第4話:あなたがた、お人形遊びをしている時間なんてありまして?(その2)

「そうなのよ、あの祠に恋愛占いに行ったんだけどね、占いの途中で、急に人形がしゃべりだしたのよ! あたし、本当にびっくりして…」

(キルホーマン、この女の人は誰ですの?)

(管理者さんにお伺いした、最初に人形の声を聞いたという女性ですよ)

(若い方かと思ってましたが、思ったよりトウが立ってますのね)

(おやおやお嬢様、それは失礼ですよ)

「その時の状況について、もう少し詳しくお伺いしたいのです。お話いただけますか?」

「ええ、もちろんよ。人形がしゃべるって噂になったのは、あたしが言いふらしたからなんだよね、きっと。責任感じちゃってさ…」

「それには及びませんよ。その後、何人もの方が人形の声を聞いている、という事ですので、いずれ知れ渡った事でしょうからね」

「あんた優しいね。もしあんたたちが人形の謎を解いてくれるってんなら、あたしも肩の荷が降りるってもんさ」

「ええ。それで、人形はどういう状況で話し始めたのですか?」

「あたしさ、見ればわかると思うんだけど、この歳で独身なのよね。男っ気が本当になくってさあ…。何年ぶりかにできた彼氏に振られちゃったのね。それで、占いなんて信じるタチじゃなかったんだけれど、あの祠に行ったのよね。占い師さんが親切でさあ…あたしの悩みを色々と聞いてくれちゃうのよね。それで勢いあまって泣き出しちゃって、あたし。それで、言ったのよね。『こんな人生だったら、転生してやりなおしたい』ってね」

「転生…ですか…」

「うん、転生。そうしたら、突然人形がしゃべりだしたのよ。あたし、もう本当にびっくりして…」

「人形は何としゃべったのですか?」

「ドズのきいた大男みたいな声で、こうよ。『ほう、転生したいのか。であれば、俺を連れていけ』」

「なるほど…」

「キルホーマン、その人形は転生スキルの能力者を知っているんではないですの?」

「その可能性はありますね。しかし、何故人形が…」

「いやいやアイラちゃん、どう考えても、からかって楽しんでるだけだよ。人形がそんな事を知っているとは思えないもの」

「ラガヴーリンさん、それは実際に人形と対峙してみれば、判明するでしょうね」

「え…お、オレ、おばけとかそういう類は苦手なんだよね…」

「やれやれですわ。ゴブおじも頼りないですわね」

「アイラちゃんに言われたくないよ!」

「まあまあ落ち着いて下さい。それで、祠の場所や、状況についてお尋ねしたいのですが…」

「もう何年も管理されていないと思うから、だいぶ汚れていると思うよ。祠自体はそんなに大きくなくって、扉を開けたらすぐに礼拝所がある感じ。10人も入ればもう満杯ってくらいの広さ。中は昼間でも暗いから、明かりは持って行った方がいいよ。人形は、入って向かいの祭壇に座らせてあるだろうから、すぐにわかると思う。場所は…この辺りの地図を持ってるかい? なければ案内してあげるよ。まあ、中に入るのは、あたしはごめんだけどね」



「あれが祠ですか…。立派な建物ですが、おっしゃる通り、暫く手入がされていなのが見てとれますね。ツタが這ってしまっていますし…埃も酷そうです」

「…お姉さん…なんだか気味が悪いですね」

「エレンちゃんは霊感が強いとかあって? あたくしは幸いにして、鈍感ですの」

「いえ、多分、そういった力はボクにはないと思います」

「オレにもないや。キルホーマンは?」

「私にもありません。とは言え、霊的な力がないと人形の声が聞こえない、というわけでもないでしょう」

「じゃあ、確かに案内したからね。あたしはここで失敬するよ」

「ええ、こちらで充分ですよ。ありがとうございました」

「頼んだよ。気を付けてね。じゃあね」

「…本当に行ってしまいました…ですわ…」

「お嬢様。あの女性も相当怖かったでしょうに、ここまで案内してくださったのです。感謝しましょう」

「よし…じゃあ、キルホーマン、あんたが祠の扉を開けてくれ」

「おや、私がですか? 私はこのランプで中を照らす役割を担うつもりでしたが…」

「ランプなんてオレが持つよ! あ、あんたが先頭でお願いするよ」

「やれやれ。じゃあ、ランプはお願いしますよ」

「ゴブおじ、ランプを持ったまま逃げ出したりするのは禁物ですわよ」

「そ、そうだね。じゃあ、キルホーマン→アイラちゃん→エレンくん→オレの順番で入ろう」

「え、エレンちゃんよりもゴブおじが後ろですの!?」

「じょ、冗談だよ。え、エレンくん、オレが手を握っていてあげるから、一緒に最後に入ろうね」

「えへ、ありがとうございます。じゃあ、お願いします」

「ゴブおじ、エレンちゃんを穢さないでくださる!?」

「酷いなあ、アイラちゃんは。手を握るだけだよ」

「お姉さん、ボク、ラガヴーリンさんに手をつないで貰いたいです」

「そ…そうですの? あ、あたくしがつなぎたかったですのに…」

「では、扉を開けますよ。荘厳な木の扉ですね。よっと。 ギギギギィ」

「あ、開きましたわ…。ゴブおじ、ランプで照らしてくださる?」

「中は…確かに暗いですね…。ああ、燭台の蝋燭がまだ残っていますね。ラガヴーリンさん、ランプの灯を蝋燭に分けていただけますか?」

「う…うん」

「あ、明るくなりましたわ…。確かに広くはありませんのね…壁に沢山貼られているのは…恋愛成就のお祈り札ですの? なんだか下品ですのね」

「ほう、お嬢様はこれを下品と思われますか。私は男女が互いに思う気持ちが結実していて、ステキだと思いましたが…」

「キルホーマンは意外と俗ですのね…。あ! あれですわ…!」

「わあ!」

「きゃあ! な、なんですの!? ゴブおじ、どうしましたの!?」

「い、いや、ごめん。例の人形が本当にあったと思って、思わず叫んじゃったよ」

「もう! しっかりしてくださいまし。それにしても…これが…その人形ですの? なんて可愛い人形ですの…。金髪の長い髪の毛、フリルのカワイイお衣装、青い水晶の目玉に長い睫毛、染まった頬、赤い唇、愛らしいお靴。ちょこんと座って…この人形が怪物みたいな声でしゃべりだすなんて、とても信じられませんわ…」

「ふむ…。ちょっと調べてみましょうか」

「キルホーマン! さ、触ってしまって大丈夫ですの…?」

「ざ、雑に扱うなよな…。いきなりしゃべり出したら、オレ、皆を置いて飛び出しちゃうからな」

「ふふ。それは困りますね。まずは埃を払ってあげましょう。肌も拭いてあげて…と。ちょっと裏返してみましょうか? …特にこれと言った気になる点はありませんね。服の素材も普通の様です。肌も、もしや本物の人間の皮膚が使われているかと思いましたが、そういう事もなさそうですね…」

「お、おいキルホーマン、ちょっと叩いてみろよ」

「叩く…ですか。それは今は止めておきましょう。本当になんともなければ、分解をしてみる、という手は考えていますが…まだ試みたい事があります」

「試みたい事…ですの?」

「ええ、先ほどの女性が言っていたでしょう?」

「さっきの女の人? なんか言ってたっけ?」

「ほら…ゴブおじ…」

「ああ、転生の事か!」

「おっと!」

「ど、どうしましたの? キルホーマン」

「一旦、祭壇に戻します。今…人形の目が動いたような気がしたのです」

「え、エレンくん、オレの手を握っていてくれよな」

「ゴブおじ、完全に立場が逆ですわ…」

「皆さん、少し人形から離れてください…。気のせいでしたでしょうか…何も起きませんね…」

「…何も起きませんわ…。ほっ…ですわ」

「おい、俺に何か用か」

「ぎゃあああああ! しゃべった! しゃべった!」

「い、痛い! おじさん、手を握る力が強いです…」

「きゃあああ! っとあたくしも叫びたいところですけど、ゴブおじ、エレンちゃんの手をはなしてくださる?」

「落ち着いて、落ち着いて下さい、みなさん。静かにしないと人形の声が聞こえませんよ」

「騒がしい連中だ。人形がしゃべる事がそんなに珍しいか」

「め…珍しいよ! だって、本当にしゃべるとは思わなかったもの。だいたい、その声はその人形の容姿に似合ってないよ」

「ほう、お前らはゴブリンを連れているのか。人間とゴブリンのパーティとは。どっちが珍しいのか、どうやら自覚がないようだな」

「ご、ゴブリンだって? ど、ど、どこにいるんだ?」

「ゴブおじ、あなたの事を言っているんですわ」

「な、なんだと!? オレは確かにゴブリンに間違えられる事はよくあるし、その事について腹を立てるのは随分昔にやめたつもりだったけれど、お前みたいな容姿と声がちぐはぐのクサレ人形から言われるのは別だ!」

「そうか。それはめでたい。この祠にも、ついにゴブリンのカップルがやってくるようになったかと祝杯でもあげようと思ったのだがな」

「やれやれ…。まあ、声はアレですし、口も大変悪いですが、話の通じそうなお人形さんで助かりました」

「俺が話がわかるのか、お前たちが話がわかるのか。それを決めるのはお前らじゃない。それに、俺の目が動いたと言ったが、それは勘違いだという事を指摘しなければなるまい。お前はどういう理屈で、人形の目が動くと妄想した? 現に、今、俺の口は動いているか?」

「ええ、そうかもしれませんね。私にも、心のどこかに恐怖が巣くっていたのでしょう。ありもしない幻覚を見てしまったのかもしれません」

「ふっ。一番信用がならないのは自分自身ってわけだ。その理屈からすると、俺がいま話している事自体、お前の幻覚かもしれんぞ」

「ふふふ。ご助言ありがとうございます。さあ、私たちも、いつまでもあなたとこうして問答をしているわけにはいかないのです。遥々、あなたに会いに来たのですから」

「いいだろう。俺に何か話があるのであれば、聞いてやる」

「感謝しますよ。まずお伺いしたいのは、あなたが何者か、という事です。どういう経緯でこの祠にいらっしゃったのですか?」

「どうやら礼儀というものを知らんようだな。どこの馬の骨とも知れん人間とゴブリンに、俺の身の上話をしなければならない理由があるとするなら、まずはそれを伺おう」

「キルホーマン、こいつ、もう焼き捨てちゃおうぜ! いいかげん腹が立ってきた」

「まあまあ、落ち着いて下さい。管理者さんの話が本当なら、このお人形さんに火はききませんよ」

「そ…そうだった…」

「お人形さん、大変失礼しました。私たちがなぜここにやってきたのか、からお話をしましょう。まず、一言で言ってしまえば、私たちは…私を除いてですが…全員、転生をしたくて旅をしているメンバーです」

「…ほう…。転生とは聞き捨てならんな」

「転生したい理由はそれぞれですし、お互いにその深い理由を知りませんから、なぜ転生をしたいか、についてのお話は御遠慮させていただきます。ただ、転生をするために『南のお告げ所』というところを尋ねて旅をしています。なぜなら、そこに行けば、転生のスキルを持った能力者と会う事ができる、という事のようですから」

「…なるほど…」

「さて、お人形さん。私たちの事をお話しました。今度はあなたの番ではありませんか?」

「…いいだろう」

「感謝申し上げます」

「…俺は元々人間だった。ちょっと色々あってな。こんな女の子の人形に乗り移っちまった」

「人間でしたの!? 人形に乗り移るって…そんな事が可能ですの?」

「俺が嘘をついていなければ、それは可能という事だ。お前が今、見ている通りだ」

「そ…そうですけど…」

「とあるスキル者のせいでな…。とんでもない目に合わされたものだ」

「な…なるほど…。どなたかの、悪意あるスキルで人形に乗り移っちゃったんですのね…。同情しますわ…」

「同情か。同情するだけの余裕があるなら、そこのゴブリンに同情してやるんだな」

「こ、コイツ! まだ言うのかよ!」

「この人形の姿は、自由に動けないから快適とは言えない。こうして話す事はできるが、自分で移動する事はできない。まあ、飲食や排泄が不要だったりするのは、なかなか便利だがな。だが、悪趣味なフリルの服装についてはそれなりに耐えがたい苦痛だと言っておかねばなるまい」

「へん! 一生その体に閉じこもってろ!」

「一生か。それもよかろう。だが、残念ながら俺がこの人形に乗り移ってから、まだ、そう何年も経っていない筈だ。この祠の占い師のもとにこられたのは幸いだった。元の体に戻る情報を得られると思ったからな。だが、俺は肝心な事を失念していた。『戻るべき俺の体は、既に失われてしまっている』とな」

「なんだか…不憫になってきましたわ…」

「おさしつかえなければ、体が失われてしまった理由について教えて頂けますか? お役に立てるかもしれません」

「役に立てるかも…か。それはそこの陰気なメスガキが今から王城に乗り込み屈強な兵士どもを八つ裂きにした上で姫君をさらって結婚に至る事が不可能であるのと同等に意味がない事だ」

「め、メスガキですって!?」

「おい、厚化粧、勘違いするな。お前の事じゃない」

「厚化粧ですって!」

「アイラちゃん、このアホ人形が言っているのは、エレンくんの事だよきっと」

「え、エレンちゃんになんて事を言うんですの! こんな可愛らしい男の子に…」

「お、お姉さん…ボクは何を言われても大丈夫ですから」

「お人形さん、続けて頂けますか」

「いいだろう。つまり、俺の体は既に死亡したと判断されている。その後、火葬されたか土葬されたかは知らんがな」

「お前なんか、鳥葬がお似合いだよ!」

「鳥葬か。それも悪くなかろう。死んでしまった自分の体の事になど興味はないからな」

「なるほど…。あなたがその体から元の体に戻る事ができない理由を理解できました」

「失敗だったのは、恋愛占いにやってきたある女が、転生したい、などと言い出した事だ。男ができず一生独身であるのであれば、人生をやりなおしたい、とな。俺は今は人形だ。だが、転生できれば人間に戻れるかもしれない。そんなくだらない希望を、不覚にも抱いてしまった。下手に話かけてしまったのは俺の失態だ。あとはお前達も知っている通りだ。俺はここでもうずっと、転生スキルの能力者を探している。お前らも転生スキル者を探しているのだろう。なら話が早い。利害が一致した。俺を連れていけ」

「利害が一致だって? ふざけちゃいけない。オレたちがお前を連れて行くメリットは何かあるのかよ」

「メリットか。では、これでどうだ?」

「あ、あちちあちち! やめてくれ! 黒焦げになっちまう!」

「きゃ、きゃあ! ですわ!」

「お姉さん、こっちです、早く離れて! お、おじさんが燃えちゃった…どうすれば…」

「これはいけない、爆炎のスキルです。早くやめさせなければ…」

「なんだ。冷やして欲しいのか。遠慮するな」

「こ、今度は吹雪ですわ!」

「やめておくれよ~! 凍っちゃうよ!」

「お人形さん、そのくらいでやめて頂けませんか? あなたのスキルについてはよく理解ができました」

「いいだろう。ゴブリンなどいつでも殺せるからな」

「ふ、ふう…助かった…。ち、畜生! このバカ人形が!」

「ゴブおじ、もうやめておいた方が身のためですわ…」

「ご覧の通りだ。俺には強力な攻撃魔法のスキルがある。連れて行って損はない」

「…いいでしょう。少なくとも、転生スキルの能力者を見つけるという共通の目的を果たすまでは、あなたが私たちを攻撃するメリットはありませんしね」

「そういう事だ」

「しかし、あなたを連れて行くには、誰かが常に持たなければなりませんね…」

「お、オレはいやだよ、こんなやつ」

「安心しろ。俺もゴブリンに体を預ける趣味はない」

「あ…あたくしは…」

「ボクが持ちますよ、お人形さん」

「え、エレンちゃん、大丈夫ですの? 確かに、エレンちゃんが持てば、お人形も映えますけど…」

「ええ、お姉さん、大丈夫です」

「メスガキか…。気に食わんが、この中では最もマシな選択肢だと言わねばなるまい」

「では、ポートエレンさん、お願いしますよ。さあ、これで祠の件は解決しました。お人形さん、あなたが転生のスキル者の情報を何もお持ちでなかったのは残念でしたが…とにかく、管理者さんに報告をして、占い師のもとに参りましょう。『南のお告げ所』について何かご存知かもしれませんし、そうでなくとも神託の儀式をお願いできるかもしれませんからね」

「占い師か…。いいだろう、任せておけ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る