第70話 十六夜島

「あー、それにしても眠い……」

 レイジは思わず大きな欠伸あくびをしてしまう。

 時間帯は十時頃。空は晴れ渡っており、もう三月なので陽気な気候が眠気を誘う。レイジたちがいるのは海沿いにある広場。ここは木々が立ち並び、花々もたくさん植えられている緑豊かな場所。さらに海も見渡せ、気持ちのいい潮風が吹き抜けるまさに絶好のスポット。散歩だったりおしゃべりだったり、みなのんびりとした時間を過ごしている。そしてレイジは海に面した道の、海側の手すりに持たれながら那由多と話していた。

 実のところさっきまで彼女が運転する車にゆきと乗っていたのだが、ある理由から降りて一休みすることになってしまったのである。

「あれからずっとゆきちゃんのお手伝いをしてたんですよね?」

「ああ、新規データが入ったメモリースフィアを、ほかのアーカイブポイントに届ける作業を、散々やらされたよ。すべてが終わったら、もう日が昇ってた。ほんと人使いが荒い剣閃の魔女さまだ」

 ぐったりと肩をすくめながら、夜のことをかたる。

 ゆきのメモリースフィアを運ぶ依頼は極力人目につかず、隠密行動が基本。よってゆきの索敵だったり、人目を避けるため迂回うかいしたりで普通に向かうよりも余計に時間が掛かってしまい、結局朝まで働かされたのであった。

 隠密行動のための様々なオーダーを投げ掛け、合計三か所のアーカイブポイントに向かわせるその人使いの荒さときたら、とんでもないものであった。

「あはは、お疲れさまでした! 目的地に着いたら、しばらくゆっくりしといてください! こちらはその間にアラン・ライザバレット側の情報を、集めておきますので!」

 那由多は自身の胸に手を当て、頼もしい限りにほほえんでくれる。

「お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。――そういえばレーシスは今どうしてるんだ?」

「レーシスにはしばらく軍で待機しといてもらいます。強制ログアウトした以上クリフォトエリアに行けませんから、あちらでお留守番ですねー」

 今のレーシスは強制ログアウトのペナルティにより、クリフォトエリアに三日間入れない。なのでこの件での彼の戦力は、期待できなくなってしまったわけだ。今ごろは軍の方で情報集めに奔走ほんそうしてくれているのだろう。

「――まあ、レーシスが抜けたのは戦力的に少し痛手だが、こっちには結月とゆきもいるしまだなんとかなりそうだな。――ということだから期待してるぞ、ゆき。剣閃の魔女の力があれば、現状いくらでも巻き返しがきくだろ?」

 レイジは頼りになる、黒いゴスロリ服を着たSSランクの電子の導き手に声をかける。

 するとさっきまでだまっていたゆきが、ベンチに寝転がりながら力なさげに返事をしてきた。

「――お、おぅ。――ま、任せといてぇ……」

「まったくしまらない返事だな。ほんとに大丈夫なのか?」

「――う、うるさい……、剣閃の魔女をなめるなぁ。この程度すぐに回復してぇ……、ぐふっ……」

 ゆきは起き上がろうとするが、すぐさま気持ちわるそうに口をふさぎまたベンチに倒れ込む。

「ゆきちゃん、あまり無理しないほうがいいですよー。もう少し安静になっていたほうが……」

「ははは、車酔いでダウンとは。だから車内でターミナルデバイスをいじるのはやめとけって、言ったんだよ」

 なぜゆきがぐったりしているかというと、それは車酔いのせい。

 彼女は車に乗っている時間が惜しいと、ターミナルデバイスを使っていろいろ調べごとをしていた。一応注意はしておいたのだが、ゆきはそんなの大丈夫に決まっていると主張し、まったく気にしていなかったのだ。だが車内で長時間そんなことをしていれば、車酔いしてしまうのも仕方のないこと。結果、車を停めてしばらくこの広場でゆきの回復を待つ羽目になったのであった。

「――うぅ……、少しくらいなら大丈夫だと思ったんだけどなぁ……。――はぁ……、こんなことになるなら、家で引きこもってるべきだったぁ……。やっぱりゆき自身が外に出向く事態、おかしかったんだよぉ」

 目をふせ、後悔の念を抱きだすゆき。もはやおうちに帰ると、いつ言いだしてもおかしくないほどだ。

「いや、そろそろその引きこもりグせ、直すべきだろ。そうすれば毎回余計に疲れるガーディアン操作で、仕事をせずに済むんだぞ」

 ゆきの引きこもりグセは筋金入り。クリフォトエリアで外に出向く仕事をする時はガーディアンを使い、基本自身のアーカイブポイントから出なかった。ガーディアンで仕事をこなすのは、当然精神的負担が通常より重い。しかも離れているため改ざんの力が薄れてしまい、作業効率がわるくなってしまうにもかかわらず。

 もちろんこの方法が使えない時もあった。その一つは改ざんのサポートの時。相手に同クラスの電子の導き手がいる場合、ガーディアン経由や離れたところでだと、どうしても改ざんによる場の支配権の奪い合いに一歩遅れてしまう。なので本人が直接現場に行き、出来るだけ依頼者の近くでサポートしなければならないのだ。

 そしてもう一つ。仕事先が別のアースのクリフォトエリアの場合。自身のアーカイブポイントから現場があまりにも離れていると、ガーディアンの遠隔操作や改ざんの作業が非常に難しくなるため、ゆきが現場におもむくしかなかった。もちろんこうなると現実とアースのリンクによるラグ問題が発生。なので彼女自身も自宅からではなく、現地に向かってからエデンに入らないといけなかった。

「えー、嫌にきまってるー。ゆきは自分のホームベースで、優雅にゆっくりしてたい派だもん。だからくおんみたいにあちこち飛び回ったりなんて、できやしないよぉ」

 レイジにしてみれば別にどこに呼ばれ、向かおうがまったく気にならなかった。

 それもこれも狩猟兵団レイヴンという民間会社が一か所に拠点を構えず、常にデータの奪い合いが激しいところへ向かい活動をしていたから。なので小さいころから海外を転々としてきたレイジは、依頼であちこち渡り歩くのがもはや当たり前のことになっているのだ。

「――うっ、しゃべってたらまた……」

 話している途中で、ゆきが再び気持ちわるそうに口元を押さえる。

「――おいおい、なんだか先が思いやられるぞ……」

「まぁまぁ、レイジ! 目的地もすぐそこなんで、少しぐらいゆっくりしていきましょうよー!」

 ゆきに呆れていると、那由他が彼女のフォローに回る。

 と思っていたのもつかの間。

「なんならゆきちゃんにはここで休んでもらい、那由他ちゃんとのデートなんていかがでしょう! 海が見えて景色は抜群! しかも晴れ渡っていて絶好のデート日和びより! もう思う存分、イチャイチャできますよー!」

 那由多ははしゃぎ気味に腕をからめてきて、左手をバッと海の方へ向けた。そしてぱぁぁと顔をほころばせ、誘ってくる。

「いや、そんな暇があったら車で寝とくし」

 いつもの隙あらば猛アピールしてくる那由他に対し、腕をほどきながら正論を告げる。

「うわーん、レイジのいけずー!」

「――で、ここまで来たということは新しい拠点がここ十六夜いざよい市じゃなくて、向こうの十六夜島いざよいとうにあるんだよな?」

 涙目でうったえてくる那由多をスルーし、別の話題へと持っていく。ここからでも見える巨大な人工島に視線を移しながらだ。

 十六夜市とは今から90年前の1985年に、世界最先端の技術開発都市にする計画をもとに作られた都市。ここは研究設備はもちろん、政府側からの資金提供なども充実しているため技術の進歩がすさまじく、各国の技術者がこぞって集まる場所として昔から世界中に名をとどろかせていた。

 この十六夜市には様々な研究機関のほかに、大規模な軍の施設がもうけられている。さらに今だと多くのエデン協会や狩猟兵団の民間会社が集まっており、アイギスの事務所もこの十六夜市にあった。

「はい、世界の電子工学の中心地である十六夜島! エデン財団のホームベースであり、あの十六夜学園はもちろん、白神コンシェルンや狩猟兵団連盟の本部などなど。主要な組織がこぞって集まる、今世界で最も重要視されてる場所です!」

 十六夜島。ここは十六夜市が当初の予想よりはるか上の実績をたたき出したため、2002年にさらなる大規模な技術革新を目指し作られた人工島である。ゆえに世界中の技術者を招き入れ、国際的な技術開発都市をコンセプトとしていた。その大きさはこれまで幾度の増設工事を行ってきたためきわめて広大。十六夜島の約三分の一をしめる、最先端研究所があつまる研究エリアはもちろん、空港や港も完備。居住密集地もいたるところにあり、この十六夜島を利用する人のためにお店や娯楽施設も充実。白神コンシェルンやエデン協会、狩猟兵団連明の本部。さらには今や世界でも一、二を争う重要地点ゆえ、大財閥の支社までもがたくさん建てられているほど。そのため十六夜島の街並みはもはや都会レベルであり、人口の方もすごいことになっていた。

 ちなみに十六夜島だが十六夜市と大きな鉄橋でつながっており、陸路からでも行けるのであった。

「確かあそこって世界屈指くっしの財閥の支社が、結構建てられてるよな。これって昨日聞いたアレとなにか関係があるのか?」

 アポルオンとなにか関係があるのか聞いてみる。

 セフィロトはこの十六夜島で開発を進められていたので、アポルオンとなにかつながりがあるかもしれない。その証拠にこの人工島にはなぜか、大財閥の支社がいくつも集まっているのだから。

「ありますよ。あの人工島とここ十六夜市には、ある隠された秘密がありますからその関係上、例のメンバーが入り浸ってるんですよねー」

「んー? なんの話ー?」

 ゆきはダウン状態でありながらも、今の話が気になるのかたずねてきた。

「あはは、少しばかり物騒な、世界の裏事情の話ですよ! ほら、あの十六夜島って、結構怪しいウワサが飛び回ってるじゃないですか! エデン財団の倫理りんりに反した実験とかいろいろとね!」

 すると那由他が誤魔化そうと、別の話題につなげる。

 エデン財団とはセフィロトがエデンを生み出すプランを表に出した直後、白神コンシェルンが設立した組織。その役目は電子の世界と現実を結ぶ技術開発。それゆえセフィロトと共にエデン用の機材や第二世代といった様々な開発に取り組み、今現在もさらなる人類の進歩のため研究が進められているのだ。

 エデン財団はその活動の重要性から各国の手厚い支援が行われ、研究事業が非常にさかん。中でも十六夜島は研究資金や設備が特に優遇されているので、エデン財団の本部が置かれ活動拠点になっているのであった。

「あー、あったねぇ。わるいこと言わないから、あそことあまり関わらない方がいいよぉ。もう今のエデン財団は昔と違う。もとは白神コンシェルンの管理下にあったけど、今じゃほとんど独立して好き方だいしてるからなぁ」

「へー、ゆき、くわしいな。そんな話初耳だぞ? これも剣閃の魔女ならではの情報ってやつか?」

「――え? ま、まぁねぇ!? 剣閃の魔女やってたらそれくらいの情報の一つや二つ、いくらでも入ってくるよぉ! だからゆきが知ってても、なんの不思議もないもん!」

 レイジのツッコミになぜか過剰に反応し、必死に主張してくるゆき。

 そのあまりの勢いのせいで、押され気味に返事するしかない。

「――お、おう、そうだな……」

「おや、着信が。すみません。少し話してくるので待っててくださいね!」

 ふと那由他のターミナルデバイスの着信が。

 どうやら込み入った話らしく、彼女はレイジたちに断りを入れこの場を離れていった。



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