第53話 アポルオン

「――アポルオン……」

「アポルオンが生まれた発端(ほったん)は、とてつもない財力と権力を保持していたある一族の思惑から始まった。もし世界に多大な影響力を持つ者が手を組みその力を一つに合わせれば、世界すべてを支配することが可能ではないのかと。狂言と言っていいほどおろかな話だが、その一族は本気で実行し、あろうことか成功させてしまったんだよ」

 アランはおかしそうに話を進める。

「目を付けたのは、世界各国の財閥的存在。彼らが裏で手を組むことで、当然事業は拡大していき世界の影響力を強めていくという寸法さ。そのコミュニティは次第に賛同者を増やして肥大化し、気付けば大国をも優に超える財力と権力を有するほどになっていった」

 ライバル同士の財閥が秘密裏ひみつりに手を組んだとなれば、世界に与える影響力は格段に増していく。それが一つ二つではなく数十も重なれば、その規模は国家レベルに匹敵するのも無理はない。しかもこのコミュニティの利点はいくらでも同士を増やし、勢力を拡大できるということ。一度コミュニティに入りさえすれば、その多大な恩恵おんけいを受けられる。さらに世界を支配したあかつきには、功労者としての発言力も手に入るのだから加盟希望者が続出するのも必然。あとは組織としての統率がとれる限界まで、増やしていけばいいだけの話だ。

「まだそれだけならよかったんだが、ここで大きな過ちが起こってしまう。各政府がその甘いみつを吸おうと、アポルオンにすり寄ってきたんだ。そして政府側まで味方につけたアポルオンの勢いはとどまることを知らず、結果、全世界の覇権をにぎってしまった。もはやその力の前に、政府ですら手におえないほどにね」

 政府まで味方にしてしまえば裏でこそこそやる必要がなくなり、表立ったことさえもできてしまう。いくら法に反していても、それをさばく政府が認めた以上怖いものなどない。そうなれば今まで以上に勢力が拡大していき、いづれ政府側とアポルオンの立場が逆転したとしてもなんらおかしくはないだろう。

「――まさかかつての世界の背景に、そんな裏が隠されていただなんて……」

 もはや驚愕きょうがくの言葉しか出てこなかった。

「実現できたのもすべてはアポルオンの創設者の一族が、かなりの切れ者だったがゆえなのかもしれないね」

 本来ならそれぞれ別の思惑を抱いているであろう者たちを、これほどまでにまとめ上げるのは不可能なはず。だがそれができるほどのカリスマをもった指導者なら、話は別。きっと彼らの利害を見事一致させ、世界の支配という名の理想をもとにこの計画を推し進めたに違いない。

久遠くおんレイジ。ここまできたならば、今の世界の全容が見えてこないかい?」

「――大体は……。――ということは結月は……」

 今世界に多大な影響を与えている財閥が、アポルオンの一員ということ。となれば今レイジの近くにその条件に当てはまる人物がいることになる。世界に名をとどろかせる片桐かたぎりグループ。レーシスが言っていたあるメンバーの話。みちびき出される答えは。

 レイジは隣にいた結月に視線を移す。

「――うん、そうよ、久遠くん。私はアポルオン序列十三位、片桐につらなる者なの」

 結月は胸に手を当て、どこか悲しそうに事実を告げてくる。

「レイジ、執行機関の方は流れ的にわかりますよね。アポルオンの支配をより円滑えんかつにするためのエージェント。その特殊なライセンスは、政府や軍さえも影響を与えることができるんです」

 那由他も那由他で自分がぞくする、執行機関にまつわる情報を口にした。

「久遠レイジ。これで分かっただろ? 今までの世の中はずっとアポルオンが支配していたんだ。そこに自由などなく、我々は奴らの手のひらでおどらされていたんだよ」

「――それじゃあ、アイギスは……」

 話の流れで、レイジはアイギスの真実にたどり着いてしまった。

 アイギスという組織が一体どこにつながっているのかということを。

「あれは今の序列一位にいるアポルオンの巫女が作った組織だから、当然アポルオン側だね。エデン協会という隠れみのを着た、アポルオンに都合の悪いものを排除していく組織。ククッ、ご愁傷様しゅうしょうさまだ、久遠レイジ。キミはだまされていたんだ。アイギスが目指すのは、きっとアポルオンの理想を体現することただひとつ」

「違う! アポルオンの巫女が目指してるものは、今のアポルオンを変えることなんだから! アイギスはそんなあの子の願いを叶えるために、創られた組織よ!」

 どこか愉快げにかたるアランの言葉をさえぎるように、結月は腕を横にバッと振り抗議する。そんな彼女の瞳には信じて疑わないといった強い意志が込められており、アポルオンの巫女のことをどれだけ思っているかが切実に伝わってきた。

「今のアポルオンを変えるか……。ククッ、無理な話だね。先代ならまだできたかもしれないが、今のアポルオンの巫女はしょせんおかざりの姫君ひめぎみ。今まであった権力のほとんどを切り離された彼女に、なすすべなんてないさ」

 だがアランは苦笑交じりに、現実を突きつけた。

「……それは……」

「結月、ここでその男にいくら言っても無駄です。状況的にみて、彼が言ってることは正しいんですから。――さあ、アランさん続きをどうぞ。まさかこれで終わりというわけではないですよね?」

 那由他は結月の肩に手をおき、静かに首を振る。そしてアランに先をうながした。

「もちろんだとも。では、久遠レイジ、ここからが本題だ。このままアポルオンの好きにさせていたら、この先の世界に未来はない。ただ奴らの都合のいいように管理される、秩序ちつじょという名の牢獄ろうごくだけ。――そう、誰かがやらなければならない。アポルオンを打倒し、本当の平和を取り戻すために!」

「……本当の平和……?」

 拳をぐっとにぎり熱くかたるアランの言葉に、一瞬カノンの姿が脳裏に浮かぶ。

「そうだ。セフィロトが正常に作動していない、今がチャンスなんだ。もしシステムが以前のように戻れば、こんな好機二度と起こりはしない」

 その通りである。もし世界を支配するアポルオンを打倒するなら、今しかない。この下の者が上の者に打ち勝てる、混沌こんとんの世の中だからこそできるのだ。政府さえもつぶせるなら、きっとアポルオンさえも。

「勝算は?」

「あるね。そのためにワタシは狩猟兵団を世界中に浸透しんとうさせたりなど、様々な手を打ってきた。しかもアポルオンは今、意見の食い違いによる派閥争いが起こっていて、不安定な状態らしい。そのおかげでアポルオン内のある勢力を味方につけることまでできたから、準備は万端と言っていい」

 アランは勝利を見すえた瞳で、現状の説明をしてくれる。

「あとは少しでも我々に賛同する同士を迎え入れ、計画を実行するだけだ。だからこそワタシは久遠レイジに仲間になってもらいたい。キミほどのデュエルアバター使いが加われば、より有利に事を運べるからね。ゆえにどうか、アポルオン打倒のために力を貸してくれないだろうか?」

「――オレは……」

 そして差し出されるアランの手。

 もしここで彼の誘いを受ければ、再び狩猟兵団レイヴンのメンバーとして戦うことになるだろう。そうなればアリスと戦わずにすみ、彼女と一緒にいられる。しかもこの道はカノンにつながっている可能性もあった。世界をアポルオンの支配から解放し、自由な平和を勝ち取る。それは彼女が目指していた理想を叶えることと、同義ではないのかと。

「レイジ、あなたがしたいようにしてください。これはすべてを話さなかった私が悪いんですから、レイジはなにも気に病む必要はありません。むしろよくも騙したなって怒っても、いいところなんですからね!」

 戸惑っていると、那由他が悲しげにほほえみながらもレイジの意志を尊重してくれる。

 まるで優しく背中を押してくれるかのように。

「それにほら、言ったじゃないですか! レイジがたとえどんな答えを出したとしても、あなたの幸運の女神めがみである柊那由他ちゃんは、喜んでついて行くって! だから安心して、決めちゃえばいいんですよ!」

 自身の胸に手を当て、にっこりと陽だまりのような笑顔を向けてくれる那由他。

「――那由他……」

 レイジはそっと瞳を閉じて、自分の想いをかえりみた。

 思い浮かぶのは、カノンとの誓いをわした時の光景。そしてアイギスで那由他と共に仕事をこなしてきた日々や、結月が戦う理由をかたっていた時の光景も。そんな中レイジは自身に問いかける。彼女たちが目指していたその理想とは、一体なんだったのかと。

(――そうだな。オレの選ぶべき答えは……)

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