第72話 十六夜学園


 レイジたちがいるのは私立十六夜いざよい学園。

 ここは十六夜島が作られた当初から創設された学園で、この島を代表する場所の一つといっていい。国際的な技術開発都市に恥じないよう、常に最先端技術を取り入れ充実した設備や、より優秀な人材を育成するために用意された様々なカリュキュラムなどなど。その教育における力の入れようはすさまじく、世界中から優秀な学生が集まる場所として名をせ続けてきた名門校である。

 もちろん現在でもその名声は衰えず、前々から第二世代育成機関の最高峰ほうと称されるほど。未来をになう優秀な第二世代や、企業、財閥関係者の子供たちの多くが在籍ざいせきしていた。

「――はぁ……、まさか目的地が十六夜学園とは……。しかも制服まで着せられてるし、嫌な予感が的中しやがった……」

 肩を落としため息をつくしかない。

 十六夜学園の生徒が通っているこの場所では、私服だと目立ちすぎる。そのためレイジとゆきは学園に来て早々、那由多が用意してくれたここの制服に着替えさせられたのであった。

 この学園は中等部と高等部があって、現在は高等部の方の校舎内を歩いていた。その規模はここが普通の学園なのかというほど広い。おしゃれなカフェテリアに、大きな部室棟や生徒用のラウンジ。ゆっくりとできそうな自然あふれる広場、さらには庭園まで。そんな様々な施設の建物や校舎内の内装は、開放感と高級感があふれておりまるで上流階級の者たちが通う学園というべきか。もはや充実な学園ライフ間違いなしの学園。一般の学園から来たら、そのあまりの格差に驚愕きょうがくすることだろう。

 今は授業中なのか割と静かである。しかし学生たちがなぜか普通に歩いていたりするのを、よく見かけた。

「まったくだぁ! 引きこもりのゆきに一番縁遠い場所へ、よくもつれてきやがったなぁ! なゆた! こんな話、一言も聞いてないぞぉ!」

 ターミナルデバイスをいじりながら歩いていた制服姿のゆきが、両腕を上げながら猛抗議する。

「まあまあ、そう言わず! せっかく十六夜学園に来たんですから、学生気分を味わいましょうよー! わたしたちは正真正銘十六夜学園生なので、気兼ねなく学生をやれるんですからねー!」

 すると那由多はくるりと軽い足取りで振り返り、バッと両腕を広げる。そして屈託くったくのない笑顔で、楽しまないと損とさとしてきた。

「そこが一番納得いかないんだよぉ! くおんはともかく、どうしてゆきまで十六夜学園の生徒になってるわけぇ!? 今学園のデータベースにアクセスして調べてみたけど、これってマジのやつだろぉ!?」

 ゆきが歩きながらもターミナルデバイスを操作していたのは、そのことを調べていたみたいだ。

「ゆき、マジのやつってどういうことだ?」

「ゆきたちはデータ上だけの学生じゃなく、本当に十六夜学園へ在籍ざいせきしてることになってるー。だって一年のクラス表にも、実際に記載されてるもん。ゆきは今年の三月からの転入生で、くおんたちはもっと前の六月からの転入生」

「――は? なあ、那由他。あれって表にはない、裏用の学生証じゃなかったのか?」

 さすがに一度も登校しない者を、表に出しておくわけにはいかない。ゆえに実際の名簿にはのっていないが、裏のデータベース上には存在するみたいな感じだと思っていたが、違ったらしい。

「えー、言ったじゃないですかー。正真正銘十六夜学園の学生証だって! レイジと甘酸っぱい学園生活ができるように、きちんと通える舞台を整えておきました! 気が利くでしょー! さすがは那由他ちゃん、ファインプレー!」

 那由多は胸に手を当て、得意げにウィンクしてくる。

「いやいや、なに考えてるんだ、あんたは!? というか一度も通ってないし、試験も受けてないから完全にもうアウトだろ」

 そうもし正式な学園生となっていたとしても、さすがに今まで不登校だと問題があるはず。試験などは当然受けていないし、出席日数はゼロ。もはやいつ退学させられてもおかしくない。

 だがゆきはレイジの予想をくつがえす情報を伝えてくる。

「くおんたち主席日数はゼロだけど、単位とってるから無事進級だってぇ。四月から高等部二年生らしいよぉ」

「――ははは……、もしかしてその単位は裏から無理やり操作して……」

「それについてはたぶん、きちんとした単位だと思うよ」

 那由他の裏からの干渉かんしょうで不正をしたのかと考察していると、別の声が聞こえてきた。声を掛けられた方に視線を移すと、そこには十六夜学園の制服を着た結月の姿が。

「結月、どうしてここに?」

「那由他から連絡をもらってね。みんなが着いたっていうから合流しようと思って」

「そっか。あれ、でも授業の方は?」

「大丈夫よ。今の時間はちょうど講義をとっていないんだ。ほら、十六夜学園は普通の学園と違い特別で、授業形式が受ける講義を自分たちで自由に選択する大学みたいな感じだから」

 そういえば十六夜学園の授業項目には、様々な分野があると聞いたことがあった。

 一般教育のほかに、企業、財閥関係者用の項目や第二世代ならではの項目など。第二世代の項目については演算力による作業やデュエルアバターの操作、電子の導き手の改ざんなど種類が豊富だとか。このため自身の進路に合った講義を選べるよう、大学のようなシステムをとっているのだろう。だから授業中にも関わらず、普通に歩いている学生たちがいたのだ。

「それでさっきの話だけど、単位についてはどれも出席日数関係なく試験とかの結果で決まるの。だから成績さえよければ、一度も講義を受けなくてもいいってわけ」

「その通り! このことに関しては、第二世代の社会進出問題が深く関係してるんですよねー。今の時代第二世代の力はどこも欲しているので、わたしたちみたいな子供でも働いてる者はいくらでもいます。もちろん第二世代育成機関の最高峰、十六夜学園であるならその人数は多い。となれば仕事により授業を受けれなくなる可能性があるため、すべて成績重視になったという流れなんですよ!」

 那由多は人差し指を立てながら、得意げに補足してくれる。

 第二世代のずば抜けた演算力の需要はすさまじいため、レイジや那由他みたいに働いている者は多い。エデン協会や狩猟兵団のデュエルアバター使いはもちろん、電子の導き手、や軍人、中には白神コンシェルンから一般の企業の社員まで。その人材が優秀なほど、どこも速いうちからスカウトしたがるために。そうなると仕事の都合で学園に通いにくくなるので、成績重視になるのも仕方のないことだろう。

 当然この話は財閥関係や上位クラスの企業にも当てはまる。若い第二世代の次期当主となれば今のうちから仕事を任されたり、視察や会合への参加などでいろいろ忙しいのだから。 

「この成績の方にも働いてる学園生のために、いろいろな救済措置が取られてるんです。学園側としては優秀な人材を卒業させ、より多くの知名度を上げたい。だから学外での活動の功績によって特別に単位を加算したり、個々の実績から試験を免状めんじょしたりなどね!」

「なるほど。だからオレも那由他も二年に進級できたというわけか」

 普通の学園では無理かもしれないが、ここ私立十六夜学園は社会に貢献する第二世代の育成をすべてとしている。よって基礎教育より第二世代としての技術力が重視され、こんなことが実現できたのだろう。

 レイジが納得していると、結月がそわそわしながら話を切り出そうとする。

「――じゃあ、久遠くんが納得してくれたところで、さっそく……」

「――はっ、ヤバイ。なんか悪寒おかんがぁ……」

 ゆきはいち早く身の危険を察知したのか、顔をしかめ後ろに下がろうと。だが遅かった。結果、彼女を狙う魔の手からはのがれられずに。

「キャー! ゆきの制服姿すごくかわいいよ! 思わず抱き付きたくなるぐらい!」

「やっぱりー!? くおん助け……、ぐふっ!?」

 抵抗虚むなしくゆきは抱きしめられ、彼女の顔は結月の豊満ほうまんむねに埋まった。

 どうやら結月はずっとこうしたくて我慢していたのだろう。ゆえに話の区切りがついた瞬間、すぐさまゆきに飛びついた感じだ。

「いや、結月、すでに抱き付いてるぞ」

 結月の言葉の食い違いに、レイジは思わずツッコミを入れる。

「でしょ、でしょー! ゆきちゃんの幼い外見に、少し大人びた十六夜学園の制服をチョイスすることで、なんとも言えない愛くるしさが際立つんですよねー。なんかもっとマニアックな方に踏み込んで、軍服とかのコスプレをさせたい衝動に駆られちゃいます!」 

 手をぐっとにぎりしめながら、目を輝かせる那由多。

「うんうん、その通りね! あー、家に持って帰りたくなるなぁ、このかわいさ! 反則級だよー! ギュー!」

 必死に逃れようと抵抗するゆきに対し、結月はぎゅーっとさらに強く抱きしめた。相当ご満悦まんえつみたいで、さぞ幸せそうである。

「あはは、わたしもゆきちゃんを制服に着せ替えてる時、存分に堪能たんのうさせてもらいました! 特に涙ぐみながら必死に抵抗するゆきちゃんは、こう危ない世界に目覚めさせられるほどの破壊力を持っていましたし!」

「いいなぁ! 今度私もゆきの着せ替えをしてみたいよ! そしてかわいいフリフリのお洋服を何着も、ふふふ……」

 結月は那由他と盛り上がりながら、うっとりするような笑みを浮かべなにやら妄想しだす。かわいいものを見るとテンションが跳ね上がりはしゃぐ姿は、普段のしっかり者の結月とギャップがありすぎて毎回驚きを隠しきれなかった。

 そろそろゆきの方が危なくなるころ合いだと思い助けてやろうとすると、彼女はなんとか自力で結月を押しのけ不満をぶちまけた。

「いい加減にしろぉ! ゆきを殺す気かぁ! おまけに胸の大きさに対する精神的ダメージまで与えるなんて、ひどすぎる―!」

「あはは、ごめんね。あまりのかわいさについ、またやっちゃった」

「――はぁはぁ……、今日は本当に厄日だぁ……。もう家に帰りたいよぉ……」

 がっくりうなだれながら、切実につぶやくゆき。

 確かに車酔いや那由他に無理やり制服を着せ替えられたり、十六夜学園の学生になっていたり。最後には結月に圧倒的戦力差を思い知らされるなどなど。あまりよろしくないイベント盛りだくさんなのだから。

 そんな中反省していた結月がふと思い出したかのごとく、レイジに伝えてくる。

「――あ、そうだ。久遠くおんくんも制服似合ってるよ」

「ははは、ゆきのついでにとってつけた感じだが、ありがとな」

「――あはは……、ゆきの制服姿のインパクトがあまりにも強すぎて……」

 目をふせながら、困った笑みを浮かべる結月。

 こうして結月も加わったことで、再び校舎内の廊下ろうかを歩き始めた。

「なにはともあれ、これでみんなで十六夜学園に通えるね!」

 結月はぱぁぁっと顔をほころばせながら、今後の日々に思いをはせる。

「結月、一つ言っておくが、オレはまだこの件を納得してないからな」

「ゆきもだもん! なんでこうなったか知らないけどこんなふざけた話、今すぐ白紙だぁ、白紙ー!」

 ウキウキ気分の結月には悪いが、ゆきと一緒に反論するしかない。

 この話を聞かされたのはつい最近。しかも今までくわしい説明なに一つされていないレイジにとって、そうやすやすと受け入れることができない案件。なので隣で撤回を求め猛抗議するゆきに、同意せざるを得なかった。

「ゆきちゃんはともかく往生際おうじょうぎわがわるいですねー、レイジ! さっさと認めちゃて、那由他ちゃんとのイチャラブ学園生活を過ごしましょうよー!」

「うん、せめて久遠くんだけでも来てほしいなぁ。みんなで学園に通うのすごく楽しみにしてるんだから」

 那由多と結月は期待に満ちたまなざしを向けてくる。

「結月には申し訳ないが、さすがに学園生活は無理だ。そんなヒマがあったらエデンで依頼をこなしたりして戦っていたいし、オレだけ事務所で留守番るすばんしとくよ」

 これには肩をすくめながら、自身の意思を貫いた。

 那由他の意味の分からない説得はともかく、結月の心からの本音は非常に断りにくい。片桐のご令嬢として周りから特別扱いされる結月にとって、気のしれた相手が近くにいるのは大変喜ばしいことのはず。だからこんなにも待ち望んでくれているのだろう。出来れば叶えてやりたいが、狩猟兵団やエデン協会でずっと過ごしてきたレイジにとって、今さら学園に通い普通の学生としてやっていくのには抵抗があった。

「――そっか……、残念ね……」

 レイジの答えに、シュンとしてしまう結月。

 さすがに無理強いはできないと、あきらめてくれたみたいだ。

「おや、もう目的の場所が見えてきてしまいした。レイジの説得はまた今度ですねー」

「――え、この先って……」

 そうこうしているうちに、とうとう目的の場所へたどり着いたらしい。

 結月はその場所に心当たりがあるのか、面を食らっていた。


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