第5話:キルホーマン…あなたには、そんな過去がありましたのね…。(その3)

「わあ…。すごいお屋敷ですのね…」

「お、オレたち、本当に入っていいのかな?」

「お招きいただいたのですから、遠慮なく入らせて頂ければいいと思いますよ。しかし、お嬢様がおっしゃるとおり、まるでお城のように大きな建物ですね…。この街を牛耳る組織というのは、どうやら伊達ではなさそうですよ」

「グズグズしている暇はない。厚化粧、あそこの門番に声をかけてこい」

「なっ! なんであたくしが…」

「ほう、怖気づいているのか」

「おじけ…づいているのかもしれませんわ!」

「お嬢様、ご安心なさい。門番さんの方から、私たちに気づいてくださいましたよ」

「門番さん! 門番さん! オレたちです! 来ましたよ!」

「ちょっと、ゴブおじ! もう少し慎重にできませんの?」

「やれやれ。私がお話しますから、皆さん少し落ち着いてください。ほら、来ましたよ」

「これはこれは、どうも…。話は伺っておりますが…あなたがたが、カリラお嬢様に歌を歌ってくださるという旅の吟遊詩人のご一行でしょうか」

「吟遊詩人!? エレンくん、聞いたかい? 吟遊詩人だって! かっこいいよね」

「吟遊詩人…。えへ、なんか照れちゃいますね」

「おいメスガキ。勘違いするな。吟遊詩人と高等遊民は同義だ。つまり、ニートの事だ」

「ほらほら皆さん、少し口を閉じていてくださいよ。それで、門番さん、その通りです。私たちが、歌を仰せつかった旅の者に間違いありません」

「やはりそうでしたか。お約束の時間通りでしたね。使用人に案内に来させますので、しばらくこちらでお待ちください」



「ご足労頂き、本当にありがとうございました。お嬢様のお部屋にご案内しますね」

「その『お嬢様』というのは、先ほどの門番さんが言っていた、カリラさんという方ですの?」

「はい、その通りです。カスクバレル様が溺愛なさっている、カリラお嬢様です」

(ねえ、アイラちゃん、こんな屋敷のお嬢様だから、きっと性格悪いぜ)

(ゴブおじ、声が大きいですわよ…)

「うふふ。今日は、お人形さんはラガヴーリンさんではなく、ポートエレンさんがお持ちになられているのですね。ポートエレンさんは顔立ちが女の子みたいだから、お人形さんがよく映えますね」

「そうか。それはめでたい。だが女よ、見誤るな。俺でメスガキが映えるのではない。メスガキで俺が映えるのだ」

「お…お人形さんが…しゃべった…? い…今のは…?」

「も、もちろん、オレの腹話術だよ!」

「で、ですよね…。ポートエレンさんが、あんなに低い声を出せる訳がありませんものね」

(おい、やめろよ! オレの間が持たなくなる)

(ふっ。お前の慌てるザマを見られなくなるのは残念だ)

「それではみなさん、こちらのお部屋です」

「ご案内ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

「わあ…。窓が大きくて明るいお部屋ですのね…。風通りもよろしいですわ…。…あら…? カリラさん、寝てらっしゃいますのね…」

「だいぶ若い娘だね。エレンくんと同じくらいの歳かな?」

「みなさん、どうぞ、カリラお嬢様のベッドのおそばにお寄り下さいな。椅子がありますので、腰かけて下さい」

「…使用人さん…。お気を悪くしたら申し訳ないのですが…。カリラさんは、もしかすると、もうだいぶ長いあいだ、眠り続けているのではありませんか?」

「はい…。お気づきになられましたか。その通りです」

「なんですって? 眠り続けて…って、病気か何かですの?」

「はい…。お話します。どうぞ、腰かけてください」

「どっこいしょっと」

「ゴブおじ…おじさんですのね…」

「では、使用人さん、お伺いしましょうか?」

「はい。カリラお嬢様が、どうして眠り続けるようになってしまったのか…。その一番の要因は、お嬢様のお父様…つまり、カスクバレル様の先代の組合長が、突然、亡くなった事にあります」

「亡くなった…ですの? カリラちゃんのお父様、死んでしまいましたの…」

「はい、その通りです。元々、カリラお嬢様にはお母様がいませんでした。病弱でらっしゃったのもあり、お嬢様をお産みになられてから、間もなく亡くなられてしまい…。ですので、お嬢様にとって、先代はたった一人の肉親であり、かけがえのない存在でした」

「まあ…。それで、ショックで病に倒れてしまいましたの?」

「そう考えていただいて差し支えありません。わたしも詳しくは存じ上げないのですが…倒れたカリラお嬢様を発見した者の話によりますと、自殺を図られたのではないか…とも…」

「…そうだったんですの…。かわいそうに…。で、お父様が亡くなった要因というのは、なんでしたの?」

「…お嬢様、それ以上お伺いするのは、無遠慮というものですよ。お控えになられては…」

「あら、なんでも知りたがるキルホーマンらしくありませんわね。どうかされましたの?」

「…いえ、なんでもありませんよ」

「…いつものキルホーマンらしくありませんわ。ちょっと心配になってしまうではないですの」

「よろしければ…先代が亡くなった理由についてお話します」

「ええ、よろしくお願いしますわ」

「はい。先代は…ギャンブルで命を落とされたのです」

「ギャンブルですって!? 賭け事で命を落とすって…」

「この世界ではそこまで珍しい事ではありません。つまり、お金ではなく、命を賭けて勝負をされたのです」

「そんな…信じられませんわ。だって、命より大切な物って、なかなかなくってよ? 一体、何がありましたの?」

「先代はギャンブルでは負けなしの凄腕でした。各地の豪族と賭け事をしては、その富を手に入れてらっしゃったのです。そんな先代が、ある時、とある豪族の執事の方と勝負をされまして…」

「…勝てなかった、という事ですの?」

「はい…。先代の得意なゲームで何回やっても、一度も勝てなかったのだそうです。自分のお金を全て賭け、組織のお金まで賭け、それでも勝てなかった…」

「なんだかとてつもない話ですわね…。それで賭けるものが無くなって…」

「ご想像の通りです。最後はご自身の命をお賭けになりました。執事の方も、本気で、とは思っていなかった様なのですが…先代はその場で首をくくられたと聞いております」

「な、なかなか生々しいお話でしたわ…」

「もともとカスクバレル様は、先代の娘であるカリラお嬢様を溺愛していらっしゃいました。ですので、このようになってしまってからは、なんとか目を覚まさせたい一心で、色々な事を試しているんです」

「なるほどですわ…。だから、エレンちゃんの歌声で、カリラちゃんの目を覚まさせたい…という事ですのね」

「はい、そうです。美しい歌声で、眠りの中から意識を取り戻したお話は、色々と聞いていますので…」

「アイラちゃん、歌で目を覚ますなんて、昔話とかだよね。でも、オレ、その気持ちわかるな…たとえ迷信だとしてもさ。でも、これはなかなか、責任重大だよ? エレンくんの歌声で、カリラ嬢ちゃんが目を覚ます保証はないもんね」

「はい、心得ています。でも、少しでも、可能性があれば…カスクバレル様は藁にもすがりたい気持ちなんです」

「…ボク、どれだけお役に立てるかはわからないですけれど、カリラさんとカスクバレルさんのために、精一杯歌わせていただきますね」

「ありがとうございます。わたしも、カリラお嬢様の事を思うカスクバレル様が不憫で…カスクバレル様は、今でも先代の仇討ちを考えています。先代を殺したその執事を、許してはおけない…と」

「キルホーマン、あなた、さっきからずっと黙ったままですのね。顔色もよくないみたい。お加減はよろしくって?」

「…はは、お気になさらず…。大丈夫ですよ」

「使用人さん、そう言えば、カリラ嬢ちゃんは何年もずっと寝たきりなんだよね? 食べたり飲んだりしていないのに、どうして生き続けてるんだろう?」

「幸い、組合のメンバーにスキル者がおりまして…。飲食をしなくとも生命を維持できる工夫がしてあります」

「へえ~、そんな便利なスキルもあるんだね。オレなんて何もスキルないのにさ…」

「まもなくカスクバレル様もいらっしゃると思います。もう少し、こちらでお待ちください。是非、カスクバレル様の前で歌い上げていただければと思います」

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