第5話:キルホーマン…あなたには、そんな過去がありましたのね…。(その2)

「人形の姿のラフロイグさんがお話をすると、酒場のお客さんたちが驚いてしまいますから、静かにしていてくださいね」

「黙れメスガキ、と言いたいところだが、今のところ正論だろう。俺の意見が必要な場合は、お前に耳打ちをしてお前の口から言ってもらうとしよう」

「いやいや、正論じゃないでしょ。こんな時間、こんなところに、エレンくんみたいな少年がいちゃだめだよ」

「ほう。人間の子供はだめだが、ゴブリンのオヤジは問題ないのか」

「ははん。挑発しようったって無駄さ。だから、今夜オレはエレンくんの保護者がわりって訳さ」

「似ても似つかぬ親子関係に優生学の価値を見出すほど俺も無粋な人形ではない」

「ラフロイグさん、ボクはいつでも、ラフロイグさんの保護者ですからね。えへ…」

「賢いガキだ。俺はそれを否定できない。存分に甘えるとするか…」

「さあさあ、仲良くまとまったところで、本来の目的に立ち返りますよ。情報を集めなくては」

「あたくしたちの街の酒場と雰囲気が似てますのね…」

「まあ盛り場はどこの街でも同じような感じでしょう。残念ながら、店主さんはどうやら、気だるい女性ではなく、男性のようですが…」

「ふふふ。キルホーマンはルイーダさんがお気に入りですのね」

「おや? お嬢様、あの方の名前はルイーダさんではありませんよ」

「はいはい、わかりましたわ。とりあえず、飲み物をとってきませんこと?」

「じゃあ、オレがとってくるよ。みんな何を飲む?」

「私はあまり酔っ払う訳にはいきませんから、ビールをお願いします」

「あたくしは果実酒をお願いしますの…いえ、一緒にとりに行きますわ、ゴブおじ」

「ボクは…お水かな…」

「水かあ…。炭酸水か紅茶があったら、エレンくんはそれにしてあげるよ」

「俺は…」

「おっと、クサレ人形のお前は何も飲めないんじゃなかったのか? へへん、ざまあみろ」

「…話を最後まで聞けないヤツは例外なく不幸になっていい」

「ふっふっふ。じゃあ、行ってくるよ。行こう、アイラちゃん」

「…行ってしまいましたね。何も頼まなくてよかったんですか? ラフロイグさん」

「俺は飲食できないからな。まあ見てろ。ヤツがビールを持って戻ってきたら披露してやる」

「さて…私は、この酒場でどうやってカスクバレル…もとい組合の情報を得るかを考える必要がありますね」

「情報か…。キルホーマンよ、この街の理屈でいくと、この酒場も組合の運営になるんじゃないのか」

「ええ、まず間違いなくそうでしょうね」

「であれば、ここにいる人間ひとりずつ会話を重ねて素性を調べていくのは無駄だ。警戒される可能性が高い。得られる情報も得られなくなるだろう」

「なるほど…。では、ラフロイグさんなら、どういう手を使いますか?」

「そうだな…。まあみてろ。ゴブリンと厚化粧が戻って来た」

「はいはいよ、持ってきてあげたよ」

「エレンちゃん、炭酸水がありましたから、それにしてさしあげましてよ」

「ありがとう、お姉さん」

「おい、ゴブリン。人智の及ぶ限り最大値に癪だが、お前に華を持たせてやる」

「華だって? お前から貰う花なんて、食虫植物か毒花にちがいないよ」

「つまらん洒落に付き合っている暇はない。聞け。今から俺は、この酒場にいる連中のビールというビールを、スキルでキンキンに冷やしてやる」

「ビールを? 一体、何のためにだい?」

「お前のその小さい脳味噌ではたどり着けない交渉術である事は俺も認めよう。ここにいるほとんどの連中は、ビールを常温で飲んでいる。仕方あるまい。この地域では寒い季節でも雪が降ったり氷が張ったりする事はないからな。なら、ビールを冷やしてやったらどうだろう」

「…なるほど。ラフロイグさんは、この場にいる多くの人々に恩を売る事で、我々に情報を話しやすい雰囲気を作ろうとしているのですね」

「その通りだと回答せねばなるまい。だが、俺がやった事にすると場が混乱する。ゴブリンに手柄を譲る事はやむを得まい」

「そうか、それなら、オレにも考えがある」

「ゴブおじの考えですの? …イヤな予感がしますわ…」

「アイラちゃん、まかしとけって!」

「おっと、ラガヴーリンさん、急に席を立たれて、どうされるん…」

「お~い! 酒場のみんな! 盛り上がってるか~い!?」

「「「イェ~イ!!」」」

(ご、ゴブおじ、いきなり何ですの? テーブルの上に立ち上がるなんて…)

「オレたちは旅の者だが、この良き街の発展と良き人々の健康を祈念して、乾杯するぞ~!?」

「「「おぉ~!!!」」」

(おい、クサレ人形。客たちの注意を引き付けたぞ。やってくれ)

(…いいだろう。…よし。完了した)

(オーケー)

「よ~し! じゃあ、みんな~! 乾杯だ~!」

「「「かんぱ~い!」」」

「お、おい! なんだこりゃあ!」

「冷たいぞ! キンキンに冷えてやがる! なにがどうなってやがるんだ!?」

「う、うめえ!! ビールってこんなにうまい飲み物だったのかよ!」

「どうだぁ~! 冷えててうまいだろ~! すごいだろ~。これがオレのスキルだぁ~!」

「「「うおおおおお!!」」」

(おい、クサレ人形、うまくいったぞ)

(…イチイチ俺にコメントを求めるな)

(おい、クサレ人形。次はお前、何かしゃべれよな)

(ふざけるな。メスガキの話を聞いていなかったのか? 人形の俺がしゃべったら酒場の混乱は不可避だ)

(だから、オレが腹話術師の真似事をするから、何かしゃべれってんだよ)

(…なるほどな。そういう事か。)

「よ~し! 次は、芸をご披露しちゃうぞ~!」

「「「おおお~! いいぞ~!」」」

「いいか~!? ご覧にいれるこの人形! 俺たちが旅の途中で、とある魔女から譲り受けた、呪いの人形だぁあ! 近くの者は目にもみろよ~! 遠くの者は耳にも聞けよ~!」

(うふふ、ですわ。その口上はゴブおじのドーナッツ対決の時に聞きましたわね)

「さあ! 呪いの人形よ! その呪われた口で、地獄から這い上がってきた悪魔の言葉を語れ~!!」

「ふん。愚かな人間どもよ。どいつもこいつも間の抜けた顔をしていやがる。貴様らによくよく言っておく。この世の中の人間すべてを焼き尽くし灰塵に帰すにあたり、地獄の炎を使えば何日もかからん。せいぜい徳を積んで生きる事だな」

(あ、ゴブおじ、途中から口が動いちゃってますの…下手ですわね)

(ふふふ、お嬢様、実際に話をしているのはラフロイグさんですから、ラガヴーリンさんはわざと口を途中から動かしたのですよ)

(わざと、ですの?)

「「「ぎゃははははははっ!!」」」

「なんだよ旅人のおっさん! あんたがしゃべってるだけじゃないかよ!」

「途中から口が動いてたぞ~! もっと練習しろ~!」

「おっと、いけねっ!」

「ラガヴーリンさん、お手柄でしたね。これでラフロイグさんが普通に話しても、ラガヴーリンさんの腹話術と思われるだけですから、会話がしやすくなりました」

「そういう事でしたのね! お二人ともお見事ですわ!」

「「「アンコール! アンコール!!!」」」

「アンコールだって? おいおい、オレには何のスキルも取り柄もないっていうのに」

「おい、メスガキ。お前は何かできないのか」

「ああっ! エレンちゃん、お歌を披露してさしあげなさいな! みんな感動するに違いありませんの!」

「えへ、ボクの歌ですか…。いいのかな…?」

「もちろんですよ、ポートエレンさん。あなたに勇気があるなら、テーブルの上にお立ちなさい」

「う…うん。じゃあ」

「さあさあ! 今度はこの少年が歌うよ! みんな静かに、耳を澄ましてくれよな!」

(…本当に静かになりました…。大したものですね、ラガヴーリンさん)

(エレンちゃん! 頑張って!)

「ええと…。では、歌います」

「ほら、拍手! 拍手!」

「「「パチパチパチ」」」

(ああ~…何度聴いても、聴き惚れてしまいますわ…エレンちゃん…)

(奥様の伴奏がありませんが、ポートエレンさんだけでも充分に素敵ですね)

(アイラちゃん、見なよ。みんなうっとりしてるだろ? さっきまで騒いでいた連中には見えないよねえ)

(あっ、終わりましたわ!)

「ええ…っと…。ど、どうもありがとうございました!」

「「「おお~! パチパチパチ」」」

「いいぞ~! それ! エ・レ・ン! エ・レ・ン!」

「「「エ・レ・ン! エ・レ・ン!」」」

「お、おじさん…ボク、恥ずかしいです…」

「エレンちゃん、良かったですわ~。みんな、あなたにメロメロですわよ」

「ふっ。予定通りの首尾だ。メスガキ。褒めてやる」

「予定通り? それはどういう事ですの?」

「ほう。さっそく、俺の罠にかかった女がひとり…か。存外に容易かったな」

「罠にかかった…? ですの? ん? あら? こちらの女の子は…」

「あの…。お話しても、いいですか…?」

「俺は一向にかまわん。話せ」

「うふふ。腹話術、本当にお上手ですね」

「本当に腹話術だと思うのか。めでたい女だ」

「そ、そうなんだよね。オレ、腹話術で食べていた時期があったんだ」

「まあ、道理で…」

「それで、君みたいな女の子が、オレたちに何の用だい? 見た感じ、このお店の従業員さんみたいだけれど」

「ええ。わたしは、普段はお屋敷で使用人として働いているのですが、夕方からはこちらの酒場でお世話になっています」

「お屋敷…ですか。おさしつかえなければ、詳しくお伺いしてもよろしいですか?」

「はい、あなたがたなら、信頼できそうですから、お話します」

(ラフロイグさん、これがあなたの策だったのですね?)

(キルホーマンよ、関心している暇があるならカスクバレルに会う手段を考えるんだな)

「ではお嬢さん、教えて頂けますか?」

「ご存知かと思いますが、この酒場は組合が経営母体になっています。ですので、わたしはカスクバレル様のお屋敷で使用人として雇って頂いているのです。わたしは組合の人間ですから、この酒場でもお仕事をさせていただいているんです」

「なるほど…。よくわかりました。では、今度はあなたのご用件について、お伺いしましょうか」

「はい、ありがとうございます。わたし、今の…エレンさん…? のお歌に、本当に感激してしまって…」

「おっと、エレンくんのファンなら、マネージャーのオレを通してくれよな」

「ちょっとゴブおじ、勝手にエレンちゃんを…やめてくださる?」

「じょ、冗談に決まってるだろ?」

「ポートエレンさんの歌を気に入ってくださってありがとうございます。それで、どうされたいのですか?」

「はい、実は、エレンさんのお歌を聴かせて差し上げたい方がいるのですが…お願いできませんでしょうか?」

「歌を聴かせたい人…ですか。それがどなたなのか、質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。その人というのは…実は、カスクバレル様の養女なのですが…」

「カスクバレルさんの養女…ですか。養女という事は、実の娘ではない、という事でしょうか?」

「はい、そうです。でも実の娘のようにかわいがってらっしゃるんですよ。ぜひ、お願いします」

「そこまで懇願されてしまっては、断るのは外道というものですね。ポートエレンさん、よろしいでしょうか?」

「ボクの歌でよければ、お手伝いさせていただきます」

「…という事です、お嬢さん」

「ありがとうございます! では、明日、カスクバレル様のお屋敷までいらっしていただけませんか?」

「私たちがですか? よろしいのでしょうか? お伺いしてしまっても」

「もちろんです! カスクバレル様が喜びます」

「…そうですか。承知しました。では、明日のお昼過ぎに、お邪魔させていただきますよ」

「おい、どうした、クサレ人形」

「ふん。話がうまく行き過ぎるというのも、存外に癪なものだな」

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