第50話 結月の提案

「――アリス、答えはノーだ」

「――それ本気で言ってるのかしら?」

「ああ、結月をここに連れて来てる時点で、わかってただろ? オレはここにエデン協会アイギスの人間として来たということを。だからレイヴンに戻るわけにはいかない」

 久遠くおんレイジの選択を、真っ直ぐにアリスへ伝えた。

「――そう……。――それでエデン協会アイギスの久遠レージは、いったいなにをしに来たのかしら? アタシたちの計画を聞き出しに来たとか?」

 アリスはこうなることは始めからわかっていたじゃないかと、どこか悲しげに目をふせる。だがそれもつかの間、レイジを見すえ狩猟兵団の人間としてたずねてきた。

「聞いても教えてくれないだろ? だから宣戦布告しにきた。――オレはお前たちの好きにさせない。エデン協会側の人間として戦い、そっちの計画を阻止してみせる。すべては平和な世界のためにってな」

 手をぐっとにぎりしめながら、訣別けつべつの意を込めて宣言する。

 そう、すべてはエデン協会アイギスの久遠レイジとして、これから戦っていくために。

「――平和か……。フフフ……、レージがいる組織の裏を知ってもまだ、同じことが言えるのかしらね……」

「え?」

 するとアリスがあわれんだ視線を向け、なにやら意味ありげな言葉をもらす。

 聞き返そうとするが、とてもそんな雰囲気ではなかった。なぜならアリスはレイジから離れていき、夕暮れの空をものさみしそうに見つめだしたのだから。

「……あぁ、……結局、また選ばれなかったのね……」

 ぽつりとみしめるようにつぶやくアリス。

 その痛ましいうしろ姿に、どんな言葉をかけてやればいいのか。すがる彼女を突き放してしまった事実に、胸が締め付けられる。

「――わるいな。今はまだアリスの手をとるわけにはいかないんだ。答えを手に入れるまでは絶対に……」

 拳がきしむほどにぎりしめながら、自身に言い聞かせるように告げる。

 本当に彼女たちを救いたいなら、レイジはこうするしかない。たとえそれがみずからの想いを、押し殺すことになったとしても。

「――あら、そのいい方だと、アタシにもまだチャンスがあるということかしら?」

 アリスはゆっくり振り返り、力なく笑ってくる。

「かもしれない。オレ自身この先どんな答えを出すのか、わからないけどさ。でも今のオレではアリスを、本当に救うことができないのは確かなんだ。だからその手をいくらとってあげたくても、それだけはやっちゃいけない」

「――そう……、ならもう少しだけ、耐えてみましょうかね……。レージがアタシの手を、再びとりに来てくれるその日まで……、いつまでも……」

 アリスは胸を両手でギュッと押さえ、目をふせながらいとおしげにかたる。優しく大切に、その想いを自身の心の奥底へとしまい込むかのように。

「――次に会った時、アタシたちは敵同士。レージがエデン協会側につく限り、ずっと、ずっとね……」

 そして闘志をともした瞳を向け、告げてくるアリス。

「そうだな。エデン協会と狩猟兵団は決してあいいれぬ存在ゆえに、戦い続けるしかない運命。もうオレたちの進む道が別れてしまった以上、あの頃に戻ることはできない」

「――悲しいのか、嬉しいのか複雑な気分だわ……。でも受け入れるしかないわね。せっかくレージと戦えるんだもの。こうなったら昔のアタシみたいに、めいいっぱい闘争を謳歌おうかしてあげるんだから! 覚悟しときなさい! レージ!」

 アリスはレイジの胸板に指を当て、無邪気に笑いかけてくる。

「ああ、望むところだ、アリス。この際小さい頃に散々やられまくった借りを、ついでに返してやるよ」

「――フフフ、それは楽しみね。――じゃあ、アタシたちの道が再び重(かさ)なるその時まで」

「最高の闘争劇をかなでつづけよう」

 レイジとアリスはちかいを結ぶかのごとく、宣言し合う。

 久遠レイジとアリス・レイゼンベルトの運命の糸が再びからみ合うのか、それとも離れたままなのかはわからない。だがその結果が出るまでに、二人がぶつかることだけは確かであった。

「フフフ、それにしてもなんて心おどるる展開なのかしらね! 最愛の人が敵にいるなんて、なかなかロマンチックじゃない!」

「ははは、救いたい大切な女の子と戦うしかないなんて、芝居しばいがかってるにもほどがあるけどな」

 いつものように二人で笑い合う。

 すると結月がおずおずと話に割り込んできた。

「――あのー、盛り上がってるところ悪いんだけど、少しいい?」

「どうした結月?」

「えっと、アリスさんは久遠くんといっしょにいたいんだよね? それならさ、アリスさんが私たちのいるアイギスに、来るのはどう? これなら二人は敵対せず一緒にいられるだろうし、再び黒い双翼のやいばとして戦えると思うんだけど」

 結月は指をアゴに当て、首をかしげながら提案してくる。

「いやいや、さすがに無理があるだろ。アリスの人間性は問題がありすぎて、最悪といっていいし、そもそも価値観が平和とは真逆。アイギスへ入るために必要な、信頼を得るなんてことできっこないぞ」

 闘争を第一とするアリスは、きっすいの狩猟兵団の人間。そんな彼女がエデン協会のような治安維持の仕事を、普通にこなせるとは思えない。戦いの空気を感じたら作戦など無視して、勝手に暴れまわってしまうのが目に見えているのだから。たぶん那由他ならすぐにアリスの問題を見抜き、面接の時点で即座にことわるはずだ。

「そこは大丈夫。私がアリスさんを信頼できる人物だと、推薦すいせんすればいいんだから。那由他は反対するかもしれないけど、あの子なら私のことを信じてくれるはず。きっとアイギスに加入することを認めてくれるよ」

 レイジのまっとうな意見に、結月は自信ありげにほほえむ。

「気持ちは嬉しいが、結月にそんな嘘をついてもらうわけにはいかない。アリスがなにかしでかしたら、責任を負うのは結月だ。だからさ」

 彼女の申し出は確かにありがたい。もし彼女の言う通りになったら、答えを探しながらもアリスの様子を見守ることができる。これでレイジのアリスを心配する気持ちが、かなり軽減されることになるだろう。だがアリスが問題を起こした場合、その責任を負うのは推薦すいせんしてくれた結月だ。おそらくアリスをアイギスに入れるためにかなり無茶をしてくれるはずだから、彼女の立場になにかしらの影響がでないか心配であった。

「ううん、嘘なんてつかないよ。これは私が実際にアリスさんに会って、信頼にあたいすると判断したこと。だから自信をもって推薦できる」

「え? アリスのどこに信頼できる要素が……」

「だって久遠くんはアリスさんのことを、これでもかというほど信頼してるよね? それはアリスさんも同じはず。さっきまでの話を聞いて、互いをどれだけ想い合ってるのかしっかり伝わったからね。それが信頼に値する理由にならない? 久遠くんが心から信じてるからこそ、私も信じられるみたいな感じで」

 結月は胸に手を当て、屈託くったくのない満面の笑顔を向けてくる。

 その言葉には一切の迷いがなく、本気で信じてくれているのがひしひしと伝わってきた。もはや彼女のあまりの純心さに、感動を覚えるしかない。

「――結月……」

「それにアリスさんをこのまま一人にするのは、かわいそう。女の子としては、好きな男の子のそばにいたいと思うのは当然のことだもの……」

「あ、結月、それは見当違いだ」

 これ以上は見ていられないと悲しげに目をふせる結月に、手で制しながらすぐさま訂正ていせいする。

「――はぁ……、久遠くんは女心をわかってないなー」

 するとあきれたようにため息をつき、ジト目を向けてくる結月。

「――そういうわけで、アリスさん、どう? アイギスに入る気はあるかな?」

「つまりあなたがレージがいる組織に、手引きしてくれるということでいいのかしら?」

「うん! 私が責任をもって! そしたら久遠くんも喜ぶだろうし、人手不足がちなアイギスにとって戦力増強にもなるから、もう大歓迎よ!」

 結月はあふれんばかりの笑顔で、アリスを勧誘する。

「あなた、名前は?」

「自己紹介してなかったね、片桐かたぎり結月よ」

「カタギリユヅキ……。フフフ、あなたのこと気に入ったわ! ユヅキとはとてもいい友好関係を築いていけそうよ!」

 アリスは結月の名前をかみしめるように口にし、顔をほころばせる。

 あのテンションの高さから見て、どうやら結月のことをすこぶる気に入ったらしい。実際、彼女は結構他者に冷たいところがあるので、ここまで好意を示すことはあまりないのであった。

「ハイ、これ、レイヴンの名刺。もし狩猟兵団への依頼があったら、ここに書かれてるアタシの番号に連絡してちょうだい。その時はすぐにでも駆けつけて、力になるわ」

 アリスはターミナルデバイスを操作し、データによる狩猟兵団レイヴンの名刺を結月のターミナルデバイスに送る。

「ありがとう、アリスさん。ついでに私の連絡先も送っておくね」

 結月の方も取り出したターミナルデバイスを操作し、アリスに連絡先を送ったようだ。

「ええ、確かに受け取ったわ。それとアタシのことはアリスでいいわ」

 髪を払いながら、親しげウィンクするアリス。

「そう? じゃあ、アリスで! ――あ、でもこれって……」

 仲よくなれたことにはしゃぐ結月であったが、今の行動の意味することに気付き目をふせる。

「――ええ、ごめんなさい。気持ちはすごく嬉しいんだけど、さすがにすぐ決められることじゃないわね。レージのところに行きたいのは山々だけど、狩猟兵団という組織には愛着があるの。だから返事はもう少しだけ待っててもらえるかしら?」

 そんながっかりする結月に、アリスは申しわけなさそうに伝える。

「――うん、わかった。ゆっくり考えて答えを出してね」

「ありがとう。――フフフ、それにしても、こんないい子がレージのそばにいるなんて。これは今のうちに、手を打っておいた方がいいのかもしれないわね」

 腕を組みながらアゴに手を当て、なにやらよからぬ笑みを浮かべるアリス。

「手を打つ?」

 そんな彼女に結月はちょこんと首をかしげた。

 そして次の瞬間、アリスはとんでもないことを口に。

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