第三夜 骨壺の男

【1】

 七月にしては妙に冷たい風が吹く夜、零二はいつものように栗栖駅前の通りを流していた。

 タクシーの営業には、三種類の方法がある。〝無線配車〟、〝付け待ち〟、そして〝流し〟である。

 無線配車とは、文字通り契約しているタクシー会社から無線で連絡をもらい、乗車予約をした客の下へ向かう方法である。

 付け待ち。これは駅前やホテル、病院などのタクシー乗り場に停車し、順番に乗車を待つ方法のことを言う。

 そして、流し。これは、ひたすら街中を走りながら、乗客を探す方法である。

 ほとんどのタクシーは、無線配車と付け待ちを営業の柱としている。一定の売り上げを確保するには、この二つの方法を取るのが手堅い。順番待ちをしている時間帯の事を考えれば、流しの方が圧倒的に回転率が良いのは事実。しかし、流しは流しで上手くやらないと、閑古鳥が鳴く羽目になる。土地勘はもちろん、その日の交通状況や時間帯、天気、近隣で催されるイベントの有無……。それらを完全に理解、予測し、効率よく行動しなければ、流し営業は成功しないのだ。いわば、流しは攻めの営業方法である。

 だが、零二は熱心な営業理念から、流し営業をしている訳ではなかった。

 理由は単純。零二の個人タクシーは、無許可、無資格、違法営業だからである。

 当然、どこのタクシー会社とも契約は無く、乗車予約の無線が届くはずもない。そもそも、無線の設備など備えていない。

 必然的に、他のタクシーがひしめき合う場所で付け待ちを行うことはできない。タクシー運転手たちの間で密かに定められているマナーやローカルルール以前に、法律に違反しているのだから、妙なタクシーがいると目を付けられれば、即お縄である。

 よって、零二はいつも流しで客を探していた。車の前後に設置しているLEDの表示灯をハンドルに設けられているボタンひとつですぐ消せるように改造しているのは、瞬時に普通の車だと誤魔化せるようにする為であり、〝個人〟の行灯を運転席の真上のルーフに取り付けているのも、いつでも取り外して普通の車だと誤魔化せるようにする為であった。

 そんな零二の違法営業タクシーに、目を付けた人物がいた。その人物は、時代遅れのネオンが輝く繁華街の方から歩いてきたかと思うと、フラフラと路肩に出て手を上げた。それに応えるように、ネオンの煌めきを漆黒のボディに反射させたローレライが停車し、後部座席のドアを開いた。

「帝苑プラザホテルまでお願いできますか?」

 乗り込むや否や、その人物は行き先を告げた。両手には、抱えて持つほどの大きさの白い巾着袋を携えていた。

「……」

 零二は無言でカーナビのタクシーメーターを操作すると、表示灯を〝実車〟に切り替え、告げられた目的地を目指してローレライを発進させた。




「これって、ローレライですよね?珍しいですね。最新式の電気自動車のタクシーなんて」

 ほとんどの客が口にする言葉を、零二はいつものように冷たく聞き流した。アクリル越しに漂うアルコールの臭いが鼻に付いたのも、それを助長させた。酔っ払いの客に構って良かったことなど、今までに一度も無い。

 心の中でため息をついていると、客は零二の様子を察してか、それとも毛ほども察していないのか、返事を待たずにつらつらと語り始めた。

「ローレライって、確かエイト車でしたよね? 僕、国産のメーカーはあんまり好きじゃないんですよね。トヨオカとか、マツドとか、どうにも魅力に乏しくって。でも、その点、エイトは時代の最先端を行っているというか、センスが良くて好きなんですよね。仕様も、構造も、デザインも。このローレライなんか正にそうだ。電気自動車が当たり前の時代になったら、今度はAIを搭載して、ほとんど自動で動かそうってんだから。大した企業ですよ、エイトは」

 ほろ酔いで気持ちの良さそうな客に対し、零二は、

「はあ」

 と、気の抜けた返事をした。喉元まで出かけた〝黙ってろ〟という言葉を、無気力に呑み込む。

「でも、実際のところ、どうなんです? 運転手さんみたいに、車に乗ることを職業にしている方から見たAI搭載車ってのは。いくら頭のいい人工知能だからって、それに運転を任せるなんて、肝が冷えるんじゃないですか? 僕だったら、絶対にハンドルを任せないね。そもそも、運転ってのは生きてる人間が——」

 凝りもせずに、また一方的に語り出した客を、零二はルームミラー越しに冷ややかに見つめた。スーツを着たサラリーマン風の若い男は、まだ社会に出て間もなさそうな、どこか頼りない風貌をしていた。今は酒で赤くなった顔も、昼間は情けないほど青白く、せわしなく回る舌も、うずくまるばかりなのだろう。

 右折する為に、ウィンカーを上げた。カッコッカッコッと一定のリズムで鳴る音が、男の演説に相槌を打つ。このままずっとウィンカーと会話してくれないものかと願ったが、右折すると同時に、相槌を打っていたウィンカーは黙り込み、零二に短いため息をもたらした。

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