第2話:ゴ、ゴブリンと旅を共にするつもりはなくってよ!(その3)
「いや~、ありがとう。審査に立候補してくれて」
「ご立派でしたよ、ラガヴーリンさん。手つきが素人のそれではなかった」
「で、大丈夫ですの? 例のスキルはちゃんと使ったんですのね?」
「もちろんさ! まあ、使わなくてもオレの勝ちは確定だと思うけれどね」
「審査はどうやって行いますの? あたくしたち、ドーナッツを食べられますの?」
「さあさあ! 前に並んだ11人のお客さんたちに、順番にドーナッツを食べてもらい、美味しいと思った方に投票をしてもらうよ! 2つの大皿に積み上げられたドーナッツ! それぞれ、どっちが作ったかはわからないようにシャッフルさせていただきました!」
「お嬢様、どうやらそれぞれの皿のドーナッツを試食して、最後に多数決をとる方法のようですね」
「どっちの皿がゴブおじのドーナッツか、あたくしたちにもわからない、っという事ですわね…。これは緊張しますわ…」
「それでは! 審査員の皆様、順番にドーナッツを手にとり、試食を開始してください」
「は、始まりましたわ!」
「温かいうちに、私たちもいただくとしましょう」
「モグモグ、ムシャムシャ、ですわ!」
「お嬢様、あまり急いで食べると喉につかえますよ。それにしても、なかなか判断は難しそうですね。わずかに、こちらの方が甘さが控えめで素材の味を楽しめるような気がしますが…」
「え? どちらですの? というか、しまったですわ。どっちがどっちかわからなくなってしまいましたわ! これは、もう一つずつ食べるしかありませんわ!」
「おやおや…。お太りにならないよう、ご注意下さいね」
「う~ん。どっちも美味しいですわ」
「そろそろ審査も終わったころでしょうか!? では、審査員の皆様は観客から見えるように横一列に並んでください。そう、はい、そう、そこ、そう、並んで、並んで、はい!」
「こっちまで緊張してきましたわ…」
「ラガヴーリンさんの表情もかたいですね。でも、私もお嬢様も、どちらのドーナッツがラガヴーリンさんのかわからない限り、自分の舌を信じるしかないでしょう」
「あなたの特殊スキルで、どっちがゴブおじのドーナッツか、わかるのではなくって?」
「さあ、どうでしょう。もしわかるとしても、それをするのはラガヴーリンさんに失礼というものです」
「では、審査員の皆様、合図とともに手を上げてください。いいですか? よござんすね!? では、まず、左の皿のドーナッツの方が美味しかった、という方! おっ、いち、に、さん…3人。では、右の皿の方が美味しかった、という方! …は、残りの8人ですね!」
「おや、意見が一致しましたね。私もお嬢様も、右の皿の方に投票をした」
「怖くてゴブおじの顔を見られませんわ…」
「というわけで、右の皿のドーナッツの勝利です! この皿のドーナッツを作ったのは~…」
「ど、ドキドキ、ですわ…」
「結果がわかりますね…」
「…カフェの店主でした~! 挑戦者ラガヴーリンの敗北が決定しました!」
「ゴ…ゴブおじ負けてしまいましたの…?」
「残念ながら…そのようですね。そして、思ったよりも大差での負けでした」
「へん! ざまあみろ、このクソ従業員のラガヴーリンめ! てめえ、勝負に負けたら、どうするか、覚えてるだろうな!」
「…ち…ちくしょう…。オレが負けるなんて…。オレが、負けるなんて!」
「お、おいこら、てめえどこいきやがる! 戻ってこい! まだ『ごめんなさい』を聞いてないぞ!」
「おっと。これはまずい事になりましたね。お嬢様、彼を追いかけましょう」
「ここが…ゴブおじの住居ですの?」
「おそらくそうでしょうね。先ほど、一階の住民の方にお伺いした限りでは、屋根裏部屋に下宿しているようです」
「屋根裏部屋…。ゴブおじにおあつらえ向きですわね…。独り暮らしなのかしら」
「建物はこの間取りですから、屋根裏に家族で住むには窮屈でしょう。でもまあ、そのあたりはあまり詮索するのは止しとしましょう。さあ、この階段を登れば屋根裏部屋ですよ」
「扉をノックするのが、ためらわれますわね…」
「ラガヴーリンさん、ラガヴーリンさん、いらっしゃいますか? ドンドン」
「キルホーマン、あなた、こういう時、節操ないですわね…。感心してしまいますわ」
「はいはい、どなたかご用かな…っと。なんだ、あんたたちか」
「ラガヴーリンさん、心配になってお伺いしましたよ」
「それはどうも、ありがとう。まあ、あんな負け方をしたんだもんね…。よかったら、中に入りなよ。お茶くらいご馳走するよ」
「わあ…。屋根裏、なんておっしゃるから、陰気でジメジメして暗い場所かと思っていましたけれど、採光窓からの陽射しがなんて明るいんですの。それに、大きな調理台に竈、煙突…。ステキなお部屋ですわ」
「ゴブおじの淹れた紅茶…とっても美味しいですわ…。顔に似合いませんのね」
「おいおい、酷い事を言わないでくれよ! っと言いたいところだけれど、もう慣れっこだからノープロブレムだよ」
「お元気そうで安心しました。あの状況でしたから、落ち込んでいらっしゃるかと…」
「落ち込んでる、落ち込んでるよ! でも、オレはこれからの事も考えないといけないからね」
「その前向きな生き方は、見習わなくちゃ…ですわ」
「その、これからの事、ですが、どうされるんですか? 本当に、カフェをおやめになるんですか?」
「うん、カフェはやめるよ。そう言いきっちゃったしね。それに、もうこの街にもいられないしね」
「そんな…。ただのドーナッツ勝負に負けただけですのに」
「へへ…。大見栄を切っちゃったしね。それに、オレには護るものも残すものもないから。ところで、そう言うあんたたちは、何を目的に旅を続けているんだい?」
「私たち…ですか。私たちは、ある特殊スキルを持った人物を探して旅をしています」
「ある特殊スキル? どんなスキルだい? 火炎系のスキルなら、オレも是非あやかりたいねえ。火起こしも火加減調整も楽そうだもの」
「ご期待に沿えず申し訳ございませんが、私たちが探しているのは『人を転生させる』スキルを持った能力者ですよ」
「転生? 転生…ねえ。それはつまり、今の人生をやめて、全く新たな体でやりなおしをする、という事だろう? そんな特殊スキルを持った人が、本当にいるのかな? それに、そんな、人生をやり直したい程の悩みをもった人が、君たちの身近にいるのかい?」
(お嬢様、彼に、正直に言ってしまってもよろしいのですか?)
(…)
「悩みは…尽きませんわ」
「…まあ、人の悩みは目には見えないもんね。さあさあ、悩んでいる時は、転生よりも、甘いものさ。甘いものはすべてを解決するよ」
「甘いもの!? ケーキでもご馳走してくださるんですの?」
「よかったら、もう一度オレのドーナッツを食べてみてくれないか? オレのスキルの効果を評価して欲しいんだ」
「なんだ…またドーナッツですの…」
「実は、私もドーナッツについては、気になっていました。ラガヴーリンさんのスキルを使う前と使った後の違いを比較したときに、実際、どちらがより美味しいのか」
「キルホーマン、それはどういう意味ですの?」
「ラガヴーリンさんのスキルは『甘さを追加する』でしょう? 甘い事と、美味しい事は必ずしも両立しませんからね」
「ああ、なるほど。だからオレは、逆にスキルを使っちまった事によって、負けたかもしれないって事か」
「断言はできませんが、その可能性は否定できないでしょうね。つまり『甘すぎた』可能性があります」
「そうとなったら、早速、作らせてもらうよ!」
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