DAY.15:「私の特別だから」

「ちょっと作りすぎたか……?」


 テーブルに並んだ品々を前に、自分で作っておきながら戸惑っていた。明らかに二人で食べきれる量ではない。まぁ余ったら明日に回せばいいんだけど。むしろ日曜日の食事も作り置きしたと考えるのが自然かもしれない。


 勉強のスケジュール調整もばっちりだ。今日は翌日の分まで前倒しで進めたので、明日の午前中はフリーである。もちろん、沙也さんと昼まで寝るためだ。一晩ホテルでぐっすり寝たとはいえ、ここ数日のデスマーチの疲れはそう簡単にとれないだろうから。


「……」



 俺は今夜、沙也さんに告白する。



 沙也さんもきっと、俺のことが好きだ。



 だがそれは恋愛的なものとは限らない。お隣さんとして好き、友人として好き、リラックスアイテムとして好き、人として好き。どの可能性もありえる。


 そもそも年下は恋愛対象なのだろうか。約三週間にわたり生活をともにしてきたが、愛だの恋だのの話をしたことがない。女性は総じて色恋沙汰を好むと認識しているが、一方でそういう類の話題を振られることを毛嫌いする人もいる。


 さて、この手の方向にどうやって誘導したらいいものか。食事の邪魔はしたくないし、もし沙也さんがお酒を飲むとしたらアルコールが抜けるまでしばらくかかるだろう。ならばベッドの中で気持ちを伝えるのが定石か。また昨日みたいに即寝落ちという危険もはらんでいる。そうなったら日曜日に持ち越しだ。


 玄関のチャイムが鳴る。


 沙也さんが帰ってきたらしい。帰宅時、一度うちに顔を出すと言ってくれていたのだ。


 ええい、ままよ。


「お帰りなさい。って言っても、ご自宅は隣ですけど」

「……た、ただいま」


 なんだか、少し目線を逸らされたような。それにいつもより半歩分、距離が空いている。まさか俺から好き好きオーラが漏れ出しているわけでもあるまい。


「先にお風呂済ませちゃってください。その間にそっちへ料理運んでおくので」

「ありがと。……えっと」

「どうかしました?」

「ううん、何でもない。また後でね」


 扉が閉まるまで、沙也さんの笑みはどこかぎこちなかった。緊張、と言った方が近いだろうか。まるでこれから告白でもしようとしているかのような。


「いやいや、ありえない」


 ささやかな期待とわずかな心配が混在したまま、合倉家で夕食を迎える。


 ☆ ☆ ☆


「んんぅまぁ~っ……」


 両目をキラキラさせて食事をぱくついている姿を眺めていると、毎回満たされた気分になる。作り甲斐があるとはこのことだ。沙也さんはから揚げとフライドポテト、チョリソーというジャンクトリオを次々に胃に収めていく。飲み物は意外なことにノンアルコールだった。仕事の山場を越えたいわば祝勝会で、自らウーロン茶を選ぶとは。脂っこい献立が多いからさっぱりしたドリンクを選んだのだろうか。


「ほら、口の周り汚れてますよ」


 俺はティッシュを沙也さんの口元に近づける。


「あ、だ、だ、大丈夫! 自分でやるから!」


 沙也さんは慌ててカバンからちり紙を取り出し、口を拭った。


 やはり、様子がおかしい。いつもなら俺の握ったティッシュに顔を突撃させるのに。避けられているわけではないのだろうが、普段とは明らかに態度が異なる。


「そ、そういえばね。さっきクリーニング業者の人から連絡があって、今朝ブラウンを発送したんだって! だから明日には帰ってくると思うの」


 沙也さんからすれば空気を変えるための報告だったのだろう。しかし今の不安を抱えた俺からすれば、戦力外通告のように聞こえてしまう。「だから明日からはもう来なくていいよ」なんて言われたら俺は耐えられるだろうか。


「……沙也さん取られるの、嫉妬しちゃいますね」


 だから俺はつい、正直に弱音を吐いてしまった。


「私が他の誰かのものになっちゃうの、嫌?」


 テーブルに両肘を載せ、沙也さんが上目遣いでじっと覗いてくる。


「めっちゃ嫌です」

「……そっか」


 沙也さんが俺の頭を撫でる。


「大丈夫だよ。サドーくんはもう私の特別だから」


 特別、という言葉に胸が跳ねる。どうとでも捉えられるからこそ、恋愛的な好意と受け取れなくもない。今なのか? 伝えるべきか? このタイミングなのか?


 沙也さんにふかされた心臓のエンジンは、すでに出発準備万端だ。どくん、どくん、と恋愛ロードを爆走しようとしている。後は俺が思い切りペダルをキックするだけでいい。




「沙也さん、俺――」

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