第74話 白神楓

「まずは自己紹介から。あたしは十六夜(いざよい)学園学園長、白神しらかみかえで。あなたたちの情報は那由他から報告してもらってるから、名乗らなくていいわ」

 楓はイスに深く座り、足を組みながら自己紹介をしてくる。

 このことで気になったのは白神という名字。若くして十六夜学園の学園長をやっているとなると、間違いなく白神コンシェルンを取り仕切る白神家と縁があるはず。十六夜島はエデン財団のホームベースといっていい場所のため、当然彼らをまとめる白神コンシェルンの影響力はこの島内で大きいのだ。その関係上十六夜学園における白神コンシェルンの発言力が非常に強く、身内を学園の重要ポジにつかせることができたのだろう。そういえば狩猟兵団時代のレイジたちのお得意様であった白神相馬そうまから、妹が十六夜学園の学園長に就任しゅうにんすると聞いたことがあった気がした。

「那由他、白神ってことは、楓さんは白神コンシェルンと関係があるんだよな?」

「その通り! しかも楓さんは白神家の次期当主候補でもあらせられるお方! こう見えて実はすごい人なんですよ!」

 那由多は楓のほうに手を向け、少し意味ありげに紹介してくれる。

「ってことはうわさの相馬社長の妹って、この人のことか」

 一番上の妹は性格はアレだが非常に有能で、いろいろなコネを持っている厄介な相手と相馬が言っていた。那由他みたいな執行機関ともつながりがある時点で、そのコネは相当なものであろう。しかもこの歳で十六夜学園の学園長をこなしているのだから、相馬と同じく優秀なのは間違いない。

 ちなみに上の妹と同じく、下の妹も優秀だがかなり性格に難があるとぼやいていたような。

「那由他、こう見えては余計よ。もしかしてケンカを売ってるのかしら?」

 すると楓は青筋を立てながら、殺意のこもった視線を彼女に向けた。

「いえいえ、とんでもない! みなさん、楓さんは見てもわかるとおり、才気あふれる素晴らしい女性なんですよー、あはは……」

 首をブンブン横に振り、改めて持ち上げた紹介をする那由多。ただ少し笑みがひきつっていたのは内緒だが。

「よろしい。――そういえば久遠は相馬兄さんと親しかったのよね?」

 楓は満足げにうなずき、そしてレイジの方に視線を向けてきた。

「そうですね。相馬さんは昔からオレを雇ってくれるお得意様だったから、世間話はもちろん、なんどか飯をおごってもらったりも。よく専属のデュエルアバター使いにならないかって、スカウトされてましたよ」

 よくアリスと一緒に俺の私兵になれと、破格の好待遇で勧誘してきたのを思い出す。彼とは長い付き合いがあった分、レイジたちを信頼に値する人物と認めてくれていたらしい。もし専属のデュエルアバター使いになってくれるなら側近として、ずっとそばに置いておきたいと。だがレイジもアリスも基本誰かのもとでずっと戦うより、いろいろなところで戦場を駆けめぐりたいタチであったため、断り続けていたのであった。

「相馬兄さんが言ってたわ。優秀な俺好みの狩猟兵団の人間がいるからぜひひきいれたいって。そんな子がまさかあたしのところに転がり込んでくるとは……。クス、相馬兄さんが悔しがる顔が目に浮かぶわね。今度あったら、自慢しとこっと」

 楓は腕を組み、ふふんと愉快げな笑みを浮かべる。

 彼女の言う通り相馬に自慢すれば、かなり悔しがることだろう。レイジが狩猟兵団を辞めた後も、諦めきれないのか何度も連絡をくれて、俺のもとへ来いと熱心に勧誘していたほどなのだから。

「――久遠は二人のじゃなくて、このゆきのだからねぇ。絶対あっちにつかないでよぉ」

 そんな光景を思い浮かべていると、ゆきがクイクイとレイジの上着を引っ張り小声で念押ししてきた。なぜか楓や相馬にだけは、レイジを取られたくないみたいな感じで。

「――いや、ゆきのものになった覚えはないぞ」

 なぜ対抗心を燃やしているのか知らないが、ゆきに事実を伝えてやった。

「――安心して! 私ならゆきのものになってもいいから! そうすれば毎日一緒に……、ふふふ……」 

 すると結月が手をぐっとにぎりしめながら、名乗りを上げてくる。なにやらよこしまな笑みを浮かべてだ。

「――結月だと身の危険を感じるから、いらないもん!」

 かわいいものスイッチが入った結月に対し、ゆきは全力で却下を。

 結月の場合ゆきのものになるという以前に、彼女を自分のものにしてしまいそうである。

 そんなやり取りを小声でしていると、楓が本題に。

「――では、状況の整理から。那由他の報告によると、現在アラン・ライザバレットを中心とした高ランクの狩猟兵団たちと、アポルオン側の一派が同盟を結んでなにかヤバイことをたくらんでいる。それをアイギスとしては阻止したいから、あたしに力を借りに来たということでいいのよね」

「はい、まずは拠点となる場所をお借りしてもいいですか? この十六夜学園ならそう簡単に粗っぽいことはできないはずですし、情報収集もしやすいので!」

「そう、アポルオンメンバーに接触して、情報を聞き出すというわけね」

 十六夜学園には上位の企業、財閥の子供が多く通っているらしい。それと那由他がここに来る前に言っていた、アポルオンとこの島には大きな関係性があるという話。このことからアポルオンメンバーに関係する者たちがいても、おかしくはなかった。今のところ手掛かりがないレイジたちにとって、彼らに話を聞くことさえできれば有益な情報が手に入るかもしれない。

「ちょうど生徒会の方には序列二位の次期当主、ルナ・サージェンフォードもいるし、うまく話をつければ力を貸してもらえるかもしれないと」

(――序列二位の次期当首がこの学園に!?)

 まさかの大物がいることに驚愕きょうがくしてしまう。

 確か上位序列組はアポルオンの理想を第一としているといっていたので、当然自分たちをつぶそうとするアラン・ライザバレット側を敵視しているはず。レイジとしては少し気が引けるが、助力を得られる可能性が高かった。

「あちらとしても今の状況は好ましくないはず! やる価値はあると思うんですよねー」

「わかったわ。拠点となる部屋は、すぐにでも用意しといてあげる。部室みたいな感覚ですきに使いなさい。ちょうどこの学園には金持ちのガキ用に、VIPルームとかのレンタルができるから、自由に使える部屋があり余ってるしね」

 さすが上位企業や財閥関係者が多く通う十六夜学園。セレブ用の設備などがいろいろあるみたいだ。だから学園の敷地も無駄にバカでかく、建物も多いのだろう。

「本当は例のりょうを貸してあげたかったんだけど、まだ用意しきれてないのよね。あそこは四月からにしてちょうだい」

「寮?」

「ふっふっふっ、それは四月からのお楽しみですよー! 学園編までこうご期待ってねー!」

 楓の発言に首をひねっていると、那由他がもったいぶった笑みを浮かべ意味ありげにウィンクしてきた。

「あと、生徒会の方にも時間を作るように言っておくわ。たぶん放課後になると思うから、それまで適当に時間をつぶしときなさい」

「楓さん、いろいろありがとうございます! さすができる女は違いますねー」

「ふふっ、どういたしまして。同盟を結んでる以上、アイギスのバックアップは任せなさい。あたしたちも少しくらいなら、手伝ってあげてもいいしね。その代わり今後はあなたたちの力を貸してもらうことになるわよ」

 楓は机にひじをつけ手にアゴを乗せながら、期待を込めたまなざしを向けてくる。

「お任せあれ! 楓さんたちがアポルオン巫女である彼女の後ろ盾になってもらう分、しっかり働かせてもらいますので!」

 どんっと胸をたたき、力強く宣言する那由多。

 話からして那由他が学園に通うと言いだしたのも、この同盟の内容が関係しているのかもしれない。四月からは楓の依頼も受けることになりそうだ。とはいえ十六夜学園の学園長が後ろ盾になって力を貸してくれるなら、安いものだろう。

「楓、この件に対し手伝ってやると言ったが、明日からしばらくこの学園を離れないといけなくなるぞ」

「あら、そうだったかしら? ――あ、ほんとね。学園関係で少し飛び回らないと」

 恭一に言われて、楓はターミナルデバイスを操作しスケジュールを確認する。

 どうやらこの件で彼女の力を借りれるのは、ここまでのようだ。

「――はぁ、忘れていたのか……。学園長としてスケジュール管理ぐらい、もっとしっかりとだな……」

「なに言ってるの? そのための恭一でしょ? ね、あたしの下僕げぼく

 あきれる恭一をよそに、楓はさぞ当たり前のように酷いことを言い放つ。

 彼としてはその聞きづてならない言葉に、反論するしかないようで。

「おい、俺は楓専属のデュエルアバター使いだが、下僕になった覚えはないぞ。だから雑務まで押し付けられる義理はない」

「はいはい、どうせやってくれるんだから、文句を言わない。――そういうことで悪いわね、那由他。今回はほとんど力になってあげられないみたい」

 恭一の主張を無理やり論破し、楓は話を進める。

 結果なにも言い返せない恭一を見ていると、なんだかしりに敷かれているような残念な感じに見えてしまうのは気のせいだろうか。

「いえいえ、十六夜学園に拠点をおかしてもらうだけで十分! あとは、こちらが動きやすいように、楓さんの学園長としての権限を使っていただければ!」

「ええ、後始末はあたしがつけておくから、好きに学園長権限を使っておきなさい」

「キャー! 楓さん、太っ腹ー! これで教員、生徒と共々脅しが利き、しかも出費はすべてツケに! 今のうちに思う存分権限の方を使っておきましょう! 今後動きやすくするためにもねー!」

 かっこよくキメながらうなずく楓に、那由多は両手を上げてはしゃぎだす。そして口元に手をやり、ニヤリと笑った。

「ふふっ、あまりやり過ぎると殺すわよ。あたしに面倒事を押し付けたその罪は重いから、心得ておきなさい。それともちろん出費はアイギスもちね」

 すると机をドンっとたたき、怖い笑顔で圧をかける楓。

「――あはは……、わかってますよー。冗談です、冗談! だからそんな殺意を向けないでくださいってばー……」

 普段は物怖じしない那由他でも、さすがに身の危険を感じるのだろうか。さっきと同じく笑ってごまかしながら、すぐさま折れる。それだけキレた彼女が怖いということなのか。とにかく怒らせないようにするのが一番のようだ。

「じゃあ、話はこれでおわり。あたしはお菓子でも食べてのんびりしておきたいから、さっさと出ていきなさい。しっ、しっ」

 話がまとまった途端、楓はレイジたちを手で追い払い退出をうながす。

 仕事ではなく、ただお菓子を食べようとするとは。本当に彼女みたいな性格に難がある人が、学園長で大丈夫なのかと心配せざるを得ない。

「――いや、楓、働けよ」

 そこへみなが思っていることを代弁し、ツッコミを入れてくる恭一。

「ふん!」

「フッ、甘いな」

 楓のお菓子を投げた攻撃を、またもや恭一は華麗に受け止めた。

「では、楓さんの言う通り出ましょうか」

「ああ、そうだな」

 そんな二人の仲のよさそうなやり取りを見ながら、レイジたちは学園長室をあとにするのであった。

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