第8話:あなたは、今までに転生させてきた人数を覚えていやがりますの?(その2)
「まさか、いきなり所長さんにお会いできる事になるとは、思いませんでしたわ…」
「所長、と言えば、この施設のトップの方になるわけです。カリラさんのおかげなのは間違いないでしょう」
「あたしのおフクロがそんな立派な人間だったなんて、知らなかったよ…。だって、あたしを産んですぐに死んじゃったから…」
「それは仕方がない事でしょう。でも、お母様の血はカリラさんに引き継がれているのです」
「あたしなんて、まだまだ子供だし、何もできないのに…」
「カリラ、お母様のことで、カリラがコンプレックスを感じる必要はないと思うよ。せっかくお母様のことを知っている所長さんに会えるのだから、お母様のことを色々ときいてみたらいいと思うよ」
「そ…そうだよね。ありがとう、エレン」
「しかし解せんな。この施設がどのような経済理論において、孤立しつつ発展できているのか。まるで要塞都市ではないか」
「ラフロイグさんは、やはりそこが気になりますか。国家機関であれば多額の税金が投入されているのは間違いないでしょうが、独立国家のような様相もあります。物資の補給や外部との情報のやりとりも、なんらかのスキルを活用して秘密裡に完結できる仕組みがあるのかもしれません。言ってしまえば『巨大な大学』なんでしょうが、管理を間違えると反乱分子になり得るでしょうから、所長はそれなりに君子であると推察しますよ」
「なるほど。攻撃魔法系の優秀なスキル者が数名いるだけでも、国家転覆を狙える可能性がある、というわけだ」
「そうならないためにも『南のお告げ所』への出入りは厳重ですし、スキルが使える場所も限られているのでしょうね」
「キルホーマンにラフロイグさん、口を閉じてくださいましね。おしゃべり中に申し訳ないですけど、まもなく所長のお部屋につきますわ」
「よく、いらっしゃいました。ここまでは長旅だったでしょう。さ、お座りください」
(キルホーマン、この方が所長さん…ですの? お上品な白髪と白髭のおじい様ですのね)
(ながらく所長を勤められているのかもしれませんね)
「お飲み物をお出ししましょうか。ちょうど、新しい種類の紅茶が入っています」
「新しい種類の紅茶ですって? ぜひお願いしたいですわ」
「ははは。では、お淹れしましょう」
「所長さん、その新しい種類の紅茶、というのは、どこか異国からの輸入品なのでしょうか? それとも『南のお告げ所』の中で作られた新種なのでしょうか」
「ほほう。いいご質問だ。お答えしますと、これは『南のお告げ所』の中で開発した新種の紅茶ですよ」
「なるほど…という事は、『南のお告げ所』では、スキルの平和的な利用も模索されているのでしょうか?」
「平和的、という言葉が出るという事は、あなたがたは当施設の主目的が軍事的なスキル運用であると思われている、ということでしょうな」
「国家安全上、このような施設が軍事目的でスキル開発を行うのは、当然だと認識しています。ですので、逆に平和利用がされている事に驚きをもっております」
「あなたは賢いお方だ。であれば、わたしも婉曲表現は避けるべきでしょう。その通りです、この施設の主な目的は、国家の外敵に対する軍事力の確保です。といっても、実際に戦争をしかけるためではなく、スキルを収集して機密とする事で、他国が攻めてくるのを防ぐ意味合いが最も強いです。つまり、防衛ですね」
「相手の軍事力が未知数であれば、リスクを負ってまで戦争をしかけようとは思わない、という事ですね。よく理解できました。ここ長らくの平和が維持されているのは、ひとえにこの施設の存在が影響しているのでしょう」
「その通り。所長の立場としては、常にその解釈です。とは言え、他の国々も似たような施設を運営しているという話は耳に入ってきますので、万一戦争が起これば、お互いに未知数の軍事力をぶつけ合う事になります。それは避けなければならない」
「ねえ所長さん、全ての国が、逆に『南のお告げ所』のような施設を作らなければ、戦争は起きないのではないですの?」
「そう願いたいのが本心ですが、なかなかそうもいかないのが現実ですよ。どの国だって、自国にない他国の資源や文化、土地がうらやましかったりするものです。貨幣は交易を円滑にし、交易は文明の発達を手助けしたかもしれませんが、そこには同時に格差も生まれます。格差は教育水準の差を生み、多様性の受容をはじめとした相互理解は難しいものになっていきます。現在の世界情勢では、軍事力のない国は容易に攻め込まれてしまうでしょう」
「な、なんだか難しい話ですのね…」
「いえいえ、ですので、最近は集めたスキルを平和活用しよう、という動きが活発なのです。たとえば、この紅茶のような新種の農作物の開発を行ったり、今からお見せするこちらのような、一部のスキルを閉じ込めた商品を開発したり…」
「スキルを…閉じ込める…ですの?」
「ええ。ごらんなさい、今、カップに注いだ水は、常温の水です。ここに、このビンから取り出したこちらの小さな丸薬を投入しますと…」
「あら!? 一瞬でお水が沸騰しましたわ…」
「…で、適温になったら茶葉を投入すれば、だれでも簡単に紅茶を淹れる事ができます」
「…なるほど、理解した。爆炎スキルをなんらかの手法で丸薬に封じ込め、液体に触れたときにスキルが発動するように設計しているのか」
「その通りです。この丸薬は、種類を増やして、今後、市場に出していこうと思っていますよ。購入した人は、自分にスキルがなくともスキルの恩恵を受けられますし、商品開発にたずさわったスキル者は、この商品の売り上げの一部を受け取れる仕組みです。さらに一部は『南のお告げ所』の運営資金になります」
「ラフロイグちゃん、この技術があれば、アイスクリームを保管するのに困らないんじゃないかな?」
「俺も同じ事を考えていた。氷結スキルを封じ込めた丸薬で氷室を作る事ができれば、毎日新しくアイスクリームを作り直す必要はなくなるかもしれん」
「ところで所長さん、『南のお告げ所』は多くの場所でスキルが無効化されている認識です。特に、あなたのような重要人物のいる部屋はそうでしょう。しかしながら、そのスキルを封じ込めた丸薬が使用できるのは、なぜでしょうか?」
「あなたは本当に勘が鋭い。実は、この部屋はスキル封じをかけておりません。これには二つの意味があります。ひとつめは、それだけ信頼した人間にしか入室を許していないこと、そしてふたつめは、並大抵のスキルではわたしに被害を与える事はできない、ということです」
「…2つ目の理由については、なるほど、と言うしかありませんね」
「さ、紅茶がはいりましたよ。どうぞ、召し上がってください」
「わあ、ステキな香りの紅茶ですのね。クンクン。いくつかのフレーバーが重なっているような感じがしますわ」
「お嬢さんはよい嗅覚をお持ちのようだ。その通りです。スキルを活用して、通常では難しい、果物など複数の種類の交配を行った茶葉ですから」
「オ、オレ、せっかくだからスキルを使っちゃおうかな」
「あ、ゴブおじ、あたくしのもお願いしますわ」
「オジサン、あたしのも頼むよ」
「よもや、お前が俺を忘れる事はあるまい」
「わ、わかったよ! 全員やってあげるから、待ってな」
「ほう、あなたは紅茶の香りを強くできるスキルを持っているのですか?」
「う、うん。紅茶だけじゃないけどね」
「めずらしいスキルですな。よろしければ、後で少しお話をお伺いしたい。発芽前の植物にそのスキルを使う事はできないか、丸薬に閉じ込める事はできないか、などです」
「おや、所長さん。香りを強くするスキルの登録は、既に『南のお告げ所』にはあるのではないのでしょうか? 受付のお嬢さんから、私たちのスキルはいずれも既知であり『南のお告げ所』にとって無価値だとお伺いしましたが…」
「なるほど、誤解があったようですな。既知である事と、現在においてそのスキル者が在籍している事は別です。そして基本的には軍事的観点から価値のある、あるいは脅威となるスキルについて、受付では主に判断しております。しかしながら、その様子ですと、商品開発の観点でのスキル者募集についても、受付で判断する事を検討しなければならないようですな」
「ええ、ぜひ、平和利用に尽力できるスキル者も受け入れて頂ければと思います」
「前向きに検討させていただきますよ。さて、では、副所長について、つまりカリラさんのお母様の件について、お話を始めましょうか」
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