第42話 麗しの花(前編)
あれから数日後、僕は〈
召使達は部屋を追い出され、だだっ広い部屋に僕とコルヌと国王、王妃の四人だけになっていた。
音が全く聞こえてこない。国王ラウルムが音場の狼に命じて部屋の内外の音を遮断したからだった。これほどまで厳重にするのにはわけがあった。
「本当によいのだな?」
「前にあんなこと言った後で申し訳ないとは思ってますけど」
僕が国王ラウルムにした提案、それは僕がイグニスの代わりに王子としての公務をするということだった。
元々外見の似ていた僕とイグニスだったが、僕がレグルスを受け入れたことによってますますそっくりになっていた。
サノーや身近な人の目は誤魔化せないかもしれないが、国民からは道を歩くだけですっかりイグニスと間違えられるようになっていたし、イグニスの死を知らなければすり替えに気づかないだろうと思った。
「やっと戦が終わったっていうのに、実は〈
「しかし、それではお前はゼノとしてではなく、イグニスとして生きなくてはならなくなる。自分が他の誰かとして見られるのは嫌なのではないのか?」
「嫌じゃないって言ったら嘘になりますけど、国王様やフロースが僕を知ってくれてるならそれで構いません。僕はフロースのことも、〈
「つまり、イグニスとして生きることは己が願望を叶える手段だと、そう言いたいのか?」
「はい」
国王ラウルムは深く唸り、王座に背中を預けた。王妃が感動したと言わんばかりにロバ鼻をグスグス言わせて涙を拭っていた。
コルヌが心配そうな目で僕を見ている。問題ないと僕は視線を振った。
「一つ聞かせてもらいたい。ずっと聖女様の神殿で暮らしてきたお前が何故そこまで〈
「それならどうして僕を息子として受け入れるなんて言ったんですか? 筋が通らないじゃないですか」
「そうすること以外に俺は罪の償い方を知らないのだ。ここにいれば何不自由ない生活はさせてあげられる。王家の一人として誰からも愛され、敬ってもらえる。しかしそれは、身分にすがりついただけの独りよがりの詫びにすぎない。俺がこうして国王の座に君臨出来るのは偶然妖王族の家に生まれたから。ある意味、とても無責任なやり方だとも言える」
何を謙遜しているのだとラウルムの狼が叱った。王としてはあまり褒められたことじゃないのかもしれないが、この人は温かい人なんだとわかった。
「僕は、イグニスの生きたこの国が好きだから。国王様は知らないかもしれないけど、僕はイグニスと仲がよかったんです。喧嘩別れになってしまいましたけど、元々は何でも話せる仲でした。そんなイグニスが命を賭して守ろうとした国だったら素敵に違いない。僕がイグニスの遺志を継いで守ることも意味があると思ったんです」
「なるほど。そういう気持ちなら納得だ。しかし、驚いたな。あれほど卑屈で俺の目を見ることすら出来なかったお前がそこまで堂々と出来るようになるとは」
レグルスのお陰だと思う。あの時散々貶されなければ、僕は僕であることを認めることは出来なかった。
そして、イグニスが大事で、イグニスからも認められていたということを実感することは出来なかった。
行儀よく伏せていたレグルスが立ち上がり、僕の前に立ちはだかった。立派なたてがみをなびかせ、勇猛な獅子は試すような眼差しで僕を見た。
「我輩から物申したいことがある」
「何?」
「この国の王子になるのなら、その奥ゆかしい言葉遣いはやめることだ。我輩の宿主に上品さはいらん。気高く、屈せず、熱い情熱を持った男であること、これが我輩を宿す者としての絶対的な条件だ」
「わかった。イグニスみたいに堂々と話せばいいんだな?」
「それともう一つ。自分のことは俺と呼ぶこと。フロースも言っていたように、イグニスは自分のことを意識的に俺と呼んでいた」
「ああ、そうだったな。わかったよ。今日からまた俺でいく」
レグルスが何を言いたいのかはわかった。
僕はイグニスとの違いを主張するように僕と呼ぶことに拘っていたんだ。
けれど今となっては自分の呼び方くらい、ちっぽけな話だ。
「レグルスよ、お主もゼノがイグニスとして生きることに賛成してくれるか?」
「当然だ。我輩は王家の人間に仕えることが最上の喜びだからな」
レグルスが認めてくれたんで、僕を散々冷えた目で見ていた国王様の妖霊も受け入れる気になってくれたらしい。
そこで、あの、とコルヌが手を上げた。国王ラウルムが発言せよと許可を出した。
「国王様、イグニスのすり替わりを知らない人がいない場だったら、イグニスのことをゼノって呼んでもいいよね?」
「構わん。俺もそうするつもりだった」
「よかった。それから、ゼノにも僕からも一つお願いが……」
コルヌは言いにくそうに両手を握り合った。背中を押すようにコルヌの妖霊が励ました。
「ゼノ、王妃様のことがあまり好きじゃないみたいだけど、それを顔に出すのはやめて欲しいんだ。王妃様はとても優しいお方だから、大切にしてほしい」
「あ、うん。わかった」
国王ラウルムが狼の口を豪快に開けて笑った。最後の最後にこんな恥ずかしいお願いをされるなんて。
未だにあのロバ顔はどうしても目を背けたくなってしまうんだが、頑張って慣れていこう。イグニスの母親なんだし。
「フロースの即位式は明後日と言ったな?」
「うん。そうで……じゃなくて、そうだよ」
「話し方は俺を真似していればそのうちらしくなってくる。〈
「来てくれるんだ?」
「未来の家族の晴れ姿は目に焼きつけておかねばならんだろう?」
それはつまり、フロースとの関係を認めてくれるということか。
あれだけ〈
「それに、その場で停戦宣言もするとなれば、〈
「ありがとう、国王様」
「お前もそのうち王位を与えねばならんな。二人で新しい国を作るのなら、俺が最高権力を握っていては何かと不都合になる」
今日はなんて嬉しい日だろう。今までの人生からは想像出来ないほど、僕は幸せだった。
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