第22話 天秤の傾き(後編)

 秘宝を求める者よ、私の試練を受けなさい。星の悪戯に躍らされた女の野望を読み解きなさい。


 ペンナに連れられて星の神殿に行き、いつものように無事を願って聖女像に祈りを捧げる。その後、明刻になるのを待ち、神殿の奥へと足を進めた。

 神殿にはこれまでよりも強敵が多く巣食っていて、俺とフロースで協力して倒さなければ進めなかった。


「そういえば、あのノートを調べた結果を話さないといけないわね。まだ三分の一しか進んでないけど、イタクラ ユウヤが何を研究していたのかはわかったわ」


 途中で休憩している最中、フロースが口を開いた。


「読めたのか?」

「結局、あれも〈太陽ソル〉の光で見えるようになる文字だったから、懐中電灯に慣れてきたらわかるようになってきたの。彼は〈命源ポエンティア〉について研究をしていた。大学時代の専攻が宇宙物理学だったこともあって、宇宙とエネルギーを結びつけた内容だったわ。えっとね……。〈命源ポエンティア〉は風みたいに星の周りを循環してて、その軌道を予測することが出来たら人工授精とか万能細胞とか遺伝子工学とか使わないでもクローンを作り出せるみたいなことが書いてあったわ。要するに、今でいう輪廻の法則ね」

「一万年前からもう解明されていたのか?」

「ええ。彼が言ったのは理論というか仮説なんだけど、ネズミを使った実験では成功していたらしいわ。なんでも、超電導技術とかで強力な磁場を発生させたり、時空転換装置で人為的に時空にひずみを作ったりして、エネルギーの流れを操作してたとかなんとか書いてあった。まあ、余程ひねくれてるのか説明は全然わからなかったけど、イタクラ ユウヤって人はとんでもなく優秀な科学者だったってことはわかった。歴史に名前が刻まれていないのが不思議なくらい」


 一万年前、俺達の生きている今よりも文明がずっと進んでいたという時代、そんな遠い昔に俺達の当たり前が作られていた。

 改めて凄いなと思う。

 サノーが作ってたヘリコプターや風の神殿で見つけた生物コンピュータとか見ても、俺には仕組みがサッパリ理解出来ない。


 宵刻はあっという間に訪れた。今回は運が悪いことに狭い何もない部屋に閉じこめられることになった。

 一応隈なく調べたが、壁に文字が彫られていることも、何か埋め込まれている様子もなかった。

 することがないので、俺はフロースと一緒にノートを読むことにした。

 俺が読み上げて内容を一緒に考える、そんなことを小一時間続けると、一ページだけ全く何も書かれていないページが現れた。

 めくる時に二枚重なってしまったのかもしれないと最初は気に留めなかったが、次のページを見て空白のページが仕切りのためのページだと理解した。

 その先からは別の分野の内容が書かれていたからだ。


「時空転換装置……? さっきフロースが言ってた実験道具の一つだよな?」

「そうね。イタクラ ユウヤは一度輪廻の法則の研究をやめて、こっちの装置の開発に携わるようになったみたい」

「なんでまた。さっきの研究だって途中って感じだったじゃないか」

「気が変わったんじゃない? 天才が何を考えてるかなんて知らないもの」


 ノートにはこう記されていた。


 我々が生きている空間は三次元。しかし、宇宙は十一次元だという。

 我々には知覚することは出来ないが、その多次元空間は三次元の中にも存在はしている。

 時空転換装置は三次元空間の中に埋まった多次元空間を無理矢理押し広げることで三次元間を繋ぐトンネルを作る物で、瞬時に物を遠くに送信することが出来る。

 SF映画でいうところのワープ装置と考えればいい。

 当時の時空転換装置には不完全な点があった。それは物質をやりとりする座標がきちんと定まらないこと。

 これを克服すれば他の星に人が行き帰することも可能となる。地球上の空気を送り込んで人間の住める環境を作ったり、熱のやり取りをすることで地球上の天候を制御出来るようになったりすると期待されている。


「なんだか、夢物語みたいだな……。これが現実にあった技術だったなんて」

「神霊でもさすがに瞬間移動は無理だものね。驚いたわ」

「一応、これも宇宙関係の研究ではあるんだろうけど、やっぱりなんで急に方針転換したのかはわからないよな」

「まだそこが気になるの? イグニスって時々、変なところにこだわるよね」


 このノートが語るのは何もラピスのことだけじゃないはずだ。

 風の神殿で得た秘宝にはユウヤの恋人が記録されているわけだし、著者のことも知っておいた方がいいと俺は思う。


「ふわあ……。眠くなってきたわ。私、もう、寝る」

「ああ。おやすみ」


 フロースは猫のように背中を丸めると、すぐに寝息を立て始めた。

 まもなくアルスが現れた。

 夕べから会っていなかったから、あの後映像から何がわかったのかまだ何も教えてもらってない。

 アルス自身も話したくてうずうずしていたらしく、全身から聞いてくれオーラを醸し出していた。


「あのツバサって子、先天的な遺伝子の病気を患っていたんだ。発症したのは十三歳の頃。体の老化が異常に早くなって、子供でもおばあちゃんみたいな姿になってしまう恐ろしい難病だって。ずっと特効薬がなくて、発病した子は皆子供のうちに老衰して亡くなってしまうらしい。で、老化現象は遺伝子にあるテロメアの減少によって引き起こされるんだけど、当時研究段階にあった薬によってその減少をストップさせることが出来たんだ。その代わり、彼女はそれ以降ずっと十七歳の姿で生きることを余儀なくされた」

「それじゃあ、あの子はもっと年を取っているのか?」

「本当は三十前らしい。驚くよな」

「そりゃあ驚きだな……。んで、病は不老化の薬のお陰で克服したんだよな? なら、なんであんな病院の中で生活してたんだ?」

「実は、遺伝子の問題は克服したんだけど、他の問題が出てきたんだ。電気虫の話を覚えているか? あの電気虫はテロメアの減少を止めても、〈命源ポエンティア〉を注入しなければ遺伝子が破壊される異常現象が起こった。ツバサは元々十何年かしか生きられない体だった。本来の寿命を無理矢理伸ばされたことで、ツバサにも同じことが起こっていたんだ」

「つまり、遺伝子がバラバラになっていくってことか?」

「そう。でも、当時の技術ではまだ〈命源ポエンティア〉を人体に注入する設備はなかったし、どこから持ってくるかで倫理的な問題があったんだ。人に注げる〈命源ポエンティア〉は人から採取した〈命源ポエンティア〉だけ。種を変えてしまうと、この前のフロースの実験で急に死んだセミみたいなことになってしまう。しかも、〈命源ポエンティア〉は余命と同じだから死に際の年寄りじゃなくて若い人間を殺さないと十分な量が確保出来ない。というわけで治療は進められず、ツバサには症状を抑える薬を投与する延命処置が取られていた。それでどうにか命を保っていた状態。恋人のイタクラ ユウヤとは大学で出会ったらしい。しかも、当時ワコクでトップレベルの大学だ。それぞれ専攻は違ったけど、研究の話で盛り上がるんで仲睦まじかった。そして面白いことに、時空転換装置の研究を始めた頃とこの映像の撮影した時期は被ってる。お前らは読み飛ばしてるけど、ノートには必ず日付が書かれているからこれは確実な情報な。ベイコクに渡った理由は、時空転換装置の設備がベイコクにしかなかったせい」

「そうまでして時空転換装置に手を出した理由は?」

「知るかよ。全く、ユウヤって男が冷たすぎて俺は腹が煮えくり返りそうだぜ。ツバサは応援してるけど、心の中は寂しさでいっぱいだった。俺、ユウヤって男が許せない。死が近づいてるんなら、そばにいてやれよって思う」

「アルス、もしかしてだけど、ツバサに惚れたんじゃないのか?」


 アルスがドキリとした顔をし、固まった。

 大きな翼が半分開いた状態で微かに震えているのが見える。その後頬が赤らみ、ウロウロ歩きながら落ち着きなく翼をバタバタし始めた。


 うわ、わかりやすい。


「よせよ。一万年前の少女なんだぞ」

「俺は何も言ってねえぞ」

「言わなくてもわかるから」

「悪いかよ。わかった。お前、ツバサが〈赤霊峰マウント・ルーベル〉で一万年も眠ってるから不気味だとか思ってるんだろ。お前、サイテーだな。だったら訊くけど、彼女の存在に罪があるのか? さっきの映像を見ても、何も感じないなんて、人の心があるとは思えないな。あんなに寂しさを押しこめて、病を克服しようと頑張ってるのに。お前には失望したよ」


 思っていたよりマジだ。こりゃあ、無神経なことは言えないな。


「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。謝るから」

「だったら、この映像を見ろ。そしたら俺の言ってることがわかる。悲しそうな横顔は見てるだけで泣けてくるぜ」


 そう言って俺のブレスレットを勝手に操作し始めた。暫くすると、画面にツバサが映し出された。

 いつもと同じように笑顔で、こちらに向かって手を振っている。


「今日は妙厳〇八年十一月二十一日。今日、ユウヤから手紙が来て、研究の内容を教えてもらったよ。ユウヤ、時空転換装置を使って〈命源ポエンティア〉の研究がしたかったんだって。

 ターゲットは宇宙空間を漂ってる〈命源ポエンティア〉。

 どうしてテラ周りにある惑星には私達みたいな高等生物が存在しないのか、〈命源ポエンティア〉の存在の有無って観点で調べたかったんだって。本当、ユウヤは凄いことを考えるよ。尊敬しちゃう。


 一昨日の夜、なんだかよく眠れなくて、ユウヤにね、メッセンジャーで長めのテキストを送ったの。そしたら、宿題だって言って問題を渡された。

 読むね。『ここに命を測れる天秤がある。観測対象の君を左皿に乗せたとする。天秤を釣り合わせるためには、右皿には何を乗せればいいか。但し、観測者は俺とする』。

 普通ならね、命の重さは寿命と一致するの。でも、それは観測点を宇宙に設定した時の話で、一人の人を基準にすると浮力が生じて観測結果が変わるんだってユウヤは言ってた。どういう意味か訊いたら、動いている電車の中から見たら止まっている外の風景の方が動いて見えるのと同じことだって。

 私達は命を持った存在だから、人を基準にした時に得られる値は全て相対値。『傾動天秤理論』、天秤の軸は観測者によっていくらでも左右にずれて、釣り合う点を勝手に変えてしまう。


 言いたいことはわかるよ。でも、私はやっぱり私の命を寿命でしか測れないし、さっきの質問に答えるなら左皿に私を三人乗せて、それで右皿に普通の人を一人乗せることしか考えられない。私の体はそもそも二十五年しか生きられないように出来てた。延命措置を取っても、三十年が限界。

 そんな人の命が重いわけないじゃない。

 それどころか、私は誰の役にも立たないで死を迎えるんだから、毎日真面目に仕事をしている人と比べたら私が五人いても釣り合わないでしょう。


 ねえユウヤ、アナタは何故私にこんな問題を出したの? アナタは何がしたいの?

 私、残された時間少ししかないのにどうしてベイコクなんかに行っちゃったの?

 私を一人にしないでよ……。


 あ、ううん。違うの。ベイコクに行ったことは責めてない。ユウヤの夢は私の夢だから。ただ、この問題の答えの出し方がわからなくて困惑してるってことが言いたかっただけ。ヒントが欲しかったの。

 駄目だよね。研究なんて答えはないし、ヒントなんて自分で見つけなきゃいけないんだから。研究者としても失格だな、私……。

 ……何が言いたいのかわかんなくなっちゃった。今日の日記はここまで。おしまい!」


 画面が消える。アルスはすっかり興奮しきっていて、思わず翼を広げて飛び立っていた。


「な? 不気味だなんて気持ちは吹き飛んだだろ?」

「まあ……。ユウヤもなかなかえぐい質問をするもんだな」

「同感だ。その映像にユウヤが現れなくてよかったよ。でなきゃきっと、その板切れを叩き割ってる」

「ユウヤは一回も映ってないのか?」

「ああ。それだけワコクに帰ってなかったってことだ。たまに自分の体に宿した妖霊と話してる映像がある。ツバサは彼女と話すことで寂しさを紛らわしているみたいだった」

「その妖霊はって結局誰なんだろう?」

「大方神霊の誰かだと思うぜ。或いは三羽全員か。じゃないと神霊が人の姿をした時、ツバサに外見が似ていることの説明がつかない」


 アルスが言うには、妖気生命体は妖気が何かに宿り、宿主を鋳型にして生まれるらしい。

 なるほど。なら確かに、三羽ともツバサを鋳型にしていないとおかしいか。


「そろそろノートを読み進めないと。アルス、手伝ってくれないか?」

「いいよ。わからない単語があったら訊いて」


 しかし、その後三時間かけてノートを最後まで読んでも見つかったのはラピスの活性を高める方法だけだった。どこにも破壊方法は書かれていない。

 取扱いをする上での注意事項とか書いてあれば手がかりも得られそうなのに。

 見落としたんじゃないかと期待して眠い目をこすって再三読み返したが、無駄に終わった。


 手がかりゼロ……。もういい。今日は寝よう。


 きっと最後の秘宝がヒントになるんだ。今は妖獣との戦いに備えよう。

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