第83話 剣の迷い
「――ふむ、シャロンも独自に動いている。ならば自分も、少しばかり戦力増強に手を貸すべきだな。さすがに全部任せっきりは上位序列として示しがつかん」
那由他たちが出ていったあと、アーネストがアゴに手を当て独りでにつぶやく。
レイジはそのことで気になったことを聞いてみた。
「アポルオンの序列は高位だと、権限が強いとかあるんですか?」
「そうだ。アポルオンは高位序列の者が下位の者をまとめるのが一般的。だから発言に少しばかりの強制力があったりする」
「じゃあ、革新派のリーダーって、高位のアーネストさんがやるみたい話には?」
グランワース家が序列八位なら、序列七位のウェルベリック家の方が上。今の話の流れだと、アーネストが革新派のリーダーをしてそうだが。
「普通ならそうだったが、自分は見ての通り堅物でな。だから策などに頼らず、正々堂々と真っ向から戦いを挑みたいタイプ。そんな人間が革新派のリーダーとなればこんな回りくどいことはせず、すぐさま保守派と全面戦争にでてしまうだろう。だがさすがに保守派のような強大な相手だと、力技では勝てん。ゆえにシャロンだ」
まっすぐなまなざしで、苦笑しながらかたるアーネスト。
保守派にはエデン財団がついているのはもちろん、最上位序列の権力がある。そのため戦力の方は強固であるはず。そんな圧倒的戦力を保有する相手に、真っ向からぶつかるなど得策ではない。もはや物量で押しつぶされるのが
「あいつは策略というか、よからぬことをたくらむのが得意でな。相手の戦力を削ぎ事を有利に進めるなら、シャロンが指揮した方がいいと判断したわけだ」
「確かに那由他と笑いあってる時とか、すごい悪だくみを考えてそうでしたもんね」
シャロンの裏で
彼女は策略家タイプのキレ者。相手の裏をかくのが得意そうだ。きっと今回の件は保守派に大打撃を与えるため、シャロンが計画したに違いない。
「シャロンはそういうやつだ。チェスをやった時など、毎回いやらしい手ばかりでまったく勝機が見えん。こちらの正々堂々戦いを挑む
アーネストは手をぐっとにぎり、なにやら闘志を燃やしだす。
(あ、絶対勝てないパターンだ……)
だが正々堂々をもっとうに挑む彼では、勝敗は変わらない気がする。そもそもチェスは相手の手を読みながらやるもの。馬鹿正直に突っ込んだら、勝てないのではないか。もはやシャロンに軽くあしらわれる結末しか見えなかった。
そんなことを思っていると、アーネストが真剣な瞳でたずねてくる。
「――それより久遠レイジ。革新派につく気はないか? きさまの剣の腕はなかなか見どころがある。敵にしておくのが実に惜しい」
「どうも。でもオレはアポルオンの巫女のために剣を振るうつもりなんで」
光栄な話ではあったが、迷わず首を横にふる。
レイジはカノンやアポルオンの巫女の理想とする、世界実現のため剣を振るいたいと思っている。破壊する力でなく、守る側の力で。ゆえに革新派やアラン側の破壊を目的にした計画には、賛同できなかった。それではかつての狩猟兵団時代の自分に戻るだけなのだから。
「――アポルオンの巫女のために剣を振るうか……。しかしそれで本当に納得できているのか?」
するとアーネストがレイジの心を見透かすような瞳で、問うてきた。
「一応自分では納得してるつもりですが?」
「ふむ、はたしてそうかな? 剣筋は振るう者の心を映す。キミの
「――ッ!?」
アーネストの言葉に動揺してしまう。
これは師匠である
「自分が思うに、キミはこっち側で剣を振るうのが適任だ。本来久遠レイジの剣は誰かを守るためのものではなく、ただ敵を斬り
それはレイジが狩猟兵団時代にずっと思っていたこと。子供のころからアリスと共に力を求めた結果、その方向性は破壊を生み出すための剣と化していたのだから。
「そんな迷いのある剣ではこの自分にかなわないのはもちろん、保守派に
きっぱりと残酷な事実を告げてくるアーネスト。
「……たとえ信念を曲げることになったとしても、そうするべきでしょうか?」
きっとこの先アーネストのような強大な相手と闘うことになるはず。そうなると彼の言う通り負けるのではないだろうか。そんなていたらくでは、彼女たちの理想など叶えられるはずがない。ならば久遠レイジが振るうべき剣は。
「――ふむ、貫き通したい想いがあるか……。――すまんな。そういうことならこれはただのお
アーネストはレイジの肩にポンっと手を置き、優しげな視線を向けてくれる。
「――え? このままでも?」
思わず
さっきまではレイジの剣の迷いを取り払うべきだと、注意してくれていたのだ。しかしアーネストはこのままでいいと言ってくれた。これは敵味方関係なく、彼自身がレイジのことを思ってくれての言葉。一体なぜという疑問が残る。
「それが自身で決めた道ならなにも言うことはない。たとえ自身の信念を曲げ力を求めたとしても、その果てに意味があるとは限らないだろう。戦う理由など人によって様々。たいして気にすることではない。――フッ、ただ、自分としてはその血に飢えた獣の如く剣と、一度相対してみたかったがな」
「アーネストさんはなんのためにその剣を?」
残念そうに笑い離れていくアーネストに、立ち上がりながら問うた。
彼の強さは本物。その剣にやどる気迫も相当なものだったので、聞いてみたくなったのだ。おそらくアーネストの剣には迷いなどなく、そこには
「自分か? すべてはウェルベリック家の誇りのためだ。生まれながらに課せられたその責務を果たす。そこに迷いなどなにもない。自分の信じる道を剣に乗せ、ただ振るうのみ」
自身の胸に
そこには自身の戦う理由に
「――とは言ってもウェルベリックの責務以外に、実はもう一つある。自分は信念を貫く者を好ましく思う
アーネストは穏やかな表情で、口元を緩めながら告白してくれる。
「しかしこのまま保守派の企む完全なアポルオンの世界になれば、皆がそうできなくなってしまう。人々は世界存続の歯車の一部となり、自由を奪われる。そんな世界では自身の思う通りに生きていけないだろう。ゆえに誰もがみずからの意思を貫ける世界にしたいのだ」
そしてアーネストは信念のこもった瞳で、力強く宣言を。
もしかするとこれは家の事情など関係ない、アーネスト・ウェルベリックという少年の抱く想いなのかもしれない。
「フッ、少しかたり過ぎたな。自分の話などそこまで面白いものではないだろうに」
ただ少し気恥ずかしかったのか、アーネストは苦笑して軽く流そうとする。
そうこうしていると扉が開き、那由他とシャロンが戻ってきた。
「二人とも待たせたわね。あたしの要件は終わったわよ」
「では、レイジ! 帰りましょうか!」
「ああ、わかった」
にっこり笑いかけてくる那由多のもとへと向かう。
彼女の表情から見るに、なかなか有意義な話し合いができたみたいだ。
「ではな、久遠レイジ、柊那由他」
「あなたたちがあたしたちの前に立ちふさがらないことを
こうしてシャロンとアーネストに見送られて、レイジたちは部屋をあとにするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます