第67話 レイジvsアリス

 刃(やいば)と刃が幾度も交差し、相手を斬りせようとおどり狂う。

レイジとアリスは剣をまじへながら、闘争という名のダンスを続けていた。もはや二人の間合いには常に銀閃が乱舞し、剣戟けんげきの嵐に。そこには他者が入り込む隙などなく、援護しようと近づけば最後、敵味方関係なしに斬撃が襲いかかってくるだろう。そんな一瞬でも気を抜けば相手に斬り伏せられる死と隣り合わせといっていい状況の中でさえ、それがどうしたといわんばかりにレイジたちの表情には笑みしかなかった。

「フフフ、いいわ! レージ! これこそが本当の闘争よ! 強者相手に全力でぶつかり、凌ぎを削り合う。たった一度の隙が勝敗を分けるこの緊張感に支配され、相手を斬り伏せた時の高揚感といったらもう……。あぁ、なんて血肉踊る最高の刹那なのかしら!」

 アリスは両腕をバッと広げ、うっとりしながら声高らかにかたる。その表情はこれでもかというほど輝いており、どれだけ彼女がこの戦いを楽しんでいるかがわかった。

「相変わらず物騒なことを嬉々爛々ききらんらんと。一応アリスは女の子なんだから、もう少しつつましやかにできないのか?」

「無理に決まってるじゃない。アタシは欲望に忠実に生きるのがモットー。だから楽しいことは自分を偽らず、全力で謳歌おうかするのよ!」

「――はぁ……、だから中身がアレなんだよ。綺麗な外見が台無しだぞ」

 心底おかしそうに本音を歌うアリスに、思わずため息が出てしまう。

 アリスはお世辞抜きで美人といいきれるのだ。輝く金色の髪に、整った顔立ち。おまけに抜群のプロポーション。きっと男なら誰もが放っておかないだろう。ただし彼女の中身を知るまではだが。いくら外見が良くても、さすがにここまで戦闘狂の価値観に染まり、戦いに酔いしれていたら引くしかない。もはや残念美人といっても過言ではなく、なんだが複雑な気持ちになってしまう。

「あら、こんな時にでも口説くどいてくるなんて、ずいぶん余裕ね」

「ははは、そうでもないさ。ただあまりにも楽しすぎて、少し饒舌じょうぜつになってるだけだよ。こんな斬りがいがある大物と出会うのは、久しぶりだからな」

 刀身をアリスへと突きつけながら、笑みをこぼしてしまう。

 そう、レイジももはや人のことをいえないのだろう。彼女と同じく、自身もまた心からこの戦いを楽しんでいるのだ。おそらくレイジも彼女と同じく、強者との闘争に酔いしれた笑みを浮かべているに違いなかった。

「フフフ、もう、レージったら。人のこと言える義理じゃないわよ、その笑み。どれだけアタシのことを求めてるのかしらね。いくらなんでもがっつきすぎよ」

 するとほおに手を当て、意味ありげな視線を向けてくるアリス。

「おい、また変に誤解を招きそうな言い回しを……。――でも、まあ、アリスとのこの死闘をいつまでも味わっていたいのは、当たってるがな!」

 答えながらも、アリスに斬りかかる。

「フフフ!」

「ははは!」

 そして互いに無邪気に笑い合いながら、幾度となく斬り結び合う。

 笑っているためレイジもアリスも軽く打ちあっているように見えるかもしれないが、その一手一手が長年の戦闘経験を生かした相手を仕留めるための一撃。ゆえにいつ勝敗がついてもおかしくない状況なのだ。ただレイジたちにとってデュエルアバタ―戦は、小さい時から幾千回と繰り返しすでに日常茶飯事となっていた。よって嵐のような激し戦闘の中でも心を乱さず、平常心を保てるのだ。なのでこうやって純粋に楽しみながらの戦闘が可能なのであった。

 レイジの放った刃がアリスの太刀たちに受け止められ、一時つばぜり合いの状態に。

「こうしてるとなんだか昔を思い出すわね。二人で力を求め特訓に明け暮れていた日々……。フフフ、懐かしいわ」

 アリスは感慨深そうに昔のことを口にする。

「あの頃は四六時中やり合ってたからな。もうどれだけ剣を交えてきたか数えるのもばからしいほどに。ほんとガキながら、よく飽きもせず打ち込めたものだ」

「飽きるはずないじゃない。なんたってレージと一緒だったのよ。かけがえのないあなたと、闘争という最高の時を過ごせる。あんなにも楽しい時間はそうそうないんだから! いつまでもいつまでも続いてほしいと、願うほどにね!」

 二人の時間をいとおしげに振り返りながら、切実にうったえてくるアリス。

「――楽しかったか……。そうだな……」

 確かにアリスと共に力を求め、着実に強くなっていることを実感していくのは楽しかった。カノンに少しでも近づいているような気がしたから。それに初めて会った時の冷たい少女だったアリスが、あそこまで満ち足りたように笑ってくれていたのがなにより嬉しかったがゆえに。

「もちろん、レージと黒い双翼のやいばとして肩を並べながら戦った、あの頃も楽しかったわ! あまり二人でやり合えなくなったのが、少し残念だったけど」 

「成長したオレたちが普通にやり合ったら、歯止めが利かず確実にどちらかが強制ログアウトだもんな。よくそれで依頼を引き受けられなくなって、ボスに注意されてたっけ」

 小さい頃は無邪気に遊ぶように、ただ幾度となく剣を交えるだけ。ゆえに楽しい時間が長く続くように、少しは強制ログアウトを気にしていた。だが成長してからはもはや長く続くなんて、おかまいなし。ただただ全力で斬り合っていたのだ。それもこれも互いに強くなったため、より最高の闘争が味わえると歯止めが利かなくなってしまったがために。結果、強制ログアウトのペナルティのせいで三日間お預けをくらい、狩猟兵団の仕事に支障をきたしまくっていたわけである。

「ええ、だからレージと斬り合うこの懐かしい時間を、もっと実感していたいの! お願いだから、まだやられないでね!」

「それはこちらのセリフだ。そう簡単に終わるんじゃないぞ、アリス!」

 つばぜりあっていた刀を即座に引き、レイジは再び斬りかかる。

 攻撃に対し、アリスは後方に下がることで距離を空け回避を。結果かわされてしまったが、レイジはすかさず間合いを詰め刀を振るおうとする。だがレイジの進行上には圧倒的な破壊力をまとった斬撃が。

 その一撃は、昨日戦った第二世代のデュエルアバター使いと比べものにならない。すさまじい斬速と、かするだけでも致命傷は避けられない暴虐ぼうぎゃくじみた破壊力。そして幾千の戦場で磨いてきたアリスの剣の技量が合わさり、もはや一撃必殺の一閃。いくらレイジでも真っ向から受け止めれば確実にたたき斬られるビジョンしか見えず、さばくにしても刀で受け流しての紙一重かみひとえが精一杯だ。さっきまではまだアリスがアビリティを全力で使っておらず、あいさつ程度だったのでなんとか受け止められたという。

 そんなせまりくる暴虐の剣を、レイジは今まで彼女と闘ってきた経験から軌道を読み刀でギリギリ対応。そしてその攻撃を放った隙を突こうと刀を走らせた。彼女の太刀は背丈せたけほどの巨大なもの。さらにとてつもない重量を有した電子の導き手の特別製のため、扱いが難しく小回りがきかない。ゆえにレイジの攻撃をアリスは防げないはずなのだが。

「フッ」

 刃物と刃物がぶつかり合う金属音が響く。

 なんとレイジの刀は彼女の太刀に、受け止められてしまっていたのだ。

(――今のが防がれるとは……。相変わらずの反則級アビリティだ)

 レイジの刀が彼女に届く刹那、超重量を有した太刀が突然質量がなくなったかのような動きを見せた。本来普通のデュエルアバターならば持ち上げるだけでも精一杯の太刀が、この時だけ軽々と。そのためアリスは瞬時にガードに移れ、間に合うはずのなかった斬撃の軌道に太刀をすべり込ませることができたのである。

 これはもちろんアリスのアビリティによるもの。もはや超重量の太刀を軽々扱うことだけでも非常に強力だが、彼女のアビリティの真に恐ろしいところはこの現象自体力の一部だということ。そう、アリスはまだ自身のアビリティをフルに使っていないのだ。

「お返しよ!」

 次はこちらの番だと、太刀を軽々と持ち上げて振りかぶるアリス。次に振りおろそうとした瞬間、一気に質量が重くなったかのごとく超質量の斬撃が襲ってきた。

 なんとか受け流してみせるが、彼女の猛攻は止まらない。放ったあとアリスはすぐさま太刀をかろやかにさばき、暴虐の斬撃を幾度となく繰り出す。レイジが精確無慈悲な一陣の風ならば、彼女は荒れ狂う暴風。一度巻き込まれれば、理不尽な猛威に吹き飛ばされるだけだ。もはやアリスの剣を日頃見ていなければ、到底凌ぎ切れるものではなかった。

「レージ、いつまで遊んでるつもりなのかしら? そっちもアビリティを抜いたらどう!」

「――まあ、確かにそろそろ抜かないとヤバイかもな」

「ええ、お互い身体もあったまってきた頃合いだし、ウォーミングアップは終わりにしてちょうだい」

「ならご希望通り全力でいかせてもらうぞ! この戦いがおわってしまっても恨むなよ!」

 宣言しながらもレイジは刀をさやに戻し、抜刀のアビリティを使うための演算を開始。

 彼女と全力で斬り合うのは楽しいが、さすがにこのまま硬直状態を続けるわけにはいかない。劣勢なのもあるが、今はゆきのところへ向かうのが先決。ゆえに名残惜しいがそろそろ勝負を決めにいくべきだ。

 レイジはアリスとの斬り合いの中最善のタイミングを見さだめ、抜刀のアビリティを発動。極限まで威力をブーストさせた斬撃が死閃の刃と化しアリスへと。

「フフフ、安心なさい。そう簡単にやられるアタシじゃないんだから! そこね!」

 レイジの必殺の一撃が届く直前、アリスは太刀を刃の軌道に割り込ませてうまく逸らし回避行動を。

 これにより斬撃は、彼女をあと一歩のところで逃し空振りに。あんな紙一重に回避ができるのは、レイジがアリスの斬撃をしのげるのと同じ原理。彼女もまた戦友の剣筋をずっと隣で見てきたため。でなければこの圧倒的威力とずば抜けた斬速をあわせ持つ必殺の一撃を、ここまで華麗にやり過ごすなんてできやしない。

 だがこの結果はレイジ自身予想の範囲内。この程度で倒せるほど彼女は甘くないことを、戦友の自分が一番分かっているのだから。ゆえに渾身こんしんの一撃が防がれたやいなや特に驚きもせず、慣れた手つきで再び刀をさやに戻す。そして次の大技を繰り出すための演算を瞬時に済ませ。

叢雲流抜刀陰術むらくもりゅうばっとういんじゅつ、一の型、刹華乱せっからん

 レイジが技を放つと同時に起こるのは、目にも止まらぬ最速の二連撃。もはやあまりの剣速のせいで、常人には同時に繰り出されたと錯覚さっかくしてもおかしくないほど。これは抜刀のアビリティのブースト効果を利用した技の一つ。光に使った時は足の速度強化を付加させたが、今回は右腕の動作スピードを。よって抜刀をしたごくわずかな間だけ右腕の動作スピードが跳ね上がり、通常一振りの時間内に二撃放てるようになるのだ。ただこの技は一撃必殺に重視を置かず手数による攻めを第一としているため、斬撃の威力が通常の抜刀時より弱くなってしまうのだが。

 そんなほぼ同時といっても過言ではない二連撃に対し、アリスはギリギリ一撃目を太刀で対応しきる。だがそれが限界だろう。いくら太刀の重さを感じず軽々扱えたとしても、背丈ほどあるサイズのせいで小回りがきかず二撃目を防ぐのはかなわないようだ。

「重力カット、フッ!」

 決まったと思った斬撃であったが、またもや刃が空を斬ってしまう。標的がすでに間合いから離脱していたゆえに。

 本来彼女の出せる速度では、超斬速の二撃目の間合いから抜け出すことは不可能。だというのに刃が当たる間際、通常ではありえない動きを。そう、軽く地を蹴った瞬間アリス自身になんらかの力がはたらき、またたく間に上空へと跳び上がったのだ。そのでたらめじみた動きのせいで、斬撃を外す羽目になったのである。

 しかも不可解なことはそれだけではない。アリスは上空に跳んでから今だ降りてこず、ちゅうに静止していたのだ。

「さすがは叢雲流抜刀陰術、気を抜いたら即座に斬り伏せられるわね」

「そりゃ、なんたってあの死閃しせん剣聖けんせいと称される、SSランクの師匠から教わった剣技なんだ。そこいらの技とは次元が違うってな」

 得意げになって、レイジの師匠の剣技についてかたる。

 叢雲流抜刀陰術とは狩猟兵団レイヴンに所属する、SSランクのデュエルアバター使い、死閃の剣聖こと師匠が独自に編みだした技。元々師匠の家は名高い剣の道場を開いていたらしく、その剣術を抜刀のアビリティと組み合わせることで、デュエルアバター専用の剣技である叢雲流抜刀陰術を考案したとのこと。この剣技は抜刀のアビリティを利用し、様々な斬撃を放つことにコンセプトをおいている。しかもその一型一型に斬撃の極限ブーストが掛かっているため、どれも一撃必殺クラス。非常に恐ろしい剣技であり、師匠をSSランクまで上り詰めさせた秘剣なのであった。

「そういうアリスの重力アビリティも、相変わらずのでたらめっぷりだよ。攻撃だけでなく、回避にも使えるって万能すぎるだろ、まったく……」

 アリス・レイゼンベルトが操るアビリティの正体。それは重力操作。このクリフォトエリアは現実を忠実に再現しているため、重力といった環境要因も完備されているのだ。彼女のアビリティはそんな周囲の重力に干渉し、操作することが可能。

 なので自身に加わる重力をなくしたでたらめな動きや、宙に浮くことだってできる。さらに攻撃に関しては、超重量の太刀に加わる重力を一時カットすることで軽やかに持ち上げ、振りかぶる時には逆に加えることで非常に強力な斬撃を繰り出す。斬撃時の剣さばきは筋力重視のカスタマイズをしているため、振り回されることなく思い通りの太刀筋を描けるのであった。

「フフフ、まあね。――さあ、ここからはお互い出し惜しみなし! 思う存分、全力で斬り合いましょう!」

「ははは、いいぜ。叢雲流抜刀陰術の神髄しんずい、とくとみせてやる!」

 アリスの狂気じみた笑顔による宣言を前に、レイジは鞘に刀をおさめ応じる。

 その直後、ゆきたちがいるであろう方向で爆音が響いた。

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