第60話 狙われたゆき

 空はもうすっかり暗く染まっており、一台の車が道路を走っている。あれからレイジたちは無事、狩猟兵団連盟のビルから脱出することに成功していた。一度エレベーターで一階のロビーまで出てしまえば、ほかの狩猟兵団の者たちにまぎれ込んで案外楽に逃げれたのであった。ただいくら人が出払っているといっても、あそこまで手薄になっているのにはさすがに疑問が残ったのだが。

 そして今、レーシスが運転する車でに乗って、態勢を整えようとしているところであった。

「ふー、なんとか逃げおうせたぜ。お前らがつかまったとわかって一時はどうなることかと思ってたが、以外となんとかなるもんだねー」

 レーシスは運転しながら安堵あんどの息をつく。

 運転席にはレーシス。助手席には那由他。あとは後ろにレイジと結月といった席順である。

「それでこれからどうすんだ、那由他? いったん態勢を整えるために、アイギスの事務所にでも戻っちまうか?」

「いえ、向こうはわたしたちをすごく警戒してましたし、最悪事務所が襲われる可能性も考慮しないといけません。なので態勢を整えるなら、軍の施設に行くのがいいと思います」

 レーシスの問いに、那由多はアゴに手を当てながらこれからの方針を決める。

 確かに軍の施設内だと、さすがのアラン・ライザバレットでもそう簡単に手出しはできないだろう。部屋を貸してくれるかどうかは、昨日みたいにレーシスが用意するはずなので問題なさそうだ。

「でもその前に、結月を一度どこかで下した方がいいかもしれませんね。ここからは長丁場になりそうですし」

 那由他の言う通り、これ以上結月を連れまわすべきではない。すでに時刻は二十時を過ぎたあたり。しかもここからさらに忙しくなりそうときた。それゆえ昨日アイギスに加わったばかりの結月だと、ついていくのも大変なはずだ。

「那由他、私も一緒に行かせて。みんなががんばってるのに、一人だけ帰って大人しくなんてできないよ!」

 だが結月は首を縦に振らず、胸をドンッとたたき残る意志を示す。

「結月、那由他の言う通りだ。ただでさえ今日つかまったりしたのに、これ以上はきついだろ。アラン・ライザバレットの動きに対応するため、ここからは夜遅くまで活動しないといけないだろうし、今日は帰ってゆっくり休んどいてくれ。明日は月曜だから、学園だってあるはずだしな」

「――で、でも……」

 レイジの正論に、目をふせながら言葉を詰まらせる結月。

 今日までは土日だったので学園は休みだったが、明日からはまた結月の学園生活が始まるはず。もうすぐ春休みになるらしいが、今は関係のない話であった。

「いいじゃねーか。本人もやりたいみたいだし、手伝ってもらおうぜ。今は少しでも人手がほしい時なんだ。そうすればオレも楽できるし」

 そんな中、レーシスが結月に助け船を出す。

「レーシス、お前な……」

「ハハッ、俺は使えるものはなんでも使う主義だからな。新人だろうとなんだろうとこき使うさ」

久遠くおんくん、お願い。わたしもアイギスのメンバーとして、みんなの力になりたいの」

 結月はレイジを真っ直ぐに見つめ、懸命けんめいにみずからの思いをうったえてくる。

 彼女のあまりの熱意に、どうやら折れるしかないみたいだ。レーシスの言う通りなにが起こるかわからない今の事態に、結月の戦力は非常に頼もしいのも事実ゆえに。

「そこまで言うならわかった。でもきつくなったらすぐに休んでくれよ。結月も貴重な戦力なんだから、いざという時には頑張ってもらわないといけないからさ。那由他も、それでいいよな」

「まあ、結月が大丈夫というなら特に反対はしませんよ」

「ありがとう! 私、頑張るね!」

 結月は許可をもらえたことに喜びながら、胸元近くで両手をぐっとにぎり気合を入れた。

「で、軍についてどうするよ? いくらアラン・ライザバレットが動き出したといっても、手掛かりがないとどうしようもないぜ?」

「そうだ。森羅しんらがゆきのところに行けって言ってたっけ」

 ふと、森羅に言われたことを思い出す。那由他たち救出の件や、ビルからの脱出で頭がいっぱいでなかなか思いだせずにいたのであった。

「森羅って、あの災禍の魔女ですか? 信用できるんですかねー、あの女……。――とはいっても、その線は十分あり得るので行くしかないようですね。その前にまずはゆきちゃんに連絡をっと」

 森羅の名前を聞いて那由他はいぶかしげな表情をするが、しぶしぶその情報を頼ることに。そしてターミナルデバイスで、ゆきに連絡をとろうとする。

「むむむ、出ませんね……。これは少しまずいかもしれません。レーシス、軍を少しばかり動かして、様子を見てきてもらってください」

「おうよ、軍としても剣閃の魔女になにかあれば大きな痛手になるから、すんなり動かせるはずだ。少し待っとけ。――新堂中佐、こちらレーシス・ストレイガーです。剣閃の魔女が狙われる可能性があるので、そちらの部下を数人向かわせてもらえますか? ええ、もちろん執行機関としての命令です」

 レーシスはポケットからターミナルデバイスを取り出し、さっそく連絡しだす。

 たまにこの光景を見るが、まだ少年であるレーシスが中佐ほどの人物を軽く動かせる事実に、今だ軽いショックを受けてしまう。

「今、軍のデュエルアバター専属部隊に様子を見に行かせた。少したったら報告が入ってくるだろ」

「なあ、いつもお前ら軍の施設で好き放題振る舞ってるけど、執行機関ってどれだけの権限を持ってるんだ?」

 ちょうどいい機会なので、気になっていたことをたずねる。

「うーんと、そうですねー。軍の上層にいる人物であろうと、パシらせるぐらいは余裕ですかね! なんたって執行機関には指揮権だけでなく、軍人をさばく権限もありますから! だから気に入らなければ、そく適当な名目を押し付けてクビにすることぐらい、容易いというわけです!」

 那由多は人差し指をクルクル振りながら、愉快げに事実を説明してくれる。

 上層部の人間をパシらせることだけでもすごいのに、簡単にクビにできるというとんでもない権限にドン引きするしかない。いったい軍は執行機関に、どれだけの暴挙を受けてきたのだろうかと。

「――なにその理不尽……」

「あはは、そのため軍人にとって、執行機関は恐怖の対象でしかありません! 機嫌を一つそこねれば、取り返しのつかないことになるので、みんなおそるおそる! もはや歩く死神とまで言われるほどなんですからねー」

「おっ。報告が来たようだな。どうでした? え? ハハッ、マジですか。ええ、そっちはそっちで対処しといてください。こちらも独自に行動を起こすので」

 そうこうしていると着信が鳴り、通話にでるレーシス。

 その話している内容から、あまりよくない報告らしい。

「なにかわるい報告でもありましたか?」

「ああ、現在剣閃の魔女のアーカイブポイント周辺は、アラン・ライザバレット側の電子の導き手の、場の支配がかれてるらしい。侵入禁止設定で近くに入れないのはもちろん、周りには狩猟兵団の連中が徘徊はいかいしてて、近づくことすら難しいんだと」

「つまりゆきが狙われてるってことなのか!?」

 思わず身を乗り出して、レーシスに問う。

 どうやら森羅の言う通りだったみたいだ。アラン・ライザバレットの始めの標的は剣閃の魔女。このために森羅はゆきのもとへ急げと、助言してくれたに違いない。

「そうなる。状況的に見て、剣閃の魔女がやられるのも時間の問題だろうな。増援は呼べず、相手は凄腕のデュエルアバター使いの集団。おまけに相手の電子の導き手は相当ヤバイらしく、軍側の電子の導き手でじゃ歯が立たないらしいぜ」

 電子の導き手による場の支配は同じ電子の導き手が介入することで、その効力を弱めるか、反対に奪うことができる。だがその相手のレベルが高すぎると太刀打ちできないということも。軍にいる電子の導き手となると相当の腕前を持つはずなのに、相手にならないということは、敵にゆきクラスの電子の導き手がいるのかもしれない。

「うわー、あまりよろしくない状況ですねー。軍の電子の導き手がまったくかなわないとなると、ほかで雇ったとしても結果は同じ。ゆきちゃんの近くに座標移動で入れなくなってしまった以上、離れた場所から向かわないといけません。たどり着くまでに戦闘を避けられないでしょうから、余計に時間が掛かるはず」

 狩猟兵団側は目的が達成するまで、そう簡単に通してはくれないはず。

 たとえその猛襲を切り抜けたとしても、時間が掛かってしまう。さらに連戦によるアビリティなどの精神的負担や、ダメージも蓄積されていくはずなので、敵の本命の部隊に勝てない可能性が。

「――はぁ……、ゆきちゃんのところのゲート使用権限さえもらっていれば、なんとかなるんですが……」

 那由他は口惜しそうにつぶやく。

 実は侵入禁止設定を回避する方法が一つあるのだ。それがアーカイブポイントにあるゲート。ほかのエリアからゲート経由けいゆで目的の場所に座標移動するときは、侵入禁止設定関係なくたどり着けるのであった。

「じゃあ、ゆきに連絡してゲートの権限をもらうのはどう? 緊急事態だし、ゆきならくれるかも」

「無理ですね。確かにアーカイブポイントなら、外との連絡が可能になります。ですが向こうに凄ウデの電子の導き手がいる以上、通信の妨害が行われているはず」

 クリフォトエリアではセフィロトが用意した通信手段でしか、連絡を取り合えないように設定されていた。なのでターミナルデバイスやクリフォトエリア外からの連絡は、相手に届かないのだが例外も。その一つがアーカイブポイント。ここにいる時だけは、外との連絡がほかのエリア同様つくのである。

 だが今は相手側に電子の導き手がついているので、不可能だろう。なぜなら電子の導きの手の力を使えば、アーカイブポイントでの連絡、さらにはネット回線につながることさえも妨害できるのだ。このせいでゆきはレイジたちに、助けを求めてこれないとみるべきだ。

「それに第一、ゲートの権限の受け渡しは、クリフォトエリア内でないとダメなんです。むこうで許可証の権限を付加されたアイテムを、直接もらわないと」

 アーカイブポイントに直接座標移動することができるゲート。この使用権限はアーカイブポイントの所有者に、クリフォトエリア内で許可書のプログラムを入れたアイテムをもらうことで、始めて自由に使えるもの。ゆえにこういった状況では、その受け渡しができないのであった。

「――そうなんだ……。それだと私たちに打つ手はないってことになるのね」

「ええ、残念ながら……。一応動かせるエデン協会の人間を雇って、攻略にでるつもりですが、少し厳しそうですね」

 結月と那由多は事態の深刻さに、肩を落とす。

 軍のデュエルアバター部隊を動かせるといっても、政府のアーカイブポイントの防衛がある以上、その人員はたかが知れている。上位ランクのエデン協会の者たちの多くは同じ理由で待機させられているはずであり、それ以外もいつ自分たちのアーカイブポイントが襲われるかわからないと企業、財閥に差し押さえられている可能性が高い。きっと雇うのは難しいだろう。まだ中ランクの者ならある程度簡単に用意できるだろうが、相手は狩猟兵団の上位ランクが多いはずなので分が悪かった。

 それならば日本でなく別の国の上位クラスを雇えばいいと思うかもしれないが、ほぼ不可能といっていい。これはエデンに入った時の現実の場所と、デュエルアバターの操作に大きな関係性があるため。エデンの構造は地球をもとに作られているため、現実とエデンの位置情報をリンクすることができるのだ。セフィロトはそれを利用し、クリフォトエリアを利用するにあたるペナルティ、ラグ問題を取り入れたのである。

 これはエデンに入った時の現実の場所を起点とし、そこから離れたアースのクリフォトエリアであればあるほど、デュエルアバターの操作にラグが発生するというもの。よってレイジが日本国内でエデンに入り、アメリカのアースのクリフォトエリアに向かった場合、あまりのラグに戦闘どころではなくなるわけだ。一応二つ分ぐらいまでの離れたアースなら、そこまで操作に支障はない。だが万全でいどむ場合は行きたいアースとリンクしている現実の場所へと実際に向かい、そこからエデンに入るのが一番であった。

「そうだ! 許可証はアイテムでやるんだった。ってことは……。レーシスのターミナルデバイスを貸してくれ。オレのは向こうで没収されてしまったからさ」

 重い空気が流れる中、ふとひらめいた。それを確認するため、レーシスにターミナルデバイスを借りることにする。

「ん? わかった。ほらよ」

「サンキュー、まずは、オレのデータを更新して」

 彼からターミナルデバイスを受け取り、起動する。

 ターミナルデバイス本体にデータを保管する機能はない。データの読み込みや保存はすべて使用者のICチップに関係しているのだ。そのため現在レーシスの使っていたターミナルデバイスが、レイジのICチップのデータを更新。レイジ用のものへと変わったのである。

「やっぱりそうか。これならゆきのアーカイブポイントのゲートを使って、直接助けに行けるぞ」

 気になったことを調べてみると、予想通りの結果が画面に表示されていた。

 それはゆきにもらった帽子。あの時はなにがなんだかわからなかったが、今ならわかる。そう、ゆきは自身の魔女帽子にゲートの許可書のプログラムを組み込み、レイジに渡してくれていたのである。

「え? それはどーいう事ですかー! まさかレイジ、那由他ちゃんの知らないところでゆきちゃんをすでに攻略してたと!」

「やるじゃねーか。あのちびっ子から、そこまでの信頼を勝ち取ってるとはな。さすがレイジ先生、手が早いねー」

 ゆきからゲートの権限をもらっていたことに、驚く二人。那由他は真相を確かめようとぐいっと詰め寄り、レーシスは意味ありげな視線を向け茶化してくる。

「バカなこと言ってないで、これならいけるだろ。さっさと向かうぞ」

「はーい、そうでしたねー。この件はあとでくわしく問いただすとして。レーシス、もう軍の施設に向かってるヒマはありません。近くのネットカフェにでも行きましょう!」

「はいよ。ちょうど看板も見えてきたし、あそこに車を停めるぞ」

 レーシスの指さす先には、ネットカフェの看板が見えた。ここでならすぐにでもエデンへと向かえるだろう。

 そしてレーシスが車を停めると同時に、レイジたちはネットカフェの建物へと入るのであった。

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