第2話:ゴ、ゴブリンと旅を共にするつもりはなくってよ!(その2)
「ねえ、キルホーマン、なかなかいい宿じゃなくって? みてみて、このお部屋、専用の浴室がありましてよ」
「なんだか、かえって彼らに悪い事をしてしまいましたね。先ほどのラガヴーリンさんが言っていましたが、この周辺は火山地帯だとかで、この街には2種類の水道があるそうですよ。川の水を通している水道と、温泉の水道」
「温泉ですって!? この浴室で温泉に入れるんですのね!」
「その、濡れたままの服では風邪を召してしまいますから、早速入られてはいかがですか? 宿の部屋着がありますから、濡れた服は私が洗濯屋に預けに行ってきますよ」
「ええ、そうさせて貰おうかしら」
「おお! 本当に温泉がでますわ。硫黄の香りが…しますわね。でもこのままだと熱すぎるから、川の水の方も出して…と。うん、よし、ですわ。じゃあ、湯舟に温泉が溜まる前に、体と髪を洗ってしまおうかしら…。あら? これ、小窓…かしら。この浴室、少し窓をあけると外の様子が伺えますわね…。風が入ってきていい気持ちですわ…」
「あ、いたいた。この部屋だったんだね」
「きゃ、きゃあ! ですわ! なんですのあなた!」
「オ…オレだよ、ラガヴーリンだよ」
「ゴブおじ…ですの? こんな小窓から堂々と覗きだなんて、信じられませんわ! キルホーマンの爆炎スキルで跡形もなく灰にしてやりましてよ!」
「ご、ごめんよ。ここ、浴室かい? 覗くつもりは全くなかったんだ。濡れた服があったら、洗濯屋に持っていこうと思って」
「それなら、先ほどキルホーマンが持っていきましたわ! だからゴブおじにはご用はなくってよ」
「そうか、それはよかった。じゃ、じゃあ、ここにいると邪魔みたいだから、オレはカフェに戻るよ」
「ええ、是非そうなさって。さようならですわ」
「う、うん。さようなら。あっ! そうだ、忘れてた」
「な…なんですの? まだ何かあるんですの?」
「明日、ドーナッツを作らせてもらえることになったんだ。時間があったら、あんたたちもカフェに来てくれよな」
「ドーナッツ? ゴブおじ自信作の? そ、それはよかったですわね。でもあたくしたちには関係のない事ですわ」
「本当を言うとね、あのあと、店主とまた大喧嘩になっちまってね。『オレの方があんたよりも美味いドーナッツが揚げられる』って言ったら『だったら明日、勝負するか?』ってね」
「つ…つまり、店主と決闘という事ですわね」
「そうそう、ドーナッツ対決。オレの特殊スキルをようやく使う時がきた!」
「なんでしたっけ…? あ…ああ、甘いものを、もう少しだけ甘くできるスキルでしたわね」
「それそれ! 明日のお昼前にカフェで対決するから、キルホーマンさんと一緒に来てくれよな!」
「わ…わかりましたから、早くお行きなさいな! いつまでそこにいるつもりですの…?」
「ごめんごめん、じゃあ、よろしく頼むよ!」
「…行ったみたいですわね…。よ…よかったですわ…。化粧を落とす前で…」
「さあさあ! 近くの者は目にもみてくれ! 遠くの者は耳にもきいてくれよ! 間もなく対決が始まるよ!」
「なんだか、騒がしいですわね。あれ、店主とゴブおじの対決ですかしら?」
「確かに、少々やりすぎな感はありますが、この街の方々はイベント事がお好きなのでしょうね。カフェに…人だかりができていますね」
「あの呼び込みの方も店員なのかしら…」
「服装からすると、有志の街人のようですね。対決と聞きつけて、勝手に呼び込みをやっているのでしょう」
「…これだけの騒ぎにしてしまって、ゴブおじ、これで負けてしまったら、どうするつもりなのかしら…」
「さあ、我々も行きましょう。応援をしなければ。まあ、私は店主派ですけれどね」
「キルホーマン…あなた、意外と白状ですわね…」
「おや? そうですか? 私は、常に多数派です」
「出来上がったドーナッツのおいしさを、あなたのスキルで数値化して、どちらが勝つかを確認するのはおやめになってくださいまして?」
「ふふ。そんな野暮な事はしませんよ。さ、行きましょう」
「ゴブおじ…緊張している様子ですわね。あなたに緊張は似合わないですわ」
「方や、店主は自信あり気ですね。当然でしょう。それぞれに作業テーブルがあてがわれていますね。材料に、用具に、揚げ物用の鍋ですか」
「あ、ゴブおじがあたくしたちに気づいたみたいですわ。ゴブおじ! 頑張るんですのよ!」
「おっと。お嬢様はラガヴーリンさん派でしたね」
「さあさあ! いよいよ開始するよ! この街自慢のドーナッツ作りの名手である店主に、カフェで一番できの悪いラガヴーリンが挑戦だ!」
「おい! このラガヴーリン! ダメ従業員! てめえ、負けたらどうなるか、わかってるんだろうな」
「望むところだよ! このマヌケ店主! あんたこそ、わかってるんだろうな。負けた方が、この街を出て行くんだからな!」
「な、なんですって!? そんな約束してしまって大丈夫ですの?」
「さすがに売り言葉に買い言葉でしょう。本当に店主がドーナッツ作りの名手であれば、万一負ける可能性を考えて街の人々が止めるでしょうからね」
「あっ! 始まりましたわ。まずは小麦粉をこねる工程からですのね」
「ラガヴーリンさんもお上手ですね。カフェではドーナッツを作った事がない、と言っていましたが、初心者の手つきではない」
「てめえ、ラガヴーリン! なかなかやるじゃねえか」
「へん! オレには、昔パン屋で働いていた経験があるんだよ! 見てろよ、まだまだここからさ。オレの手は他の人よりも体温が高いから、バターとの混ざりがいいし、発酵だって早く進むんだぜ!」
「二人とも順調にドーナッツの生地をこねていく! おおっ! ほぼ同時に作り終わりました! さあ、生地を発酵させている時間を使って火起こしと粉砂糖作りだ!」
「あの呼び込みの方、司会の進行もお上手ですわね…。特殊スキルかしら…」
「いえいえ、あれはただの物好きで練習量が多いのでしょう。でなければ、この街の見世物では大抵ああいう方が口上を述べられるのでしょうね」
「そう…。なんだか落ち着かないですわ」
「一生懸命、盛り上げようとしてくださっているんですよ」
「火は、カフェの竈から種火を持ってきたみたいですわね。開始前から火を起こしておけばよろしいですのに、段取りが悪いですわ」
「油の温度をできるだけ正確に調整するためでしょう。ほら、火がくべられましたよ」
「二人とも手際がよろしいですわ…。ゴブおじ、なかなかやりますわね」
「自信は伊達ではなかったという事でしょうね。店主の旗色が悪くなってきました」
「ねえ、あたくしたちも、この勝負で賭けをしませんこと?」
「賭け…ですか。いいですけれど、何をお賭けになるおつもりですか?」
「もし、あたくしが勝ったら、あなたの特殊スキルをあたくしの為に一度だけ使わせてくださらない?」
「ええ、いいですとも。では、私が勝ったら?」
「あたくしの特殊スキルを、キルホーマンの為に一度だけ使ってさしあげましてよ」
「ほう、大した自信ですね、お嬢様。そんなにもラガヴーリンさんの事を気に入られたのですか?」
「まさか、ですわ。だって、あのゴブおじには『甘いものを、さらに少しだけ甘くする』スキルという奥の手が、まだ残っているんですもの」
「あの、とてつもなく微妙なスキルに、お嬢様は全幅の信頼を置かれているのですね…」
「さあ! 発酵した生地が伸ばし終わりましたよ! これから型でくりぬいて、いよいよ揚げの工程だ! 早く食べたい!」
「このドジ店主! 降参する準備はできているのかよ!」
「うるせえラガヴーリン! クソ従業員! てめえ、黙ってろい!」
「あ、二人とも揚げ始めましたわ!」
「いい匂いがしてきましたね。私たちも、ありつけるとよいのですが」
「そう言えば、勝負の審査は誰がするんですの?」
「たしかに、審査員の姿はありませんね…。でも、誰かが食べて公平に判断を下す事になるでしょう」
「おおっ! 二人とも最終段階です。揚げたてのドーナッツに粉砂糖をふるっています! これは美味しそうだ! さあ、審査は見物人の中から何人か前に出て来て貰って、食べて判断してもらいます。我こそは! 食べてみたい! という方は、どうぞお手を上げてくださいよ!」
「い…いよいよですわ…」
「これは、私たちも審査に参加せねばなりませんね。手をあげましょうか」
「わ、わかりましたわ。は、はい! あたくしたちも審査に参加したくってよ!」
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