第14話 パートナーとのデート?

 時刻は正午すぎ。ここは街中にある広場の中で、木々が立ち並ぶのどかな通路をレイジと那由他なゆたは歩いていた。

 今日は土曜日であり、空は雲一つない快晴。そのため散歩中の人やベンチに座ってゆっくりしている人、中には芝生のところでレジャーシートを広げピクニックしている人など。春の陽気の中、休日を満喫している姿が見える。さらには午前中までの授業だったのか、帰宅途中の制服姿の学生が楽しそうにおしゃべりしている姿もちらほらあった。

 なぜレイジたちがこんなところにいるのかというと、さっきまでエデン協会アイギスの人間として、依頼主と昼食をとりながら依頼内容を確認していたからだ。なので現在その打ち合わせもおわり、アイギスの事務所に戻っている最中であった。

「レイジ! レイジ! どうしてあんなところでボーとしてたんですか?」

 那由他はほおに指を当てながら、ちょこんと小首をかしげてくる。

「――別に、少し考え事をしていただけだ」

 那由他の質問に、少し間をおいてから適当に答えておく。

 ただ胸騒むなさわぎがしただけなので、わざわざ彼女に言うほどのことでもなかったからだ。

 しかし那由他には、レイジの様子がどこか怪しく映ったのだろう。レイジをのぞき込みながら、探りをいれてきた。

「おやおやー、なにか怪しい……。ふむふむ、レイジのことですからきっと……。――はっ! もしや周りにいる制服姿の女の子たちに、見とれていたとかー!?」

 そしてバッと飛び退き、指を突き付けてくる那由他。

「ああ、実はさっきなかなかレベルの高い子が……、って、そんなわけないだろ! この場合どっからどうみてもシリアスな感じの悩みだ!」

「ムムム、やっぱりそうなんですね! レイジ! 目の前にこんな超美少女の学生がいるというのに失礼じゃありませんかー!」

 那由他は自身の胸にどんっと手を当て、ほおを膨らませてくる。

「――おい、人の話を聞けよ。それに超美少女の学生なんてどこにも見当たらないんだが?」

「もー、やだなー、レイジ! ここにちゃんといるでしょ! ほら、このかわいい、かわいい那由他ちゃんを思う存分、ご堪能たんのうあれ! 今なら特別、写メもオッケー! ささ、どうぞ遠慮えんりょせずに!」

 那由他は制服姿を見せびらかすように、くるりと一回転。そしてほおに両指を当て、大いにアピールしてくる。

 その花が咲いたような満面の笑みと、彼女特有の明るい雰囲気が合わさりかなり魅力的に見えてしまう。しかも那由他の容姿は、自分のことを美少女と豪語するほどレベルが高く、よりその一連の動作を際立たせるのだ。それはレイジ自身が思わず見惚れてしまうほどに。

 だがここでそういう反応を那由他に感づかれてしまうと、盛大にいじられるような気がするのですぐさまツッコミを入れる。

「ははは、ただのコスプレ女がなにを言ってるんだ? 学園側からいつ苦情が来てもおかしくないんだから、もうやめておけよ」

 彼女は常に学園の制服を愛用しているが、学生ではないはず。その証拠にここ一年間ずっと那由他と行動してきて、学園に通っているところなど一回も見たことがなかった。そもそも常にエデン協会アイギスの仕事をするため事務所にいるか、あちこち飛び回るかなのでそんな暇などないのだ。

「えー、嫌ですってばー! だってこの制服かわいいし、なによりこのわたしのイメージにぴったりなんですから! ――そう、学生服を着こなす美少女エージェント、って感じでかっこいいと思いません?」

 すると那由他は制服のスカートのすそを軽く持ちあげ、なにやら主張してくる。

「まあ、確かに似合ってるがその制服、よりにもよってあの十六夜(いざよい)学園の制服だろ。そんな明らかに目立つ制服着てたら、いろいろと問題が……」

 私立十六夜学園という、もはやあまりに有名な学園のものなのだ。そんなものを無断で常日頃着ているとなれば、学園側から訴えられてもおかしくないはず。

「また、またー、そんなこと言いながらレイジだって、職場に制服姿の美少女がいた方が嬉しいくせにー」

 レイジの背中をバシバシたたき、意味ありげな視線を向けてくる那由他。

「――それはまぁ……、いや、そういう問題じゃなくてだな!」

 その言葉に思わず本音が出てしまいそうになるが、なんとかこらえ再び注意する。

「ふっふっふっ! ご心配には及びません!」

 だが那由他は不敵な笑みを浮かべ、ターミナルデバイスを取り出す。

 このターミナルデバイスはかつて存在していた携帯電話のようなものであるが、他にも様々な機能がそなわっている優れもの。見た目は手に収まるほどの薄い板状の電子機器なのだが、起動すると空中にスクリーンによって生み出された画面を表示し、使用者がそれらを操作するのだ。もはやそれは重量がないパソコンといってよく、使える機能も性能も申し分ないものであった。

 ターミナルデバイスを説明するにはまず、第一世代以上が持つICチップの話をしなければならない。セフィロトが人類を繁栄はんえいみちびくための計算をする関係上、今の世の中人々が作ったデータを保存するのは電子機器本体ではなく、基本はセフィロトの電子ネットワーク内にある二種類の記憶端末。個人用と共有用のどちらかに保存するしかなかった。その個人用のデータの端末と密接に関係しているのがICチップ。これはセフィロトがすべての人々一人一人のために用意した、個人専用端末があるサーバーへのアクセス権みたいなもの。人々はデータだけでなく、エデンでのアバターやアイテムなども自身のICチップを経由して、個人端末に保存し管理する流れ。

 そしてこのデータの管理を現実ですべて行うのが、所有者のICチップと連動するターミナルデバイス。これによりエデンに行かずとも、自由に個人端末のデータを管理できるというわけである。

 ほかにもこのターミナルデバイスは電子機器の大半とリンクできたり、常にセフィロトの電子ネットワークにアクセスすることも可能であった。

「なにを隠そう美少女エージェント、柊那由他ちゃんは正真正銘、十六夜学園の学生なんですから!」

 那由他はターミナルデバイスを起動して、空中に様々な画面を表示させる。そしてお目当てのデータを即座に探し出し、レイジに突き付けてきた。そこには十六夜学園高等部一年、柊那由他という文字と、本人の写真が映し出されている。

 彼女はこの作業の中で手を一切使っていない。第一世代ならば基本表示された画面を手で触れて操作をするのだが、レイジや那由他は第二世代。なので演算力が高い分パソコンやターミナルデバイスなどの操作は、手を使わずすべて脳波でダイレクトに操作することが可能なのだ。例えば必要なファイルを探したり、なんらかの書類を様々な機能を使って完成させたりすることがある。この場合自身がそうしたいと、意識の焦点を合わせるだけで簡単にその通りのことができてしまうのであった。

 ターミナルデバイスには彼女が今やっているように、ICチップ内にある免許証などの証明書や、クレジットカード、加入している会員証などのデータを表示することで、実物がなくても簡単に認証にんしょうができるのである。

 ちなみにターミナルデバイスは悪用を防ぐため、使用者が近くにいない場合ICチップとのつながりが絶たれるという仕組みであり、セキュリティーの方は万全であった。

「――おいおい、那由他が学園に行ってるところなんて一度も見たことないぞ……。いつもお得意の偽造とかじゃないだろうな?」

「あはは! これは本物ですってばー! なんたって十六夜学園の学生という立場はいろいろと都合がいいですからねー! 裏から手を引いてもらって頑張っちゃいました!」

 那由他は口元に手をやりながら、不敵な笑みを浮かべる。

「裏からって、相変わらずなんでもありだな……。もう那由他と一緒に仕事してきたこの一年で、どれだけオレの常識がくつがえされてきたことか……。まったく、ほんとあんたは恐ろしい女だよ」

 肩をすくめながら彼女を称賛するしかない。

 そう、彼女のエージェントとしての優秀さは、もはや舌を巻くレベル。というのも那由他にかかれば、偽装の身分証を用意するなど朝飯前。さらにはその場所の機密情報っぽいのを、次から次へと集めてくるのだ。ほかにも移動用のチャーター機を用意したり、軍の方にも顔が利いているらしく彼らをあごで使ったりなど。もはやなんでもありの少女なのであった。

「お褒めいただきありがとうございます! 那由他ちゃんにかかれば大抵のことは実現してみせるので、レイジも遠慮なく言ってくださいね!」 

 胸をどんっとたたき、えっへんと得意げに宣言してくる那由他。

 きっとレイジが頼めば非合法な方法で、叶えてくれるのだろう。しかし危険な香りがするので、あまり頼らない方が吉だろう。

「――さて、ではでは! ここで学生という名の身分を、存分に使ってみましょう!」

 そうこうしていると那由他がいたずらっぽい笑顔を浮かべ、レイジの方へ近づいてくる。

「ん? 今この場で使えることなんてあるのか?」

「あはは! もちろん! そう! こうすれば学生同士という名の、甘酸っぱいデートが完成ってねー!」

 突如那由他がレイジの腕を抱き寄せてきた。

 これによりやわらかい感触が、レイジの腕に押し寄せてくる。

 さらに彼女はレイジの肩に頭をのせてくるので、女の子特有の甘い香りまで襲ってくる始末。突然のことに理解が追い付かず、もはや固まるしかない状況といってよかった。

「あー、この感じはなかなか! 一度味わったらやみつきになりそうですね!」

 那由他はさらにギュッと力を入れて、はしゃいだように伝えてくる。

 結果、さらにむにっと、彼女のちょうどいい大きさの胸が押し付けられる形に。そのマシュマロのような柔らかさと弾力ときたらもう。邪念がどんどん湧き上がってきてしまう。

「お、おい、こんな公衆の面々で、くっつくなよ!」 

「嫌ですよーだ! あはは、こうしてると仲睦むつまじい学生カップルに見えたりするんでしょうか!」

 なんとか離れてもらおうと主張するも、那由他は楽しそうに笑うだけ。このシチュエーションを満喫まんきつしていた。

「あのな、一つ言っておくがオレは学生じゃないから、その理屈はおかしいぞ」

 すると那由他は腕に抱き付きながらも、レイジのポケットに入っていたターミナルデバイスを取り出し勝手に操作を。今度は脳波による操作ではなく、手を使ってだ。ターミナルデバイスは現在登録している使用者でしか脳波による操作ができないので、他者が操作するときはこうしないといけないのであった。

「ふっふっふっ! この那由他ちゃんをなめないでください! ご覧の通り! レイジもすでに十六夜学園の学生にしてもらってるんですからねー! だからなにも問題はありません!」

 そしてお那由他は目当てのデータを見つけたのか、不敵な笑みを浮かべ見せつけてくる。

 その画面には驚くことに、十六夜学園高等部一年、久遠レイジと書かれた学生証が表示されていた。

「なにさらっととんでもないこと言ってるんだよ!? ――いや、それよりもいい加減に離れろ! 変な誤解を招くだろ!」

 ツッコミを入れながらも、なんとか彼女を引き離すことに成功する。

「もー、本当にテレ屋さんですねー。まぁ、今さらどう否定したとしても、このわたしといつも一緒に行動してるんですから、そういう目で見られてもおかしくないんですよー?」

 那由他はニヤニヤと上目遣いをしながら、意味ありげにウィンクしてくる。

「――まったく……。オレたちはそういう関係じゃなくて、エデン協会アイギスの同僚だろ。ほかの学生たちが学園生活を謳歌おうかしてる中、オレたちはただひたすら仕事をこなしていくだけだ」

「おー、その言い方かっこいいですね! 陰ながら人々の平穏を守る正義の味方っぽくて!」

 ポンと手を合わせて、目を輝かせる那由他。

「おいおい、正義の味方って子供かあんたは……。――でもエデン協会はエデンでの治安維持が仕事だから、まと外れでもないのか……」

 エデン協会。これはパラダイムリベリオン後、またたく間に世界中に広がり猛威を振るっていた狩猟兵団に対抗するために、白神コンシェルンと国際連合が協力して生み出したもの。その使命はエデンにおける治安維持であり、狩猟兵団の脅威から人々を守るための戦力を供給する民間会社である。基本は依頼人のデータを守るのがメインだが、その他にも白神コンシェルンによるエデンでのデータ採取や、軍からの調査依頼などその仕事の種類は様々であり、もはやエデンのなんでも屋といってもいいぐらいであった。

 その形態はほとんど狩猟兵団と同じような形となっており、ライセンスを取った後各自がエデン協会の民間会社を創設したり、そこで働いたりするのだ。あとこちらは狩猟兵団と違って、白神コンシェルンや国がバックについているため、様々な特典やサポートが受けられるという。

 ちなみにエデン協会の人間を雇うとき、一部の負担を政府側がしてくれるためかかる費用が安くなるのであった。

「こういうのはノリですよ、ノリ! それにみなさんを守る盾としてこれからも頑張っていかないといけないんですから、盛り上がっていかないと!」

「まあ、ただでさえアイギスにくる依頼は、物騒なものばかりだからな……」

「ふっふっふっ! なのでここはレイジと那由他ちゃんとの、ラブラブコンビということでテンションを上げていきましょう! 二人の愛の力でなんでも解決! キャー! ステキですねー!」

 那由他はほおに両手を当て、うっとりしだす。

「――バカ言ってないで、さっさと行くぞ」

 わけのわからないことを力説してくる彼女をスルーして、一足先に歩いていく。

 ツッコミを入れたら後々面倒くさくなる那由他の暴走に対して、こうするのが一番手っ取り早いのだ。これは彼女とコンビを組んだこの一年で、レイジがたどり着いた答えであった。

「まさかのスルーですかー!? ちょっ、待ってくださいってばー! レイジ! この話はまだおわってませんよー!」

 するとあわてて追いかけてくる那由他。そしてレイジの上着のそでをクイクイ引っ張りながら、食い下がってくる。

 それを適当に聞き流しながら、彼女と共にアイギスの事務所へと戻るレイジなのであった。

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