第2話:ゴ、ゴブリンと旅を共にするつもりはなくってよ!(その3)

「さあ、ドーナッツが揚がったよ。それぞれ並べるから、試食してみてくれよ」

「ええと…どっちがどっちですの?」

「左の皿が、スキルを使う前。そして右の皿が、スキルを使ったドーナッツだよ」

「なるほど…。見た目では、全く違いがわかりませんね…。味はいかがでしょうか」

「じゃあ、いただきま~す、ですわ。まずは、左のドーナッツから。 あ~ん」

「「パク」」

「ど、どうだい?」

「「ムシャムシャ」」

「美味しいかい?」

「ええ、美味しいですよ。でも、今回の目的は、スキルの違いを確認する事ですから、右の皿も食べてから判断する必要があります。では」

「「パク」」

「ど、どうなのさ?」

「「ムシャムシャ」」

「こっちの方が美味しいだろ? おれの自慢のスキルを使っているんだから」

「う…う~ん、ですわ…。正直、違いが…わかりませんわ」

「どっちも同じですね」

「な、なんだって!? そんな事はないよ。だって、ちゃんとスキルを使ったんだもの。も、もう一度食べ比べてみてくれよ」

「それには及びません。私のパラメータのスキルで、両方のドーナッツの甘さを数値化して確認しました。全く同じ甘さです」

「そ…そんな事って…。そんなバカな事があるか…? オ…オレには、実は、特殊スキルなんて、なかったのか…」

(お…思ったよりもショックだったみたいですわね)

(これはいけませんねえ。彼の性格や人生を支えていたのは、特殊スキルがあるという自信だったに違いありませんから)

(不細工で背が低くて太り気味でオジサンでゴブリンにソックリで特殊スキルもないなんて…同情してしまいますわ…)

(同情、と言いながら、何気に酷い事をおっしゃいますね…お嬢様)

(キルホーマンがはっきり言ったのがいけなかったのではなくって?)

「オ…オレには、何のとりえもなかっただなんて…」

「ゴブおじ~。可哀想に、ですわ…」

「なぐさめにはならないかもしれませんが、これだけのドーナッツを作って提供できるだけでも、大したものだと思いますよ。スキルの有無については、あまり深刻に考えないでいただいた方がよいかと思います」

「オ…オ…オ…」

「オ? オ? オ? どうされましたの?」

「オレも転生したい! オレも転生して生まれ変わるぞ!」

「な…なんですって!?」

「ラガヴーリンさん、あなたには、あなたが今まで積み重ねてきた人生がおありでしょう? あまり簡単に転生を判断されるのは…」

「そうだよ、オレには、もう何十年も積み重ねてきた悩みがあるんだ。積み重ねすぎて、とっくにミルフィーユ状態さ。触れたらボロボロに崩れ落ちる。君たちに同情されなくたって、オレは自分の事がよくわかってる。オレは、自分の事をお菓子職人だと思って生きてきた。オレ自身がどんなに不細工で人から疎まれる人間だろうと、お菓子は人を直接幸せにできるからね。そりゃあ、実力はまだまだ全然だけれど…でも『甘くする』特殊スキルは、唯一オレが天から与えられた贈り物だと思って生きてきたんだ。それが…実は違ったなんて…。なあ、オレも連れて行ってくれよ。どうせ、街からは出て行かなくちゃならないんだ。転生スキルの能力者のところに行くって言ってただろ?」

「ええ~…ゴブおじと旅をするんですの? イヤですわ…」

「ひ、ひどいよ、アイラちゃん」

「ちゃ…『ちゃん』ですって!?」

「まあまあ、お嬢様。とりあえず、ラガヴーリンさんの意思を確認できたわけですから、一歩前進ですよ。それに、私たちだって、これからどのくらい続くかわからない旅を進めて行くにあたって、人数は多い方が何かと安心です」

「そ…そんなものですかしら…」

「という訳で、ラガヴーリンさん、私とお嬢様で店主のところへ行き、話をつけてきますね。あなたの気持ちはよくわかりましたし、私も責任を感じておりますので」



「う~む。そうですか…。ラガヴーリンの奴、あなたがたと旅をしたい、と…」

「もし許されるのであれば、私はラガヴーリンさんの気持ちを尊重してあげたいと思っています。しかし、それには雇い主である店主さんの許可が必要でしょう」

「転生…ねえ。まあ、奴の気持ちは解らない事もありませんが…。あんな勝負に負けたくらいで、自信をなくしちまいやがって」

「あたくしはゴブおじに同情しますわ。もしあたくしが、顔が悪くて、背も低いし、小太りでなんのスキルもとりえもないオジサンだったら、今すぐにでも転生したいと思いますもの」

「お嬢様、そのくらいにしておいてあげてください」

「ラガヴーリンの奴…あんなヤツですけれどね、実は期待していたんですよ。いずれ、このカフェを任せてもいいとも思っていやした。でも、ここまでこじれた悩みをどうこうできるものではないでしょう。アイラさん、キルホーマンさん、奴は役立たずでご面倒をおかけするかもしれませんが、是非ご一緒させてやってください」

「よかったですわ!」

「おや、お嬢様、先ほどはあんなに反対なされていたのに…」

「うるさいですわね」

「では、店主さん。ラガヴーリンさんは、私たちで責任をもってお預かりいたします…と言っても、転生に成功してしまえばお戻しする事はできないでしょうが」

「はは。ちがいねえですな。ところで、その転生スキルを持った能力者の居場所、というのは、わかっているんですかい?」

「実は、そこが悩みの種でしてね。『南のお告げ所』という場所にいるという事は解っているんですが…つまり、大したあてもなく南へ南へと向かっております」

「『南のお告げ所』ですか…。もし情報が必要なのでしたら、ちょうどここから2つ南の村で、来週あたりに収穫祭があるって言いますから、そこに行かれてはいかがですか? あの村では、ブドウ踏みの女の子の選抜を、祭りの催しのひとつとしてコンテスト形式で行うそうで、それを楽しみに各地から人が集まるそうです。どうせ南にいかれるのなら、そこで情報を集められるのがよろしいかと。コンテストも一興じゃないですか? 地図をお持ちなら、印をしてさしあげましょう」



「…なんだかんだ、世話になったよ…。このバカ店主!」

「これでお前の顔を見ないで済むかと思うと、せいせいするぜ。とっとと消え失せろ、クソ従業員」

(やれやれ、ちゃんとお別れの挨拶をしていただこうとおもいましたが、結局最後までこんなやりとりになりましたね)

(キルホーマン、これは、仲が良いんですの? それとも、悪いんですの?)

(さあ、お嬢様はどちらだと思われます?)

「餞別だ。持ってけ」

「餞別? おっとっと。投げるなよな。こ…これは?」

「分厚い…ノート…ですわね」

「おいおい…! これ、アホ店主のレシピ集じゃないか。い、いいのかい?」

「侮るな。そんなレシピ、全てこの頭の中にはいっているからな。転生のスキル者など本当にいるのか知らねえし、お前の決意がどのくらい本気なのかもわからねえが、それがあれば露頭に迷う事はねえだろう」

「し…知らないからな。いつかオレが、このレシピ集を使って、あんたの店の隣に、もっと大きなカフェを建てるかもしれないからな」

「望むところだ」

「そのときは、オレがあんたを雇ってやるよ」

「わかったわかった。さっさと行きやがれ」

「おやおや、お二人とも、最後となるかもしれないお別れが、そんな形では遺恨が残るという物です。握手でもされたらいかがですか?」

「けっ! ラガヴーリン、てめえと握手かよ」

「こっちだって願い下げさ!」

「もう! いいかげんにしてくださいまし。ほら、二人とも手を握ってくださる?」

「…ふん。てめえがいなくなると思うと、寂しくなるぜ…」

「…店主、あんたも、元気でな…」

「では、お嬢様、ラガヴーリンさん、参りましょう」

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