DAY.5:「いい感じに男の子だね」
何なんだ、この柔らかさは。
パジャマという布の隔たりがなくなった分、女性の柔らかさがダイレクトに伝わってきているのだ。しかも今日着用しているのは夏用のドライインナーらしく、いつもより生地が薄い。
俺の意識は、一部分に凝縮されていた。
落ち着け、当たっているのはあくまでキャミソールのパット部分であって、それ本体ではない。俺の腕に伝わっている感触はコットン百パーセントだ。それに沙也さんの胸部は決して豊満と呼ぶほどではない。むしろ逆だ。ゆえに動揺する必要など見当たらないのであって。
ふにゅふにゅふにゅふにゅ。
「サドーくん、どうしたの?」
「い、いえ! べべ別に!」
ふにゅふにゅふにゅふにゅふにゅふにゅふにゅふにゅ。
「~~~~~~っ!」
もう限界かもしれん。きっと俺の顔は茹でダコのようになっている。今は部屋の電気を消したばかりだから沙也さんにはバレていないが、悟られてしまうのも時間の問題だ。沙也さんのおっ……に興奮もとい動揺していると知られたら、軽蔑されてしまう。
「……柔らかいよね」
「ひゃい!?」
「これだけ薄着だと、嫌でも伝わっちゃうよね」
まさか、もう感づかれてしまったのか。謝るべきか? いや、俺は抱き着かれている側であって、自発的にエロいことは何もしていない。エロスとは受け手の認識によって形が変わるもので、俺が沙也さんの胸をエロいと自覚しない限りそれはエロではない別の何かであり、すなわちエロの区分に属さないエロであるからエロと呼ぶこと自体が間違っていると言えよう。そもそもエロの語源はギリシャ神話に登場する性愛を司る神・エロースのことだから、俺たちがエロと認識しているエロはもはやエロの本質ではなく、一方で言葉は時代の流れによって変化するため現代でエロと称されるものはエロのリアルを捉えているとも言えるのではないだろうか。
「や、柔らかいって?」
まだだ、まだバレたとは決まっていない。
「……言わせるの?」
暗闇の中でうっすらと視認できる沙也さんの瞳は、潤んでいるように見えた。
もはや潔く自首するべきだろうか。ベッドの上で土下座でもするか?
「お、俺、決して沙也さんにやましいことなんか……」
「柔らかいよね、私の二の腕」
数瞬の間が生まれる。
「二の……腕?」
「やっぱり運動しないとすぐぷにっちゃうよね。夏場は薄着が多いからひそかにダンベルトレーニングとかしてたんだけど、最近はサボってたからな~」
自身の二の腕を揉みながら、沙也さんが言い訳をする。
「ちょっと失礼」
沙也さんが突如俺の上腕をグワシとつかみ、揉みしだく。
「やっぱ元柔道選手はがっちりしてますなぁ」
「……筋トレは一応今でもやってますので」
二の腕、二の腕ね。
「トレーニングは継続するのが一番大事ですよ」
「だよねぇ。人様に肌を見せる機会なんてないから油断してたよ。今度効果的な筋トレ教えて?」
「かしこまりました」
勝手に盛り上がっていた自分が今さら恥ずかしくなってきた。
第一、気づいていたとしたって、面と向かって指摘してくるとは限らないじゃないか。徐々に心が落ち着いていく。最近の俺はたるんでいるぞ。こんな勘違いは二度とするものか。
一度冷静になったら、急に眠気が押し寄せてきた。瞼が重い。珍しく沙也さんより先に眠りにつくかもしれない。
きゅっと、腕の力が強くなる。
耳元に息がかかった。
「いい感じに男の子だね」
心臓がどくん、と跳ね上がる。
それだけ言って、沙也さんはすぐ眠ってしまった。
「……『いい感じ』って何だよ?」
翌朝、俺は久しぶりに寝不足を感じた。
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