2章 第2部 隠された世界

第84話 行動開始


 革新派との会談から一日たち、レイジたちは十六夜いざよい市にある軍の施設。十六夜基地本部のエントランスにいた。中は軍人はもちろん、連携して動いているエデン協会の人間もけっこう見かける。現在アラン側の動きでみなバタバタしているみたいで、少し空気がピリついていたといっていい。

 隣には午前中なのだが、結月の姿。彼女は学園の授業があるにも関わらず、レイジに付き合ってくれているのだ。なんでも昨日の革新派の話を聞いて事態がとんでもないことになっているのを知り、いてもたってもいられなかったらしい。授業の方はもう単位の方を取り終えているので、問題はないとのこと。一応断ることもできたが、エデン協会をやっていく中で軍との連携れんけいはよくある話。なので今後のことも考えて、慣れとくべきだと判断したのであった。

「わぁ、朝早くなのにみんなすごく慌ただしそうね。――えっと、久遠くおんくん。これから軍の人に話を聞くのよね?」

「ああ、ゆきや那由他ががんばってる中、さすがにこれ以上じっとしてるわけにはいかないからな」

 ゆきと那由他の調査の進展はかなり進んでいるそうだ。

 ゆきの方は大方敵の狙っている場所をピックアップし、軍と連携を取っている真っ最中。

 那由他の方は昨日の革新派との話でヒントを得たらしく、彼らの狙いが読めてきたと言っていた。今は裏付けのためレーシスと共に動いており、午後には調査内容を報告してくれるらしい。

 そんなわけでまたもやお留守番のレイジは、少しでも彼女たちに貢献こうけんしようと行動を起こしているわけだ。レイジにはアリスや森羅といった少し危険なカードが残っている。いざという時はこれらのカードを切るため、今のうちに現状の状況を把握はあくしに来たのであった。

「アポイントの方は取ってるよ。もうすぐ出迎えてくれるはずだ」

「――軍の人か……。――あはは……、少し緊張しちゃうね。その人って何歳ぐらいの人なの?」

 結月は少し戸惑い気味にたずねてくる。

「そういう事は心配しなくていいぞ。なんたって相手は……」

 もしここで軍のお偉いさんにでも会うならば、確かに気を引き締めないといけない。だがレイジがアポイントを取っているのは、もっと接しやすい人物。そのため結月自身、そこまで緊張しなくていいのだ。

 今から会う人物について説明しようとすると、ちょうどその相手が出迎えてきてくれた。

「レイジさん、お待たせしました」

 声をかけてきたのは軍人を連想させる屈強くっきょうな男や、年季の入ったお偉いさんなどではなく、この軍の施設に似つかわしくない軍服を着た少女。

「おっ、来たか。彼女はオレたちより一つ下で、那由他のお気に入りの軍人である、ほのかだ」

「こちらはレイジさんのお知り合いですか。初めまして。クリフォトエリア専属の特殊部隊に所属する、倉敷くらしきほのか准尉じゅんいであります」

 ほのかはビシッと敬礼けいれいをして、結月に自己紹介をする。

 ほんわかとした雰囲気を放っているが、かなりしっかりしてそうな女の子である。

 彼女は軍のデュエルアバター使いで構成された、クリフォトエリア専属の特殊部隊に所属していた。ちなみにほのかは現在十六夜学園中等部三年。四月からは高等部一年になるという。

「え? こんな子が軍人さんをやってるの? ――へ、へぇ、いろいろとすごいね……」

 結月はもっと年上のいかにも軍人と思われる人物を想像していたのか、面をくらったようだ。

 彼女の気持ちもわからなくはない。自分たちよりも年下の可憐かれんな少女が、こんな重々しい職務についていたのだから。

「これも第二世代ならではってやつだ。今の軍は割と第二世代の勧誘をよくやってるんだよ。子供でもデュエルアバターの戦闘能力はピカイチ。だからほのかが所属するようなデュエルアバター使いの部隊には、欠かせないってわけだ」

「はい、でもほとんどの人がエデン協会や狩猟兵団にいっちゃうんですよね。軍は上下関係が厳しく、堅苦しいイメージがあります。だからみんな、自由で報酬が高いそちらを優先しがちなんですよ」

「そうなんだ。あ、私は片桐結月かたぎりゆづき。よろしくね、ほのかちゃん」

 結月はほのかに手を差し伸べて自己紹介をする。

 するとほのかはぽかんと口をあけ、おそるおそるたずねてきた。

「へ? 片桐ってもしかして、あの……」

「ほのかの想像通りだ」

「そ、そんなすごい人だったんですか!?」

「あはは、そんなにかしこまらなくていいよ。気楽に接してね、ほのかちゃん」

 思わず後ずさるほのかに、結月は優しくほほえみかける。

 まあ、これが普通の反応。いきなり目の前に大財閥のご令嬢みたいなすごい人が現れたら、どう接したらいいかわからなくなってしまうはず。特に今の上と下の者の格差が酷いご時世だと、一般人にとって彼女たちは雲の上の人間といっていいのだから。もはやこんなことが結月にとって日常茶判事なのだろう。彼女に少し同情していると、うやうやしい感じの別の声が。

「カタギリさま。自分はエデン協会ヴァーミリオン所属、エリー・バーナードっす。御用がある時はなんでも依頼して欲しいっす。金さえ払ってもらえれば狩猟兵団まがいのことはもちろん、現実の雑用までなんでもこなすので」

 今だ差し出され続けていた手を、どこからともかく現れた少女が取り自己紹介しだす。

 彼女は高ランクのエデン協会、ヴァーミリオンに所属する、名前はエリー・バーナード。軽い感じに見えるが、非常に抜け目のない少女といっていい。

「よろしくね、エリーちゃん、って誰!?」

 反射的に対応する結月だったが、異変に気付きすぐさまツッコミを。

「おい、なにさらっと混ざってんだエリー、取り込み中だからあっち行ってろ」

「レイジさん、邪魔しないでほしいっす。こっちは高レベルのお得意様候補をつかまえようと必死。ここからこび売りまくって依頼を」

「知らんわ。エリーがいるとあのうるさい社長が来るだろ。あいつが来ると相手するのが面倒だから、しっ、しっ」

 目をカッと開き一生懸命主張してくるエリーに、知ったことかと手で追い払う。

 彼女がここに来ているということは、エデン協会ヴァーミリオンの社長であるあの少年も近くにいるはず。もし彼と出会ってしまったらレイヴン時代の因縁がら、ケンカを吹っかけてくるのが目に見えているのだ。さすがにこの状況下でいつものやり取りをするのは気が重かった。

「ひどいっす。アイギスだけで片桐家のご令嬢を独り占めするとは……。この借りはいずれレイジさんを後ろから射貫いぬいて、晴らさせてもらうっす」

 エリーはレイジを指さし、恨みがましそうな視線を向けてくる。そしてスタスタと退散していった。

「いいの? あんな邪険に追い払って?」

「いいよ。あいつらにはレイヴン時代から、迷惑をかけさせられてるからな。結月も気を付けろよ。エリーは元狩猟兵団ヴァーミリオンに所属していた、Sランクのデュエルアバター使い。射殺いころ狩人かりゅうどの異名を持つスゴ腕だ。戦力として使うのは申し分ないが、金の亡者。こちらの足元を見て、異常な金を要求し出すぞ」

 エリーもレイジと同ランクのデュエルアバター使いなのだ。そのため彼女を雇えばそれ相応の働きが期待できる。ただ彼女はエデン協会ヴァーミリオンの財政をも担当しているため、非常に金にうるさいのが玉にキズであった。

「――あれ、狩猟兵団にもヴァーミリオン?」

 アゴに指を当て、首をかしげる結月。

「ほのかの仕事を片づける時は、アイギスに頼んだ方がいいぞ。そっちの方が安上がりで済むし」

「でもエリーさん、私には結構良心的な値段で、依頼を引き受けてくれますよ。仲のいい人には甘い方ですから」

 ほのかは信頼しきっているのか、やわらかくほほえむ。

「ほのかちゃんが雇うの?」

「はい、軍のデュエルアバター使いの者は治安維持の仕事をこなすにあたり、エデン協会の人を個別のサポートに雇うことが多いんです。エデン関係の軍の人手不足は深刻ですから、情報集めや戦闘の手助けをしてもらう形で」

 彼女たちの役割はクリフォトエリアにおける治安維持。しかし軍のクリフォトエリアにおける人員不足は深刻なため、どうしても人手が足りなくなってしまう。そのため軍のデュエルアバター使いは各自エデン協会の者を雇い、与えられた役割をこなすのだ。この時の経費についてはあまりに多いと、給料が減らされるとかなんとか。よって雇う場合は慎重に選ばなければならないらしい。

「那由他さんにはなぜか気に入っていただいて、かわいがってもらってます。仕事とかも引き受けてくれて、すごくお世話になってるんですよ」

 軍関係の仕事はレーシスが持ってきたのが多い。だがそれとは別にほのかの仕事も、特に忙しくなければ引き受けていた。もちろんその時はレイジもり出されることになるので、ほのかとは結構顔を合わせているのである。

「那由他いわく、こんなすてきな後輩こうはいがほしいんだそうだ」

「えへへー、すごく光栄ですね」

 ほのかははにかんだ笑みを浮かべる。

 彼女は礼儀正しく誠実で、とてもいい子。ついつい甘やかしたくなるようなかわいさもあり、それにはレイジも同意見であった。

「まあ、そういうわけでほのかとはつながりがあるんだよ。こんな忙しい時に、時間を作ってもらえるほどにさ。じゃあ、ほのかも忙しいと思うし、現状の話を聞かせてもらってもいいか?」

「はい、わかりました」

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