第4話:あなたがた、お人形遊びをしている時間なんてありまして?(その1)

「そうですか、ありがとうございます」

「よかったですわね、キルホーマン。これでとりあえず、祠の管理者に会う事ができそうですわ」

「管理者に会えれば、祠の場所や、占い師についての話も得る事ができるでしょうね。何日もかけてこの集落まで来た甲斐がありました。こういう話は、存外にただの噂で実在しない場合もありますから、確認できただけでも無駄骨ではありませんでしたね」

「でもさ、オレ、ちょっと気になったんだよね」

「ゴブおじ、なんですの?」

「今の、祠の管理者について教えてくれた人、あまり祠の事を話したくなさそうじゃなかったかい?」

「そおかしら? 恋愛成就の占いで大勢が訪れる場所だなんて、ステキではないですの。ねっ、エレンちゃん」

「ぼ…ボクは…。そ、そうですね、ステキだと思います」

「エレンくん、アイラちゃんに振り回される必要はないぜ」

「まあまあ、それもこれも、管理者に訊けばわかる事でしょうから」



「祠…ですか…。確かに、わたしが今の管理者ですが…。あの祠が、どうかしましたか…?」

「私たちは人を尋ねて旅をしているのですけれどね、湖のほとりの祠に住まう占い師が道を示してくださるのではないかと思い、こちらまでやってきた次第なのです」

「ははあ…そうでしたか。こう申し上げるのは心苦しいのですが、それは無駄足だったかもしれませんね…」

「無駄足!? それは何故ですの?」

「今は、あの祠に占い師は詰めていないという事です」

「なるほど…。何があったのか、経緯についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。まず、あの祠の来歴についてからお話しなければなりません。あの祠が、いつからあの湖のほとりに鎮座しているのかは、今となっては誰も知りません。ただ、古くから神託を得るための儀式につかわれていた、という事は、確かなようです」

「神託…ですか」

「キルホーマン、『しんたく』ってなんだい?」

「神託というのは、神のお告げの事です。神官などが儀式を行い、神の声を聞いたりしますね」

「ええ、その通りです。ですので、常に占い師が詰めて占いをするようになったのは、まだここ最近の事です。それまでは、由緒正しき儀式に使うための施設でした。むしろ、その頃であれば、あなたがたが望むようなお告げを得られたかもしれませんね。もちろん、占い師も神託を得る儀式は行っていましたが…その信憑性は不明です」

「さきほど、集落の方から、恋愛占いでの利用が多いというお話を耳にしましたよ。つまり、時が経って、私たちの目的を果たすに足らない俗的な施設になってしまった、という事なのでしょうか?」

「その解釈は、一部は正しいのですが、一部は違います。まるで恋愛占いが目的の祠に堕してしまったのはそのとおりですが、ある出来事の結末として、祠へは誰も寄り付かなくなってしまったのです…」

「ある出来事…ですか…。どうぞ、続けてください」

「祠は占いで繁盛をし、若いカップルや女性がひっきりなしに訪れるようになりました。そうなると、占い師も欲が出たのか、それとも訪問客からの依頼が多かったのか、人形供養などを始めるようになったのです」

「キルホーマン、」

「ゴブおじ、人形供養とは、もう使わなくなったお人形をお祓いして、処分する事ですわ。人形には魂が宿る事があると言いますの」

「アイラちゃん、オーケー」

「人形供養の方もなかなか好評で、多くの人形の供養をしては焼却処分をしていたそうです。ところが…ある時に持ち込まれた人形が問題でした…」

「エレンちゃん、震えているの? 大丈夫? 怖くって?」

「えへ…ちょっと、怖い話かな…って思って」

「管理者さん、これからお話は怖くなりますの?」

「ははは…ええっと…。ちょっとだけ怖いかもしれませんね」

「お姉さん、管理者さん、ボクは大丈夫ですから、お話を続けてください」

「では、続けます。それで、ある時に持ち込まれたのが、とても可愛らしい人形でしてね」

「可愛い人形ですの? おどろおどろしい人形ではなく」

「ええ、とっても可愛い女の子の人形です。あまりにも可愛らしいものですから、祠にやってくる客が喜びましてね、占い師も、供養を延期して祠の中に人形を飾っておくようになったのです。いつしか、人形にはいわくがつき始めました。持ち主は大恋愛の末に結婚した、とか、あるいは自殺した、とか。そうなると人々は人形目当てに殺到するようになります。恋愛占いに箔が付いたと言いますか…。そして、人々が祠から遠ざかるようになったのは、そのすぐ後の事でした…」

「ご…ゴクリ…ですわ…」

「お姉さん、怖くないですか? 大丈夫?」

「だ、大丈夫よ、エレンちゃん」

「ある日の事でした。いつもの様に、占い師は祠にやってきたカップルに恋愛占いを施していました。この頃には、占いの時にその人形を使う事もあったようです。占い師は、やはりいつもの通りに人形を台座に置き、占いの結果を伝えようとした、その瞬間です。なんと…その人形が、カップルに向かってしゃべりはじめたんです」

「しゃべった、だって!? 人形が、かい?」

「お…恐ろしい話になってきましたわ…」

「管理者さん、お人形は、どのような事を話したのでしょうか?」

「詳しくは知らないのですが、おぞましい悪態をついたと聞いています。卑猥な言葉だったかもしれませんね」

「な、なるほどですわ。可愛いお人形が、可愛い声で卑猥な言葉だなんて…なんてことですの…」

「いえ、それが、可愛い声ではなかったのです」

「なんですって? では、どんな声だったんですの?」

「地獄の底から聞こえてくるような、それこそ怪物のような低い声…とでも言いましょうか」

「ひ…低い声…ですの…。聞きたくなかったですわ、そのお話…」

「噂は瞬く間に広まりましてね…。占い師は何とかしようと、人形を何度も供養して焼却処分しようとしました。ところが、火の中に投じても、燃えるどころか火が一瞬で消えてしまったり、錘をつけて湖の底に沈めても、翌日には浮かび上がって来ていたりと、対処のしようがなかったようです。諦めた占い師は、人形を祠に残したまま、この地を去っていきました。それからというもの、祠を訪れるのは一部の怖いもの好きだけになりましたね」

「実際、人形が話をした、という証言は、そのカップル以外にもあるのでしょうか?」

「沢山あります。特に、怖いもの見たさで祠を探検しようという連中からの証言は少なくありません」

「管理者さんは、そのお人形をご覧になった事があるのですか?」

「もちろん、あります。なにより、この私も人形がしゃべっているのを聞いています」

「なるほど…。私が思っていたよりも、この話には信憑性があるようです」

「き、キルホーマン…あなた、なんでそんなに冷静にこんな怖いお話ができますの…?」

「おや、お嬢様、怖いのですか?」

「なっ! なにをおっしゃいますの!」

「ところで管理者さん、その占い師さんの居場所はご存知なのですか?」

「ええ、わたしは管理者ですから、いつでも連絡はとれるように、住んでいる場所は存じ上げております。実を言いますと、恋愛占いを目的に人々が祠を訪れる事は、このあたりの集落にとってありがたい事だったのです。人が集まる観光資源ができたわけですからね。一時期は宿屋も何件かありましたし、土産物屋なんかもありました。今はいずれも廃業してしまいましたが…。もしできるものなら、あの人形の問題を片付けて、また占い師を呼びもどしたいというのが、この辺りの住民たちの願いです」

「なるほど、わかりました。では、私たちが祠の人形の問題を解決できたら、占い師さんに神託の儀式をお願いできるという事ですね」

「祠を調査して頂けるんですか…? それはありがたいですが…。あの占い師が神託を受けられるほどの実力かはわかりませんが、解決の暁には、私からお願いしましょう」

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