこれが普通の炎であれば、数発くらっても致命的なダメージにはつながらないだろう。だが彼女の黒い炎は違う。災禍さいかの魔女と呼ばれる所以ゆえんとなった業火ごうか。そのあまりの禍々しさにふれてはいけないと、直感が叫ぶのだ。

 ゆえに。

「自己同調をフルに!」

 自身のアビリティを起動した。

 せまりくるはこちらを燃やすだけでなく、そのまま炎で貫くといわんばかりの黒炎の閃光。散弾銃のようにばらまかれている炎球であったが、アビリティを起動した直後動きがスローモーションに。こうなってしまえば軌道を読むのはたやすく、即座にかいくぐるルートを導き出し身をひねりながら突き進んだ。

 そして那由他の感覚が元に戻り、後方では黒炎の炎球が壁や床をえぐり爆発音が。

 那由他は勢いを殺さないまま、愛銃であるデザートイーグルを構え柊森羅へと突っ込んだ。

「柊森羅、覚悟!」

「甘い甘い! 森羅ちゃんの攻撃はまだおわらないよ!」

 森羅がよゆうの笑みを浮かべた瞬間、黒炎の奔流ほんりゅうが押し寄せ那由他を飲み込んだ。

 もはや飲み込まれた以上、さっきの力を使っての回避は不可能。このまま焼き尽くされ、強制ログアウトにされるしかない。そう、ここで那由他がなにもしなければだが。

「え!?」

 森羅は目の前の光景に、驚愕きょうがくを覚えずにはいられないようだ。

 なぜなら那由他のアビリティによって、黒炎が一気にかき消されたのだから。

「ふっふっふっ、残念でしたねー! 柊森羅! あなたには破壊に特化した力があるように、那由他ちゃんには守ることに特化した力があるんですよ! さあ、次はこちらの番!」

 胸に手を当て、声高らかに宣言してやる。そして目にも止まらぬクイックドローで、デザートイーグルを連射した。

「ッ!? 森羅ちゃんがこの程度で負けるかー!」

 放たれた弾丸は精確無慈悲に森羅へと吸い込まれていったが、彼女はすんでのところで反応。黒炎で弾丸そのものを焼き尽くした。結果完全にしのぎ切ることに成功し、そのまま森羅は後方へと一時さがった。

「驚いた。それが柊那由他のアビリティか……。まさか森羅ちゃんの攻撃を完全に消滅させるとは。それに二度目の攻撃をかわした時も使ってたよね。一体どんな手品てじなを使ったの?」

「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました! 那由他ちゃんのアビリティはズバリ、同調のアビリティ! 起動すれば対象に同調し、いろいろできちゃうんですよねー!」

 畏怖いふの念を込めてたずねてくる森羅に、指をクルクル振りながら得意げに説明してやる。

「同調のアビリティか……。くす、なるほど、からくりが読めたよ! 回避に使ったのは自身に同調して、感覚の度合いを上げたのね。そして攻撃を消滅させたのは対象に同調して中をいじり、力そのものをゼロにしたって感じかな! 森羅ちゃんのアビリティ並のチートじみた力ね」

 彼女の言う通りである。自身に同調のアビリティを使う場合、自分とエデン内との結びつきを一時的に強化することが可能なのだ。そうすると他の誰よりもこの世界にいられるという現象が起こり、普通の人がエデンで感じられる一秒が、那由他にとってはその倍近くに感じられるようになる。このためすべてがスローモーションに見え、攻撃の軌道の予測や銃による照準しょうじゅんの精度、さらには次の動作判断を通常の数倍の効率でこなせるようになるのだ。

 そして他の対象に同調のアビリティを使う場合は、その対象と同調することで様々な干渉かんしょうが可能。簡単に説明すると、敵の攻撃を改ざんで書き換えるようなもの。那由他はこれで相手の攻撃の出力や規模そのものをゼロにし、なかったことにしているのであった。もちろんかつてのアーネスト・ウェルベリックの攻撃を防いだ時も同じ原理。彼の剣に加わる力のすべてをゼロにした結果、突如とつじょ剣が静止したというわけである。

「さすが同じ出身だけのことはある! きっとあなたもあの鍵を持ってるんでしょうね! くす、それで柊那由他はこの女神めがみりなす舞台に、なにを求めて戦うの? その鍵にたくす願いは?」

 森羅は興味深そうに、柊那由他という少女の核心へとせまってきた。

 そう、那由他が持つ女神の鍵について。

「世界を変えるとか、そんなものに興味はありませんよ! 那由他ちゃんの願いは、レイジの力になってあげること! すべては彼が幸福に生きられるように……、それだけなんですから!」

 胸をぎゅっと押さえながら、万感の思いを込めて告げる。

 この言葉に嘘偽りはない。柊那由他の心からの願いであり、もはやそれ以外はなにひとつ手に入らなくてもいいと思えるほど。ゆえに女神の鍵がエデンを自分の思う通りに創り変えれたとしても、那由他自身にとってはどうでもいいのだ。女神がりなす舞台に上がる気すら起きなかった。

「ふーん、じゃあ、もしレイジくんが世界の破滅を望んだらどうするの?」

「あはは、そんなの決まってるじゃないですか! レイジが本当に望むなら那由他ちゃんは……」

 森羅の意味ありげな質問に、那由他は思わず笑ってしまう。

 なぜならその答えは自分にとって当たり前すぎて、考えるまでもないのだ。もはや条件反射のごとく、一瞬で答えにたどり着けてしまった。

「どんな犠牲を払ってでも、その世界を実現してみせます! ええ、人々が絶望に染まろうが、世界の均衡きんこうが崩れようが関係なく! すべては久遠レイジのために、ね!」

 狂おしいほどいとおしげに、みずからの想いを告白する。

 柊那由他は女神の鍵にまったく興味がないが、久遠レイジがそれを望むなら話は別。女神の鍵によって生まれる世界が彼の幸せにつながるならば、なにがなんでも実現して見せよう。そこに正しさなどいらない。たとえどれだけ間違い狂っていようと、久遠レイジが望んだという事実だけで柊那由他にとっては十分。もはや命を懸(か)ける価値がありすぎるといってもいいほどだ。

(だってね、おじさん。レイジは那由他ちゃんにとって、もう本当の意味でかけがえのない人になってしまったから……)

 レイジに恋する前ならば、こんなこと思いもしなかっただろう。レイジの父親に言われた通り、その結果が引き起こす事態はとてつもないこと。いくら彼が望んだとしても、そうやすやすと使っていい代物ではないのだから。

 だが那由他は気付いてしまった。久遠レイジこそ柊那由他にとって、本当に力になってあげたいと思える人物だと。そう、レイジをアイギスに誘ってすぐに起きたあの事件。そこで彼が柊那由他という少女の根底こんていに、触れようとしてくれたあの時から。なのでもしレイジが那由他の女神の鍵を頼るなら、その時はどんな結果になろうとも実現しようと心に決めていたのだ。

「そう、でも聞いといてなんだけど、確か柊那由多はあたしとちがって完全に調整されていないはず。そんな状態で鍵を使えば、あなたの身体はきっと……」

 森羅は少し悲しげに目をふせ、どこか言いにくそうに伝えてくる。

「あはは、たとえそうだとしてもレイジの願いを叶えられるなら、ほんの些細ささいなこと! どこに迷う必要があるでしょうか!」

 あっけからんに心からの本音を口にする。それこそ柊那由多の生き方だと、本能で理解しているがために。

「くす、愚問だったみたいね。あたしももしあなたの立場なら、同じ選択をしたはずだもの……。でも、そっか。柊那由多もどうしようもないほどに、狂っているのね。あたしと同じで……。――あははははは! さすがは森羅ちゃんの妹! そうよ、柊はやっぱりそうでなくっちゃ!」

 森羅は意味ありげに納得したあと、心底おかしそうに笑いだす。そして衝撃的なカミングアウトをしてきた。

「――は? 妹?」

 まさかの情報に目を丸くしてしまう。

 たしかに森羅は外見的特徴や、性格、雰囲気が那由他に少し似ている。さらに研究にすべてをかける那由他の父親の気質を考えると、ありえない話ではなかった。

「一応、同じ年に生まれた腹違いの姉妹らしいよ。常識的に考えたらおかしいけど、あの人ならやりかねないでしょ?」

「――た、確かに……」

「――ということで妹の那由他は、お姉ちゃんにレイジくんをゆずりなさい! 彼の願いを叶えるのは森羅ちゃんなんだから!」

 那由他が困惑していると、森羅がふふんと得意げにお姉ちゃん特権を振りかざしてきた。

「あはは、全力でお断りしますよ! レイジをささえるのは那由他ちゃんの役目! むしろここはかわいいかわいい妹のために、お姉ちゃんが譲ってあげたらどうなんですか?」

 もちろんそんな理不尽な要求をのめるはずがない。よって妹特権を振りかざし、かわいらしくおねだりを。

「――はぁ……、やっぱり聞き分けてくれないか……。しかたない。そっちに引き下がる気がないなら、妹であろうと容赦ようしゃはしない!」

「望むところです! 那由他ちゃんの恋路こいじは、その程度でらぐほどやわじゃありませんので!」

 互いに視線で火花を散らし、言い合いを。

 そして久遠レイジをめぐり、己が想いをぶつけ合う。

「――彼に付き添う女神は一人でいい! だから……」

「――ええ、二人いたらルートがおかしくなっちゃいますもんね! だから……」

 二人は自分たちの万感の思いを込め、宣言しようとする。

 柊那由他も柊森羅も久遠レイジという同じ根底こんていのもと追い求めるがため、その言葉が重なるのも必然というもの。

 ゆえに。

「柊那由他はこの舞台から降りろ! レイジくんの隣にふさわしいのは勝利の女神よ!」

「柊森羅はこの舞台から降りてください! レイジの隣にふさわしいのは幸運の女神です!」

「「すべては久遠レイジのため! ここであなたをつ!」」

 二人の柊の少女はゆずれない想いを胸に、戦いを開始するのであった。





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