第71話 ゆきの報告

「――十六夜島いざよいとうかぁ……」

 那由他が席を外してすぐ、ベンチに横になっていたゆきがぽつりとつぶやいた。

「どうした? 急に」

「別にー、ただちょっと家の事情があってさぁ。だからほとぼりが冷めるまで、あまり近づきたくないんだよねぇ」

 目をふせながら、ため息をつくゆき。

「そういえばゆきの名字って聞いたことなかったな。ははは、もしかしてどこかすごいところのご令嬢様だったりして」

 レイジは冗談交じりにたずねてみる。

 ゆきという名前は本名だと聞いたことがあったが、名字について口にしたことはなかったはず。もしかするとどこぞのご令嬢様だったりするのかもしれない。

 するとゆきは得意げに、とんでもない情報をカミングアウトしてきた。

「ふっふーん、まあねぇ! きっとくおんが想像してるよりも、さらに上の大令嬢ってやつかなぁ!」

「――おいおい、嘘だろ? どっからどう見ても、ゆきにそんな風格があるとは思えないんだが……」

 彼女をじっくり観察するがその幼さない外見と普段の言葉遣いのせいで、気品とかそういうものをほとんど感じられなかった。それもこれも正真正銘のご令嬢で気品あふれる少女、結月が近くにいるため余計にそう感じてしまうのだ。

「うん、間違いない。オレのイメージだとご令嬢様はこう物腰が優雅で、スタイルが良くドレスなんかが似合う感じだし。ゆきみたいなちんちくりんが、どこかの大令嬢なわけないないか、ははは」

 これには腹を抱え、笑うしかなかった。

「おい、こらぁ、くおん! 誰がちんちくりんだぁ! この正真正銘大令嬢のゆきに向かって、失礼すぎるだろぉ! 家の権力で闇にほうむってやろうかぁ!?」

 ベンチをドンドンたたきながら、ドスを利かせた声でなにやら主張してくるゆき。

 もし彼女が本当にどこかの大令嬢様なら、電話ひとつで屈強なスーツ姿の男たちを呼びだし、連れていくよう命令されてもおかしくない。なので意味ありげに笑いながら、謝っておく。

「ははは、すみません。さすがにそれは勘弁かんべんしてくださいよ、ゆきさま」

「うわぁ、なんか腹立つー、そのしゃべり方。普通に話せ普通にー!」

「はいはい、おおせのままに。それにしてもだいぶ酔いの方が、マシになってきたんじゃないのか?」

 さっきから自慢したり怒鳴ったりして割と元気そうなところをみると、もう車酔いの方が治ってきたのかもしれない。

「――んー、そうだねぇ。確かにマシになってきたかもぉ」

「これでやっと剣閃の魔女様の復活か」

「まぁ、これならあと少しで歩けるかなぁ」

 横になっていたゆきだったが、上体を起こしベンチに腰掛けた。

 顔色もだいぶよくなっているようなので、もう大丈夫そうだ。

「――そうだぁ、くおん。昨日言ってた災禍さいかの魔女に渡されたプログラムの話、あっただろぉ?」

「おっ、あの得体のしれないアビリティのプログラムのことか? もしかしてもう調べてくれたのか?」

 昨日ゆきのメモリースフィアを運ぶ依頼をこなしている時に、森羅からもらったプログラムの解析かいせきを頼んでおいたのだ。しかしあまりにも不可解すぎてすぐには解析できず、しばらく時間がほしいと言われていた。

「ふっふーん、感謝してよねぇ。昨日の夜は忙しくてできなかった分、起きてから車に酔うまでずっと調べてあげてたんだからさぁ!」

 ゆきは両腰に手を当て、そのつつましい胸を張りながら告げてくる。

「え? ゆきが車酔いしたのって、オレのせいだったのか……? まさかそこまでしてくれてたなんて……」

 もはや感動がこみ上げてしまう。車内の中でなにをそんなに一生懸命調べているのかと思っていたら、レイジのためだったとは。どうやらレイジのことを心配して、奮闘してくれていたらしい。

「そ、そんなことより報告だぁ、報告ー! ――ごほん。えーとねぇ、ただ期待させといてわるいんだけど、あまりくわしいことはわからなかったんだぁ。これはゼロアバターのように、セフィロトの制約を無視したヤバイプログラムだしさぁ」

 するとゆきは両手をブンブン振り、話を進めだす。

「やっぱり正規のプログラムじゃないのか。デュエルアバターを使ってる時とか、得体のしれない感覚がビシバシ伝わってきてたしな」

「それで結論から言うと、それ使わない方がいいよぉ。たぶんなにかしらのアビリティは使えると思うけど、演算における負荷がすごいことになると思う」

 ゆきの深刻そうにかたる雰囲気からみて、相当ヤバイものだとうかがえた。SSランクの電子の導き手の彼女が言うのだから、間違いないだろう。

「演算の負荷が……?」

「これの演算方式は普通のアビリティと違ってるみたいだがら、余計になぁ。最悪脳に負担をかけすぎて、廃人コースをたどったりするかもぉ」

「うわー、えげつないな、それ……。森羅の奴なんてものを渡してくれたんだよ」

 アビリティを使っただけで最悪取り返しのつかないことになるなんて、恐ろしいにもほどがあった。アビリティを使うための演算は精神的負担が激しいので、限界以上に使いすぎると脳に支障をきたしてもおかしくはない。それが普通のアビリティであるならばまだセーフティが発動しそうだが、この森羅にもらったセフィロトの制約を無視したアビリティとなるといったいどうなるか。不安がつのる。

「だから絶対使わないでよねぇ。くおんの場合戦いになるとよく人が変わったように戦闘狂になるから、ほんと心配だよぉ。勝つためになりふりかまわず使いそうだもん」

 ゆきは黒いドレスのすそをぎゅっとにぎりしめながら、心配そうなまなざしを向けてくる。

「一応オレだって分別はついてるつもりだぞ。エデン協会に入ってからは昔と比べて、結構自重できるようになってるほどだし」 

「えー、ほんとかぁ?」

 レイジの主張に、ゆきはジト目で問いただしてくる。

 そう深くツッコまれると、自信が薄れ少し本音がでてしまうというもの。

「うーん、だけどあまりの強敵相手に、気分が乗りすぎたら使ってしまうかも……。最高の闘争を味わうためなら、たとえどんな代償を払うことになってもって感じにさ、ははは……」

「おい、こらぁ!」

 ほおをかいていると、ゆきが両腕を上げながら怒ってきた。

「――た、たぶん大丈夫だ……。このアビリティからただようヤバさなら、使う時に躊躇ちゅうちょするはず……。さすがにこれから戦えなくなる廃人コースは、遠慮したいからな」

「――はぁ……。できるだけほどほどになぁ。本当にどうしようもない時とかは、ゆきがなんとかしてあげるから絶対頼ってよねぇ!」

 ゆきは自身のつつましい胸をどんっとたたき、有無を言わさない勢いで告げてくる。

 もはやどれほど心から心配してくれているのか、容易にわかってしまうほどに。

「ははは、ありがとな、ゆき。心配してくれて」

「べっ、別に心配なんてしてないもん!? ゆきのは、ほら、あれだぁ! 前にも言ったけど専属の下僕げぼくがいなくなったら、苦労するのはゆきだろぉ? だからそうならないように、くぎを打ってるだけぇ! すべてはゆきの快適な電子の導き手ライフのためだから、勘違いしないでよねぇ!」

 ゆきは両腕を組みながら、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 その隠そうと必死になっている姿が彼女の子供っぽい外見とあわさり、すごく可愛く見えてしまっていた。気付けばゆきの頭をなでているほどに。

「おー、なんだか帽子ぼうしを取ったゆきにそんな反応されると、グッとくるものがあるな。こう小さい子の素直になれない、いじらしさみたいな感じにさ。よしよし」

「なぁっ!? なに人の頭をなでてるんだぁ! 子ども扱いするなぁー! そんなにも死にたいのかぁ!」

 口をあわあわさせながら、両足をばたつかせ文句を言ってくるゆき。

「現実だと攻撃がとんでこないから、ほんと安心だよ。ははは」

 これがクリフォトエリア内だと、間違いなく剣が襲ってくる場面。ゆえに普段出来ないことを今のうちに、味わっておきたい気持ちになってしまう。ただあまりやり過ぎると後が怖いので、そろそろ止めてあげようとする。

 しかしそこへ。

「――あれ? 戻ってみたら、なにやらほほえましい光景が。――はっ!? これはまさか!? ゆ、ゆきちゃんを絶賛攻略中なんですかー!? レイジー!?」

 戻ってきた那由多が、まるでほほえましいものを見る表情を。しかしそれもつかの間、彼女は口元にぱっと手を当て、なにやらショックを受けていた。

「那由他の奴また面倒なタイミングで戻ってきやがって……。――さぁ、さっさと目的地に行くぞ、二人とも」

 那由他の言及を回避するため、さっさと車に戻るべきだと判断。二人に声をかけて逃走をはかる。

「待ちやがれぇ! くおん! この落とし前はまだついていないぞぉ!」

「那由他ちゃんというものがありながら、ところかまわず女の子を攻略するなんて許せません! 弁解を聞かせてもらいますよー! レイジー!」 

 そんな逃げるレイジに対し、ゆきと那由多はぷんすか抗議しながら追いかけてくるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る