DAY.7:「お姉さん、聞いてないんだけど?」
二人で一緒に迎える、二週目のウィークエンド、朝八時。俺たちはベッドで抱き合いながら、互いの予定について話し合っていた。
「今日はアルバイトもないので、九時から十八時までみっちり勉強しますよ」
「私は夜一気にやるタイプだったなぁ。とは言っても一日五時間が限界だったけど」
「同じ内容をぶっ続けでやるとさすがに疲れますから、二時間を目安に別々の科目をやるんです。そうすれば休憩時間が短くても飽きずに集中できますよ」
「あ、それわかるかも。私も事務作業長続きしないから、間に電話打ち合わせとか各案件の進捗管理とか挟んで無理やりやる気持続させてる」
「あと、昼飯は少し凝ったやつにしてますね。包丁とか使うと気分転換になるので」
「また食べたいな。サドーくんのごはん」
「いいですよ。今日のお昼、一緒に食べますか?」
沙也さんの顔がぱぁっ、と明るくなる。
「リクエストがあれば作りますよ。煮込み料理は時間かかるので難しいですが」
「だったらまた揚げ物とか……あ」
何かを思い出した素振りの後、沙也さんが眉を下げる。
「ごめん、お昼じゃなくて夜ご飯でもいい?」
「いいですけど……昼は予定アリですか」
「うん。ちょっと行きたいところがあって」
出不精の沙也さんが外出とは珍しい。スーパーへの買い物でさえ、いつもだるそうにしているのに。
「映画とかですか? あるいはエステとか、洋服を買うとか」
「うーん……ちょっと、ね」
珍しく歯切れが悪い。人に言うのに憚られる場所か。
まさか、デートとかじゃないよな?
急に心の奥がもやもやし始める。自分の眉間にしわが寄っているのがわかる。
「サドーくん、く、苦しい」
無自覚に腕に力が入っていた。俺は慌てて距離を取る。
目の前に、沙也さんの顔があった。
「私がどこ行くのか気になる?」
試すような、唇が片方だけ吊り上がったニヒルな笑みだった。
どう答えるべきか。年下高校生の見苦しい嫉妬など、言われたところで迷惑でしかないだろう。そのまま俺たちは、しばらく無言で見つめ合う。
やがて沙也さんがふっ、と緊張を解く。
「ネットカフェだよー。別部署の子におすすめの漫画教えてもらったから、読んでみようと思ったの」
ビビらせないでください、という言葉を抑えることになんとか成功した。
ネットカフェ。漫画喫茶とは似て非なるものであるが、本質は同じだ。建物内に何千、何万もの本が置いてあり、割り振られたスペースで自由に読書ができる。ドリンクバーが付いていたり、中にはダーツやビリヤードができるところもあったりと、総合エンターテイメント施設と言えよう。
「全部で五巻くらいらしいから、一日あれば読めるかなって。それにネットカフェって使ったことなくて前々から興味あったし」
「最近のネカフェは内装が綺麗ですし、女性の利用者も多いですよ」
「昼前にはお店に入りたいんだけど、軽食とかってあるのかな?」
「カップラーメンとかお菓子くらいならどこにも置いてますね。お店によってはカレーとかフライドポテトとかが食べ放題なんてのもありますよ」
「サドーくん詳しいね。もしかしてヘビーユーザー?」
「というか店員です、俺」
高校入学と同時に働き始めたから、もう三年目になる。高校生なのに、今や先輩よりも後輩の方が多くなってしまった。
「もしかして、駅の裏手の?」
「ですね」
「……お姉さん、聞いてないんだけど?」
「言ってないですし」
「そういうの困るなあ」
「えぇー」
本気の追及ではなくジョーク口調だったので、俺も軽く応える。
「すすめてくれた子が『絶対に読んでください!』って熱弁するからさ。ネットカフェって正直、狭くて薄暗いっていう怖いイメージがあるんだよね」
「定期的にスタッフが店内を巡回しますし、個室は鍵付きのところもありますから」
「そっかー。そうだよね」
納得した風を装っているが、不安は拭えていないみたいだ。確かにお店によっては動線が入り組んでいて、受付からは見渡せないスポットもある。利用者には会員登録にあたり身分証明を義務付けているが、何かあってからでは遅い。監視カメラも逐一確認しているわけじゃないし。
「良かったら同行しましょうか?」
沙也さんが目を丸くする。
「でもサドーくん、休日は一日八時間勉強のノルマがあるんでしょ?」
「それなんですが、久しぶりに『合宿』をしようと思いまして」
「合宿?」
合宿とは、八時間や十時間などのパック料金で部屋をとり、ネカフェでカンヅメ状態になって集中的に学習することだ。程よい狭さと薄暗さが集中力アップにつながり、ドリンクは飲み放題、メシも食べられる。リクライニングシートやクッションがあるから、長時間籠って腰やお尻が痛くなる心配もない。俺は学校のテストや模試の前、不定期にこの『合宿』を行っているのだ。
それを沙也さんに解説すると、なぜか怪訝な目をされた。
「サドーくんって、ときどき変なことするよね」
その言葉は、あなたにだけは言われたくなかった。
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