第68話 レイジvsアーネスト

 視線を破壊音の方へ移すと、結月がレイジたちの方へ向かって走ってきた。

「――はぁ……、――はぁ……、――よかった。久遠くおんくんも那由他も無事だったのね」

 結月は立ち止まり肩で息をしながら、声をかけてくる。

 彼女も戦っていたらしく、そうとう疲弊ひへいしているようだ。

「結月!? そっちは大丈夫だったのか?」

「――あはは……、あんまり大丈夫とは言えないかな……。今ちょうど相手に大技をくらわせて、逃げてきたところだから」

「ゆきのやつはどうしたんだ? 一緒にいないということは、まさかやられてしまったとか?」

「ううん、ゆきはメモリースフィアを持って、アーカイブポイントから脱出したよ」

 ゆきのアーカイブスフィアが保管してある部屋近くには、このアーカイブポイントの外に出る扉が用意されているのだ。その扉をくぐることで、誰でもこの洋館から外の高層マンション近くに出ることが可能なのであった。

「ただ、幻惑げんわくの人形師が追っていったのが心配なんだけど……。――あ!? それよりも実は……」

「ッ!? 結月! 後ろだ!」

 慌ててなにかを伝えようとする結月に、レイジは異変に気づきすぐさま伝えた。

 なぜなら今彼女の後方には、全身鎧よろいをまとった男が結月にせまっていたのだから。

「――え? うわっ!? あれをくらって、もう追いついてきたの!?」

 大きく開けた口を手で押さえる結月。そしてなんとか氷剣を生成するも、へびににらまれたかえるのようにおじけついてしまっていた。

 どうやら相手は相当の腕を持っており、彼女では荷が重いのだろう。このままでは結月が危ないので、レイジはアリスとの戦いを一時中断し地を蹴った。

「結月、下がれ!」

「――あ、うん!」

 後退する結月とすれ違い、レイジは抜刀のアビリティを。この状況はさすがにまずい。アリスだけでも精一杯だというのに、そこにいかにも強そうなデュエルアバター使いが乱入してくるとなると、劣勢に立たされてしまうはず。それにただでさえ外には狩猟兵団の集団が押し寄せて来ているのだ。ゆきが脱出した以上長居は無用。早くレイジたちも脱出しないと、強制ログアウトの危険性がますます高くなってしまう。

「悪いが速攻で決めさせてもらう。行くぞ!」

 ゆえにレイジは出し惜しみせず、一気にけりをつけようとした。

 普段はある程度敵と戦い、向こうの戦闘データを把握してから的確なタイミングで仕掛けるのだが、今はとにかく時間がない。全力で斬り伏せるのが最善手。

「ハァァーッ! 抜刀!」

 次の瞬間、レイジの抜刀のアビリティによって強化された一撃必殺の斬撃が、鎧の男へと。

「ほう、いい斬撃だ。だが甘い!」

 しかし鎧の男はそれに対応。圧倒的速度と威力をあわせ持つ抜刀の斬撃を、神業的剣さばきで受け流す。結果、レイジの死の閃光の軌道が相手の左肩へと、逸らされてしまった。くらわせはしたが、対してダメージを受けていないようす。一応斬った手応えはあったのだが、かすった程度だったのだろうか。

「なっ!?」

 これには驚愕するしかない。相手は初見殺しといっていいほどの抜刀のアビリティを、一発目から見抜き反応。これがアリスなら何度も見せてきたがゆえに、防がれるのは仕方ない。だが彼とは会ったことさえないのだ。たとえ情報をあらかじめ手に入れていたとしても、実物と情報とでは全然違う。それなのに対応してくるなど、相手はどれほどの力量を持っているのだろうか。この時点で彼の剣の腕は本物。レイジよりも上なのはすぐにわかった。

「次はこちらからいかせてもらう」

 大技を繰り出したレイジに生まれた隙を的確に突こうと、鎧の男は瞬時に剣を振りかぶる。

 さらに驚くべきことはこの男。レイジの抜刀による斬撃をただ防いだのではなく、すぐさま攻撃を放つことを考え最小限の動きでさばいていたのだ。よって敵の一撃はとっさにだした反撃ではなく、計画的に繰り出された万全の攻撃。精密さと重さをあわせ持つ、レイジにとって非常にマズイ剣戟けんげき

「ッ!? させるか!」

 そのため次にレイジがとる行動は決まっていた。まずこの一撃はかわせない。ただでさえこちらは抜刀による反動を受けているので、後退しようにもきっと間に合わないだろう。第一彼ほどの腕なら、万全のレイジでも逃がしてくれないほど。ゆえに攻勢に転じるしかなかった。そう、相手の剣が届くよりも先に、レイジの刃をたたき込む。

 幸い相手は鎧を着こんでいるので動きが少し鈍い。これならほんのわずかな差で、レイジの剣速が勝つ。

 両者ほぼ同時に放った斬撃。勝敗を決めるのは剣の速度。まさしく西部劇のガンマン同士が行う、早打ちみたいなものといってよかった。

「やったか!?」

 そしてレイジの斬撃が先に鎧の男に入る。軌道の方はバランスを崩した状態で繰り出したにも関わらず完璧。相手の胴体をもろに切り裂いた。

「――ははは……、マジかよ」

 だが斬ったにも関わらず、鎧の男はひるみさえしない。

 抜刀のアビリティを使っていないので威力はかなり落ちるが、それでもデュエルアバターの一撃。昨日やり合った狩猟兵団の者たちのように、なんらく斬り伏せられるほど。しかしどうやらこの程度の攻撃では、ダメージがほとんど入らないらしい。

(そういことか!? この男の鎧の強度はアビリティによるもの。――ははは、どおりで固いわけだ……)

 今までの流れからしてレイジの考察が正解だろう。本来今の一撃や抜刀のアビリティによる斬撃をくらい、あまりダメージを受けていないこと自体がおかしい。なぜなら鎧のような防具系の防御性能は、このクリフォトエリア内だと大して高くないように設定されているのだ。しかも強度が上がるほど重量が増す性質が付加されているため、実用性レベルの防具だと速度が激減し最悪戦闘にならない恐れが。だが目の前の男の鎧はレイジの攻撃をもろともしないありえない防御力をもち、しかも速度がほとんど減少していない。実際これほど破格の防御性能だと、あまりの重量により満足に動くことができないはずなのに。

 ゆえにこの異常性はアビリティによるものとしか考えられなかった。どういう能力かは知らないがそれで鎧の強度を格段に上げ、レイジの攻撃を最小限に抑えていたに違いない。

 そして同時に剣を放っていたため、当然敵の斬撃がレイジに猛威を。

「レイジ!」

 ふと後ろから那由他の声が聞こえた。かなり近くで聞こえたため、抜刀のアビリティを放った瞬間からレイジを援護しようと向かってくれていたらしい。

 だがいくら彼女の神業的銃さばきでも、この攻撃は凌げないだろう。これは光の一撃と違って重い。鎧の男はどう見ても速度にステータスを振らず、筋力の方を上げているはず。なので軌道を銃弾で逸らせても完全ではなく、レイジに届いてしまう。

 ゆえにもしこの一撃を防ぐなら、鎧の男のように防御系のアビリティを使うしか。

「――バカな……」

 次の瞬間、鎧の男はあまりの予想外の出来事に硬直するしかないみたいだ。

 そう、那由他のアビリティによって、止まってしまった剣に。

「あはは、ギリギリセーフ! さっ、下がりますよ、二人とも!」

 レイジたち三人はこの隙に後方へと下がる。

 鎧の男は釈然しゃくぜんとしないのか、その場で立ち尽くす。おそらく那由他のアビリティについて考察しているのだろう。

 なにが起こったのかというと、那由他がレイジの前に割り込む形で手をつきだした刹那、振りかざしていた鎧の男の剣が停止してしまったのだ。それはまるで込められた力が打ち消されたように。

「那由他、助かった。今のはさすがにやばかったからな」

 鎧の男の方を見ると今だその場を動いていない。するとアリスと光は一度態勢を立て直すつもりか、彼の横についた。

「でしょ、でしょー! もっとほめてください! 那由他ちゃんはほめられて伸びるタイプなので!」

 那由他はレイジの上着の袖をクイクイ引っ張り、ほめてほめてアピールをしてくる。

 こんな状況でもいつものマイペースさを崩さない那由他に、感心するしかない。

「はいはい、ほんと頼りになるパートナー様だよ。それよりどうする? あの鎧の男、相当強いぞ。完全にSSランクレベルの力量だ」

 レイジ以上の剣の腕。それだけでも厄介なのに、そこにこちらの攻撃をもろともしない防御型のアビリティがあるのだ。もはや攻守完璧な相手であり、その強さはこれまで見てきたSSランククラスに匹敵するほどであった。

「うわー、レイジにそこまで言わせるとは、ただ者ではありませんね。ここを守る必要がなくなった以上、撤退すべきです!」

「――あ、そうよ!? 言いそびれてたんだけど実はね、ゆきがこの建物を崩落させるんだって! だから早くしないと敵もろとも、生き埋めになっちゃうの!」

 那由多が撤退のオーダーを出していると、結月が必死にうったえてきた。

「――おい、なんだよ、それ……。オレたちがまだいるのになんてことしようとしてるんだ、ゆきの奴!」

 もはや悪態をつくしかない。下手をすればレイジたち全員ががれきの下敷きになり、強制ログアウトさせられてしまう可能性があるのだから。実際のところこのようなアーカイブポイントの建物を崩壊させるトラップなんて、聞いたことなかった。こういう建物はクリフォトエリアの廃墟と違って非常に頑丈な作りになっており、そうやすやすと破壊できないのだから。だが相手はあの電子の導き手、SSランクのゆき。そんな反則級なことを可能にしてもおかしくはない。

「――えっと……、ゆきいわく、渾身こんしんのトラップだそうよ。最後の最後で攻めてきた奴らに、一泡吹かせるために作ったとかなんとか。せっかく作ったんだから発動しとくね、だって……」

「うわー、ゆきちゃんのことだから、ノリノリで自爆装置押してそうですねー」

 ゆきが不敵な笑みを浮かべて、押している姿が目に浮かぶ。彼女は中身が外見と同じく子供っぽく、ロマンじみたことが大好きなのだ。

「それで崩落まで、あとどのくらいなんだ?」

「――あはは……、もう三分きってるね……」

 結月は目をふせながら、重々しく答える。

「――マジか……。――はぁ……、逃げるとしても向こうは全力で邪魔してくるだろうし、間に合うのかよ、これ……」

 ゆきのアーカイブポイントを出る方法はログアウトするか、あと二通り。ゆきがさっき使ったであろう建物内の出口を使うか、一階の洋館エントランスの入り口の扉から出るかである。ゆきが使った脱出経路は、アリスたちを抜けた先にあるので難易度が高い。なのでこのまま後退し、隠し通路を通って入り口に向かう方が現実的だろう。ただ向こうはそう簡単に逃がしてくれないはず。あちらが優勢な今、のちに邪魔になるであろうレイジたちをここで始末しておくのは当然。となると追撃を振り切りながらになり、時間的にはたして間に合うかどうか。

 現状の事態に頭を悩ませていると、後ろから声が聞こえてきた。

「おっ、グッドタイミングってやつだねー。喜べお前ら。このレーシス様が加勢に来てやったぜ!」

 現れたのはレーシス。彼はレイジたちの方へ駆け寄り、頼もしい限りの笑みを浮かべてくる。

「レーシス!? セキュリティゾーンで敵を撹乱(《かくらん》してたんじゃ?」

「嫌な予感がして、一度様子を見に戻ってな。そしたら中でヤバげな音が響いてたから、慌てて駆けつけたってわけだぜ」

 どうやらセキュリティエリアのゴール地点から、再び洋館のエントランスに戻り、隠し部屋のらせん階段を使って駆けつけてくれたらしい。

「レーシス! ちょうどいいところに! 手短に現状を説明しますと、あと三分もしないうちにこの建物が崩壊するらしいんですよ!」

「――は? ――や、やべぇー……。俺最悪のタイミングで戻っちまった……」

 一瞬那由他の言葉の意味を理解できず、固まるレーシス。そしてこのあとの流れを読み、ひたいに手を当てた。

「――ではみなさん! ここはこの那由他ちゃん! が時間を稼ぐので、そのうちに脱出して下さい!」

 那由他はそんな彼を放って前へ。立ちふさがるように両腕を広げながら、どこか芝居がかったように宣言する。

「――いや、ここはオレが残ろう。那由他にはここから先、頑張ってもらわないといけないしな」

「――え? ちょっと待って!? 二人が残るぐらいなら私が残るよ! 戦力的に考えてみんなの力は温存しといた方がいいもの!」

 レイジも那由他と同じように話を進めていると、結月が必死になって話に割り込んできた。レイジたちと違って、彼女は完全に本気のようだ。どちらかが犠牲になるくらいなら、まだ未熟な自分がやると。ただ彼女は知らない。その純真な健気さは逆に彼を追い込むことになるとは。

「あー! わかってらー! 俺が残ればいいんだろ! お前らはさっさと逃げてログアウトしやがれ! こうなったらせめて、奴らを道連れにしてやっからよ!」

 レーシスは髪をくしゃくしゃしながら、投げやりになって答える。

 そんな待っていた答えを聞いてレイジと那由他は一切躊躇ちゅうちょせず、レーシスに任せ話を進めていった。

「あはは、ではレーシス、頼みましたよ!」

「ははは、レーシスの犠牲は無駄にはしないぞ」

 二人でレーシスの肩に手を置き、エールを送る。

「え!? ストレイガーくんが残るよりも、私が残った方が……」

「その気持ちだけで十分だ、片桐さん。あいつらとの扱いの差に、もう泣けてくるほどだぜ。ほんと、あの美月の姉なのかってぐらいにな」

 優しくしてくれる結月に、腕で涙目をこすりながら感謝の意を伝えるレーシス。

「第一、ここは俺が残るのが適任だ。サポートという立ち位置的にも、アビリティ的にもってね。さっ、いった、いった! 奴らはなんとしてでも食い止めてやっからよ!」

 レーシスは前に出て、アリスたちに立ちふさがってくれた。

「結月、時間がありません!」

 那由多は結月の肩に手を置き、彼女を急かす。

「さっき見てきた感じ、この洋館に狩猟兵団が来るのはもう少し時間がかかるはずだ。だからログアウトして逃げた方がいいぜ」

 エントランス入り口から出た場合、ゆきのアーカイブポイント近く出ることになるのだ。あの高層マンション周りにはまだ狩猟兵団連中がうようよいるはずなので、彼らの猛攻を避け逃げなければならない。なので安全なこの洋館内のどこかで、ログアウトするのが一番だろう。

「なるほど。ではそっちでここから離れるとしましょう! レイジ、結月、行きますよ!」

「了解」

「ごめんね、ストレイガーくん」

 那由多の指示にしたがい、レイジたちは隠し通路のらせん階段へと向かう。

 最後にふとレーシスの方を見た。そこにはレイジたちが動きだしたことにより襲ってくるアリスたちと、二本の短刀をかまえて突っ込むレーシスの姿。彼の両手ににぎられている二本の短刀には紫電しでんがほとばしっており、アビリティを全力で使い食い止める気らしい。これならアビリティの特性上、なんとか持ちこたえられるだろう。

 ログアウトにかかる一分間を逃げのびるため、レイジたちは隠し通路を通りまずは洋館エントランスへと向かった。

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