第5話:キルホーマン…あなたには、そんな過去がありましたのね…。(その4)
「みなさん、お待たせしました。カスクバレル様がお見えになりました」
「ど、ドキドキ、ですわ。だって組織犯罪集団のボスでらっしゃるんですもの…。エレンちゃんは怖くなくって?」
「ボクは大丈夫です。お姉さんもおじさんもいますから」
「え、エレンくん、オレの手をしっかり握っていてくれよな!」
(ラフロイグさん、もしも、の話ですが、カスクバレルさんが突如我々に危害を加えるような事が、あるやもしれません。彼に不審な動きが見られた場合、躊躇なく攻撃魔法のスキルを発動してください)
(そうか。キルホーマンよ、俺にはむしろ、お前の方が不審な動きをしているように見えるぞ)
(……)
(案ずるな。承知した)
「あ! いらっしゃいましたわ! さすが、お召し物は豪華だし、恰幅もよろしいですわね…。なにより、巨躯でらっしゃいますわ。偉丈夫とでもいいましょうか。顎に蓄えられたお髭も勇ましいですわ…」
「アイラちゃん、いろいろと難しい言葉を知ってるんだね…」
「いや~、お待たせして申し訳ない。商売柄、ワシ自身が出向かなければならない案件が多くてなあ。仕事を片付けるのに手間取りましたわい。ええっと…」
「カスクバレル様、こちらの少年が、カリラお嬢様にお歌を歌ってくださいます」
「おおっ! 君か! 細いな! 華奢だが、なるほど確かにいい声で歌いそうだ。先代の一人娘のカリラのために、今回はひとつ、お願いしますよ」
「え、ええ。わ、わかりました…。でも、い、痛いです…」
「おっと、申し訳ない。商売柄、相手にかかわらず握手には力が入ってしまうものでなあ。ははは」
(キルホーマン、組織犯罪集団のボスなんて言いますから、もっと怖い方かと思いましたのに、なかなか気さくではありませんこと?)
(…ええ、そうですね…)
「それと…他の方々は…」
「はい、カスクバレル様。こちらのみなさん、旅の吟遊詩人のご一行でらっしゃいます。腹話術や、奇術もお得意なのですよ」
「おお、なるほど! そういう事でしたか。いや~素晴らしい。今日はよろしくお願いしますよ」
「い、痛いですわ!」
「こちらのゴブリンさんも!」
「お、オレはゴブリンじゃないよ! そしてやっぱり握手が痛いよ!」
「こちらのお兄さんも…」
「……」
「あら? お二人とも、顔を見合わせたままダンマリだなんて、どうされましたの…?」
「…カスクバレル様…? いかがされましたか?」
「…お前は…まさか…キルホーマン…!」
「…さあ、どうでしょうか。人違いではありませんか?」
「いや、間違いねえ。みすぼらしい服装ですぐに解らなかったが、お前はキルホーマンだ」
「ねえ、一体どうなさったの? お二人は旧来からのお知り合いでしたの?」
「お嬢様、みなさん、詳しい事は、あとでお話します…」
「後で、か…。へへ。お前に『後』があればの話だがな」
「きゃあ! な、なんですの! 急にナイフを出すなんて…」
「カスクバレル様…一体…どうなさったのですか? カリラお嬢様の前ですよ? 流血ごとは、どうぞおやめになってください」
「…カスクバレルさん、あなたはプロフェッショナルです。素人の、しかも丸腰の人間に対して刃物を向けるのは、あなたや組織の美学に反するのではありませんか?」
「へっ。ふざけてやがる。人殺しのお前の口から『美学』とはな」
「人殺しですって? キルホーマンがですの?」
「あいにくだが、ワシは子供向けの物語に登場するような陳腐な悪役じゃない。無駄な口上を並べてチャンスを失う前に、行動を終わらせるのが流儀だ。あの世で先代に詫びるんだな!」
「きゃあああああああああ! 向かってきましたわ!」
「ラフロイグさん!」
「あいにく俺も、陳腐な悪役じゃない。無駄な口上を並べる前にはスキルの発動を完了している」
「ああ! カスクバレルさんのナイフが溶けて…しまいましたわ」
「な、なんだ、なんだこりゃ? あ、あちち!」
「ふう…。ラフロイグさん、感謝を申し上げますよ。そしてカスクバレルさん、火傷はありませんでしたか?」
「火傷だと…? ふざけるな、キルホーマン。このくらいの傷に痛みなどない。お前に殺された先代の無念の前では、あらゆる痛みは些末なものだ。お前に殺されかけたカリラの無念の前では、あらゆる痛みは些末なものだ…。おお…カリラ…。ぐおお…ぐおおっ…カリラ…」
「カスクバレル様、こちらに腰かけて、落ち着いてください。ほら、涙をお拭いになって…わたしのハンカチをお使いください…」
「なんだって? じゃあ、キルホーマンが、その…先代と賭け事をした執事だったってことかい?」
「ラガヴーリンさん…残念ですが、どうやら、そのようです」
「そんな…キルホーマンが…人殺しだったんですの…? こんな小さな女の子の命まで…? そんな…」
「おい、厚化粧。ショックを受けるのは後にしろ。状況を切り抜ける事に感情を全振りしろ」
「え…ええ…。そうですわね…。キルホーマンの言い分もまだきいていませんし…」
「おい、キルホーマン…。ワシは、先代が死んでカリラが寝たきりになってから、お前を殺す事だけを毎日考えてきた。お前を殺して、無念を晴らす事がワシの生きがいだったのだ…」
「心中お察しします。しかし、ご覧の通り、私たちには強力な攻撃魔法のスキルがあります。当然、カスクバレルの組織の中にも同様のスキル者はいると推察しますが、お互いに攻撃魔法をぶつけあうのは不毛ではありませんか? それ以上に、この場であなたを消し炭にする事の方が容易いかもしれません」
「へっ。相変わらず、血も涙もねえ…。だが、ワシらにはワシらのやりかた、美学というものがある」
「やはり美学…ですか。お伺いしましょう」
「キルホーマン…お前、今度はワシと勝負しろ。ワシと、ギャンブルで勝負するんだ」
「ギャンブルですって!?」
「カスクバレル様、お願いです、おやめください。カスクバレル様が先代のようになられるのを見るのはイヤです…」
「カスクバレルさん、使用人さんがこう言っていますが、それでも勝負をしたいとおっしゃるのですか?」
「ギャンブルで負けた先代の仇は、ギャンブルで返す。お前に刃物が通じないのであればな」
「…なるほど、承知しました。それで、何をお賭けになりますか?」
「言うまでもねえ。お互いの『命』だ」
「…やはりそうなりますか…。わかりました。もし、カスクバレルさん、あなたが勝った場合、私の首をさしあげます。そのかわり、私が勝った場合は、あなたの命はいただきません。情報をいただきます」
「情報だと…?」
「なんの事はありません。街の占い師のギルド長に圧力をかけていただくだけです。それと、命と情報では賭ける対象として不公平です。したがって、ゲームの種類は私の方で指定させていただいてもよろしいでしょうか?」
「それはだめだ。それはできねえ。お前が、どんなイカサマをするか知れねえからな」
「ほう…私が、イカサマをするとおっしゃるのですか…。では、ゲームはどうやって決めますか?」
「うちの使用人に、ゲームの種類を書いた複数枚の札を用意させる。そのうちの一枚を、そこの厚化粧のお姉ちゃんに引いてもらう」
「…公平に…という事ですね…。承知しましたよ」
「勝負は明日の夕方だ。今夜は屋敷に泊まっていけ。部屋は使用人に手配させる。親切心じゃねえぞ。逃げない様にするためだ」
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