第8話:あなたは、今までに転生させてきた人数を覚えていやがりますの?(その5)

「所長さん、感謝申し上げます。私自身、僭越ながら元執事の立場として、お嬢様は転生などされずに今の人生を生きられた方が良い、と旅の始まりからずっと考えておりましたから…」

「いえいえ。最後に決断されたのはアイラさんご本人ですから、礼には及びませんよ」

「改めてお伺いします。あなたが今までに転生させてきた人数は、本当に0人なのでしょうか?」

「やはり、あなたは聡明なお方ですね。ですが、その回答については、ご想像にお任せしたいと思います。今まで、転生したい、という方は数多く見てきました。しかしながら、重要な病気などで死期が近いなどの場合を除いて、実は本心から転生をしたいとは願っていなかった、あるいはその覚悟がなかった、というパターンが大多数なのが事実です。つまり、いずれも、ご自身で転生をやめる最終判断をくだされた、という事です。この観点から言うとすれば、『わたしには人を転生させるスキルがあるが、誰も転生しようと思わなかった』といったところでしょうか」

「今おっしゃった『重大な病気の方』を転生させたことは、あるのではないですか?」

「それもご想像にお任せしましょう。ただ、わたしに言えるのは、副所長がカリラさんのお母様だった、という事だけです」

「なるほど…そういう事でしたか」

「さて…そこまでお話しましたので、今度はわたしの話に耳を傾けて頂きたいのですが…よろしいかな?」

「ええ、もちろんです。何でもおっしゃってください」

「では…。急なお願いで大変驚かれるであろうことを承知でお話します。キルホーマンさん、あなたは、わたしの後任になるつもりはありませんか?」

「後任…ですか。それはつまり『南のお告げ所』の所長職を、ということでしょうか?」

「ええ…その通りです」

「それは無理でしょう。『南のお告げ所』には数多くの優秀な人材がいると拝察します。所長のポストを狙っている人たちが納得しないでしょう」

「『南のお告げ所』は公的な研究機関であり、集まってくる人物はいずれも自分の研究分野で成果を出す事を目的にやってきます。ですので、そもそもリーダーに向いている人材には乏しく、さらには、そういった出世競争に興味がない人間ばかりなのが事実です。下手に役職が付けば、研究に割ける時間が減りますからね。給料が大きく変わるわけでもない。『南のお告げ所』は常に次のリーダーを探しているのですよ」

「私に組織のトップは務まりませんよ。根っからの執事体質ですからね。それに、どちらかと言えば私も研究者体質です。役職よりも研究室と研究費を頂いた方が幸せになれます。もし、どうしてもトップに置かれたいのであれば、お嬢様を置いてさしあげてください。それであれば、私もお嬢様の補助としてお役に立てるかもしれない、という検討の余地があるというものです」

「アイラさんをですか…。それはまた一興かもしれませんが…」

「お嬢様はまだ若く、人間としても未熟な女性ですが、私をはじめとしたチームを惹きつけ、あるいは率いて来たのは事実です。スキルを軽率に濫用することに対するリスクは身をもって知ってらっしゃるし、転生を夢想しなければならないほどのコンプレックスも克服してきました。そして、チームメンバの多くはお嬢様のスキルや人柄によって救われてきたのも、また事実です」

「なるほど…キルホーマンさん、あなたは、彼女にリーダーシップとしての素質があると、そうおっしゃりたいのですな?」

「リーダーシップ…とは少し異なるかもしれませんね。ひとつ言えるのは、お嬢様がスキル者としても人間としてもこのまま成長を続けていかれるのであれば、私は命を賭してお嬢様にお仕えし続けるでしょうし、それは副所長候補のカリラさんやポートエレンさんも同様なのではないか、ということです」

「わたしには、アイラさんが所長たる人材であるか、現時点ではわかりません。ですが、あなたの言葉を信じてみたい、と思い始めておりますよ」



「あ~あ、ですわ」

「どうしたのさ、アイラちゃん」

「だって、旅が終わってしまったんですもの。みなさんと離ればなれになるのはなんだか寂しいですし…あたくしもこれからの身の置き方を考えなくては…ですわ」

「アイラちゃん、急に現実的になったね…」

「ゴブおじとラフロイグさんは、これからどうされるおつもりですの?」

「俺たちか? 俺たちは、しばらく、街と『南のお告げ所』を往復することになりそうだ。開店の準備が必要だし、例の丸薬の開発や仕入れも必要になってくる。『南のお告げ所』にもスイーツの販路を確保する手もあるしな。『南のお告げ所』としても、新商品である丸薬や紅茶類の卸先が比較的大きな近隣の街の店舗だというのは、渡りに船のはずだ」

「カリラちゃんとエレンちゃんはどうされますの?」

「ボクたちは、しばらくはおじさんとラフロイグさんのお店でご厄介になるつもりです。『南のお告げ所』との交流は当面続けることになりそうですから、所長さんとのコミュニケーションも継続できそうですしね」

「あたしはまだ、副所長になる話には納得していないからね。でも…おフクロの事について、もっと調べてみようと思っているよ。おフクロのスキルで助けられた人たちの話もきいてみたいし…」

「キルホーマンはどうされるの?」

「私はしばらく『南のお告げ所』に残るつもりです。所長さんにお伺いしたのですが、私のパラメータ確認スキルは過去に深く研究された方がいらっしゃるようで、いろいろと応用が利くそうなのです」

「応用…ですの?」

「パラメータをうまく組み合わせることで、スキルをコーディングしたりエミュレートしたりできるそうです」

「なんだか難しい話ですのね」

「ふふふ。まあシンプルに言えば『パラメータのスキルにひと手間加えることで、他のあらゆるスキルを使えるようになる』かもしれない、ということです。たとえば、瞬間移動のスキルだってパラメータ確認スキルで組み立てられる可能性があります」

「そ、それって凄いことではないですの?」

「もとからそのスキルを持っている方に比べれば手間はありますけどね。『南のお告げ所』から最初の街に戻るにしても、再び旅をして戻るのにかかる時間よりも、スキルを開発して瞬間移動を会得するのにかかる時間のほうが少なくて済む、という算段です。まあ、住処は引き払ってきてしまいましたから、そもそも最初の街に帰る必要性はないのですが…」

「な、なるほど…ですわ」

「お嬢様はどうされるおつもりですか?」

「キルホーマンが一緒に来てくださるなら、お父様のもとに戻る事も考えていましたの。受け入れて頂けるかはわかりませんけど…」

「ご主人様のもとに…ですか。確かにそれは、ひとつの道かもしれませんね。お嬢様はすでに、罪人ではないのですから。ですが…所長さんは、お嬢様にも『南のお告げ所』に残って欲しがっていましたよ」

「あたくしに…ですの? それはなぜかしら」

「そうですねえ…。おそらく所長は、我々のチームを『南のお告げ所』の存続や発展に活用したいのだと思います。カリラさんの件もありますが…。所長さんは私に、研究室と住処と潤沢な研究資金の提供を約束してくださいました。いかがです? しばらく、私の助手として働かれてみるのは」

「あたくしが…キルホーマンの助手…。そ、そうですわね…なんだか…面白そうですわ!」

「おっ! という事は、なんだかんだで、これからも全員ヨロシクって事だよね」

「ふん。気に食わんが、どういつもこいつも結婚式に招待してやる程度の親切心を、どうやら俺は持ち合わせているようだ」

「えへ、なんだか楽しみですね、これからの色々なことも」

「オバサン、あたしも今後は毎日メイドだから、化粧のやりかた教えてほしいな」

「もちろんですわ。そうと決まったら、さっそく化粧品を買いに、くりだしますわよ!」

「やれやれ…。みなさんの人生の旅は、ようやく始まった、という事ですね」

「あら、キルホーマン、あなたの人生も、ですわよ」

「第2、第3の人生の始まり…いや、それもすべて、生まれてから地続きの私の人生であり、みなさんの人生でしたね…」


                      おしまい

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アイラさんは男の娘に転生したい。 ぼを @Bopeep_16

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