第85話 伝説の情報屋

「現在日本各地のクリフォトエリアに、上位クラスの狩猟兵団が動いている状況。その中でも特に関東アースがひどく、おそらく彼らの狙いはそこのどこかかと。情報収集のため軍が雇ったエデン協会の人達の報告、ならび剣閃の魔女の調査報告からある程度の標的をピックアップしたってところですかね」

 こういった深刻な事態の場合、軍のデュエルアバター使いや高位ランクのエデン協会の者は敵の襲撃にそなえて動けない。そのため代わりに動くのが手のあいている中、下位のエデン協会の者たちだ。彼らに相手を強制ログアウトさせ情報を奪わせることで、敵の計画に近づくという寸法である。さすがに本命の部隊の方が動くとダメージを蓄積ちくせきされたり、現地にすぐ駆けつけられなかったりなどの問題が発生するため、軍がほかのエデン協会に依頼を回しまくるのであった。

「那由他さんからの報告によりもう間もなく彼らが動くそうなので、軍の部隊や高位ランクのエデン協会の人たちはみな、厳戒げんかい態勢をいています。そしていつでも異変を察知できるよう、標的となりうるところへ中、下位のエデン協会の人たちに見回ってもらってるんですよ。なにかあればすぐに報告が来るはず。――ただ……」

 ほのかは目をふせ、どんよりとした表情を。

 どうやらなにか問題があるみたいだ。

「企業や財閥側から、要請ようせいやらクレームやらで対応がですね……」

「まあ、これだけ事がでかいとそうなるよな。政府側からしたらパラダイムリベリオンのい目がある分、無視するわけにはいかないし」

 その件については肩をすくめ、同情の念を抱かずにはいられない。

 パラダイムリベリオン以降のクリフォトエリアの治安は、あまりにもひどい。狩猟兵団や、情報を求めて狩りをするやからなどがいくらでもいて、常に警戒しないといけないありさま。しかしこれはもちろん自己責任。本来保管区という誰もが利用している場所があるのにも関わらず、信用できないと自分たちで守ることを選んだのだから。

 だが元をたどると、パラダイムリベリオンを起こさせてしまったのが悪いともいえる。すべては各政府がセフィロトというシステムにすべてを任せたがゆえに、起こった出来事。なので少なからず負い目がある政府側は、軍へクリフォトエリアでの治安維持活動に力を入れさせているのだ。よって事態があまりにひどい場合や、自分のところで対象しきれないほどの事案におちいった時、軍の戦力を派遣する仕組みをとっているのだ。今回はアランの件の事態が対応しきれていないことへの苦情や、標的にされた時の援軍の催促さいそくなどが押し寄せているのだろう。

(もしかすると、これは革新派の手なのかも……)

 おそらく軍や雇ったエデン協会の動きをさらに封じようと、シャロンが仕掛けたのかもしれない。企業や財閥関連はアポルオンがすべてを取り仕切っているため、傘下の者に指示するなど簡単なはず。

「ほのか、それでクリフォトエリアの様子はどうなんだ? 今も狩猟兵団の連中がうろついてたりとか?」

「いえ、昨日まではまだ陽動のためか暴れてたりしてたんですけど、今はどこにも見当たらないそうです。嵐の前の静けさのようだと報告がありました」

 ほのかは首を横に振り、不安げな表情を。

 これでは今からクリフォトエリアで徘徊はいかいしている狩猟兵団を強制ログアウトし、情報を得ることは難しそうだ。こちらが向こうの計画をつかめるチャンスは終了。後は今まで集めた情報をもとに、敵を迎え撃つだけである。

「もうこちらを散々撹乱かくらんしたから、後は事を起こすだけというわけだな。となるといよいよ本番。ははは、面白くなってきた」

 戦いがもう間もなくとあって、レイジは思わず不敵な笑みを浮かべてしまう。

「――あのー、レイジさん、こっちは大変すぎてまったく笑えないんですけど……」

 戦いを楽しんでいるレイジに、ほのかは引きつった笑みでツッコミを入れてくる。

 すると結月も真剣なおもむきで注意してきた。

「そうよ、久遠くおんくん。みんな頑張ってるんだから、ここは気を引き締めていかないと」

「わるい、つい狩猟兵団のころのクセが……」

 これにはほおをポリポリかいて、謝るしかない。

「ほのかちゃん、大変だと思うけど、あまり無理しないようにね」

片桐かたぎりさん、ありがとうございます。ですが今はそうも言ってられないんですよね……」

 ほのかは結月の心配の言葉に感謝しつつ、憂鬱ゆううつそうに口にする。

 まるでほかにも気がかりなことがあるみたいに。

「ほのか、浮かない顔してるぞ。もしかしてなにか新しい情報が入ってたりするのか?」

「――はい、これはさっき入った情報なんですけど、実はレジスタンスたちまで動いてるそうなんですよ……」

「――ははは……、ほんとひどい状況だな……。偶然なわけないし、初めから共同で事に当たってたかもしれないわけか。そうなると狩猟兵団側の攻撃が本命でなく、レジスタンス側こそ真の本命ってことも……。これだと今の軍は……」

 彼女の表情が曇っている理由がよくわかってしまった。

 どうやらこの件は狩猟兵団や革新派だけでなく、さらにヤバイ者たちまで一枚噛んでいたらしい。きっと初めから打ち合わせていたのだろう。アラン側や革新派たちにとって、レジスタンスの力は戦力として非常に使える。彼らは今の世界の現状を憎んでいるので、勝手にアポルオン側にダメージを与えてくれるはず。レジスタンス側にとってもこの件で軍の統率力が乱れ、付け入る隙ができる絶好のチャンス。もはやこの話に乗らないわけがない。

「――はい、日本のアーカイブポイントが狙われる危険性が、さらに高まってしまいました……。ますます戦力が割けなくなっていて……。――はぁ……、もうしばらく徹夜てつやレベルの残業が……」

 ほのかはひたいに手を当て、がっくりうなだれる。

 今までも政府側のアーカイブポイントが、狙いかもしれない可能性があった。ただその確率はそこまで高くはない。もし狩猟兵団が政府をつぶせば、のちの行動に不都合がでるのは明白。なのでさすがにそこまではしないだろうと、みな思っていたに違いない。

 だがレジスタンスが加わるとなると話は別。彼らの目的は今の世界への反乱。ゆえにテロリストのごとく、国家自体を潰そうとしてもなんら不思議ではないのだ。

久遠くおんくん、少しいい? レジスタンスって?」

「あまり表沙汰おもてざたにはされてないが、パラダイムリベリオン以降に現れたんだ。セフィロトの実現した世界は普通に生きる人々にとって、納得がいかないものばかり。下の者は上にいけず、貧富の差はいつまでたってもひどいまま。こんな世の中間違ってるから、正すべきだと主張してる連中だよ」

 今の世界を変えようと、テロリストのように武力を振るうレジスタンス。ただ今の世の中だとあまりの徹底な治安維持のため、現実では行動を起こせない。よって彼らが戦う舞台はエデンなのだ。

 九年前は刃向かうことができなかったが、パラダイムリベリオン後のデータを奪いあえる世界なら話は別。どれだけ社会的に弱者でも、やり方次第では国家ですら潰せる時代。そのためセフィロトに管理された世界に不満を持つ者が、これはチャンスとばかりに一斉に立ち上がったのであった。もはやその勢いは世界中に広がり、軍とレジスタンスがぶつかり合うのは日常茶判事になるほどに。

「ここ最近、格段に勢力を広げてるんですよ。よくクリフォトエリアでテロリストまがいの行動を起こし、軍を悩ませてるんです」

「へぇ、そんなことが起こっていたのね。ほとんど聞いたことがなかったよ」

「この件は情報規制がかけられてますからね。世間に知れ渡ると賛同者が加わったりして、ますます勢力を広げてしまう恐れがあるので」

「特に今だとゼロアバターがある。あれなら痛覚はもちろん情報をほとんど落とさないから、なんのリスクもなくテロ活動を行えるってわけだ。ははは、軍にとっては最悪な話だよな。これまでなら敵を強制ログアウトにすれば捕まえられたけど、それができないんだから」

 大事にならないように情報規制がかれているのは、誰でもレジスタンスの活動に参加できるせい。ゼロアバターだとクリフォトエリアのリスクを回避でき、なにも恐れることはない。ゆえに少しでも彼らの活動に共感を覚えたなら、気軽に参加できるのだ。

 たとえ戦闘経験がなくても銃系の武器を使えば、そこそこ戦力になれる。中にはゲーム感覚でレジスタンスの活動に参加する者もいるとかなんとか。

「――はぁ……、軍は毎回そういった人たちに対し、エデン協会と連携して対処していかないといけないんですよ。さいわい敵はゼロアバターが主流なので簡単に倒せるのですが、数の方がすさまじく……」

 頭を痛めながら説明してくれるほのか。

「……それはなんというか……、うん、軍の人って大変なのね……」

 そのあまりの泥沼状態に、結月も同情を覚えずにいられないようだ。

「――ほのか、これで軍がつかんでる状況は全部か?」

「はい、わたしが知る限りでは。あとはもう相手の出方を待つだけですかね。現状手に入れられそうな情報はもうなさそうですし」

「なるほど。ある程度敵の動きはつかめたが、少し心もとないな。狩猟兵団にレジスタンス、そして災禍さいかの魔女。おまけにあの人たちまで……。一斉に相手をするとなると、なにか決定打がほしいところだ……。――これだと森羅に接触を試みるのもありかもな……」

 今のままだとどこが敵の本命なのか非常にわかりにくい。こちら側は戦力を無駄に割くことができない状況なので、できれば絞っておきたいところ。もうクリフォトエリアでの情報収集ができないため、少し危ない橋を渡ろうかと考えていると。

「情報がほしいなら、あの日本で主に活動してる伝説の情報屋にでも、コンタクトを取ってみたらどうっすか?」

 どこからともなく再び現れるエリー。

「エリー、まだいたのか」

「聞き耳立ててたっす。アイギスはいつも面白いことに首を突っ込むし、なにかもうけ話がないかなと」

 エリーはニヤリと口元をゆるめる。

 どうやら彼女の金に対する勘が、レイジたちについて行くべきだと言っているようだ。うまくいけばがっぽりもうけられるかもしれないと。

「伝説の情報屋ってあれだろ? SSランクの電子の導き手であるファントム。あの那由他でも接触できなかった奴に、どうやって連絡をとるんだ?」

 ファントムは主に日本で活動する凄ウデの情報屋だが、まったくといっていいほど表舞台に出ないことで有名な人物。そこから得られる情報はどれもトップクラスであり、一気に片を付けることが可能とか。ただ本人が隠れて活動しているため、会うこと事態難関。那由他もファントムとのコネをもとうと奮闘したらしいが、結局ダメだったらしい。

「クリフォトエリアの街にいる情報屋にでも、頼めばいいんじゃないすっか? 情報屋のコミュニティを使って伝えてくれるっすよ。黒い双翼のやいばのクオンレイジが、直々に話したいみたいな感じで、フフ」

 エリーは冗談交じりに適当なことを言ってくる。

「あのな、エリー。アンノウンぐらい正体不明の奴相手が、そう簡単に呼び出しに答えるはずないだろ。力を借りたくても、たどり着くことができないことで有名な伝説の情報屋なんだぞ。そんなんで連絡が取れたら誰も苦労は……、うん? 着信?」

 ターミナルデバイスを確認すると、知らない番号が。

 もしかすると森羅がまた助けてくれるため、連絡をくれたのかもしれない。なのですぐさまでることにする。

「はい、もしもし」

「はーい! ワタシはファントム。久遠レイジにとっておきの話を、持ち掛けにきてあげたよん!」

「え?」

 だがその相手はまさかの予想外の人物。

 今の状況がまったく読めず唖然とするしかなかった。

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