第69話 今後について


「――レイジ、頼むからもう少しゆっくりと……」

 レーシスに肩をかしながら歩いていると、彼がぐったりとした状態で頼んできた。

 現在レイジたちはクリフォトエリアからログアウトして現実に戻り、ネットカフェを出たところだ。そして今ダウン状態のレーシスを運びながら、先に店の外に出ていった那由他たちのところへ向かっていた。

「無理だな。この状況さすがに目立つし、なにより重い。だから頑張れよ。レーシスはあの執行しっこう機関のエージェントなんだろ?」

「――てめぇ……、最後殿しんがりを務めてやったこと、忘れたわけじゃねーよな?」

 適当に扱っていると、レーシスが恨みがましく主張してくる。

「ちっ、そうだった。――仕方ない、わかったよ」

 確かにレーシスが時間を稼いでくれたおかげでレイジたちは安全にログアウトでき、無事に戻ってこれたのだ。その恩があったのでしかたなく彼の言う通りにしてやった。

「ストレイガ―くん、すごくぐったりしてるけど大丈夫なの?」

 那由多たちがいる駐車場のところにたどり着くと、結月が心配そうに駆け寄ってきた。

「ああ、強制ログアウトによる一時的な後遺症こういしょうだから、なんの心配もいらないよ。強制ログアウトは一気に意識を現実に引き戻すから、そのときの衝撃でこんな風に気分が悪くなるんだ。これは同調レベルの設定が自分の最大値に近いほど強くなるから、結月も気を付けた方がいいぞ」

 強制ログアウトのペナルティは自身の様々な情報を落としてしまい、三日間クリフォトエリアに入れなくなる。そのほかにも突然リンクが切れた反動で、ダウン状態になってしまうのだ。よって今のレーシスのようにしばらくの間気分がわるくなり、ぐったりしてしまうのであった。

 ちなみにあれからどうなったかというと、レーシスは崩落直前に強制ログアウトさせられたらしい。数分とはいえあの三人を一人でくい止めたのだから、たいしたものである。

「さっ、ここまで来たらもういいだろ? 少しベンチにでも座って休んどけ」

「おう、サンキュー……」

 ネットカフェの駐車場のはしには、自動販売機と休憩用のベンチが設置されていた。なのでレーシスをそこまで運び、座らせる。すでに夜が遅いため、周りには誰もおらず静まり返っているといっていい。なので周囲に気にせず、込み入った話ができそうだ。

「それでレーシス。強制ログアウトで落ちたデータはどうなった?」

 もしここでレーシスがアイギスに関するデータを落としていたら、あとあと面倒なことになってしまう恐れが。そのため真っ先に確認しておくべきであった。

「そうだねー。俺がやられてすぐ建物が崩壊したから、たぶん向こうには渡ってないと思うぜ」

「なら、一安心か。それで那由他。これからどうする?」

 強制ログアウトにより落としたデータはしばらくすると消えるため、瓦礫がれきの下敷きになったのなら大丈夫だろう。探そうにも見つけ出すのに時間がかかるのもあるが、第一崩落に巻き込まれたアリスたちにそんな余裕はなさそうだ。

「――ふむ、ゆきちゃんをアラン・ライザバレット側から助けだしましたし、いったん一段落というところでしょう。向こうも立て続けに行動を起こすとは、あまり考えられませんしねー」

「アランさんも三日間とか言ってたから、本命の計画はもう少し経ってからだろうな」

「はい、なので今はゆきちゃんからの連絡待ち! そして今後の対応を軽く決めて、今日は解散でいいと思います! みなさんお疲れでしょうし!」

 手をポンと合わせ、みなにほほえみかける那由多。

 あれからどうなったかを聞くためゆきに連絡をとりたいが、つながらない状況。おそらくまだクリフォトエリア内にいるのだろう。このことから彼女は今だ強制ログアウトしておらず、時間的に見てうまくあの場から逃げ切れた可能性が高かった。

「わかった。結月、お疲れ様。最後まで残ってくれて本当に助かったよ。今日はもうゆっくり休んどいてくれ」

「うん、久遠くんたちもお疲れさま。まだまだ足手まとい感は否めないけど、少しでもみんなの役に立てたならよかったよ」

「結月! 足手まといだなんてそんなこと全然ありませんよ! 凄腕連中相手にやられず戦い抜いてくれたおかげで、人数差によって押されずに済んだんですから! あはは、これでアイギスの戦力は大幅にアップしたも同然ですねー!」

 少し自信なさげに苦笑する結月に、那由他は彼女の肩に手を置き力説する。

 今回の敵はさすがに相手がわるすぎた。SSランクレベルのデュエルアバター使いに、あのアリス。さらには幻惑げんわくの人形師まで。敵の主戦力クラスが一斉に襲いかかってきたのだから。

「だな。それにしても敵側はすごい戦力をそろえてきてるみたいだな。レイヴンメンバーはもちろんだけど、幻惑の人形師、そして特にあの鎧の男。あいつはかなりやばいぞ。アビリティもそうだが、あの剣さばきはただ者じゃない」

「そうですねー。しかもその人アポルオンメンバーだったわけですし、これは本格的にまずいことになってきました。前々からアポルオン側でも怪しい動がいくつかありましたが、まさかアラン・ライザバレットとアポルオンの一部の派閥が手を組むとは……」

 結月の話によるとその鎧の男はアポルオン序列七位の次期当主だったらしい。なぜアポルオン側の人間が、敵であるはずのアラン・ライザバレットと組んでいるのだろうか。どうやらアポルオンという組織には、まだレイジが知らないことが多々あるらしい。

「今のアポルオンって、内部分裂みたいなことが起こってるのか?」

「うん、パラダイムリベリオン後から、意見の食い違いが大きくなってるの。アポルオン本来の計画をつらぬこうとする上位序列組と、新しい理念を掲げ始めた中、下位の序列組が。ちなみに序列一位側は中立的立場よ」

「なるほど。世界を支配するぐらいの強大な組織となると、やっぱり一筋縄ではいかないということか。――うん?」

 結月の説明に納得していると、レイジが持っているターミナルデバイスの着信が鳴った。確認してみると相手はゆきのようだ。

「そういえばまだレーシスに返してなかったっけ。――えっと、相手は……、ゆきからだ」

「きましたか。レイジ、みんなに聞こえるようにしてください」

「ああ。ゆき、そっちはどうなった?」

 この場の全員が聞こえるようにスピーカーの設定をして、ゆきにたずねる。

「なんとか無事ー。完全に幻惑の人形師を振り切って、別のアーカイブポイントに持ち出したメモリースフィアを保管しおえたって状況だよぉ。くおんたちの方はぁ?」

 するとのんきそうな声で返事が返ってきた。この様子だと大事にはいたっていないようだ。

「こっちはレーシスが強制ログアウトしただけだ。――っていうかあの馬鹿げた仕掛けはなんだ?」

「おっ、そういえばどうだった、あれぇ? ゆき、自慢の最終兵器、すごかったでしょー!」

 はっちゃけたテンションで聞いてくるゆき。

 これにはさすがに文句をぶちまけるしかない。

「あのな、下手したら全員強制ログアウトしてたんだぞ。助けに来てくれた恩人を巻き込むなんて、どういう神経してるんだよ」

「――まあ、わるかったと思ってるよぉ……。でもあれにはすごい思い入れがあったんだよねぇ。仕掛けを作る時に電子の導き手の限界に挑戦しようと夢中になりすぎて、気付けばあんな大作ができてさぁ。だからつい使っちゃったんだぁ。ごめんねぇ」

 罰が悪そうに謝ってくるところをみると、どうやら反省はしているようだ。

 確かにあれほどの大掛かりな仕掛けを使わずにおわらせるのは、もったいない気がする。アーカイブポイントの建物を崩壊しようとするならば、いたる所の支柱を改ざんでもろくし大量の爆薬を設置しなければならないはず。それゆえ相当の労力と金をかけたに違いないのだから。

「――そ、それに一応くおんたちのことは信じてたもん……。この程度でくたばる連中じゃないってさぁ」

 ゆきは少しテレくさそうに自身の本音を告白してくれる。

「――はぁ……、もういいよ。せっかくの仕掛けを、無駄にしたくない気持ちはわからんでもないし」

「ありがとぉ。じゃあ、この件は終わりにして、本題に入るよぉ。まずはくおんからぁ。もう少ししたらまたゆきのところに来てねぇ。この後新規のデータをほかのアーカイブポイントの方にも持っていって、バックアップ用のメモリースフィアを完成させておきたいんだぁ」

 ゆきはいつもの剣閃の魔女の感じで、ビシビシ話を進めだす。

 彼女としては少しでも多くのバックアップ用のメモリースフィアを、完成させたいらしい。ただでさえ彼女は狙われており、いつ再び襲撃を受けるかわからない。ゆえに相手側がそうそう動けない作戦終了後の今のうちに、バックアップ用のメモリースフィアへ最新のデータを更新したいのだろう。こうしておけば万が一再びゆきのアーカイブポイントが襲われても、持ち出すデータが少なくて済み、奪われた場合のリスクがかなり減らせるのだ。

「――おい、ようするにまだ働かされるのかよ……。その依頼内容だと、今日は徹夜確定だろ……」

「――あのねぇ、ため息をつきたいのはゆきの方だもん。こっちは朝からずっとアラン・ライザバレット関係でごたごたしてるのに、まさか寝る時間まで削られるだなんてなぁ……」

 現状に対し、二人でため息をつくしかない。

 レイジにとってメモリースフィアを無事に届ける仕事は、あまり気分が乗らない。なぜなら予備のアーカイブポイントの場所がばれないように、極力戦闘は避け隠密行動にてっしなくてはならないからだ。そのため普通の戦闘は禁止。不意打ちでしとめるか、応戦してすみやかに片付けたりなど。しかもゆきが索敵し安全なルートに誘導するので、敵になかなか出会わないのである。とにかくおもしろくない仕事のため、軍やほかのエデン協会の者に頼んでくれと言いたいがゆきは了承してくれないだろう。こういった運び屋の仕事は最終的に、雇い主が隠しているアーカイブポイントの場所を知らせてしまう場合が多い。そうなればその場所の情報が運び屋によって漏れる恐れがあるので、できるだけ信頼できる者に運ばすのが一番なのであった。

「あはは、頑張ってくださいね! レイジ! 那由他ちゃんは今後の計画を立てないといけないので!」

久遠くおんくん。それなら私も手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。こっからはゆきに散々こき使われるだけだから、後はオレがなんとかしておくよ」

 結月の申し出は非常にありがたいが、これ以上彼女に負担を掛ける訳にもいかないので断っておく。

「それとなゆたにも話があるー」

 レイジに用件を伝えたあと、ゆきは那由他の方に話を振りだす。

「はい、なんでしょう?」

「あいつらに好き放題荒らされたから、ゆきは報復するつもり! 剣閃の魔女にケンカを売ったこと、後悔させてやりたいもん! だから本腰を入れてこの件に介入するから、しばらくアイギスと行動を共にしようと思うんだぁ。なゆたたちも狙いは同じはずだろぉ? ならアイギスの戦力と、ゆきの電子の導き手の力を合わせないー?」

 ゆきの声色からして、そうとう根に持っているみたいだ。

 自分の家を土足で荒らされまくったあげく、最後にはその場所を失う羽目になったのだから、当然といえば当然。彼女がキレるのも無理はない。

「それはこちらにとって願ってもない話ですねー! ゆきちゃんがわたしたちのメンバーに加われば、これほど頼もしい味方はいません! どうかよろしくお願いしますね!」

 この申し出に快く了承する那由多。

 彼女の参戦はアイギスにとって、大幅な戦力増加といっていい。改ざんのサポートだけでなく、ゆきはレイジたち並みに強いのでもはや願ったり叶ったりであった。

「ふっふーん、まぁ、それほどでもあるかなぁ。なんたって剣閃の魔女のゆきが味方につくんだからさぁ」

「では現実の方で会えたりします? やっぱり一緒に行動した方がなにかと都合がいいので!」

 さぞ得意げに宣言するゆきに、那由多は提案を。

「えー、それって外に出ろってことぉ? あー、めんどくさいなぁ……。でも仕方ないかぁ。じゃあ、またそのうち迎えに来てねぇ」

 すると予想通り嫌がるゆき。やはり引きこもりの彼女には外に出ることに対して、ひどく抵抗があるらしい。だが状況が状況ゆえ、しぶしぶうなずいてくれた。

「わっかりましたー! では明日の朝にでも迎えに行くので、準備しといてください!」

「了解ー」

 ゆきの返事と共に通話が切れた。

 これで後は今後の方針を軽く決めて、解散するだけである。

「――さて、これでゆきちゃんが仲間に加わったことですし、まずは活動拠点をどうするかですねー。アイギスの事務所は少し危険として、軍の方も相手にアポルオンメンバーがいる時点で安全ではありません。――となれば……」

 那由多は腕を組みながらアゴに手を当て、思考をめぐらせる。

「ほかに拠点になりそうなところなんてもうないだろ?」

「――いえ、一つだけあります。結月、明日は十六夜いざよい学園に通いますよね?」

「うん、一応そのつもり。もしなにかあったら、いつでも連絡してね。すぐに駆けつけるから」

「ふむふむ、となると有力候補はやはりあそこですかねー! ふっふっふっ!」

 ほおに指をポンポン当てながら、楽しそうにかたる那由多。

 どうやら拠点となる場所の目星がついたらしい。ただ彼女の不敵な笑みが、なにやらよからぬことを考えていそうな気がして止まなかった。

「なんだ、その不気味な笑いは……。なんか嫌な予感が……」

「いえいえー! そんなはずありませんってばー! なんたってこれから向かう新拠点は、楽しい楽しい場所ですからねー! なので少し早いですが、さっそく手筈てはずの方を整えておきましょう!」

 レイジの不安げな表情に対し、とびっきりの笑顔で返してくる那由多なのであった。


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