ばとるろわいある(仮)

北山双

ばとるろわいある(仮)

国に属するさる組織から司令を受け、日本のどこかの中学校で生徒達をバスに乗せ、ある地点まで運ぶ。それが彼の仕事だ。


 生徒たちは大抵、修学旅行に行くのだと聞かされていて、疑う素振りも無かった。しかし、それが旅行では無いことを彼は知っていた。

 目的地付近のトンネルに入ると、バス車内は催眠ガスで満たされる。昏倒した生徒達を学校を模した施設に搬送して仕事は終わりだ。そこから先のことはよく分からない。


 ただ一つ確かなのは、あの施設に行った生徒は、1人しか生きて帰ってこないという事だ。


 その日載せた生徒たちは、今までの生徒たちとは明らかに違っていた。

「おーいタツヨシー。タバコくれタバコ」

「はぁ?おまえセッタはヤダとか言ってたじゃねーかよ」

「ヤニならなんでもいいよ、ウチに忘れてきちった」

「しょーがねえなー、ったくよー」

 じりりとライターがなる音が各席で響き、もうもうと煙が立ち込める。それもタール0.1mgなどという代物ではない。空気が白く、というか黄色く霞むほどだ。おまけに誰一人まともに席に座ろうとしない。


 ガイドは必死で事故や火災の危険性等を訴えていたが、1番真面目そうに見えた坊主頭と濃い眉毛がりりしい生徒が、折り目正しく着た学ランの内ポケットからコンドームを取り出して膨らませ、バレーボールを始めた辺りで全てが嫌になったらしい。自席に座って黙りこくった。


 少々荒れた男子校とは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 しかしこの乱痴気騒ぎもトンネルまでだ。チカチカする目を擦りながら運転手は耐えた。


 座席の一部を焦がされ、ガラスに傷をつけられながらも、なんとかバスはトンネルに到達した。運転手とガイドは安堵しつつガスマスクを身に着けた。ガイドがスイッチを入れる。空調の吹き出し口から催眠ガスが、しゅーっと音を立てて噴き出し始める。


 しかし、何分待っても乱痴気騒ぎは収まらない。それどころか、ますますひどくなっているような気がする。生徒たちはだみ声で歌いだし、通路で踊りだすヤツまでいる始末。タバコの煙のせいで効きが弱いのか、あるいはまさか、ガスに似たアレやコレを吸いなれているのか?運転手は混乱し、ハンドルを切り損ねた。


 車体が壁に激突し火花を散らして滑る。生徒たちが悲鳴と怒号を上げる。

 運転手はなんとか体勢を立て直そうと必死になったが、弾みでマスクが外れ、濃厚な紫煙と催眠ガスを同時に吸い込みあっという間に気絶した。ガイドも同じだった。彼らはひっくり返ったバスの天井に叩きつけられ、半分潰れて絶命した。


 暫しの間、生徒たちは茫然としていたが、すぐに立ち直ってバスから這いだした。トンネルの中は真っ暗で、両端に満月の様に丸く外の光が見えるだけだ。

「どーするよぉ、これ」

 坊主頭のハルキが誰に言うとでもなく言う。

「うーん、とりあえずバスを何とかすっか」

「そだな。脚がねーとどうにもならん」

 セッタ嫌いのマシマが返答し、人の良いタツヨシもうなずいた。他の生徒たちもとりあえずそういう気分になったらしい。全員でなんとかバスを転がし、タイヤが地についた状態にした。

 バスは前面が潰れ、側面にひどい傷を負っているものの、走らないことはなさそうだった。マシマは運転手とガイドの死体を引きずり出し、トンネルの壁際に並べて寝かせた。

「誰かが見つけてくれるといいけどなぁ」

 線香代わりにタバコをそなえ、十字を切りつつタツヨシは呟いた。


 バスの運転はヨーイチが引き受けた。彼は車の免許は持っていなかったが、家が農家なのでやむを得ず軽トラを運転していたのだ。畑の手伝いは嫌だったけれど、それがこんなところで役に立つなんて、と少し嬉しそうだった。

 トンネルを抜けると、先ほどは気づかなかったが海沿いの道だった。いつの間にこんなところを走っていたのだろう。と誰もが思った。

「学校帰んのもアレだし、とりあえず海行くか」

 運転席のマイクにヨーイチがしゃべりかけると、車内は熱狂した。

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ばとるろわいある(仮) 北山双 @nunu_k

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