DAY.5:「サドーくんはマストアイテムだから」
暑い!
十月中旬とは思えぬ酷暑だった。
天気予報によると本日の最高気温は三十五度、夜中も二十五度を下回ることはないという。
十月に入ってようやく気温も落ち着いてきたと思っていたら、この仕打ちである。重厚なブレザーの内側は汗びっしょりで、学校から帰宅したら真っ先にシャワーを浴びてしまった。こりゃ、寝る前にもう一度身体を清める必要があるな。
押入れからしまったばかりの扇風機を引っ張り出し、キンキンに冷えた麦茶で喉を潤した。
勉強に身が入らないのも、暑さのせいだろうか。
「……」
先週の土曜日以降、沙也さんのことを考える時間が増えた気がする。
今日は駅からアパートまでの道のりがしんどいだろうな。できることなら帰宅に合わせて部屋の冷房を点けて、風呂も用意しておいてあげたい。
当然合鍵など持っていないし、持っていたとしても実行には移さないが。
「アイスくらいは買っておこうかな」
俺は首をぶんぶんと振り、邪念を払う。集中、集中。
やがていつもの時間に隣の家のドアが開く音がした。室内から「あづい~~~~!」とダミ声が聞こえてくる。今日もお仕事おつかれさまです。
俺も本日二度目のシャワーを浴びることにした。ぬるめのお湯で汗が流れ落ちて気持ちいい。においが発生しやすい部位は、いつも以上に念入りに洗っておこう。
新しいシャツとハーフサイズのスウェットに着替えて、準備完了。
現時点で室温は二十六度。十月の平均気温よりはるかに高い。シャワーの水滴を拭き取った直後だというのに、すぐに汗が浮いてきそうだ。
寝る前の追い込みも終わり、時計の針は深夜二時を回った。
明日の用意を終えた俺は部屋を出て、隣の家のチャイムを鳴らす。
「はぁ~い……」
声がいつも以上に間延びしている。
扉が開き、中から沙也さんが顔を出す。
「今日は暑いね~」
その姿に俺は目を剥いた。
普段の沙也さんの寝巻といえば、上下黄緑色のパジャマだ。長袖の下にはブラの代わりに白のカップ付きキャミソールを着用していることが多い。
ところが今日は、そのキャミソールしか着ていないのだ。肌着を支えているのは二本の肩紐のみで、肩やデコルテが露わになっている。さらに下は、太ももギリギリまで露出した綿のショートパンツ。
「どうしたの? 早く入りなよ」
「は、あ、はい」
ちょっと刺激が強すぎるんじゃないか。女性からすればキャミソールは「服」や「インナー」の範疇なのかもしれないが、ろくに異性と関わってこなかった男子高校生からすれば下着に分類しても差し支えない。
中に入ると、むわっとした空気が肌にまとわりつく。
「エアコンは点けないんですか?」
「私、冷房の風が苦手でさ。長時間浴びると頭痛くなっちゃうんだ」
「でも今日は社内で冷風ガンガンだったんじゃ」
「頭痛薬飲んで気合で乗り切ったよ。やっぱ暑いよね?」
「扇風機があれば何とか大丈夫かと」
俺も、よっぽどじゃなければ家のエアコンは点けないことにしている。体調的な理由ではなく、電気代がバカにならないからだ。なのでこれくらいの蒸し暑さは慣れっこである。
「じゃ、寝ましょうか」
俺は定位置の壁際で横になる。ベッドの掛け布団は、ブランケットに差し替えられていた。
「ふー、暑い暑い」
そう言いながら、俺の左腕に絡み付く沙也さん。
「抱き着くのはやっぱりデフォなんですか」
「あ、嫌だった?」
「いえ、平気です。ただ、言葉と態度が矛盾していたので」
「ブランケットはなくてもいいけど、サドーくんはマストアイテムだから」
とうとう俺は寝具と同カテゴリー化してしまったらしい。
「ん~、汗かきそう……」
ふにゅ。
「氷枕とか買っておけば良かったかな……」
ふにゅふにゅ。
「朝起きた時ベッドにシミができてたら恥ずかしーな……」
ふにゅふにゅふにゅ。
……柔らけぇ。
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