第52話 支配する者たち


 すでに外は陽が沈み、暗くなっている。あれから森羅しんらの招待を受け、レイジたちアイギスメンバー三人は少し離れたところにある狩猟兵団連盟の三十階建ての高層ビルにいた。

 敵地のど真ん中に行くとあって、レイジと那由他の二人だけで向かう話になっていたが、結月がどうしてもついて行くと言ってきかなかったのだ。彼女もアイギスのメンバーとして、その責務を果たしたいと。そういうわけでレイジたちは今、このビルの最上階にあるアラン・ライザバレットがいる部屋に通されたところ。危険は承知だが、なにか有益な手掛かりがつかめるかもしれないので招待におうじたのであった。

 室内は代表の部屋らしく、重厚感あふれるカーペットに高そうなソファーやオフィスディスクといった家具。あとアランの趣味なのか壁には刀や剣、盾といった武器があちこちに飾られていた。

「久しぶりだね、久遠くおんレイジ。キミのエデン協会での活躍はよく耳にしているよ。狩猟兵団を辞めたと聞いて心配していたが、うまくやっているようじゃないか」

 三十代前半ぐらいの男、アランが親しげに話しかけてくる。

 彼は優雅な風貌ふうぼうをしているが、物騒な雰囲気がにじみ出ている男性である。

 アランとは狩猟兵団時代何度か顔を合わせているので、普通に世間話ができる仲といっていい。彼は見込みのある狩猟兵団の者に対して寛容かんような態度をとるので、割とフレンドリーに接してくれるのだ。

 ちなみに部屋にはレイジたち三人と、彼だけ。アリスや森羅とは、この部屋には案内されてすぐに別れていた。

「まあ、おかげ様でなんとか。そういうアランさんの方も相変わらずのようですね。よく物騒ぶっそうなうわさが耳に入ってきますよ」

「狩猟兵団連盟の代表となると、やることは山ほどあるからね。狩猟兵団という名のビジネスをさらに世へ広げるため、民間の組織や大手企業、政府にもっと知らしめないといけない。狩猟兵団の力を使えば、自分たちの思う通りに事が進むという価値観の布教ふきょうをね」

 アランは不敵に笑いながら、自身の野望をかたる。

 もはや世界中に広まり社会システムにまでなった狩猟兵団だが、それでもまだ足りないらしい。一体どれだけこの世界を、混沌こんとんめる気でいるのだろうか。

「――ははは……、まさかまだ広める気でいるとは、さすがアランさん。それで日本での行動も、その一環というわけですか?」

 相変わらず怖い人だと苦笑しながら、単刀直入にたずねた。

「ククッ、まあね。いいころ合いになってきたし、そろそろ打って出ようかと思っているところだよ」

「上位クラスの狩猟兵団をあそこまで集めて、一体なにをする気なんですか? 絶対ただ事じゃないですよね?」 

「それは秘密だよ。でもそうだね。たとえばここで我々が日本を潰したとしよう。そうなれば政府すらも、標的にできるという事実が証明される。今まで依頼者は企業や財閥関係者が多かったが、そこに政府が加わることになるんだ。ズバリ、代理戦争というものが実現できるというわけさ。今の世の中、政府が管理するアーカイブポイントのアーカイブスフィアを狙えば、簡単に潰すことができるんだからね」

 アランは机にひじをつきアゴ下で手を組みながら、愉快げに説明してくれる。

 もはや彼の言う通りになるかもしれない。今まで企業や財閥同士が主流だったが、その利益を奪い合う舞台に、政府側も参加できるということを知らしめる事になってしまうのだ。もはや今ある国家間のバランスが崩れ、最悪エデンがかつて現実で行われていた戦争の舞台になってもおかしくはなかった。

「でもそんなことしたら、国際的に大問題になるでしょ? いくら狩猟兵団が各国に認められてるからといっても、さすがに限度があるはず。最悪の場合、狩猟兵団のビジネスが廃止されたりするかも」

「かもしれない。だが仮にそうなったとして、この世の中から狩猟兵団の者たちがいなくなることはまずないよ。なぜならこのビジネスの形はすでに、世界中に認知されてしまっている。だから狩猟兵団がかつての傭兵に戻るだけで、その根底は生き続けるんだ。そう、セフィロトが正常に戻らない限り、この混沌こんとんの世界は終わりはしない」

 他者の利益を合法的に奪えるという夢のような手段を、依頼主側がそう簡単に手放すはずがないのは明白であろう。もし狩猟兵団がなくなれば、代わりの者を用意してやるだけ。金さえ払えば人などいくらでも用意できるのだから、データを奪う者はいなくならない。

 これは雇われる側も同じ。どこもデータを奪う力を欲している分、その需要は金になる。うまくいけば普通に働くよりも稼げる可能性が出てくるのだから、禁止されても傭兵として続ける者はいくらでもいるはずだ。そう、現状この循環は一度知れ渡ってしまった時点で、終わることがなかった。

「――ククッ、とはいっても現状、あの組織がある限り狩猟兵団がなくなることはまずないんだけどね」

「え?」

 アランはふくみのある笑みで、意味ありげなことをつぶやく。

 気になっていると、隣にいた那由他が話に割り込んできた。

「アランさん、そろそろ本題に入ってくれませんか? こちらとしては敵地に長く居座りたくないので」

「おっと、これはすまない、柊那由他ひいらぎなゆた。キミほどの大物にわざわざ来てもらったのだから、さっさと要件を話さなければいけないね」

 あのアランにここまで敬意を払わせるとは。一体那由他は何者なのか。彼女に対してますます疑問がわき上がってしまう。

「さすがにわたしのことは知ってるみたいですね」

「当然だろ。執行機関しっこうきかんの凄腕のエージェントであり、アポルオンの巫女みこ懐刀ふところがたなと呼ばれているキミを知らないわけがないさ」

(――執行機関に、アポルオン……?)

  聞きなれない言葉に困惑しながらも、那由他の方を見る。

 執行機関もアポルオンも、これまで聞いたことがないワードであった。ただわかるのは那由他がその組織に深く関わっており、しかもかなり上の立ち位置にいるということだけ。ただ者ではないと思っていたが、どうやらレイジが想像していたよりもすごい少女だったらしい。

 そんなレイジの反応を見て、アランは那由他にたずねる。

「――ふむ、その様子だとやはりなにも聞かされていなかったようだね、久遠レイジ。柊那由他、悪いんだがまず彼に現状の把握はあくをしてもらいたい。もちろんその過程で世界の裏事情を話すことになってしまうが、彼もアイギスのメンバー。ゆえに知る権利はあるはずだ」

「――はぁ……、この状況下で止めるのは無理そうなんで、好きにしてくださって結構ですよ」

 那由他は不本意だがしかたないと、肩をすくめる。

「ありがとう。――では久遠レイジ。本題に入る前に、キミには一つ知ってもらいたいことがある。今から話すことは世界の裏事情。この世の中を形作るきっかけとなった、始まりの存在についてだ」

 正論に観念かんねんした那由他の許可を得て、アランは真剣な趣(おもむき)でかたる。

「それさえ知れば、久遠レイジが今まで抱いてきた疑問のすべてが、紐解ひもとかれることになるだろう。執行機関や、アイギスの裏に潜む真実、そしてこれから起ころうとしている戦争の背景、なにもかもね。――ただこの真実を知れば、久遠レイジはもう逃げられない。世界の裏側に足を踏み入れたら最後、キミもこちら側の人間になるのだから」

 これは忠告。アランの雰囲気から事のやばさがうかがえた。おそらく那由他がレイジに話してくれなかったのも、これが原因だろう。世の中には知らない方が幸せなこともある。一度知ってしまえばその真実に一生振り回され、まっとうに生きていけなくなるかもしれないのだから。

「ゆえに選びたまえ。今ならまだ間に合うよ。最悪、久遠レイジの人生が大きく狂ってしまうかもしれない」

 手をレイジに差し出しながら、最後の忠告をしてくるアラン。

「ははは、忠告ありがとうございます。ですけどオレの人生はもう、こんなところにいる時点で相当狂ってる。だから今さら気にしたりしませんよ。どうせちるなら、最後までってね」

 そう、これがレイジのまぎれもない本音。

 もはや狩猟兵団やエデン協会で戦っている今の自分に、まっとうもなにもないのだ。すべてはカノンやアリスと誓いをわした時点で、久遠レイジの普通の人生はとうにおわっている。もうここまで来てしまっているのだからとっくに退路などなく、あとは進むだけしか選択肢はなかった。

「ククッ、そうこなくてはね。――では久遠レイジ。パラダイムリベリオンが起こる前の世界をどう思う?」

 レイジの返答に満足したのか、アランは目を細めながら話しだす。

「パラダイムリベリオン後じゃなくて?」

「そうだよ。あれはあれで世界にとてつもない影響を及ぼしたが、あの事件がこの世界を形作った始まりではないからね。だからもし世界の裏側を知るなら、そのもっと前。あの事件が起こる前の世界が鍵になる」

「――えっと、あの事件前ってオレはまだ子供だったから、あまり実感ないんですけど……。まあ、非常に生きずらかったんですよね。セフィロトの世界政策のせいで、下の者は上にいけず停滞ていたいいられる感じで」

 パラダイムリベリオン前はまだ小さかったので、社会のことがよくわからなくて当たり前だろう。狩猟兵団に入ってからはそれなりに世の中のことを見てきたつもりだが、そのころにはすでに今の世界の形が出来上がっていたので、あまりピンとこなかった。

「そういう認識であってるね。セフィロトが人類の繁栄はんえいのために導き出した答えは、今ある現状の形を最善さいぜんとし、保持すること。新しい可能性はさらなる繁栄を導くかもしれないが、今ある理想の形を崩し、取り返しのつかない状態になる恐れがでてくる。セフィロトは人工知能を持っているとはいえ、しょせんは機械。完璧を好むがゆえに、さらなる繁栄よりも、現状の繁栄を永遠に続かせる方を選んでしまった。その結果がかつての世界だ」

 アランは再び机にひじをつき、アゴ下で手を組みながらかつての世界の形を説明していく。

 人工知能を搭載とうさいした量子コンピュータセフィロトに、人類の命運をたくしたがために引き起こされた大変革のことを。

「それまで基盤となっていた企業や財閥、政府といった存在に、世界を回す永遠の歯車の役目を与えたがため、実質彼らが世界の覇権をにぎるようになっていった。極端な話、もはや下に位置する者は彼らの都合のいいこまだ。たとえ上の者たちが意図していなくても、セフィロトのシステムが勝手に作動し、その組織がより効率的に動けるよう周りを傘下として取り込む。それは新しく生まれた芽であろうとも例外なく、すぐさまどこかに取り込まれ完璧な機械のための部品となるわけだ」

 それがセフィロトによるバックアップ。セフィロトの演算処理能力によって導き出された最善の行動を、個々の組織それぞれに示してくれるというもの。世界中のデータを掌握しているがゆえ、そこからみちびかれる経済の分析ぶんせきはほば完璧。あとはその指示通りに動けば、事がうまく運ぶのである。

 だが実際のところこれは、下の者たちが上に位置する者たちの都合のいいように、動かされているといっていい。確かに利益は上がっていくが、結局都合のいい位置に当てはめられただけなので、それより上に行けないのだ。なので最上位の歯車を円滑えんかつに回すための、歯車にさせられるといっても過言ではなかった。

「そう、かつての世界に自由など存在しない。人々は気づかぬうちに、セフィロトの理想とする世界の形に当てはめられるだけ。まさしく徹底的な管理によって生み出された秩序ちつじょ。人類繁栄存続のための、機械仕掛けの世界と言っていいのかもしれない。――まあ、それでも救いだったのは、まだ完全にその舞台が整っていなかったということだね……」

「その話が今も続いていたとなると、ほんとぞっとしますね……。今の世の中からは想像もできませんよ」

 セフィロトが世界の実権をにぎっている以上、その完璧な管理から抜け出すことは不可能。今なら狩猟兵団を使って上に行くことができるが、かつての世界ではその手段がなにひとつない。ゆえに人々は一度決められた役割を、まっとうし続けるしかないのだ。

「ククッ、だろうね。――パラダイムリベリオンが起きてからは、その秩序もだいぶましになった。かつては絶対的管理により停滞しかなかったが、今では上にいる者を蹴落としさえすればいい。そうすればセフィロトに高位の歯車として認められ、手厚いバックアップを受けられるのだからね。よって今やセフィロトが正常に機能していないうちに、少しでも上にいこうと、どこも躍起になっているというわけだ。おかげで狩猟兵団の需要はうなぎ登りだよ」

 もしパラダイムリベリオンが起こっていなければ、白神相馬しらかみそうまも一から事業を始めて、東條とうじょうグループの直属の傘下に上り詰めるなんて芸当出来なかったはず。そう、今ならいくらでも上の地位に近づけるチャンスがある。もはやこの状況で狩猟兵団を使わない手はないといってよく、その需要が爆発的に上がっていくのは至極当然のことであろう。

「ははは、まさにパラダイムリベリオン様様ってわけですね」

「だね。――さて、ここまでの話で注目することは、かつての管理による秩序の世界について。ここで一つ、こういう考えを持ってもらいたい。あの事件前の不変の世界は、本当にセフィロトが望んだ世界の形なのだろうかと」

 アランはふくみを持たせて、問うてくる。

 その言葉の意味を理解できず、レイジは動揺するしかない。

「――そんなのセフィロト以外にありえないでしょ。あれは外部からの干渉を受けないように、作られていたはずですし……」

「でも考えてみたまえ。あの世界の形は上の地位にいる者たちにとって、あまりに都合がよすぎると思わないかい? 選ばれてしまえばセフィロトのバックアップにより、自分たちの未来は約束されたも同然。莫大な富と権力がなにもしなくても手に入り、決してその繁栄が止まることはない。たとえ抗議の声があったとしても、すべてはセフィロトのプランによるものと言い張れる。これほどまでに上の者たちにとって、都合のいい環境があるだろうか?」

「確かに、願ったり叶ったりな状況ですもんね。すべてセフィロトがあるからこそ、実現可能な世界の形……。でもこの流れって、もしかして……」

 アゴに手を当てながら、彼の言っていることを思い返してみる。するとだんだんある推論が頭をよぎってきた。

「そうだ。もし仮に初めから仕組まれていたとしたら? セフィロトとは人類を繁栄に導くためのシステムではなく、ある者たちが世界を自分たちの思い通りに動かすための代物ともいえなくないだろうか?」

 アランの言うことは確かに筋が通っていた。セフィロトの開発時に、あらかじめ自分たちが利益を独占できるような設定にしておけばいいだけの話。そうすれば後はセフィロトが勝手に、望んだ世界を創ってくれるのだから。

「――じゃあ、今の世界はまさか……」

 アランのこれまでの話を聞いて、レイジはたどり着いてしまう。今の世界の真実へと。

「そう、ある組織が世界を支配していると言っていい。その魔の手はこの世界で生きる人々はもちろんのこと、経済、そして政府ですら逃れられない。そのあまりの権力の前に政府などもはや、操り人形と化していると言っても過言ではないね」

「いやいや、政府もって、力の規模がおかしすぎるでしょ。なんですかそのふざけた話は」

「だからこそセフィロトによって世界を管理させるといった、馬鹿げた案を実現できたんだよ。セフィロトを運用するにあたり電子機器の一新や、第一世代としての処置など。そこにどれだけの資金や労力、人々の反発があるかわかったもんじゃない。そんなあまりに非現実的な計画さえも、彼らにかかればなんら問題はなかった。各政府に無理やり協力させたり、過度な情報操作で人々を納得させたりなどなんでもありって感じでね」

「……一体なに者なんですか? そんな馬鹿げた力を持つ連中って?」

 あまりに強大な存在にゾッとしながらも、おそるおそるたずねる。

「それがワタシたちの敵であり、ずっと昔から世界の裏側で暗躍し続けた組織。その名もアポルオン」

 そんなレイジに、アランは敵意を込めてその名を告げた。

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