第73話 学園長

「ふっふっふっ、そう! 今から向かう場所はなんと! 十六夜いざよい学園の学園長室!」

 那由他が手を向けた先には、学園長室と書かれたいかにも立派な扉が。

「ここの学園長と新拠点に、どんな関係性があるんだ?」

「実はありまくりなんですよねー。なんと! アイギスと十六夜学園学園長は、ひそかに同盟を結んでいるのです! ズバリ! わたしたちの味方! これから先彼女にはお世話になるので、あまり失礼のないようにしてくださいね!」

 手をバッと前に突き出し、得意げに宣言する那由多。

「剣閃の魔女のゆきだけじゃなく、まさか十六夜学園の学園長までつながりがあるとは……。どんだけすごいコネを持ってるんだよ……」

「あはは、彼女との同盟を結ぶまでに、いろいろあちらの力になってあげましたから! もたれもたれつの関係というわけですよ! ささっ、行きましょう! かえでさーん! 来ましたよー!」

 那由他がドアをノックをして、元気よく入っていく。

 彼女に続こうとすると、ゆきがすぐ後ろへ隠れるようについてきた。レイジの上着をぎゅっとつかみ、おそるおそる中の様子を確認しながらだ。

「どうした、ゆき?」

「……いいから! 少し隠れさせてぇ……」

「――ああ、わかった」

 ゆきは小声で頼みこんでくる。

 理由はわからないがとにかく彼女の言う通りにして、レイジも中へ。

 部屋の中はさすが学園長室とだけあって、豪華な造り。広々とした部屋に、重厚感あふれる家具やソファー、学園長用の席が存在感をあらわにしていた。ただそんなすごみのある部屋であったが、テーブルの上や学園長用の席の周りにおかしが入った袋が。あれは来客用のお茶菓子なのだろうか。それにしては量が多い気がするが。

「よく来てくれた。だがあいにく楓は少し、席をはずしているんだ。少し待っていてくれ」

 学園長室に入ると、二十代前半の涼やかな若い青年が出迎えてくれた。

「え? 師匠!?」

 あまりに予想外すぎる人物がいたことに、驚愕きょうがくするしかない。

 なぜならこの青年は抜刀のアビリティと叢雲流抜刀陰術むらくもばっとういんじゅつを教えてくれた、レイジが師匠としたう人物。名を叢雲むらくも恭一きょういち。本来なら狩猟兵団レイヴンにいるはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろうか。

「久しいな、レイジ。こうして会うのも一年ぶりか」

 恭一が懐かしそうに声をかけてきた。

「どうしてここにいるんですか?」

「フッ、どうしてもなにも、今の俺は楓専属のデュエルアバター使いだからだ」

「――専属って……、レイヴンの方は?」

「レイジと同じく辞めたよ。元々俺は楓のために腕を磨こうと、レイヴンで活動していたからな。このことについてはボスに入る前から話をつけてあったし、他の幹部にも話していたはずなんだが……、お前には言ってなかったか?」

 恭一はアゴに手を当て、たずねてくる。

「いやいや、初耳なんだけど……」

 そんな話聞き覚えがなかった。恭一はただ剣の腕を磨き求道し続ける硬派なイメージがあったが、それが誰かのためだったとは。ただ思い返してみると、お前はどことなく俺に似ている、みたいなことを言っていたような。

「おおー! あの叢雲恭一さんが、レイジと師弟していの関係だったとは! どおりでレイジが強いわけですねー」

「ああ、師匠には抜刀のアビリティのほかに、叢雲流抜刀陰術の指南もしてもらってたからな。――そんなことよりも師匠が学園長についてるってことは……」

「フッ、今回俺とレイジは味方どうしというわけだ」

 期待のまなざしに対し、恭一はレイジの胸板にこぶしをトンっと当て不敵にほほえんでくる。

「ははは、マジで心強すぎますね。師匠が味方についてくれるだなんて」

 その事実にテンションを上げずにはいられない。現状の状況からかえりみるに、あのレイヴンで一、二を争う超凄腕のデュエルアバター使いが、今は学園長の戦力となっている事。それは学園長と同盟を結んでいるレイジたちからして、味方であることにほかならない。もはやこれほど心強いことはなかった。

「ねえ、久遠くん、叢雲さんってそんなにすごい人なの?」

 これで恭一と戦わずに済むとほっと一息ついていたら、結月がレイジの上着の袖をクイクイ引っ張り質問してきた。

「すごすぎるぐらいだよ。狩猟兵団SSランクの上位、死閃しせん剣聖けんせいの異名を持つ叢雲恭一。オレなんかと比べものにならないほどの実力者だ。一太刀剣で斬り合えば確実に斬り伏せられるってぐらい、化け物じみた剣の腕を持ってる。まさにオレが目指すべき人そのものだ!」

 尊敬してやまない恭一のことを、誇らしげに力説する。

「え? あの久遠くんが剣で歯が立たないなんて……」

「そう謙遜けんそんするな、レイジ。今のお前なら数分は持ちこたえられるはずだろ?」

 すると恭一がレイジの肩に手を置き、期待を込めた視線を向けてくる。

「――ははは……、師匠がアビリティを使わないでくれるなら、なんとか……」

「あら? もう着いたの? 以外と早かったわね」

 彼の言葉に苦笑していると、ドアが開き一人の若い女性が大きな紙袋を抱えて入ってきた。

 かなり綺麗な人だが、どことなくやる気のなさそうにだらけている雰囲気をただよわせている。歳の方は恭一と同じ二十一才ぐらいだろうか。

「ところでゆき、そんなところでなにしてるの? 邪魔だからそこをどきなさい」

 若い女性は今だレイジの背中辺りでコソコソしているゆきに、ため息まじりに告げる。

 というのもレイジがいるのは扉を入ってすぐの場所。そんなレイジのすぐ後ろにいるものだから、ゆきは部屋に入ろうとする若い女性の邪魔になっていたのだ。 

「わぁ!? で、でたぁ!?」

 声をかけられ、ゆきは逃げるように横へとび引く。

「なにが出たよ。失礼ね。――まあ、いいわ」

 若い女性はゆきの過剰な反応に不服そうにしながらも、学園長用の席へと歩いて行った。そして手に持っていた紙袋を机に置き、どっと腰を下ろした。

 あの席に座ったということは、彼女がこの十六夜学園の学園長なのだろうか。あまの若さに内心驚きを隠せない。

「それよりもいらっしゃい」

 普通ならここで大物感をただよわせて、ビシッとあいさつしてきそうなもの。だが彼女は足を組みながら、自宅でくつろいでいるかのごとくだらけた姿勢で迎えてくれた。

「楓、だから言っただろ。もう来るはずだからここにいろと」

「ガミガミうるさいわねー。仕方ないでしょ? あたし用のお菓子が切れちゃったんだから」

 腕を組みながら、ふんぞり返り出す楓。

「毎回思うが、購買でお菓子を山ほど買いまくる学園長って、どうみてもおかしいだろ……」

 恭一はこめかみを押さえながら、ため息をつく。

 両腕に抱えて大切そうに運んでいたのでなにか重要な物と思いきや、ただのお菓子だったらしい。しかも来客者用でなく自分用とは。学園長なのだからきっとすごい人なのだろうと思っていたが、そのイメージがどんどんおかしくなりかけていた。

「あら、ユーモアがあっていいじゃない。ほら、あんたたちも食べる? 少し位ならわけてあげてもいいわよ」

 紙袋からお菓子を机にぶちまける楓。そのせい重々しいオーラを放つ机にはお菓子の山が出来上がり、この部屋の雰囲気が台無になってしまう。

 すると那由多がはしゃぎながら、お菓子をもらいにいった。

「いいんですかー! では遠慮なく、この期間限定いちご味のレアお菓子を!」

「それはダメ。一個しか手に入らなかったから却下。別のにしなさい」

 那由他が期間限定と書かれたレアそうなお菓子の箱に手を伸ばすと、楓がさせまいと先に取り上げる。

「えー、いいじゃないですかー。好きなの選んでいいって言ったの楓さんですよー?」

「これはあたしの。というかそもそも、そこは遠慮する場面でしょ。これはただの社交辞令みたいなものよ、社交辞令。ここにあるのは全部あたしのなんだから、しっ、しっ」

 そしてあげくのはてにはお菓子を独占し、手で追い払い始めた。

「うわーん、ひどくないですか!?」

「――なあ、結月のところの学園長、ものすごく変わり者じゃないか? これ?」

「――あはは……、確かに少し変わってるってうわさはよく耳にするね。集会とかでもあまりビシッとしてないし、普段からずっとアレというか……」

 結月は視線をそらしながら、困ったような笑みを浮かべる。

「ははは、やっぱり。確かにこれはアレだよな。容姿は美人でも、中身はすごく残念みたいな」

「うん、そうかも」

「そこ! 聞こえてるわよ!」

 結月と小声で納得し合っていると、聞こえていたのか楓が指を突き付けながら怒鳴ってきた。

「「すみません!?」」

 これには二人してビクッとしながら、謝るしかない。

「――はぁ……、大人げなさすぎだろ……。仮にも十六夜学園学園長を任されているんだから、少しくらい威厳をだな」

「ほんと相変わらずうるさいわね、恭一は。――はいはい、おしゃべりはここまで! お菓子はあげないということで、さっさと本題に入りましょう」

 恭一の頭が痛いと言いたげな発言に、楓は手をパンパンたたいてすべての主張を強引に切り捨てた。しかもちゃっかりお菓子を分けてあげる発言も、なかったことにして。

「――おいおい、お菓子の件なかったことにしたぞ。なんかケチだな」

「――うん、これはケチかも」

「あぁん? あなたたちあたしにケンカ売ってるのかしら? ここがクリフォトエリアなら確実に仕留めにいってるわよ?」

 結月と再び小声で同意し合っていると、楓はドスのきいた声で怖いことを告げてくる。

「こわ!?」

「ひっ!?」

 その殺意が込められた視線に、身の危険を感じ気後れしてしまうレイジたち。もしこれがクリフォトエリア内だとマジで攻撃が飛んできそうだ。そう、まるでゆきの時みたいに。

「まったく、これだから最近の若い子たちは。いったいどういう教育を受けてきたのかしらね」

「いや、お前がどういう教育を受けてきたのか、こっちが逆に聞きたいぞ?」

 腕を組みながらあきれる楓に対し、恭一がつかさずツッコミを。

「ふん!」

 その圧倒的な正論に、楓は机にあったスナック菓子の袋を思いっきり彼目掛けて投げつけた。

「おっと」

 完全な不意打ちだったが、恭一は余裕をもって受け止める。さすがレイジの師匠。反射神経は抜群だ。

「ちっ、受け止めやがって。そこは当たりなさいよね、もう。――さて、事態は緊迫してるから、今後のことについてさっさと話し合いましょう」

 楓は止められたことで悔しそうにしていたが、気を取り直し話を進めだした。

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