魔法of騎士

@bravein

オムライスは世界を救う

「君が、噂に聞く何でも屋か___?」


 そう、あたしに声をかけてきたのは歳の頃なら30代後半ぐらいか。短髪で体格のいい、いかにも軍人というオーラの男だった。

あたしの知人に帝国軍のとある部隊に所属しているやつがいるが、そいつの着ている浅葱色の軍服とは違う緑がかった茶褐色のそれに身を包んだ目の前の彼も、恐らくは帝国軍の軍人なのであろう。部隊が違うとかそんな感じか。

「帝国陸軍一等兵の波瑠部はるべという者だ」

 あたしの憶測を余所に男は手短に名乗ると

「実は、折り入って君に頼みたいことがある」

 軍帽の下から覗く眼光が鋭い光を放つ。

あたしこと水木早亜矢みずきさあやはこう見えても帝都じゃ名の知れた天才魔道士。しかし、どういう訳か世間からは中々評価されず、今はまだこの類まれなる才能を生かした何でも屋を営んでいる。まあいずれは帝国のトップクラスの魔道士になる予定だから、それはいいとして。とりあえず、今は赤ちゃんの子守りから魔物退治まで幅広く何でもやっている。そのあたしに、目の前の彼は依頼を持ち込んできたのであろう。

ごくりと固唾を飲むあたし。一拍の静寂の後、静かなだが確かなる意を決した声音で、彼は言った。

由梨総司ゆりそうしを___暗殺してほしい」


 由梨総司。

 齢二十歳という若さでありながら、二年前の隣国との戦において一軍人としての活躍も然ることながら軍師としてもその才を発揮し帝国を勝利に導くと、その功績により帝国軍の精鋭部隊・竜騎士団りゅうきしだんの一番隊隊長の地位にあっという間に登り詰めた。竜騎士団とは、対魔族·魔物といった異形から帝国を護るべく結成された守護神とも言われる部隊で、そこの一番隊隊長を務める彼は、名実ともに帝国軍内でも最強と謳われている。

___というのは表向き。実際は細身でいつもヘラヘラしていて何考えてんだが分かんない___まあ、見てくれは一般的に美形に分類されるんだろうが、ちょーっとばかり顔がいいからと調子に乗りまくってるお調子者なのだ。そう、あたしの居候先の家主で、先程の知人の軍人がまさに彼のことである。

 その総司を、暗殺してほしいと。

 …まあ気持ちは少し分からんでもないが。いやでも、暗殺とはあまり穏やかではない。

 しかし、波瑠部はるべと名乗ったその軍人の黒い瞳から放たれる光は、決して冗談を言っているようには見えなかった。

「…とりあえず、話を聞くわ。場所を変えましょう」


 帝都の町外れにある場末の、そしてあたしの馴染みの喫茶店。薄暗い店内にはあたしたちの他に客はなく無愛想な店主マスターがカウンター奥でタバコをふかして新聞を眺めている。

「それで、どうして総司を暗殺したいの?」

「…いや、ちょっと待て」

 直球であたしが聞くと、目の前の波瑠部さんは困ったように項垂れながら言った。

「ん?何?どーしたの?総司でしょ?何で殺してほしいのか理由を教えてよ。ことと場合によっちゃやるから。てか、暗殺なんて根暗なことしないで堂々とぶっ倒してあげるわよ」

「えーっと…なんてゆーか、こんな感じになると思ってなかったってゆーか…」

どんと胸を張って意気込むあたしに、波瑠部さんは何故かもごもごと口ごもりながら、チラリと視線を奥の店主マスターに向ける。

「あー大丈夫よ。マスターは。ああ見えて結構、口は堅いから。あと自分に利害の及ばないことに関しては全くの無関心だし」

パタパタも手を振りながらこたえるあたし。波瑠部さんは少し不服そうに眉間に皺を寄せたが、小さく息を着くと、声を潜めるようにして事の次第について語り出した。

「___…あれは、忘れもしない今から十五年前のことだ。当時六歳だった俺たちは尋常小学校で…」

「…ちょちょちょ、待って待って待って」

出だしからいきなり意表を付かれて思わず立ち上がって話を止めるあたし。

「? なんだ?」

「十五年前で六歳って…あなた、もしかして二十一歳?総司とタメってこと?」

「そうだが」

何が疑問なんだ、と言わんばかりに片眉を潜める波瑠部さんに、あたしは次の言葉を口に出しそうになったところで押し黙った。

見えない!ハッキリ言って今、あたしの目の前にいるのはいかついおっさんだ!良く言えば、体格もがっちりしていて顔つきも厳格で、軍人らしいっちゃらしいのだが、実年齢が思ってた以上に若かったことに驚きを隠せない。とはいえ、いくら男性とは言え、初対面のそれも依頼主になるかもしれない人物に向けて「老けてるね」とは当然言えず、次の言葉は飲み込んだ。

「話を続けるが…」

あたしが席に着いたと同時に再び話し始める波瑠部さん。

「俺と由梨総司との出会いは、先程も言ったが尋常小学校だった。

当時の俺は、こう言っちゃなんだが、周りの同級生よりも大人びていて運動神経も良い方だった。そのせいか何かと学年ではリーダー的なポジションにいた。そう…そして、あの日。今思えばあの日から俺たちの因縁は始まっていたに違いない」

少し遠くに目を向けて語るが、ぶっちゃけるとあたしはこの時点で既に嫌な予感しかしていなかった。

「その日、クラス対抗のドッヂボール大会があった。俺たちのクラスはもちろん優勢。これも自分で言うのも何だと思うが俺の活躍は目覚しいものだった。次々と敵陣を落としていき、最後狙うべきは___」

そこで一拍、息を切る。

つう、と、あたしの頬を汗が伝う。

「狙うべきは___伯爵令嬢で当時から学年一の美少女と名高い和宮姫路かずのみやひめじだった」

「…。」

黙って聞いているあたしに、神妙な面持ちで話を続ける波瑠部さん。

「そう!学年一の美少女を!俺が射止めていいものか!?否!いやしかし!クラスを勝利に導くことが俺の指名だ!しかし相手は女子…いや、学年一の美少女はともかく可愛かったんだ。いや、問題はそこではない。俺は迷った!迷った末に___クラスの勝利のため、と俺は涙を呑んで球を投げた。しかし!最低限、手加減はしたんだ!それをっ、それをっ!」

ダン!とテーブルを拳で叩いて奥歯を噛み締める。とっさに、頼んだオレンジジュースが零れないようにサッとグラスを手に取る。

「何故か俺と同じチームの!それも外野だった由梨総司が受け止めたんだ!何故だ!百歩譲ってあいつも敵チームならばそれも理解できる!がしかし!あいつは俺の味方だぞ!なのにだ!何故だ!何故、敵に情をかけるんだ!女子だったからか!学年一の美少女だったからなのかあああっ!結局、クラスは勝利で終わったが何故かその時、功績としてもてはやされていたのは俺ではなく由梨総司だった!何故だ!何故なんだああああああ!?」

椅子を蹴り飛ばし立ち上がり、地団駄を踏みながら喚き散らす波瑠部さん。この辺りで店主マスターがそっと近くにお盆を置いていってくれたので、あたしと店主は目を合わせて小さく頷き合った。

ひとしきり騒ぎ立てたあとは、冷静さを取り戻したのかコホンと息をついて席に着く。

「___と、いうわけだ」

キッと鋭い眼光であたしを捕らえて、言葉を続けた。

「由梨総司を暗殺してほしい」

「いや、ムリ」

「…。」

即答するあたしに、一瞬の沈黙。そして

「何でだあああああああああ…!?」

「何でもへったくりもあるか!んなしょーもない理由でいちいち暗殺なんかしてたら世の中生き残りをかけたデスゲームになるわ!」

「それだけじゃない!それだけじゃないんだ!」

声をはりあげて言い返すあたしに、波瑠部さんはブンブンと首を横に振った。

あたしがジト目で見やると彼は再びコホンと息づいて続ける。

「それだけじゃない。俺と奴との因縁。そう、小三の遠足で女子に囲まれて弁当交換をしてもらってる奴に俺は親切心から『そんなにたくさん食べれないだろう。少し食べてやろうか』と声をかけたら、『いや、普通に食べれるし』とまるでダメだこいつ、こいつはダメだと言わんばかりの表情で言ってきたこと!小六の終わり頃には俺が想いを寄せていた女子から告白されていた!初等教育が終わってからは、奴は飛び級で大学までとっととあがってしまったからもう関わることはない!せーせーしたと思ったのも束の間!今度は俺の許嫁の誕生日に花を贈ってきたんだ!聞けば、奴の___由梨総司のファンだと言う始末!あんなに嬉しそうな許嫁の顔見たら殺意沸くわっ!何なんだ!あの女たらしは!しかも!俺は許嫁の誕生日のことはすっかり忘れてて何もしなかったもんだから喧嘩になって婚約破棄されそう…ぎゃぶんっ!」

段々とヒートアップしてきたので、ここで先程のお盆が大活躍。ばぁいいんんっ!と小気味よい音を立てて波瑠部さんの顔面を張り倒す。

「にゃ、にゃにをしゅる…」

「やかましぃ!黙って聞いてりゃ、ただのひがみじゃないのよ!しかも喧嘩は自業自得でしょーが!」

床にぶっ倒れて鼻血を垂らしてる波瑠部さんに一喝。

ううう…と床に膝をついて項垂れるもんなので、あたしは小さく嘆息するとしゃがみこんでその顔を覗き込む。

「…てゆーか、過去に総司がどんだけモテてようが、世の中にはあなたみたいにいかつい…男らしい人が良いって人もいるんだから、あなたの許嫁さんもきっとそうなんでしょ?だったら、ひがんでばかりいないで、ちゃんと大事にしてあげなきゃダメでしょーが。まずはきちんと奥さんに謝って仲直りしなさいよ」

あたしが声をかけるとメソメソしていた波瑠部さんは顔をあげてじっとこちらを見る。

「君はなんて優しいんだ…」

ガシッと手を握ってくる。

おい、コラ。

内心ツッコミを入れつつ、あまりにも図々しいその仕草に対して、あたしが攻撃呪文をぶちかまそうとした、その時

ぶきゅるぅっ。

「あっれぇー。早亜矢、奇遇ですね。こんなところで会うなんて♡」

どこからともなく現れた総司が、踏み潰した波瑠部さんのドタマの上で、にこやかにそう言った。

「…総司、あんたこそ何してんのよ?こんなとこで?」

「市中見廻中です♡ちゃんとお仕事してますよー♡」

ジト目で問うあたしに、やはりニコニコ笑顔で返す総司。

「うっぎぎぎっ…」

その総司の足元で首を絞められた鶏みたいな奇声をあげてる波瑠部さん。あたしははぁとわざと大きなため息をついて、言った。

「どいてあげなさいよ」

「えー。」

思いっきり不服そうに口を尖らせるが、しぶしぶとそこから降りる。波瑠部さんは、がばっと起き上がるとキッと鼻血を流した顔で総司を睨みつけた。

「きっ、貴様っ!よくもぬけぬけと俺の前に姿を現したな!由梨総司!」

鼻血があんまり様にならないようだが、ビシッと指を突きつけて叫ぶ。対して総司はというと、瑠璃色の大きな瞳をパチクリさせて

「…えっ?どちらさまでしたっけ?」

「うがああああああああああぁぁぁ!」

小首を傾げて問う総司に、頭を抱えて喚き散らす波瑠部さん。

もう、いささかめんどくさくなったので、あたしが事の次第を説明する。もちろん、暗殺云々という話しは伏せて。

一通りを聞き終えると総司は腕組みをしながら「うーん」と考え込む素振りを見せるが、あたしは知っている。この顔をしている時の総司は大体何も考えていない。

「分かりました」

シリアスボイスでそう呟く。そして、キリッとした瞳に光を宿して総司は、

「とりあえず、任侠オムライス大盛でお願いします」

店主の方を真っ直ぐ見据えて、そう、注文を入れる。店主も読んでた新聞を折り畳むと「あいよ」と無愛想に返事をして奥の厨房へと姿を消した。

うん。やっぱり。と思うあたしとはよそに、隣でわなわなと震える波瑠部さん。

今にも腰に刺した刀を抜きそうな素振りを見せたので、さすがのあたしもヤバいと思い、ぐいっと総司の首根っこを引っ張って

「ちょっと、総司!一応、あんたの昔の同級生でしょう!そりゃあ、あまりにもちっちゃなことで喚いててみっともないけど、全然全くこれっぽっちも覚えてないにしろ、なんかこー…ねぎらいみたいなの、ないの?」

「早亜矢もさりげなく失礼なこと言ってますよ」

極力ヒソヒソ話をしたつもりだったが全部聞こえていたみたいで、ぐわっと殺気が沸いた。

あたしがなだめるつもりで唱えた攻撃呪文を放とうとした、その時

「任侠オムライス大盛3人前。お待ち」

奥から現れた店主が、そう声をかける。意表を突かれて波瑠部さんからの殺気は消えたが、代わりに困惑気味に店主を見やる。

店主はオムライスをテーブルに並べ終えると誰にともなく、虚空を睨みつけながらきっぱりとした口調で、言った。

「ウチの店で揉め事はやめてもらおうか」

しん。

ドスのきいた低い声が辺りの空気を一瞬で凍りつかせた。元・ヤクザの店主のガチな声音にあたし達は誰ともなく席に着いて「いただきます」と、オムライスを口にする。


そしてこれが、驚く程に美味だった。


トロットロの半熟卵はふわっふわで口当たりが良い。加えて鶏肉のダシがよくしみ込んだ濃い味付けのチキンライス。しかし、決してしつこくなく後を引く。卵とライスの絶妙なハーモニー。まさにキング・オブ・オムライス。ありがとう、卵。ありがとう、鶏。あたし達は夢中で、黙々とオムライスを食した。そして___


「いい店だった」


晴れやかな表情でそう呟いた波瑠部さん。最早、先程までの怒りはどこ吹く風で、オムライスを平らげるとあたしと総司に礼を言って立ち去っていった。


「結局、なんだったんですか?あの人?」

隣からキョトンと問いかけてくる総司に、あたしはがくりと肩を落とす。

「…あんたの女遊びかひどいからとっちめてほしいって言ってきたんだけど、あの様子だともうどうでもいいみたいね」

「えー。心外。私、女遊びなんてしてませんよー」

ぷくっと頬を膨らませる総司を、あたしはその日一番の冷ややかな視線で見やるが、総司は全く気にする素振りもなく、あたしの両手を握りしめてしゃーしゃーとぬかす。

「私が愛してるのは早亜矢だけですから」

口元のケチャップ拭け。台無しだから。

内心でつっこんで手を払った。


突然のことながら、三人分の任侠オムライス大盛りと、それ以前にあたしが頼んでいたオレンジジュースの代金は総司が支払ってくれた。ラッキー。


余談だが、後日、店主が言っていた。波瑠部さんは無事に婚約者さんと仲直りをしたらしく、二人で仲睦まじくオムライスを食べに来たと教えてくれた。

さすが、喫茶店『任侠』の店主マスターだ。


めでたし。めでたし。

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