第3話:あたくしの特殊スキルを、1回だけ解放しますわ!(その5)

「どの娘も、なかなかやりますわね…」

「アイラちゃん、少し酔いがさめたみたいだね。よかった、よかったよ」

「今の歌はタンバリンのリズムがよかったですね。祭りにふさわしい元気になれる歌でした」

「ちょっとキルホーマン、何を言ってやがりますの? 他の娘を褒めるのはエレンちゃんへの背徳行為ですわよ!」

「おや、いよいよポートエレンさんの出番の様ですよ」

「お、出てきた出てきた。あれ? 宿の奥さんじゃないか。伴奏の為に、わざわざ来たのかな」

「そのようですね。さあ、始まりますよ。静かに聴きましょう」

「いいねえ、奥さんのマンドリン。あれ? ブズーキだっけ?」

「…ああ、なんてキレイな歌声なんですの…。ステキすぎて、酔っ払ってしまいそう」

「アイラちゃんは、まだ本当に酔っ払ってる」

「みなさん、聴き入ってらっしゃいますね。さっきまでお祭り騒ぎだったのに、水を打ったように静かになりました。これは素晴らしい力ですね」

「…エレンちゃん…。これは、優勝間違いなしですわ…」

「確かにね、女の子のかっこうで歌うと、エレンくんの声は完全に女の子の声だよね」

「おや? …んん? お嬢様、ポートエレンさんの様子が少し変ではありませんか?」

「そ…そうね…。なんだか急に苦しそう…」

「あ! エレンくん、咳き込み始めちゃったよ」

「これはいけない…あ、口を押さえていますね…あれは…血? 血でしょうか」

「ええ! そんな、大変ですわ! エレンちゃん!」

「お嬢様、ラガヴーリンさん、私たちも、かけつけましょう。これは、コンテストどころではありませんよ」



「エレンちゃん、とりあえず落ち着いたみたいでよかったですわ…」

「みなさん、ポートエレンを部屋まで運んでくださって、本当にありがとうございました」

「…奥様、ポートエレンさんは、何か重い病気を患っているのではないですか?」

「え…ええ…。わたくしも詳しい事は本人から聞いていないのですが…彼の言葉はいつも、そう遠くない自分の死を覚悟しているようなところがありましたから…」

「喀血は今回が初めてなのでしょうか?」

「さあ…それは、わたくしにもわかりません。ですが、ポートエレンが血を吐くのを見たのは、わたくしは今回が初めてです」

「なるほど…」

「みなさん、ポートエレンの面倒をありがとうございました。そして、申し訳ありませんが、これでお引き取りください。この病は、伝染する病かもしれません。彼の事は、わたくしにお任せください…。このまま、目を覚まさないかもしれませんが…」

「キルホーマン、エレンちゃんの病名や症状を数値化で確認することはできませんの?」

「無理ですね。私は医者ではありませんから…。ですが、それが死に至る病かどうかは確認ができます。しかし…さて、どうしましょうか」

「どうしたんだい? キルホーマン」

「私の特殊スキルで見えるパラメータの中で、私が普段から極力確認しないようにしているものが2つありまして…。そのうちの1つを確認するか、悩んでいるのです」

「キルホーマン、それってなんですの? あ…まさか…」

「ええ、お嬢様。その1つというのは『その人の残りの寿命』です。つまり、ポートエレンさんの残りの寿命を確認する事で、死に至る病かを判断できます」

「寿命…ですの?」

「正直、これは禁じ手です。私も今までの人生で、他人の寿命を特殊スキルで確認した事は、そう何度もありません」

「なんだって? キルホーマン、あんた、そんなものまで確認できるスキルを持っているのかよ!? お…オレなんてスキルなんにもないんだぜ」

「奥様、よろしいでしょうか? ポートエレンさんの雇い主は奥様ですから、確認するにしても、あなたの許可を得てからにしたいと思います」

「ポートエレンの残りの寿命…ですか…」

「少なくとも、今、このまま死んでしまうのか、まだ生きられるのかの判断はできると思います」

「そんな…エレンちゃん…。あたくし…知りたくないですわ」

「奥様…いかがされますか?」

「…ええ…わかりました。ポートエレンの寿命を確認してあげてください…」

「…承知しました。それでは…」

「き…キルホーマン、どうですの?」

「エレンくんは長生きできそうなのかい?」

「…なるほど。とりあえずは安心してください。今回の喀血で、このまますぐに死んでしまう、という事は、どうやらなさそうです」

「…そうですか…。ありがとうございます。少し安心しました」

「ただ…このまま目を覚まさない可能性はあるかもしれませんね…」

「そんな…ですわ! それでは、エレンちゃんは死んでしまったも同然ではないですの」

「…お嬢様、私との約束を覚えていらっしゃいますか?」

「あたくしと…キルホーマンとの約束? なんですの?」

「ラガヴーリンさんのドーナッツ勝負の時に、賭けをしたでしょう」

「賭け…。あ、ああ、そうでしたわね。あたくしが負けたんでしたっけ」

「負けたら、どうされるとおっしゃいましたか?」

「負けたら…? あ…あたくしのスキルを…キルホーマンの為に使う…でしたわね…」

「その通りです。さあ、お嬢様、そのスキルを、私のために使ってください」

「い…イヤですわ! たとえ卑怯者と言われたとしても、嫌なものはイヤ…ですわ」

「聡明なお嬢様ならおわかりでしょう? 私のために、ポートエレンさんの夢を覗いて欲しいのです」

「夢を覗くだって? アイラちゃんのスキルって…一体なんなんだい?」

「あたくしのスキル…」

「お嬢様。お嬢様がなぜスキルを封印したのか、については、この場でおっしゃる必要はありませんよ」

「え…ええ、そうね…。あたくしのスキルは『眠っている人の夢の中に入って、干渉すること』…ですわ」

「なんだって? それって…つまり…」

「そう、あたくしは、エレンちゃんの夢の中に入る事ができますの…」

「お嬢様、勇気をふりしぼってくださったことに、お礼を申し上げますよ。もう一息です。今、ポートエレンさんを起こす事ができるのは、お嬢様しかいないのです」

「そ…そうね…。こんなに可愛いエレンちゃんの為ですもの…。わかりましたわ…。今回限り…ですわよ。あたくし、エレンちゃんの為に封印していたスキルを解放しますわ」」

「それで充分です。この不憫な少年を救ってあげてください」

「キルホーマン、あたくしが夢の中にいる間、あたくしの体を頼みますわよ。無防備になってしまいますし、あたくし一人の力では起きられない危険性もありますから…」

「心得ておりますよ、お嬢様」

「で…では、はじめますわ。エレンちゃん、ベッドの隣に失礼しますわよ」

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