第3話
地下水道は轟々と水の流れる音が響く以外、何もなく真の闇である。
ザクロ女は、壁と水路の間の細い通路に立ち、水音を聴いていた。全身にふりかかる飛沫が体を冷やしていく。
彼女の脳裏に言語は無く、ただ、先の人でも獣でもない生物の姿や、奇妙な響きを持つ声が繰り返し細切れになって流れていた。
―わ、ガ・ニワ…よ・ソ……わ…g……
言葉は切れ切れに、一つ一つの音が生き物であるかのように頭の奥で響いている。響きは水音に少しずつ薄れていく。
今までならば薄れるままにしていただろう。しかし、ザクロ女は響きを頭の中に留めたかった。
彼女は自分が何者で、何故ヒトを襲うのかわからない。
ただ、ヒトを目の前にすると、彼らの醸し出す「精神」の臭いへの破壊衝動が体の芯から溢れ出し、全身を満たすのである。
ただ、衝動に流されるまま街から街へと走り続けてきた。それを止められる者はいない。避けることさえできず、命乞いも間に合わず、その手の下であっけなく叩き潰された。
眼の前の闇に、振り下ろす手をかいくぐる稲光のような姿が何度も蘇る。奇妙な声が繰り返す。
今まで見たことも会ったこともなかった存在。人でも獣でもなく。強いて言えば
自分に似ている。
―ワガ、……ワが、にわ……
破壊衝動以外の感情が、ザクロ女の胸中に初めて生まれようとしていた。
遠くから、響きと共に大量の水が向かってくるのをザクロ女は感知した。先刻降っていた雨の流れだ。
空気が震え、何もかもを飲み込んだ水の塊がやってくる。ザクロ女は身を投じ、闇の中を流れていった。楽しげに笑みを浮かべて。
月が頂点を通り過ぎ、ついに傾き始めた頃、川辺のカラス達の声は止んだ。
水面を青い光を纏った鳥が滑るように飛んでいく。カラスの群れがその後を追って飛ぶ。声一つあげず。
ただ、無数の羽音が川の音と混ざり合い、ねぐらから警告する獣の唸り声のように、低くずっと続いていた。
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