2章 第1部 十六夜学園

第66話 那由他vs光

「ええい! なんでさっきから攻撃が当たらないのよ!」

 現在、光は那由他と交戦中。戦況はというと初撃の時のように光の攻撃がさばかれ続け、劣勢状態。相手は銃使いゆえに接近戦に持ち込めば勝てるとふんだのだが、水のアビリティを使った猛攻を銃弾でことごとく防がれ反撃を受けてしまっているのだ。

 ならばリロード時における隙を確実に突けばいいと思うかもしれないが、それも不可能。なんと那由他はからになったマガジンを銃から抜き取った同時に、アイテムストレージから新しいマガジンを銃内に直接送り込んでいるのだ。そのため彼女はリロードタイムなしに撃ちまくれるのであった。

 よって今光は剣閃けんせんの魔女のアーカイブポイントである洋館の中を、縦横無尽に駆け回っていた。この洋館は戦闘を考慮して作られているため、通路内もかなり広い。もはやどこかのお城の中みたいであり、室内の中でも十分デュエルアバター戦が可能なのだ。よって光はみずからのスピードを最大現に生かし、疾走する。

 そして。

「そこっ!」

 通常の接近戦では対応されてしまうため、加速の勢いを十二分に乗せた水の槍による刺突を放つ。光の攻撃は最高速度の撹乱かくらんにより、もはや奇襲じみているといっていい。相手からしたらいつ、どこから自身を貫く閃光が襲ってくるかわからない状況。たとえ目で追えたとしても反応するのは至難のわざだろう。

「おっと、危ない、危ない!」

 しかし那由他は水の槍の一撃を楽々と対応。槍は銃撃によりはじかれ光の攻撃は難なく凌がれてしまう。

 まだ防がれるのは光としても理解できる。いくら狩猟兵団レイヴンの幹部になれたとはいえ、自分はまだ未熟。Sランククラスの相手には力量不足なのかもしれない。だが釈然しゃくぜんとしないのはその防ぎ方だ。相手の少女は光の猛攻に対し、さっきから放った銃弾で華麗にさばいているのだから。

 彼女の手ににぎられているのは一丁のハンドガン。光自身あまり銃器にくわしくないが、デュエルアバター戦でよく使われる物の一つなので名前は知っていた。そう、ハンドガンの中でも最高クラスの威力を誇る、50口径のデザートイーグルを。

 銃使いのメイン武器としてよく好まれるのが、高威力のハンドガンであるデザートイーグルやマグナム系統の銃器。なぜならアサルトライフル系の銃器だと、まず高ランクのデュエルアバターの動きについていけない。よって起動性があり小回りが利くハンドガンぐらいでないと、対応しきれないのである。しかし普通のハンドガンではいささか威力不足なため、高威力系のハンドガンの需要が高かった。

 そんなデザートイーグルを、那由他は神がかり的な技量をもって使いこなしているのだ。こういうのは威力が強力な分反動がでかいが、デュエルアバターだと片手でも軽々と扱えるらしい。

「チッ、これも無理か……。――なら、これで! ハァッー!」

 攻撃が失敗した直後、反撃を回避するため後方へと跳躍ちょうやく。しかし一端態勢を整えると見せかけて、光は打ってでる。後方へと下がった勢いを利用し、自身の足をゆかではなく、壁に。そして壁を蹴り出し、一呼吸の余裕も与えさせないかのごとく水の槍による連撃を。

「おやおや、そう来ますか!」

 決まったと思われた一撃であったが、それでも彼女には届かない。矛先が得物を貫く刹那、放たれた銃弾が間に割り込み逸らされてしまう。

 銃弾で止められるのもデザートイーグルという高威力ハンドガンのせいだが、それだけの要因ではない。おそらく銃弾そのものが特別製であり、強化された弾丸を使用しているのだろう。それゆえこちらの一撃を真っ向からはじけるのだ。

「なかなかいい攻撃ですねー。ですが那由他ちゃんには通用しません! はい、そこですよ!」

 那由他は賞賛を送りながらも、即座に銃口の照準を光へ。

 彼女の銃さばきにもはや感嘆かんたんするしかない。意表を突いた攻撃を余裕ありげに防ぎ、すぐさまその隙を攻めているのだから。それに銃の腕もそうだが、冷静に的確な行動を瞬時に導き出す判断力も相当なもの。まるで彼女だけ自分たちとは違う時間を過ごしているかのように。

 そんなことをふと思考してしまうが、今はそんな余裕がある場面ではない。銃口からはマズルフラッシュと共に弾丸が。攻撃直後である現状の態勢で、この銃弾を槍で防ぐのは難しかった。

「まだまだー!」

 水の槍から水の双剣へと瞬時に切り替え、二つの剣を交差する要領ようりょうで盾に。

 結果、両手に強い衝撃を受けたが、防ぎきることに成功。実際デザートイーグルの高火力の弾丸を、生身の人間で受け止めるのは到底不可能だが、デュエルアバターのスペックならばなんとかなってしまうのだ。

「セイッ!」

 そして息つく暇もなく双剣を離し、水の槍を再び生成。至近距離からの水の槍の刺突を穿うがつ。

 光の水のアビリティによる武器ならば、どんな態勢からでも攻防一体ができる。よって攻守による隙をなくし、ほぼタイムラグを掛けない攻めができる強みがあった。今回のはその強みを最大限に利用した一撃。なぜなら那由他の武器はデザートイーグルのため、普通のハンドガンと違い連射速度が遅い。ゆえに発砲した瞬間を狙えば、光の槍を銃弾で防げないはず。

 だが。

「ふっふっふっ! 槍系の武器は、軌道を読むのが簡単なんですよねー」

 不敵な笑みを浮かべる那由他は言葉通り、またもや槍の刺突を凌いでみせた。今回銃弾ではなく、デザートイーグルそのものではじいてだ。

 槍の攻撃を真っ向から受けてもびくともしない強度から見て、どうやらあのデザートイーグルも弾丸と同じく電子の導き手によるもの。彼女たちは剣閃の魔女とつながりがあるので、きっとSSランク製の作品だろう。

(クッ!? でも軌道を読みやすいのはこちらも同じ! 銃口と引き金にさえ意識を集中すれば対処できる!)

 防がれたことでつかさず反撃がくると、光は那由他のデザートイーグルに意識を。

 銃系の武器は引き金を引くため、レイジの抜刀のアビリティと同じく攻撃の機会が読めるのだ。さらに銃口により、照準もおおかたわかる。そのため事前予測と自身の水のアビリティを使えば、ギリギリ彼女の銃撃に対応できるのだ。

「おやおやー、視線が銃に釘づけですよー?」

「えッ!?」

 那由他の注告に我に返るが遅かった。そう、気づいた時には光は吹き飛ばされていたのである。

 痛みは左ほおから。なにが起こったかというと、那由他は回し蹴りを決めてきたのだ。そのフォームは流れるように綺麗で、キレがありすぎるほど。完全に体術をきわめていることがわかる一撃。

「――そんな……。銃だけでなく、接近戦もできるなんて聞いてない……」

 受け身をとって態勢を整えながら、あぜんとなってしまう。

 さっきまでは銃の引き金に意識すればなんとかなったが、そこに体術が加わるとなると一点に集中している場合でないのは明白。きっと今の光の技量では対応しきれないだろう。

「ふっふっふっ! エージェントたるもの現実でも戦えるように、体術を会得してるのは当たり前なんですよ! えっへん!」

 那由多は両腰に手を当て、どや顔で宣言する。

「つ、強すぎ!? 攻撃に関してはまだわかるけど、なんで銃でこっちの攻撃をああも簡単に。絶対おかしいでしょ!」

「そう気を落とさなくても大丈夫! 光ちゃんのタイムラグなしの連撃には、ひやひやしっぱっなしなんですからねー」

 悔しさのあまり唇をかむ光に対して、那由多は優しくほほえみウィンクしてくる。

「ならそう平然と防がないでくださいよ! 普通銃系は接近戦に持ち込まれたらやられるもんでしょ!」

「チッ、チッ、チッ。甘いですねー。今や銃使いは、これぐらいの芸当を身に着けてるもの! でないと最近のパワーインフレについていけず、いらない子になっちゃいますからねー!」

 光の心からのツッコミに、人差し指を振りながら得意げに告げてくる那由多。

「いやいや!? それだと銃使い強すぎでしょ!? なに中、遠距離だけじゃなく、近距離まで完備してるんですか!?」

「あはは、ご安心を! そうはいってもこんなすごすぎる芸当を出来るのは、美少女エージェントである那由他ちゃんぐらいなので!」

 那由多はデザートイーグルをクルクルと器用に回しながら、にっこり笑いかけてくる。

「あー、なんかワタシこの人苦手だ……。――レイジ先輩! この人なんなんですか!?」

 彼女と話しているとなんだか非常に疲れを感じてしまう。それもこれもはじけすぎたテンションのせいなのだろうか。光は頭を抱えながら、向こうでアリスと全力で斬り合っているレイジに助けを求めた。

「――ん? 本人も言ってるだろ。自分のことを美少女とか宣言する、イタイエージェント様だよ」

 さすがデュエルアバター戦のプロであるレイジ。激しい死闘を繰り広げている最中だというのに気軽に返事をしてくれた。

 するとその答えが気に入らなかったのか、那由他はレイジに指をビシッと突き付け猛抗議を。

「ちょっ、レイジ!? ひどいじゃないですかー!? そこはオレのかわいい嫁(よめ)とかでしょー! たとえ百歩譲ったとしても、大切なパートナーぐらい言う場面です!」

「あー、はいはい。――まあ、そういうわけだ。ただ性格はあれだが敵に回すと非常に厄介だぞ。オレでも那由他とやり合うのは、極力避けたいほどだ。もちろん力量的な意味でな」

 レイジはため息まじりに話をまとめ、とんでもないことを口にする。

 あの闘争大好きのレイジが自分から戦いを避けるなどめったにないこと。普段はいくら相手が強くても、喜んで戦いを仕掛けるタチなのだから。ということは彼女の強さには、彼が避けるほどのなにかがあるということに。

 そうなると光が勝てる確率は限りなく低くなるので、諦めムードになるしかなかった。

「――つまりあのレイジ先輩でも苦戦すると……。そんなの勝てっこないじゃないですか……」

 その事実にがっくり肩を落とすしかない。

「ですです! だからそこをどいてくれませんか? 聞いた話によると、光ちゃんはレイジの後輩とかなんとか! そんなかわいい後輩ちゃんにできれば手荒な真似をしたくないんですよねー」

 すると那由多はほおに指ポンポン当てながら、首をかしげてくる。

「――別にひいらぎさんに関係ないと思うんですが……」

「まあまあ、細かいことはお気にせず! 那由他ちゃんはレイジの嫁、ないしパートナーでもあるんですから! ゆえにレイジの後輩なら、わたしの後輩といっても同義! なので素敵な素敵な那由他先輩に、尊敬の念を抱いてもいいんですよー?」

 那由多は光に手を差し出し、ぱぁぁっと期待に満ちたまなざしを向けてくる。

「――はぁ、もういいです。柊さんと話していても疲れるだけ。さっさと続きをしましょう」

 よくわからない強引な解釈かいしゃくを押し付ける彼女に頭を痛めつつ、光は水の槍をかまえて戦いの続きをうながした。

「ありゃりゃ、説得は無理でしたかー。残念」

「確かに状況的に見てワタシに勝ち目はない。ですが時間稼ぎは十分できます」

 そう、今の状況を冷静に見てみると別に光が彼女に勝つ必要はないのだ。光たちの役目は足止め。ならば倒されなければいい話。自分のやることを再確認し、光は気合いを入れ直す。

「あと柊さんとワタシの相性は、そう悪くなさそうですしね」

 彼女に圧倒されているが、決して分が悪すぎるとはいえない。光の水のアビリティによる攻防一体は、那由他の精確無慈悲なカウンターによるバトルスタイルと相性がいい方なのだから。

「そうなんですよねー。光ちゃんの水のアビリティによる対応力のせいで、こちらもそうやすやすと仕留めきれません。レイジったら、なかなか厄介な子を育て上げたもんです」

 やれやれと肩をすくめる那由多。

 実際彼女の攻撃力は低いといっていい。いくら強化した弾丸を放つデザートイーグルを使っても、デュエルアバターに対して大ダメージを与えられるものではない。もちろん体術も決定打に欠ける。ゆえにダメージ狙いなら、相手の隙をついた致命傷部分へのクリティカルを狙うしかないのだ。しかし光の場合だと水のアビリティにより、隙を極力生み出さないのでダメージを与えづらいというわけだ。

「ということなのでもう少し付き合ってもらいますよ、柊さん。こちらとしてはあなたたちの足止めに徹すればいいんですから」

 一応光にはまだ伸縮自在の水の槍が残っていた。ただこの技はおそらく彼女に通用しないと思うので、あまり期待できないだろう。しかし光にはまだ隠し玉があるのだ。流水りゅうすいの錬金術師である師の必殺技が。とはいってもこれに関しては実戦で使えるほど使いこなせておらず、不発に終わる可能性があったのだが。

(あとは柊さんのアビリティがなんなのかで決まるはず)

 不安要素はそれだけ。光が隠し玉を持っているように、彼女にもあるはず。でなければレイジがあそこまで念を押すわけがない。

「仕方ありません! 本来荒事は得意ではないのですが、ここはがんばるとしましょうか! では、光ちゃん、覚悟してくださいね!」

 那由多はデザートイーグルをクルクル器用に回し、そして銃口を光へと突きつけてくる。そして不敵にウィンクしてきた。

 そして両者戦闘を再開することに。

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