DAY-15:「あなたのことが」
「あのー、沙也さん?」
「ん? どうしたの?」
「この体勢、きつくないですか?」
食事を済ませ、改めて俺たちはベッドで就寝モードに入った。俺たちはいつもの体勢で抱き合っているが、沙也さんの背中にはブラウンがいる。彼の両手は主のお腹に回されていた。つまり、ブラウンが後ろから沙也さんを抱いて、沙也さんが俺を抱いて、俺が前から沙也さんを抱くという構図だ。
「全然? この密着具合がいい感じです」
「なら良いんですが」
ベッドは大きめとはいえシングルサイズなので、二人と一匹でだいぶ手狭である。
「……今さらなんですが、俺、まだここにいてもいいんですか?」
この質問をする日が来ることをずっと恐れていた。俺はブラウンの代用品であって、それ以上のつながりを求めるのはおこがましいと考えていた。そう言い訳して、沙也さんへの恋心を押さえつけようとしたこともあった。
だけど俺は進むことを選んだ。恐れを完全に捨て去ったわけじゃない。親しい人が離れていく悲しみを、俺はもう嫌というほど知っている。それでもやっぱり、この想いを抑えることなど不可能だった。
「さっきも言ったでしょ。サドーくんは私の特別なんだから」
まるで子どもを落ち着かせるように、柔らかい口調で耳元に語りかけてくる。顔はクロスさせているので、表情は見えない。
「……俺だって、沙也さんはとっくに特別なんです」
俺は今まで、淡々とした高校生活を送ってきた。退屈というほどではなかったけれど、充実さの欠片もない、将来のためだけの今を生きてきた。勉強こそが学生の本分だと自らを縛り付け、わき目も振らずに受験勉強だけに励んできた。
それが沙也さんと一緒に過ごすようになって、ルーティーンから外れた行動をとることが増えた。二人分の夕食を作ったり、外まで迎えに行ったり、ホテルで外泊したこともあった。この時間を学習に充てれば、志望校の合格はもっと揺るぎないものになっていただろう。それなのに後悔の気持ちはちっともない。人といる時間が、初めて純粋に楽しいものと思えた。
「サドーくん……何だか鼓動が早くなってる?」
ああそうだ。俺は緊張している。そしてこの緊張すら、沙也さんに伝わっていることが嬉しいと思ってしまう。沙也さんと心を、言葉を交わし、こうしてベッドで身体を交わすことが俺にとっての最上となった。
「沙也さん、聞いてください」
この毎日が、ずっと続けばいい。
これからも続けたい。
だから口にしなきゃいけないんだ。
「あなたのことが、好きです」
静寂が部屋を包む。
沙也さんはなかなか口を開こうとしない。
断られるかもしれないという状況で、俺は安心感すら抱いていた。なぜならずっと沙也さんが俺の背中を撫でていてくれたからだ。そよ風が実体を持ったかのような優しい手つきに、うっかり瞼を閉じそうになる。たとえ断られようと、俺は告白したことを悔いたりはしない。
「……ありがとう。すーっごく、嬉しい」
きゅ、と俺を抱きしめる力が強くなる。短い言葉でも、沙也さんが本心でお礼を言ってくれていることが伝わってくる。
「でも、ごめんなさい」
しかし沙也さんから返ってきた予想外の言葉に、俺は戸惑わずにはいられなかった。
「私、転勤するの」
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