第15話 エデン協会アイギス

 エデン協会アイギス。それは一年前に創設されたエデン協会の民間会社で、今ではその活躍ぶりからかなり有名になっていた。アイギスの正式なメンバーは二人。社長の那由他と、社員のレイジ。一応あと一人このアイギスに入りびたっている者がいるが、実質は二人だけで活動している。

 そして現在レイジと那由他はアイギスの事務所に戻り、それぞれのポジションへ。那由他はアイギスの社長だけあっていかにも高そうな社長用の席がある場所へ。レイジは依頼人の話を聞く時に使う、高級なソファーへとそれぞれ腰を下ろす。これだけ聞くとなかなか金がかかっている立派な事務所に思えるのだが、実はそうでもない。このアイギスの事務所があるのは、さびれた四階建ての小さなテナントビルの一フロア。一応給湯室や小スペースの部屋があるが事務所内はけっこう狭く、さらに古い建物のためか床や壁が痛んでいる。それゆえかなりみずほらしく見えてしまうのであった。もしここに入った依頼人がいれば、きっと底辺クラスのエデン協会の事務所と連想してしまうだろう。

 もちろんのことアイギスは上位ランクのエデン協会であり、その分かなり稼いでいるはずなのだが、社長である那由他の趣味でこうなってしまっているのだ。

「さーて、午後の方も頑張っていきましょう! そのためにもまずは暇そうなレイジ、お茶入れてください。あ、ついでにマッサージもお願いしますねー! わたし最近事務の仕事が立て込み、肩がこってるんで!」

 那由他は両腕をぐっと伸ばしながら、レイジに頼んでくる。

「なんでそんなめんどくさいこと、しないといけないんだよ。オレは那由他の秘書じゃないぞ」

「えー、どうせ今やることないんですから、いつも頑張ってる那由他ちゃんに優しくしてくれてもいいじゃないですかー。ほらほらー、それに今なら合法的におさわりのチャンス! 少しくらいのいたずらは、目をつむってあげますよー!」

 腕でむねを持ち上げ、にやにやと小悪魔的な笑みを浮かべてくる那由他。

 この場面での問題は彼女の腕によって、那由他の手に収まるぐらいのちょうどいいサイズの胸が強調されていることだろう。

 その色目を使った攻撃に、一瞬心が揺れそうになるが、すぐさま邪念を振り払う。

「――わ、わるいが他を当たってくれ。オレの方も最近依頼が多くて疲れてるんだ」

「あはは! 惜しい! あともうちょっとで、レイジをおとせたんですがねー」

 那由他はレイジの反応に満足し、それから事務の仕事を始めた。

 レイジはターミナルデバイスでアイギスのアーカイブスフィアにアクセスし、なにか依頼が来ていないか確かめることにする。アーカイブスフィアとはICチップと同じく、エデンにデータを保存し管理する端末の一つであるが、こちらは個人用のではなく共有する用途で使うもの。あとセフィロトが人類の繁栄の計算をするのに必要と思われるデータや、ある一定以上のレベルのデータもここに保存しなければならないのであった。

 アーカイブスフィアはICチップの端末とは異なっていて、エデンでキラキラ輝くビー玉サイズの球体の形状をしており、それを組織などの代表者が保管し管理する。これはいわばサーバーのアドレスのようなもので、管理者からのアクセス権限があればそのレベル分、現実やエデンのどこからでもつながることができた。少し複雑に思うかもしれないが、使う分にはセフィロトが起動する前と大して変わらないのであった。今回の場合だと社長の那由他が、アイギスのすべてのデータが入ったアーカイブスフィアを管理している。それを社員のレイジが彼女の許可を得て、そこにアクセスしている感じだ。

 実をいうとこのアーカイブスフィアが、今のデータ奪い合う引き金になっているのであった。

「今のところ依頼はないのか……」

 どうやら今日やるべき依頼は来ていないようだ。こうなってしまうと、基本レイジがアイギスの事務所内でやることがなくなってしまう。それもレイジがエデンでの荒事を専門とするメンバーであり、それ以外のアイギスの運営に関してはすべて那由他一人がこなしているからだ。

 いつまでもこうして暇を持て余しているのは忍びないので、那由他に茶の一つでも出してやることにした。給湯室へと向かい、飲み物を用意しながら思うことはやはりアイギスのメンバーの少なさだろう。もはやアイギスは有名な上位クラスのエデン協会なので、依頼の数は相当なもの。それをたった二人だけでこなしていくのは、そろそろ限界だと思うのだ。

「ほら、茶だ」

「お! さっすがレイジ! 気が利いてますねー」

 彼女の机の上に用意したお茶を置いてやる。すると那由他がウィンクで礼を。

「――なあ、那由他。一つ頼みたいことがあるんだが、いいか?」

 それからいつもの定位置に戻り、レイジは早速彼女に相談してみることにする。

「ふっふっふっ! お任せを! この頼れるレイジのパートナー! 那由他ちゃんがあなたの願いをなんでも叶えてみせましょう! それでわたしとのデートですか? それとも恋人に? まさか、押し倒したいとか!? キャー! レイジったら大胆すぎますってばー!」 

 那由他はどんっと胸をたたき、頼りがいのある力強い笑みを浮かべてくる。しかしそれもつかの間、頬に両手当てながらいつもの調子で暴走しだす。

 そんな彼女にいちいちかまっていたら、話が変な方向に脱線するのは目に見えている。なのですぐさま切り捨て、本題に入ることにした。

「そういうのはいいから、まじめな話だ。そろそろ新しい人員をこのアイギスにスカウトしよう」

「ななな、れ、レイジ! 正気なんですかー!? そんなことしたら超絶美少女と二人っきりでいられる最高の職場環境を、みすみす放棄することになるんですよ!」

 那由他は口に両手を当て、信じられないといいたげに主張してきた。

 どうやら彼女はレイジと二人っきりのほうがいいようで、人員を増やすことに反対らしい。

「いや、当然だろ。那由他みたいな騒がしすぎる奴の相手を一人でしなくて済むし、おまけに戦力強化まで出来るんだから、いいことづくめだ」

 前半は冗談であったが、戦力強化に関してはなんとかしないといけないこと。最近ある存在が表舞台に出てきたせいで、さらに狩猟兵団の数が増大。それにともない次から次へと敵が押し寄せてきて、疲労が半端ないのであった。那由他は後衛なので、レイジと同じ前衛があと一人は欲しいところである。

「ムムム……、なんたる言いぐさ……。――ハッ! さてはアイギスに可愛い女の子ばかりスカウトして、レイジのハーレム空間にする計画を!? そんなの絶対に認めません!」

 那由他は机をバシバシたたき、必死に抗議してくる。

 対してレイジはそのあまりの聞き捨てならない内容に、とりあえず反撃を。

「ははは、なるほど、それはいい案だ。そうなるとまずは大人しくて常識がなってる子にするべきだな。那由他に振り回されて疲れ果てたオレを、やさしく介抱してくれるような女の子がいい。ほかには、そうだな……」

「ヒドイ! 可愛いくて健気な那由他ちゃんが、いつもレイジを癒してあげてるというのに、なんたる仕打ち! この鬼! 悪魔! 女の敵!」

 すると泣いたふりをしながら、なにやらうったえてくる那由他。

「いや、癒しの逆しか与えてないし、しかもなぜそこまで言われる必要がある……。――はぁ……、もういい。それよりも人員の話はどうなんだ?」

 これ以上彼女のペースに合わせていると一向に話が進みそうにないので、問いただす。 するとその雰囲気を察したのか、那由他は真剣に検討し始めてくれた。

「――んー、人員の話ですか? ふーむ、そうですねー。――まあ、ぶっちゃけますと、条件に当てはまる人材がいないので無理だと思います」

「条件?」

「はい。アイギスに入る条件で一番大事なのは、その人物が絶対の信頼にあたいするかどうか。なのでいくら有能であろうとも、ここの情報が少しでも外部に漏れる可能性があるなら間違いなく入れません」

「おいおい、ここって、そんなにも情報に厳しいところだったのか?」

「今はまだいいんですが、そのうち大きな仕事を引き受けることになりますからね。その都合上、メンバーは厳選させてもらいます」

 那由他は目を閉じ、今後の方針を断言する。

「――はぁ……、つまりこれまで通り、二人でということか……」

 これにはがっくり肩を落とすしかない。

「ふっふっふっ! そんなに心配せずとも大丈夫ですってばー! レイジ! なにを隠そうこのアイギスには、交渉こうしょうや事務、はたまた情報収集や作戦立案、さらには戦闘面でも完璧にこなせて、おまけに超絶美少女というスーパーエージェント、柊那由他ひいらぎなゆたちゃんがいるんですから! すべてはあなたのパートナーであるわたしに、お任せあれ!」

 那由他はハイテンションで自身の有能さを宣言する。しかもすごいどや顔と、キメポーズつきでだ。

 レイジからしてみればいろいろとツッコミを入れたいが、本当のことなのでどうしようもない状況であった。

「――まあ、那由他はいろんな局面でチートレベルだし、これほどまでに頼りになるパートナーがそうそういなのは確かか」

「あはは! レイジもちゃんとわかってるじゃないですか! その通りなんで、この件はこれでおしまい! アイギスという名の二人の愛の巣は守られたのでした! めでたし、めでたし!」

 那由他は手をパンと合わせて、強引にも話をおわらせてしまう。

「――あれ、ちょっと、まてよ。さっきの条件の話でいくなら、オレって完全な部外者だろ。那由他に拾ってもらう形でアイギスに入ったけど、その当時から信頼なんてなかったはずだ」

 どうやらここらで引くしかないとあきらめていると、ふとある矛盾に気付いた。

 レイジがアイギスに入ったのは行く当てもなく途方に暮れていた時、那由他にスカウトされたから。その当時はもちろん彼女と接点などなく、信頼に値する要素などまったくなかったはずだ。なぜそんなレイジを、彼女はアイギスに引き入れたのだろうか。

「……あー、それは……。――わたし自身にとって、いろいろと特別な事情があったというかー……。――いえ、ズバリ、乙女おとめの勘です! レイジと初めて会った時、ビビっときたんですよ! わたしの長年の経験上、この人なら大丈夫だと!」

 すると那由他はほおをかきながら、言葉を詰まらせる。しかしすぐさまごまかす感じで、強引によくわからないことを主張しだした。

 今の彼女の様子からしてなにやら理由があるみたいだが、どうやら隠しておきたいことらしい。たとえ追求したとしても、今のようなノリでかわされてしまうのがオチだろう。

「いやいや、そんな適当で本当に良かったのか……?」

「いいんですー。なんたってアイギスに関しては、すべてこのわたしに任されてるんですからねー」

 腕を組みながら、そっぽを向く那由他。

(――任されてるね……)

 きっとそこに含まれている言葉の意味を、那由他は教えてくれないのだろう。たまに聞いてみるのだが、いつもはぐらかされてしまうのだ。まだそれを知る時ではないと。もしかするとこのアイギスには、なにかとんでもない裏があるのかもしれない。

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