第12話 11-未練と恋と欲望と
葵は1人宿に戻る為に歩いていた。白檀はもう少し飲むとのことと、おそらく今日は独りで、飲みたいんだろうと葵は先に帰ることにした。宿まではさほど遠くはない、この街はそこまで大きくない為、何度か曲がれば宿が見えてくる。夜であっても王国騎士団が警らしているので、治安もよく安全だ。今晩は、白檀との酒が静かだったこともあり、葵は自分の適量より少なめの酒でやめておいた。少し考え事をしたかったこともあり、独りで歩く今も心地よい、ぼんやりと葵が歩いていると、人とぶつかってしまう。
「あっすいません…あれ?クー?」
「いたっ!あ、葵くん!びゃく兄と一緒じゃないの?」
「団長は、まだ飲みたそうだから置いてきた。クーはどうしたの?」
「…いや…その~ちょっと知り合いに似た人を見かけたから…」
梔子は少しいいずらそうに葵に答える。葵はハリーの事だと気づくが、ハリー本人も梔子には会わないと言っていたので、知らないことにする。
「そうなんだ、今すれ違ったかな?どんな人?」
「あっ別に!いいのいいの、この街にいるはずないから!たぶん他人のそら似ってやつだよね~」
「じゃ、一緒に宿まで帰ろ」
「あっ…うん…」
梔子はそう言いつつも、葵の後ろの町並みにハリーがいないか、目で追っている。
「ホントにいいの?」
「あっ、うん、大丈夫…帰ろ」
葵と梔子は並んで歩く、梔子が葵に話しかける。
「葵くん、少し遠回りしていかない?夜ご飯たくさん食べたからお散歩しないとさ~!」
「かまわないけど、俺も少し酔いを覚ましたいところだったから」
梔子は言い訳するがハリーを探したいのだろうと葵は思った。ふたりは宿のある通りを曲がらず直進する。
「マニーと仲直りできたみたいだね?」
「うん、いろいろ話した、あたしもおせっかいやきすぎたね……」
「まぁ、クーなりにマニーのこと、考えたんだからいいんじゃないか?」
「本人は怒ったけどね~」
「そういうのって、後で気づくもんだろ?」
「ねぇねぇ?葵くんって、あっちにいた時は恋人とか好きな人いた?」
「なんか、マニーにも聞かれたな?彼女とはこっちに来る前に、もう別れていたよ、別れましょって言われてね…」
「葵くんフラれたんだぁ?まだ未練ある?」
葵は梔子の質問に首を横にふり否定する。軽くため息をついて答える。
「まったくない、今考えると彼女に別れを切り出させたの俺だろうな?って、たぶん、自分から言うと彼女に悪いからってのを言い訳で言わせたんだろうな~って思う」
「なんで、そう思うの?恋人を嫌いになったの?」
「いや、嫌いではなかったけど…なんでつき合ってるのかな?みたいなのはあったかもね、大学…学校に入って好意持たれて、好きって言われて、そのままつき合ったからな…」
「マニーには同じ事をしないでね!つき合うなら、葵くんも本気じゃなきゃダメだからね!でも、葵くんって、みょうに女の子の扱い慣れているよね?」
マニーの件にはふれず葵は答える。
「そうでもないと思うけど…まぁ、年頃の妹がふたりいて、彼女がいたことがあれば、そんなもんなんじゃないの?自分じゃ扱いが上手いとも思ってないよ」
葵は、高校時代にも彼女がいた、初めて交際したのは、高校2年の時だ、バイト先で知り合った彼女とは、一年程度交際したが、彼女の方から別れを切り出され、葵もその時は未練がましい経験をした。その彼女を忘れる為に、何人かの女性とデートをしたりしてみたが、あまり自分も気持ちが入らずに大学生になり、大学で知り合った彼女とつき合った。梔子が何人と交際していると軽い男判定をするかわからないので、あえてそこは言わないようにする。
「俺に聞くってことは、俺も聞いてもいいの?」
葵は自分の黒歴史を思い出した気分になり梔子に報復をする。
「女の子に聞くのはマナー違反!」
「そうなんだ…それは失礼しました」
「反省してないでしょ~!?ところでさ~ある女性騎士の悩みをこの前ね聞いたんだけどね、前に好きだった人の未練ってどうしたらなくなる?」
梔子に相談する女性騎士が、いるのだろうかと疑問に思いつつ葵は答える
「うーん、答えになっているかわからないけど…無くならないが、正解なんじゃないかな?」
「じゃ、ずっと未練があるの?」
「そうでもないと思う、誰かを好きになる気持ちは、抑えられるものでもないだろ?ただ、その気持ちがその相手に届くとも限らない、だからいつか届くって思いたいから未練になるのかもね。もし他の人を好きになっても未練は残ると思う。残念ながら俺もその経験はないな…後は時間がたったら淡い思い出みたいになるのかな…?」
「なんか切ないね…」
「別に思い続けるのは自由じゃない?相手に迷惑かけなければね」
「思い続けるか…なんか大変だな…忘れられると思った時に現れるからな~」
梔子は独り言のように呟き、軽くため息をつく。
「ちなみにそれって誰の話?」
葵は梔子のハリーに対する気持ちと理解していながら尋ねる。
「そ、それは、言えるわけないでしょ!それもマナー違反!」
「ふ~ん」
葵は含み笑いをして梔子を見て走り出す。
「何!その含み笑いは~!葵!待ちなさいよ~!何子供みたいなことするの!」
葵はハリーがどう思っているかわからないが、今は梔子の気持ちに答えられないから会わないんだろうと思った。でもなんとなくハリーは梔子の事を思っている気がする。少なくとも迷惑には思っていないだろう。今は梔子がハリーへの思いを気にしないで生活できるように、友人として見守ってあげようと思う。だからあえて、子供じみたからかい相手に徹することにした。梔子は笑っている方がかわいいからだ。友人として悲しい顔を見たくない。先日戦闘中に呼び捨てされていたが、この日から梔子は日常でもくんを着けなくなった。そんなことをしながら街をふたりで歩いていると、梔子を呼ぶ声が店から聞こえた。
「梔子隊長~!いっヒクっ!一緒に飲みまひょーよー!あっ葵さんもいる~!」
「咲!だいぶ飲んでる~!」
「お姉ちゃん!ちょっと!」
「は~な~!だって~隊長と明日からヒクっ!別々なんだひょー!のもぉ~ってヒクっ!言ってたにょに~ヒクっ!隊長どっか行っちゃうしぃ~ヒクっ!」
「クー!相手してやりなぁ~」
「ちょっ!ちょっと葵!」
「花!後よろしく~!」
「葵さーん!」
葵は梔子をおいて逃げるように宿に帰る。今の梔子は彼女達と飲んで楽しんだ方が良いと思った考えてもハリーへの気持ちの答えが出ることはない、なら楽しんだ方が良い、梔子は今日は独りでいる日ではないと思った。
葵は宿に戻り風呂に入り、酔いも覚めたので、武具の手入れでもしようと一階の部屋に行く、この宿には、冒険者や騎士が泊まる時に、武具の手入れができるように作業場が設けられている。葵は時間が時間なので誰もいないと思ったが作業場に入るとマノーリアがいた。
「マニーも武具の手入れ?」
「あっ!そ、そうね、明日から本格的に旅になると、武具の手入れがしっかりできないから」
ふたりは黙々と手入れをしているが、お互いなんとなく気まずい。葵は気まずさのあまり、喋りかける。
「マニーさ~、この胸当ての調整ってどうすればいいのかな?まだしっくりこなくて…」
葵も話題に困り、今手入れしていた胸当ての話をふるとマノーリアは葵に近づき脇の調整ベルトに手をやる
「ここをこうすると調整できるの、1人の時ははずさないとできないわね」
互いに無意識に武具の調整をしたつもりだったが、かなり接近している状況で、お互い目が合い意識してしまう。
「あっ!剣の話にすれば良かったかな~ハハハ…」
「葵くん、ごめんなさい…」
「なんで、謝るの?」
「わたし、自分でもよくわからなくて、クーが言うように、急ぎ過ぎたというか、葵くんの気持ちも考えずに1人で舞い上がっていたというか…」
マノーリアは恥ずかしそうに葵に話し、葵はマノーリア答える。
「今朝も言ったけど、マニー気持ちは嬉しいけど、俺は異世界人だし、石無しだ!仮で加護持ちになったけど、この世界で生きていけるかまだ自分でもよくわからない、だから変に意識するよりも、まずは信頼関係を築いて行こうよ!明日から旅していく間でマニーが俺を幻滅することだってあるかもよ!だから、そうならないように頑張らないとね!」
「まだ、早いのはわかるけど…そ、そ、その~葵くんはわたしのこと…」
マノーリアは葵の気持ちを知りたいようだ。葵は素直な気持ちを伝えた方が良いと思いマノーリア話す。
「好きだよ!ただ、俺の中の好きって気持ちが、異性としてなのか人としてなのか…男としてマノーリアを魅力に感じるのは当然なんだけど、さっきも言ったとおり、軽率な行動をとってはいけない相手だと思っているかな、それは梔子にたいしてもだけどね…」
「クーの事も好きってこと…」
「ちょっと違うかな?クーは友達でいたい気がする…それとクーは他に好きな人いるでしょ?クーの俺に対しての気持ちとマニーの気持ちは違うと思っているかな」
マノーリアはハッとする、葵が見抜いたと思っている。情報は最大の武器だ。葵は明日からの旅で3人の関係が良好であることを望んでいる。変な気を使われても困る。
「マニーさ~!何度も言うけど!男にあまりその態度は良くないよ!俺も制御できない事もあるからね~!」
「わかってるもん!わたしだって!葵くんが軽い気持ちとか、エッチなことしか考えていない時くらいわかるわ!」
マノーリアは頬を赤く染めプイッと向き自分の薙刀の手入れをはじめる。
「ならいいんだけどさ~騎士長様に察していただけるならさ~」
「今のは、バカにしているわよね?」
マノーリアが薙刀をかまえて威圧する。さすがに騎士長の役職は伊達ではない、本気の目を向けられると怖いと葵は思う。
「冗談です。騎士長の綺麗なお顔が台無しですよ~」
葵は両手を上げておどけてみせる。
「ホントバカ…なんで好きになったんだろ…」
マノーリアは少し成長したようだ、自分の気持ちを口にしても平然としている。もしくは無意識に口にしたことを気づいていないかもしれない。
「明日からよろしく頼む!俺もふたりに迷惑にならないように頑張るよ!」
「弱音言っても、優しくしないからね!」
葵は、先程のおどけた態度をただしてマノーリアに伝える。マノーリアがキリッとした態度で葵に返答する。ふたりは手入れを終え互いに部屋に戻った。
朝になり、使節団よりも先に出発する葵達を白檀と咲・花が見送りに来る。
「咲、花!団長のことよろしくね!」
「隊長~!さみしいよ~!」
「咲ちゃんは本当にクーの事が大好きね~!」
「マニーさん!葵さん!短い間でしたがお世話になりました!」
「咲ちゃん、花ちゃんこちらこそお世話になりました。頑張ってね!先に都で待っているわ!白檀お兄様もあまりお酒の飲みすぎに気をつけて下さいね!」
「マニーに言われたら~今日くらいは気をつけるさ!」
「咲、花ありがとう!皇国帰ったら約束の日本の料理ご馳走するな!」
「葵さん!楽しみです~!」
「葵!ふたりをよろしくな!」
「団長!俺よりもふたりの方が強いんですよ~!」
「男として女を守れってことだよ!」
「わかりました!」
3人は馬車に乗り込み、マノーリアが支獣のアリスに声をかける。梔子は支獣のユキを先行させる。
「アリス!よろしくね!」
「ユキちゃんよろしく~!」
ユキは普通サイズのはやぶさになり、空高く羽ばたいていった。3人を乗せた馬車は、予定よりも1日遅れで街道分岐の街を出発した。今日は王国の国境を越えて、皇国の隣国ビナスゲート最西端の山脈の麓の街に入り、その先にある、街道分岐の東の街に入る予定だ。街道を走る分には特になんの問題ない。綺麗な自然を満喫しながら街道を走る。
「この調子なら順調にビナスゲートに入れそうね!」
「ただ気になるのがさ~あ、マニー!なんか東側から来る馬車が少ない気がしない?」
「そう言われてみれば、少ないわね?」
「いつもはもっと多いの?」
「東側から王国と帝国へのルートは、この街道しかないから、さっきの街までは、結構馬車が多いはずなんだよね~」
「東側がお天気でも悪いのかしら?」
「麓の街に行けば何かわかるでしょ!」
はやぶさのユキが戻って来て、マスコット化し梔子の腕にとまる。
「ビナスゲートまでは問題ないみたいねー」
「それにしても、凄い山脈だよね~」
「葵くん加護を授けてくださった。デイト・ア・ボット様が創られた山々よ!」
「ふ~ん、そういえば、近いうちに直接会うようなこと言っていたな?その時に正式に加護を与えられるって…」
葵はふと魔法を思考する、しかし、リンクの魔法は使えないようだ。
「葵!どうしたの?」
「いや、リンクが使えたら、またデイト・ア・ボットに会えるのかな?って思ってさ!」
「確かに、あの山脈を創られて、姿を消されたと伝承にはあるわね」
「眷属神様にそんな簡単には会えるわけないでしょ?」
途中で3人は途中昼食をとり、15時くらいに国境を越えてビナスゲートの最西端の街の門に着いたのだったが、まともやトラブルが待ち構えていた。
「すごく、混んでるね、ちょっと見てくるね!」
梔子が街に入る馬車の渋滞を見て、何があったのか確認しにいく。
「この状況は、珍しいの?」
葵がマニーに尋ねる。
「そうね、珍しいわ…… 次の街まではそこまで距離がないし、だいたい食事や補給を済ませて出かける方々が多いと思うわ、あまり大きな街でもないから、東西の街道分岐の街に泊まる方の方が多いと思うわ!」
梔子が慌てて戻って来る。
「大変!大変!この先の街道が土砂崩れで埋まってるんだって!今、東側に行くには、入山して旧道行くしかないみたい!」
「それでここに立ち往生しているのね!行商の方は復旧を待つしかないわね」
「旧道は危険なの?」
「今の街道のように、結界がはられていないの、だからモンスターや魔族に襲われる危険性があるのよ、冒険者を雇って護衛につけるとかしないと危険ね、雇うと行商の方達は利益が減ってしまうから、大棚の主人でもない限りはおそらく雇わないでしょうね」
「俺達はどうする?」
「もちろん!レンジャーのあたしがいるので入山決定!と言いたいんだけど、さすがにもう時間がね~夜の入山はオススメしないよね~」
「宿をとるしかないわね!明日早朝から入山しましょう!」
「そうこなくっちゃ!マニー!」
「さっそく宿に行こう!」
3人は馬車を門番の案内端にとめて街の中に入る。支獣のアリスはマスコット化してユキと一緒にパタパタ羽ばたいて着いてくる。
「ユキちゃんアリスちゃんお疲れ~」
その支獣2匹に梔子が労いをかける。小さなこの街は宿もそこまで多くなく、安い宿は既に満室らしい、仕方なく一番良い宿に入る。一番良いと言っても今朝方まで泊まっていたホテルほどではない。マノーリアと梔子がフロントに向かうので葵もついていく。
「3部屋空いていますか?」
「大変申し訳ありません!土砂崩れの影響で大変こみ合っておりまして、1部屋ずつのご提供とさせていただいております」
マノーリアと梔子が葵を見る、目で変なこと考えないわよねと訴えている。葵は無理を言うなと目で訴えるが、聞き入れられない、そんなやり取りを見たフロントの女性が提案してくる。
「もし、殿方とご一緒のお部屋が気になるのでしたら、こちらのお部屋でいかがでしょうか?一応寝室とリビングがありまして…ドアはありませんが…」
「仕方がないわ!この部屋にしましょう!葵くんわかっているわよね!」
「わかっているけどさ…」
3人は部屋へと案内される。高めの宿なだけあって部屋は悪くない。しかし、葵はわかっているわかっていないの問題ではないと心の中で訴える。一応確かにベッドとソファがあるが、ドアはなくベッドが薄い壁でしきられているだけだ。この状況で、好意を持たれている美少女達と一夜を共にするのはただの苦行でしかない、良くこのての異世界の主人公達は、手を出さないヤツが多かったが、それは経験がないか聖人の域だ、葵は多くの男はこの状況に耐えられるヤツはいないと思った。
「なんか、眠れる魔法とかない?」
「はぁ~?自分を律する事ができそうにないの?」
「いや~、自信ないなぁ~ハハハ」
「葵は、なんだかんだスケベだよね~!1人で変なこともしないでよね!」
「この状況は、ほとんどの男が無理だろ!」
「お酒でも飲んで寝ちゃえば?」
「それも危険だろ? それに俺はスケベだ!」
「あっ!葵が認めた~!」
「男は皆スケベなんだよ!」
「しかたないわね~!クー!わたしたちの身の安全の為ですもの、葵くんがけだものになる前に魔法で眠ってもらいましょ!葵くん、寝る前にかけるわよ、それでいいかしら?」
「た、たすかる!」
「お腹がすいたわ!食事に行きましょ!何?葵くん」
「な、なんでもないよ」
「アーオーイ!怪しくない?」
「怪しくない!」
葵は、マノーリアが武具を外し、髪をほどいている姿を見ただけで、オスの部分がムクムクしている。そもそもこのふたりは露出度が高い、梔子も先程までソファに膝立ちして、ベッド側にいたマノーリアと話していたが、しっぽの下にある小さなお尻を葵側にプリプリと見せていて、完全に無防備な状況だ。むしろ男なら誘われているのではないかと思う状況だ。しかし、このふたりが、そんな高等な品よくイヤらしくなく男を誘うなど、できないのはわかっている。葵はさらに難儀な夜になると憂鬱で仕方なくなってきた。
「まぁ、まずは~お風呂とごはんだね~!」
「ここはどんなお料理があるのかしら~楽しみね~」
葵は、急遽お泊まりになって浮かれている美少女ふたりを見て、恨みがましく思う。今夜はトイレの個室に何回入るだろうと考えていた。
3人は風呂に入り、宿近くのレストランへ向かった。葵の苦行の夜がはじまった。
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