第62話 那由他の問い

 あれからすぐ全員持ち場につき、レイジと那由他は三階に続く階段前で待機していた。

 三階にたどり着くにはこの階段を上ってくるか、レイジたちが来た時のように隠し通路を使うしかない。ちなみにらせん階段の出口は、ちょうど通常の三階の階段のすぐ近く。なのでここで待機しておけば、必ず敵をむかえうてるというわけだ。

「あのー、レイジ。ちょっといいですか?」

 いつ敵が来てもいいように臨戦態勢を整えていると、那由他が少しためらいがちにたずねてくる。普段の彼女にはめずらしく、どこかおそるおそるといったふうにだ。

「どうした?」

「――ええと、ですね……」

 手をもじもじさせながら、言葉につまり気味の那由多。

 どうやらよほど言いにくい内容らしい。

「なんだ? 那由他にしてはめずらしく、歯切れが悪いな。いつもならこっちのことなんておかまいなしに振り回してくる、傍若無人ぼうじゃくぶじんのあんたが遠慮気味とは。もしかして明日は雪でも降るのか?」

「ぶー、失礼なー。わたしだって、センチメンタルな気分に浸ることもあるんですー。いくら美少女エージェントである柊那由他ひいらぎなゆたちゃんだとしても、中身は普通のいたいけな女の子なんですから!」

 那由多はほおを膨らませ、胸に手を当てながら心外だと抗議してくる。

 一理あるが普段のただ者ではないオーラ全開の彼女からは、あまり想像ができなかった。

「――ははは……、いたいけね……。それはともかく、今さら遠慮するあいだがらでもないだろ。オレたちは一応パートナーなんだからさ」

 彼女がなにをためらっているのかわからないが、雰囲気的に大事な話のよう。なので那由他が話しやすいように、先をうながしてやる。

「――わかりました。じゃあ、聞きますけど、レイジはわたしのこと怒ってますか?」

 すると那由多はチラチラとレイジを見ながら、問うてきた。

「怒るってなにを?」

「ほら、アポルオン関係のこと。レイジにはなにも教えず、執行機関の仕事を手伝わせてたじゃないですかー。それってアラン・ライザバレットも言ってたように、利用してた感じになっちゃいません?」

「なんだ、なにを心配してるかと思えばそんなことか」

 どうやら今までアポルオンについて隠していたことを、気にしていたらしい。

 確かにこれまでのアイギスの仕事が全部アポルオンがらみであり、それをエデン協会の仕事だと思わされてきたレイジは、見方次第ではだまされていたということになるのかもしれない。

 だがレイジにしてみればそこまでだまされていた感はなかった。なぜならアイギスの仕事はアポルオンの支配を強めるといった感じではなく、完全にエデン協会の仕事そのもの。もしくはそれ以上に治安維持に取り組んでいたといってもいい。それはアポルオンという組織のためではなく、まさしく人々のため。だからこそカノンが目指したであろう、自由で平和な世界につながる道だと思えたのだ。なのでもしだまされていたとしても、これは久遠くおんレイジが正しいと思ってやってきたこと。自分が信じた道を歩いたことに後悔はなく、だまされたという考えそのものが当てはまらなかった。

「そんなこととはなんですかー!? わたしにとって、死活レベルぐらいの一大事なんですよー! もしそれでレイジに嫌われて顔を見たくないなんて言われたら、那由他ちゃん立ち直れる自信ないんですからー!」

 レイジの上着の袖をクイクイ引っ張りながら、涙目でうったえてくる。

「ははは、バカだな。そんな程度で嫌いになってるなら、いつもの滅茶苦茶に振り回されてる時点でとっくに嫌いになってるぞ。こんなさわがしすぎる女の子と、付き合ってられないってな」

 そんな彼女の頭を優しくなでてあげながら、笑いかけてやる。

「ようするに、那由他ちゃんのことを嫌ってないと?」

「当たり前だ。那由他はただでさえオレにどこまでもついてきて、味方になってくれる女の子なんだぞ。そんな那由他を拒絶するなんてこと、なにがあってもないよ。たとえ最後の最後で裏切ってラスボス展開になったとしても、オレはあんたを信じ続けるはずだ」

 なんだかんだいって、レイジは那由他に振り回されまくる日々を案外気に入っている。それに彼女は心からレイジの力になりたいと思ってくれているのだ。どこまでもついていって、味方であり続けるとちかってくれるほどに。

 もはや今のレイジの心の支えになっているといっても過言ではない、陽だまりのような彼女をどうやって嫌いになれるだろうか。この気持ちはたとえ那由他に手ひどく裏切られたとしても、変わってはくれないのだろうと断言できてしまった。

「――レイジ……」

 レイジの想いの告白に、那由他は瞳をうるませ感激に浸ってる様子。

 そこまで反応されてしまうと、さすがに本音を言いすぎてしまったと気恥ずかしくなってしまう。ここは適当な言葉で今の本音の暴露を、にごすべきだと思考していると。

「あのあの! それってつまり、れた弱みってことで受け取っていいんですかねー! レイジは那由他ちゃんに骨抜きにされていて、メロメロだと!」

 ぴょんぴょん跳びはね、はしゃぎ気味に自身を指さす那由多。

「おい、なんでそうなる。こっちは真剣にだな……」

「あはは、わかってますよー! これはあまりに嬉しすぎる発言に対しての、テレ隠しみたいなものなので!」

 レイジのツッコミに、那由多はほおをかきながらかわいらしく舌を出す

 よく彼女を観察してみると、確かにほおが赤い気が。それにどこか落ち着きがなく、そわそわしている感じがする。どうやらよほどうれしかったらしい。

「まあ、わかればいい。この件についてはアイギスにいることを選び続けたオレ自身の問題だ。仮に利用されてたとしても、オレが望んでこの道を求めてたんだから文句なんてあるはずがない。そもそもこういうのはだまされる方が悪いんだから、那由他が気にすることじゃないさ。――それに第一アポルオンのことに関しては、オレのためにだまっててくれたんだろ?」

「ええ、レイジが出ていくかもしれない可能性は、あなたをアイギスに誘った時から視野に入れてましたので。だからアイギスの裏の情報をくわしく教えず、あのお方との接点も持たせないようにしたんです。もし足を踏み込んでしまったら、出れなくなってしまいますからね」

「ならいいさ。怒るなんて筋違い。むしろ感謝しきってもしきれないほどだ。ありがとう、那由他」

「いえいえ、これくらいレイジの幸運の女神である、那由他ちゃんにとって当然のことですよ!」

 レイジの心からの感謝に、那由他は胸に手を当てとびっきりの笑顔でこたえてくれる。

「――でも、そっか。これでオレもようやく、那由他やレーシスが立ってる場所にたどり着いたってことか。アポルオンに執行機関、アポルオンの巫女や、おまけに世界の命運を決める戦争まで。世界の裏事情の全容を知ったんだし」

 こうやって冷静に思い返してみると、レイジは想像を絶するほどの案件に足を踏み入れてしまったと再確認できた。当たり前のように回っていた世の中。今までは特に気にすることもなかったこの世界の在り方だったが、あろうことかそれらのすべてがアポルオンに仕組まれていたとは。そう、自分たちは知らない間に、ずっと彼らの手の平の上で踊らされていたという事実。こんなとんでもない世界の真実を知ってしまった以上、もうこれまで通りなにも気にせず普通に生きていくなんてできないのだろう。

 だがこれで那由他やレーシスたちが見ていた景色を、レイジも見ることができたのだ。よってこれからはすべてを知ったうえで、アポルオンの事案に首を突っ込んでいくことになるはず。

「はい! もうレイジは正真正銘、わたしたちの仲間です! これからは包み隠さず情報を共通していくので、一緒にあのお方のために頑張りましょう!」

 那由多はレイジの手を両手でぎゅっとつかみ、にっこりほほえんでくる。

「ってことはあのお方って呼ばれる子を、紹介してもらえるのか?」

 アポルオンについて知ったため、あのお方と呼ばれる人物に会える可能性があった。今まではアポルオン関係で彼女のことを知ってしまうのはまずかっただろうが、アポルオンの裏事情まで理解したレイジならもう大丈夫なのではなかろうか。那由他や結月が心から信頼している人物。一度会ってみたいのだ。

「そうなりますかねー。那由他ちゃんとしてはできれば合わせたくないんですけどー」

「オレがその子と会ったら、なにか不都合でもあるのか?」

 那由他の気乗りしていないような返事に、首をひねる。

「もっちろん! ありまくりですとも! あの子に関しては、この那由他ちゃんですら負けを認めるほどの美少女なんですからー! しかも地位や財力をあわせ持つお姫さまで、おまけにまとってるオーラが天使と言っても過言ではない、神々しさ! もしわたしが男なら、そくとりこになってしまうぐらいですね、あれは! もはや完全無欠なヒロインそのもの! そんな彼女にレイジが会って恋でもしてしまったら、いくら那由他ちゃんでも分が悪いんですよー!」

 すると両腕を胸元近くでブンブン振り、あれは反則過ぎると涙目になりながら危機感をあらわにする那由多。

「――おい、まさかそんな理由でこれまで、その子と会わせなかったとか言わないよな?」

「ぎくり!? あはは……、やだなー、レイジ。そんなわけないじゃないですかー。――まぁ、確かにちょっとぐらいはありましたけど……、でもでも! この件についての一番の理由は一度あの子に会ってしまった場合、お人好しのレイジのことですからものすごーく出ていきにくくなると思ったんですよ! レイジにはレイジのやることがあったようなので、こっちに縛りつけるわけにもいきませんからね!」 

 始めの方は怪しい反応を見せ笑ってごまかそうとしていた那由多であったが、それ以降はいつもの頼りがいのある彼女に戻る。少しの私情はあったみたいだが、その他大多数は純粋にレイジのためを思っての理由だったようだ。

「だからあのお方が力を貸してくれてるレイジに会いたがってた時も、なにも知らない期間限定のお手伝いさんだからと言って、断っておいたというわけです! 連絡とかもとれないように、レイジの個人情報を一切教えないでおきましたし!」

「――まあ、気遣ってくれてたなら、なにも文句なんて言えないか……」

「近々会う機会をセッティングしておきますよ! あのお方に! いえ、アポルオンの巫女、カ……」

 那由他がその少女の名前を言おうとしたその刹那、ゆきたちがいるであろう部屋の方角から爆音が鳴り響いた。

「なっ!? 今のは!?」

「わかりません! ですがやばそうなので向かいましょう!」

「わかった!」

 通信回線が使えない以上なにが起こっているかわからないが、緊急事態ということだけはわかる。ゆえにレイジと那由他は急いで現場に急行することに。


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