第61話 ゆきのところへ

 レイジたち四人はネットカフェからすぐさまエデンへ。そしてゲート権限を使ってゆきのアーカイブポイント内に座標移動していた。そしてばかでかい三階だての洋館のエントランスから、ゆきがいる最上階に向かうため隠し通路通りらせん階段を上っていく。

 三階にたどり着き奥に進んでいくと、戦闘の形跡が目に飛び込んできた。広々とした通路内のところどころの壁や床に亀裂があり、内装用の装飾品のオブジェが破壊されているのだ。どうやらこの階で激しい戦闘が行われていたらしい。

「この惨状さんじょう、まさか中で戦闘が?」

「ふむ、エントランスの状況から、まだ狩猟兵団の面々はセキュリュティゾーンを攻略中のはず……。となると相手は災禍さいかの魔女でしょうね。あの女がウワサみたいに、なにかチートじみたことをしたのでしょう」

 那由多は周りの状況を冷静に分析ぶんせきする。

 座標移動してすぐの洋館のエントランスは静まり返っており、その先のゆきご自慢のトラップは作動していなかった。ゆえにまだ誰もセキュリュティゾーンを抜けてこの洋館にたどり着けていないはずだったのだが、その予想は外れたらしい。

「――ゆき大丈夫かな……」

 結月は胸元をぎゅっと押さえながら、心配そうに目をふせる。

「まあ、ゆき自身もかなり強いから、森羅にそうそうおくれをとるとは思えないけど、さすがに心配だな。森羅は得体の知れない力を使うみたいだし、加勢するなら急いだ方がいいはずだ」

「そうですね。全員いつでも戦闘を開始出来るようにしといてください。では行きますよ!」

 那由他の指揮に、レイジたちはうなずき通路の奥へと進む。辺りを警戒しながらしばらく前進していると、大きな扉が見えてきた。あの扉こそ三階の最奥、ゆきのアーカイブスフィアが保管されている場所である。

 扉を開けると広いホール上の部屋にでた。部屋の周りには特になにもないが、中央にはアーカイブスフィアが置かれている。ゆきはというと、そのアーカイブスフィアの前でなにやら作業をしていた。

「ゆき、無事だったのか!?」

 全員でゆきの元へと駆け寄る。

 部屋の中はゆき一人だけのようで、森羅の姿は見当たらない。

「あたりまえだぁ! 剣閃の魔女であるゆきが、そう簡単にやられるはずないもん! まぁ、さすがに相手が災禍の魔女となると、少しは苦戦をしいられたけどねぇ」

 ゆきは両腰に手を当て、そのつつましい胸を張りながら主張する。

「やっぱり森羅がここに来てたのか……」

「へぇ、あの剣閃の魔女がここまでやられるとはねー。さすが災禍の魔女。ウワサ通りってわけか」

 レーシスの言う通り、ゆきは結構ダメージを受けている様子。彼女の黒いゴスロリ服はボロボロであり、ゆきのデュエルアバターからはあちこちわずかなデータの粒子が漏れている。だが話しながらも作業をテキパキ続けているゆきを見ると、特に問題はなさそうだ。

「ほんとだ!? ゆき、ボロボロだけど大丈夫なの!?」

「へーき、へーき! ある程度の自己修復は済ませてあるもん! 今は時間が惜しいし、こんなの大体で十分だぁ」

 心配であたふたする結月に、ゆきは悠々と髪を払いながら軽い感じで返す。

「そんなことよりも、早いとこゆきのアーカイブスフィアの持ち出す準備をしないとぉ」

「ゆきちゃん! ゆきちゃん! お忙しいとこわるいんですが、状況のくわしい説明をお願いします!」

「おい、なゆた! いつも言ってるけど、ゆきのことちゃん付けするなぁ!」

 ちゃん付けで呼ぶ那由多を指さし、キレ気味に注意するゆき。

「えー、いいじゃないですかー。そっちの方が絶対かわいいですしー。ほらほらー、そんな細かいことよりも、状況の説明を! なにやら災禍の魔女とやりあったみたいですけど、その後どうなりました?」

 しかし那由他はとくに反省する素振りも見せず、笑ってスルーを。そして話を進めた。

「ええい、ほんとに直す気なしだなぁ! 災禍の魔女ならゆきとの戦闘の途中で逃げてったぁ。たぶん深手を負う前に、撤退したんだろうと思う。向こうはこれからが本番みたいだし、一々ダメージを受けてる余裕なんてないって感じー。あとのことはきっと、今向かって来てる狩猟兵団連中に任せたみたいだねぇ」

 こめかみをぴくぴくさせるゆきであったが、聞く耳を持たない彼女にあきらめて状況を説明しだす。

「なるほど。狩猟兵団の進行状況は?」 

「セキュリュティゾーンを絶賛攻略中。高ランクのメンバーで押し寄せてきてるから、この洋館にたどり着くのも時間の問題だぁ。こちらとしては奴らが来る前に新規データだけを持って、アーカイブスフィアをリセットしときたいところぉ」

 このままアーカイブスフィアを持っていくと、奪われた場合すべてのデータが相手に渡ることに。そのリスクをふまえると、まだメモリースフィアに入れていない新規データだけを持ち、アーカイブスフィアそのものは初期化しておくのが正しい対処方法なのだ。こうしておけば初期化により中のデータは削除され、最悪被害を新規データだけで食い止められる。

 もちろん新規データを持ち出すのは新しく用意したメモリースフィア。あとはこれを別のアーカイブポイントに保管してあるメモリースフィアへと運び、新規データを更新。再び完全なデータにして、新しくアーカイブスフィアを作るのであった。

「ではわたしたちはゆきちゃんの作業が終わるまで、時間稼ぎをしないといけませんね!」

「そうしてくれると助かるー。リセット時間と削除データ復元可能時間を短縮させたいから、ゆきはこのままここで作業を続行しとくねぇ」

 アーカイブスフィアのデータの初期化には、結構時間が掛かってしまうのだ。特にそれがゆきのような電子の導き手のアーカイブスフィアとなると、膨大なデータの保管分、より時間をとることに。しかもデータの削除中はアーカイブスフィアを持ち運べないので、終わるまでその場で守り抜くしかなかった。一応この初期化までの時間は、改ざんを使えば短縮することが可能らしい。

 ほかにも初期化の工程にはもう一つ欠点が。そう、終わったとしてもまだ完全に削除しきれたとはいえないのだ。なぜなら相手が電子の導き手の場合、削除されたデータをごくわずかだが復元できるのである。復元可能な時間は2時間。初期化完了後120分のカウントダウンが始まり、タイマーの残り時間が多いほど復元量が多い。こちらも初期化の時と同じく改ざんを使えば、より短くできるのであった。ちなみにメモリースフィアの初期化もアーカイブスフィアと同じ仕様という。

「わっかりました! 結月はゆきちゃんの護衛を。わたしとレイジは三階入り口。レーシスはセキュリュティゾーンに行って、適当に相手を撹乱(かくらん)してきてください!」

 那由多はレイジたちを見渡し、テキパキと役割を振ってくる。

「わかった」

「うん、任せて」

「しゃーねーな」

「ゆきちゃんの作業が終わりしだい、合流してここから脱出します! いいですね!」

「普通の通話手段はもちろん、通信回線の方もジャミングで使えないから気をつけてねぇ」

 通信を取り合えないとなると、別れて行動するレイジたちにとっては不利になってしまう。ゆきには連絡をとれるようにしてもらいたいが、そうなると相手の電子の導き手と改ざんによる塗りつぶし合いをしなければならず、今の作業に支障をきたしかねない。よってここはあきらめるしかないみたいだ。

「通信系統はなしか。いくらゆきでも、この状況下で回復させる余裕はないってわけだな」

「だって、仕方ないだろぉ。相手は相当手強い電子の導き手みたいだし、そんな奴に対抗しようと思ったら、ゆきも全力を出さないとさすがになぁ。――まぁ、こっちの作業の片手間でやろうと思えば出来るかもしれないけど、正直めんどくさいしー」

「おい、めんどくさいって……、自分とこの一大事にそれでいいのか?」

 だるそうに肩をすくめるゆきに、思わずツッコミを入れる。

 ここは最悪の事態に備えて、万全の対策を取るべき場面。しかもゆき自身のアーカイブスフィアが奪われる可能性があるのだから、もっと必死になるべきではないだろうか。

「まあまあ、レイジ。それだけ余裕を見せてるってことは、わたしたちのことを信じてくれてるんですよー、きっと! ねっ! ゆきちゃん!」

 那由多はレイジの肩をぽんぽんたたき、笑いかけてくる。そしてゆきにウィンクしながらにっこりほほえんだ。

「そ、そんなことないもん!? ゆきはただめんどくさいからしないだけで、べ、別にくおんたちを信じてなんか!?」

 図星なのか腕をブンブン振って、過剰に反応するゆき。

 すると那由多がゆきの顔をのぞきこみながら、にやにやと意地の悪い視線を向けた。

「あれー、本当ですかねー? ふふふふ」

「――ま、まぁ、少しは信じてるけどさぁ……」

 ゆきは視線をそらしながら、はずかしそうに本音をこぼす

「あはは、相変わらずゆきちゃんは可愛いですねー。ツンデレご馳走さまです!」

 那由多はゆきに抱きつき、彼女の顔にすりすりとほおずりを。

「ッ!? だからなゆたは苦手なんだよぉ!」

 もはやされるがままで悔しがるゆき。那由他相手の場合、彼女のレイジたちによくする脅迫きょうはくがまったくきかないので、もはやあきらめの境地に達しているゆきなのであった。

 そんなからかう那由多に、結月はさぞほほえましそうな感じで話しに加わりにいく。

「あはは、那由他、あまりゆきちゃんをいじめたらかわいそうだよ。そうしたくなる気持ちはわかるけどね!」

「えー、だってー、あのゆきちゃんが帽子を外して、かわいらしい素顔をさらけ出してるんですよー! 今までは魔女帽子のせいで表情がわかりづらかったんですが、これなら思う存分反応を楽しめるってもんです!」

 ゆきを何度も指さし、ウキウキで力説する那由多。

 そういえば彼女は、ゆきの素顔を見るのが初めてのはず。そのせいでいつもよりもからかうテンションが高いのだろう。

「うんうん! ゆきちゃんは帽子をかぶってる時もいいけど、やっぱり顔を出してる方がかわいさが倍増するよね!」

 結月も結月でぱぁぁと目を輝せながら、激しく同意する。

「おい、こらぁ! ゆづき! なにどさくさにまぎれてゆきのこと、ちゃんづけで呼んでるんだぁ! もしかして今すぐ強制ログアウトされたいってことぉ?」

 ゆきはいつの間にかちゃんづけをしていた結月に対し、両腕を上げぷんすか怒りをあらわに。

 結月のこの流れに乗ってちゃんづけする作戦は、失敗におわったみたいだ。

「え? ダメなの?」

「ダメに決まってるもん! ちゃんづけなんていかにも子供ぽい言い方、認められるかぁ!」

「そうですよー、結月。ゆきちゃんのことをちゃん付けで呼んでいいのは、マブダチである那由他ちゃんだけなんですからねー」

 再び慣れ慣れしくゆきに抱きつき、彼女の顔にほおずりする那由多。

 ちなみにゆきがちゃんづけを諦めたのは、那由他があまりにもしつこいからだ。おまけにいくら文句を言ってもりず、攻撃をくらわせても簡単に対処されてしまうので仕方なく受け入れるしかなかったとのこと。

「なに事実を捏造ねつぞうしてやがるんだぁ! そんなわけないだろぉ! さっさと離れやがれぇ! なゆたー!」

 ゆきは那由多の顔を押しのけ引き離そうと。

「いいなぁ、那由他。あんなにゆきとフレンドリーに接せて」

 結月はそんな仲のいい二人を見ながら、指をくわえてうらやましがる。

 もはやこの緊迫した状況に似合わない、なごやかな雰囲気になってしまっていた。

「さすがに女の子が三人集まると、華やかだねー」

「そうだな。今緊急事態なんだから、もう少し緊張感を持ったほうがいいと思うんだが」

「じゃっ、後の収拾は任せたぞ、レイジ。俺は先にかく乱に行ってくっからよ」

 レーシスはレイジの肩をポンとたたき、さっさとこの部屋をあとにしてしまう。どうやらあとのことはすべて任せたと、言いたいらしい。

 ちなみに彼のこれからの流れは、まずらせん階段を通り一階の洋館エントランスに向かう。そこにある玄関口こそ、このアーカイブポイント内部の入り口。なのでそこから外の高層マンション近くに出ることや、セキュリティゾーンのゴール地点に出ることができ、レーシスの場合は後者の道をとってかく乱に向かうのであった。

「――レーシスのやつ、まさかオレに全部押し付ける気かよ」

「さてさてー! それではゆきちゃん! 本題ですが急に帽子ぼうしをとることにした、心境の変化はなんなんでしょうか? あはは、まさかレイジの気をひこうだなんて考えてませんよねー」

 那由多はゆきの肩をがっしりつかみ、ニコニコと圧を込めて問いただし始めた。

「な、なな、なんでそこでくおんの名前が出てくるんだぁ!?」

 すると口をあわあわさせながら、顔を真っ赤にするゆき。

 見た感じ相当動揺している様子であった。

「うわー、この反応怪しい。ここに来てレイジをめぐる戦いに、思わぬ伏兵(ふくへい)が……。那由他ちゃんもうかうかしてられません!」

「ち、違うって言ってるだろぉ! ――こ、これは……、気分! イメチェンみたいなものだぁ! だから別にくおんのためなんかじゃないもん! 違うんだからねぇ! くおん!」

「ははは、ゆき、わかってるから、そんなに必死にならなくても大丈夫だぞ」

 なぜだか一心不乱に念を押してくるゆきに、変な勘違いなんてしないよと笑って言い聞かせてやる。

「なにそのマジで気にしてない反応はぁ!? そこはもっと気にしてよぉ! くおんのばかぁ!」

 ゆきを安心させてやろうといった言葉だったが、彼女は腕をブンブン振りながらさぞ不服そうにうったえてきた。よくわからないが、今のレイジの態度が気に入らなかったらしい。

「――なんでキレられてるんだ……。――えっと、じゃあオレも先に配置についてるからな。あとは好きにやっといてくれ」

 このままここにいると、話題の流れ的にも居心地がわるくなりそうな予感する。なのでレイジもさっさとこの部屋をあとにして、配置場所に向かうことにした。


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