第51話 招かれざる訪問者


「――ねぇ、ユヅキはレージのことどう思ってるのかしら?」    

 アリスは結月の肩をつかみ、食い気味にたずねた。

「え!? え!? く、久遠くおんくんのこと!?」

 そんな突然の質問に、結月はかぁぁと顔を赤くしながら取り乱し始める。

「おい、アリス、結月になに変なことを吹き込んでいるんだ?」

「だって大切なことだもの。ユヅキは見た感じ家事とか万能そうよ。きっと将来、いいおよめさんになると思わない?」

「――そ、そんなぁ、いいお嫁さんだなんて……」

 両ほおに手を当てながら、にやけだす結月。

「だからね、レージはユヅキと結婚するべきよ! こんなかわいくて、性格もいい女の子をモノにできれば人生勝ち組待ったなしなんだから!」

 アリスは結月にバッと手を向け、なにやら力説を。

「あわわ!? しかも相手は久遠くん!?」

「で、そこまで勧める狙いはなんなんだ?」

 目を丸くし恥ずかしがる結月をひとまずおいておき、問いただす。

「決まってるわ! 将来アタシは二人の家に、転がり込む計画を考えてるんだから! ゆえにアタシを居候いそうろうとして認めてくれそうで、しかも家事万能により快適な暮らしを約束してくれるユヅキは、まさにレージの嫁として理想な子! 早いうちに手を打っとかない理由はないわ!」

 するとアリスは胸元近くで手をぐっとにぎりながら、目を輝かせる。

 どうやらすべては自分の理想のための、行動だったみたいだ。まさかそんな先のことまで考えていたとは。しかも自分はなにもせず、誰かの世話になること前提とはもはや恐れ入ったというしかない。

「――はぁ……、お前ってやつは戦うこと以外、ほんとダメ人間だな。まさかこのままずっと誰かに世話してもらうつもりでいるとは……」

「フフフ、それほどでもないわよ!」

 頭を抱えるレイジに対し、両腰に手を当てふふんと得意げにかたるアリス。

「いや、ほめてないからな。マジで」

「それに見なさい、このユヅキのいじりがいのある反応! からかって遊ぶにはもってこいの逸材いつざいよ!」

 アリスは再び結月の方へ手を向け、さぞ満足そうに告げる。

「……け、結婚、結婚……。く、久遠くんが私の旦那だんな様になるってことだよね……。で、でも、それはそれで案外ありなのかも……。ってなに考えてるの私!? まだ決まってないし、そもそも久遠くんと私はまだそんな関係じゃ……」

 そんな結月はというとゆでだこのように顔を赤くし、混乱中。ほおに両手を当てながらもだえ、なにやら独り言を。もはやアリスの失礼な発言が聞こえないほど、いっぱいいっぱいらしい。

「これほどまでの高物件は、そうそうないわ! だからアタシとレージのよりよい未来のためにも、二人でユヅキを攻略しましょう!」

「あー、話についていけない……。なんでオレがアリスの人生安泰あんたい計画に、力を貸さなきゃいけないんだ。勝手に一人でやってろ」

「もう、ノリがわるいわね。こうなったらアタシ一人だけでもがんばるわ。正妻ポジをユヅキに渡し、アタシは、そうね。愛人ポジをめざしましょうか。そうすればレージといちゃついてもなんら問題なし。フッ、完璧ね!」

 あきれるレイジをよそに、アリスは口元を押さえ不敵に笑いながら画策を。

「そうそう、別にレージといっしょにいられるなら、ハーレム要員でもいいわよ。だから安心してちょうだい」

 そしてレイジの背中をとんっとたたき、にっこりほほえんでくるアリス。

「――ダメだこいつ、早くなんとかしないと……」

「アリス・レイゼンベルト! わたしは愛人なんて認めませんからー!」

 突然、屋上の扉がバンッと勢いよく開いた。そしてそこから現れたのはなんと那由他。彼女は断固拒否の姿勢を見せながら、レイジたちの方に駆け寄ってくる。

「那由他!? どうしてここに!?」

「はっ!? 那由他ちゃんとしたことが、まさか自分から見つかってしまうだなんて……。ええい、この際いいです! レイジ! いったいなんなんですかこの女は! だまって聞いてれば粘着質にもほどがあるでしょ! こんな人、わたしとレイジの愛の、邪魔者でしかありませんよー!」

 那由他は大きく開けた口に手を当て、しまったと反省を。そしてアリスにビシッと指を突き付け、思いっきり不満をぶつける。

 那由他には結月と少し出かけるところがあると言ってきただけで、アリスに会うことや、場所のこともなにひとつ説明していなかった。なので今回も彼女の勘か。いや、今回の場合はただ尾行びこうしてきただけな気がする。おそらくさっきまで屋上の扉に耳をすませて、レイジたちの会話を盗み聞きしていたに違いない。

「そう、この女がレージにまとわりついてた虫ね。まったく、レージったら女の趣味がわるすぎる。こんな好きな人のためになんでもするみたいな重い女、将来ヤンデレ化して手がつけられなくなるわよ」

 アリスもアリスでほおに手を当て、非難めいた視線を向けてくる。

「この那由他ちゃんの純粋無垢じゅんすいむくな愛に向かって、なんたる言いぐさ!? 初めから気に食わないと思っていましたが、まさかここまでとは……。あはは……、思わずその眉間みけんに、銃弾をぶち込みたくなってきました!」

 那由他は手に収まるほどの小型拳銃を取り出し、怖い笑顔で言う。

 対してアリスも折りたたみ式ナイフを取り出し、心底うっとうしそうに言い返した。

「あら、奇遇。アタシもレージの周りをうるさく飛んでるハエを、斬りたくて仕方がなかったのよね」

「わっ!? 気付いたらなんだかすごいことになってる!?」

 あまりの一気触発な空気に、今まで混乱状態におちいっていたハッと結月が我に返る。

「二人とも少し落ち着け。武器を取り出すなんてシャレになってないぞ」

 このままではまずいとあわてて二人の間に入り、仲裁をしに向かう。

「これが落ち着いていられますかー! この人はあれです! 一目見た時から感じていましたが、恋敵こいがたきってやつですよ! きっと! いづれレイジと一緒になるための、最大の障害になりうるといっても過言ではありません!」

「――はぁ……、あんたはいったいなにを言ってるんだ」

 腕をブンブン振りながらアリスに対しての関係性を力説してくる那由他に、頭を抱えながらツッコミを入れるしかない。よくわからないがその白熱っぷりから、彼女にとってかなり大切なことらしい。

「あー、もうなんというかですね! もしレイジが他の女の子とくっつくのならまだ身を引いてあげてもいいんですけど、彼女だけは絶対許せない的な!」

 那由他はレイジの右腕に抱き着き、ほおを膨らませる。

「アタシも同意見よ。この女が正妻のポジにつくなら、たとえアタシがそのポジにつくことになったとしても、その座を奪いにいくわ。なぜかこの女にだけはレージを渡したくないもの」

 アリスはレイジの左腕に抱き着き、独占欲をあらわにする。

「ほほう、レイジに捨てられた元カノポジのくせに、よくえますねー。レイジのかわいいかわいい嫁! である那由他ちゃんに!」

 ぎゅーとレイジの右腕を抱きしめ、アリスの痛いところを突きながら得意げにアピールする那由他。

「あら、そっちこそ。勘違いしすぎて見るにたえない、イタイ人さん」      

 ぎゅーとレイジに左腕を抱きしめ、かわいそうな人を見る目を那由他に向けながらクスクス笑うアリス。

 互いに挑発し合いながら、こいつにだけはレイジを渡さないと視線で火花を散らす二人。

 ただ問題はそれだけではない。二人は抱き着いているため、両腕にはむにむにと柔らかいものが押し付けられているのだ。那由他のちょうどいい大きさの胸の感触。アリスの発育のいいふくよかな胸の感触。その両側から襲い来るその魅力的な柔らかさと、弾力ときたら。こんな修羅場的状況だが、頭がクラクラしてきたといっていい。

「あー! いい加減にしろ! なんでこんなやり合う前の空気になってるんだよ!?」

 もはやいろいろな意味で耐えきれなくなり、猛抗議を。

「レイジ! 幸運の女神めがみであり、パートナーである那由他ちゃんの方がいいですよね!?」

「レージ! 家族でもあり、戦友でもあるアタシの方がいいわよね!?」

 二人はレイジの腕に抱き着いたまま、ぐいっと詰め寄り問いただしてくる。選ぶのはもちろん私でしょ、と圧を込めたまなざしでだ。

 状況は完全に修羅場一直線。もはや逃げることかなわず、さらにどちらを選んでもろくなことにならないのは目に見えていた。そんな中、レイジが出した決断は。

「――えっとだな……、――クッ、オレはもっとまともな女の子の方がいいから、ここはあえての結月で!」

 ここはこれ以上波風をたたせないように、第三の選択肢を示すことに。

「うわー、今の絶対逃げるために言いましたねー」

「ほんとにね。それで切り抜けたと思ってるの? あと、結月の方はどうするのかしら?」

 レイジの選択に、それはないわとジト目で避難してくる二人。

 ちなみに選ばれた結月はというと。

「く、く、久遠くんがわたしを選んでくれた!? あわわ、いったいどう返事をすれば!?」

 自身を指さし、さっきどうようゆでだこ状態で取り乱し始める結月。もはやかわいそうなぐらいにテレて、もじもじしていた。

(……あー、なんでこうなってしまったんだ……)

 そんな収拾がつかない状態に、顔を手で覆いながら天をあおぐしかない。

 しかしそこで屋上の扉の方から、知らない少女の声が聞こえてきた。

「まったく! あなたたちはなにもわかってない!」 

 このことでわかることはただひとつ。さらに事態がカオスな方向に向かっていくのだけはわかった。レイジはどんよりしながら声の主に視線を移す。

「え?」

 視線の先には、業火ごうかのごとく燃えるような赤い髪をした制服姿の少女。

 彼女を見た瞬間、すべての時間が止まったかのような感覚がレイジを襲う。そう、アリスや那由他と初めて会った時と同じく、運命の出会いじみたなにかを感じたのだ。

「レイジくんの運命の相手はこのあたし! 彼の勝利の女神である、柊森羅ひいらぎしんらちゃんなんだから!」

 勝利の女神と自称する少女は胸にどんっと手を当て、声高らかに宣言する。

「――わたしと同じ柊……」

「――あら、あなたは……」

「――え、えっと………」

 その事態に三者三様の反応を見せる三人。

「あ、いけない。さすがにレイジくんとの初対面で、これはないよね。ここはもっとかわいらしくいえ、ミステリアスにいくべきかな……。よし! そうと決まれば!」

 急に割り込んできた彼女であったがはっと我に返り、目をふせながら冷静に分析しだす。それから髪を優雅に払い、レイジの前まで粛然しゅくぜんとした態度で歩いてきた。

「初めまして、レイジくん」

 森羅はスカートのすそを軽く持ち上げ、品のある感じにお辞儀じぎしてくる。

「あたしはあなたの勝利の女神である、柊森羅よ! よろしくね!」

 そして包み込むように両手を差し出し、陽だまりのような笑顔を向けながら万感の思いを込めて告げてくる。

 その雰囲気はどことなく那由他とかさなって見えてしまっていた。

(――なんだ、この子……。那由他に似てる?)

 レイジが妙な感覚に襲われていると、森羅がふくみのある口調で用件を伝えてきた。

「さっそくでわるいんだけど、あたしについてきてもらえるかな? アラン・ライザバレットがレイジくんを呼んでるの」

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