第2話:ゴ、ゴブリンと旅を共にするつもりはなくってよ!(その1)

「ようやく街に着きましたわね…。もうクタクタですわ…」

「お嬢様にしてはよく頑張りましたね」

「今夜こそ、ちゃんとしたベッドでぐっすり眠りたいものですわ…。辛気臭い田舎の村は、当分遠慮したくってよ」

「そうですか? 私は詫びた村の宿も、親切な村人たちも大変気に入りましたけれど。野宿も覚悟していましたから、ちゃんとした食事と宿があっただけ、幸運と思いませんと」

「とにかく、村では体を拭くだけでしたから、ちゃんとお風呂に入りたいですし、髪の毛だって手入れしたいですわね」

「まずは街のカフェでこれからの計画を立てましょうか。この街の事も詳しく知りたいし、次に向かうべき場所の情報収集が必要です」

「カフェ!? 賛成ですわ! 何か甘い物でも食べて疲れを癒したいですもの」

「あのカフェがよさそうです。盛況そうですし、なによりも客の満足度が高い」

「客の満足度…? キルホーマン、あなたもしや、パラメータの特殊スキルで…」

「ええ、客の満足度を数値化して確認しました」

「な…なんて便利な特殊スキルなのかしら…」

「おやおや、私からすれば、お嬢様の特殊スキルの方がロマンチックで素敵だと思いますけれどね」

「口を慎みなさいな。あたくしは、特殊スキルを封印しているのですから…。お忘れになったのではないでしょうね…。なんで、あたくしがお父様に勘当されてしまったのかを…」

「これは失礼しました。でも、私はそろそろ、お嬢様がその事を気に病むのをやめて頂きたいと思っているのですよ」

「男の娘に転生できたら、忘れられるかもしれませんわね」

「なるほど…お嬢様も会話における感情の機微という物が段々とおわかりになられてきたようだ」

「ふんっ! ですわ。いつまでも子ども扱いしないで頂きたいですわね」

「ふふ。そうでしたね、お嬢様はもう、18歳でしたものね」



「ちょうど、あのテラスのテーブル席が空きそうですよ。木漏れ陽が心地よさそうじゃないですか」

「こら! てめえラガヴーリン! また注文間違えやがったのか!」

「なんだよ、このクソ店主! あんたがオレのオーダーを聞き間違えたんだろ!」

「なんだと、この野郎! てめえが早口で活舌が悪いのがいけねえんだろうがよ!」

(おっと。店主と店員が喧嘩を始めてしまったようですね…。頃合いが悪かったようです)

(このお店、本当に客の満足度が高いのか疑問ですわ。落ち着いてお茶も飲めそうにありませんもの)

(常連客の様子を見ると、全く動じていませんね…。この喧嘩、日常の風景なのかもしれませんよ)

「おら! 新規のお客様だよ! 案内してこいや!」

「言われなくてもわかってるよ! あんたのクソ不味いドーナッツだけは絶対におすすめしないからな!」

「よかった、店員さんがこちらに気づいて下さったみたいですよ」

「はいはい、いらっしゃいませ、お待たせいたしました」

「きゃあ! ゴブリンですわ!」

「お嬢様、落ち着いてください。こちらは、さきほどのカフェの店員さんですよ」

「て…店員さん…?」

「失敬だなあ。オレはラガヴーリンっていうんだ。どうせブ男だけど、これでも人間なんだぜ」

「ラガヴーリン…。名前までゴブリンみたいですわね…」

「そんな事を言われるのはショックだよ、と言いたいところなんだけれど、初対面の人はオレの事を皆ゴブリンと勘違いするんだ。もう慣れっこだから、気にしないでいいよ」

「あ…あなた、先ほど店主と大声で喧嘩なさっていた方ですの?」

「聞いてくれていたのかい? あのバカ店主ときたら、いっつもオレの仕事の粗探しをしては、ああやって怒鳴りつけてくるんだよ。年いってるから頭の方がボケて来ているに違いないね。あんたたちもそう思うだろ?」

「私たちは、今日この街にたどり着いたばかりの旅の魔法使いですから…。軽率にどちらかの肩を持つ事は控えさせていただければと思いますよ」

「ちぇ! でも、そうだよね。まあいいや。で? ご注文は? どうします?」

「ドーナッツは…おすすめではなさそうですわね…」

「ドーナッツ! いや、本当はそれが一番のおすすめなのさ。でも、あの店主が作るドーナッツは駄作ばかりだから全くおすすめできない。オレが作らなきゃ。ところが、あのダメ店主ときたら、まだオレに作らせてくれないのさ。オレだって…こんな不細工なオレにも、たったひとつ与えられた特殊スキルを使って、世界で一番おいしいドーナッツを作れるっていうのに…」

「あ…あなたの特殊スキルって、何ですの?」

「ありがとう、よくぞ訊いてくれました。オレの特殊スキルは『甘い物を、さらに少しだけ甘くする事ができる』スキルなんだ」

「甘い物を…? なんだか、とてつもなく微妙なスキルですわね…」

「いえいえお嬢様、微妙かどうかはわかりませんが、相当にめずらしいスキルであることは間違いないと思いますよ」

「おっ! あんた、話が分かるねえ。食べてもらいたいねえ~。オレが揚げたドーナッツ」

「なんだか話が長くなりそうですから、とりあえず紅茶を頂けるかしら?」

「紅茶ね。オーケー! あんたは?」

「では、私はこの『地下から汲み出した炭酸水』を頂戴しましょうか」

「ナイスチョイス。炭酸水はなかなか飲めるところがないからね。では、しばらくお待ちください」

「行ってしまいましたわ…。騒がしいけれど、悪い人ではなさそうですわね」

「私たちのオーダーで、また喧嘩にならなければいいですけれどね。でも確かに、彼の人当たりの良さが、このカフェの満足度に一役買っているのは、間違いないでしょう。あの感じですと、彼と店主の関係は私たちが想像する以上に長い間、あの状態と推察します」

「わからないですわ…世間の人間関係…」

「まあまあ、そんな事に頭を悩ませても建設的な結論は出てこないでしょう。それよりも、これからの話をしませんと」

「そうですわね。まだ、その『南のお告げ所』がここからどのくらい遠いのかもわからないのですものね」

「ルイーダさんの酒場の様な、各地からやってきた人が集まる場所に足を運んで聞き込みをするのが早道でしょうね。この街の規模からすると、あまり多くの情報は期待できないかもしれませんが…」

「どんな切り口から情報を集めるんですの? 向かう方向は南であることには変わりはありませんですわよね」

「そうですね。『南のお告げ所』と『転生スキルを持った能力者』の2つの観点から話を訊くのがよさそうですね。とはいえ、ある意味どちらも漠然とした言葉ですから、偽物の情報に惑わされないように注意が必要になりそうです。もし直接的な情報が得られなかったとしても、ここからさらに南の村や街の場所を教えて貰う事ができれば、旅を進めていけるでしょう」

「は~い! お待たせしました~!」

「おや、先ほどの店員さんが駆け足でやってきますよ」

「怒鳴り声が聞こえてこなかったのは、幸いでしたわ…」

「はい! こちら、炭酸水ね。ほら、シュワシュワしてるでしょ?」

「これは、どうも」

「そしてこちらが、紅茶ね~…ああっ!」

「きゃあ! な、なんですの!?」

「お嬢様、早く席をお立ちになって! こちらのハンカチをお使い下さい」

「あ…熱いですわ…」

「ご…ごめんよ! 手が滑って紅茶をこぼしちゃったい。や…火傷はなかったかい?」

「ああ~…もう、服がぐしょぐしょですわ…。まったく、何てことをしてくれやがりましたの!? このゴブリンおじさん! 略してゴブおじ!」

「お嬢様、さすがにそれは失礼ですよ…」

「おい! ラガヴーリン! てめえお客様に何しやがった!」

「いけね! 店主が気づいて来ちまったよ…」

「こら! ぼさっとしてねえで、さっさと手拭い持ってこい!」

「わ、わかりました…」

「お、お客様、本当に申し訳ございませんでした。うちのバカ店員がご迷惑をおかけしまして。お怪我はありませんでしたか…?」

「だ…大丈夫ですわ…。少し、びっくりしただけですわ…」

「ああ、でも、お衣装がこんなに濡れてしまって…。今日はこちらの街に逗留されるご予定ですか? でしたら、すぐに宿を手配しますので、そちらでお着換えをなさってください。その間に、わたくしどもの方でお衣装を洗濯屋に出しておきますので。ええ、もちろん、お代はこちらで持たせて頂きます」

「店主さん、誰にも失敗はある事ですから、そこまでしていただくのは無遠慮というものです。お代はこちらでお支払いしますので、宿と洗濯屋の手配だけお願いできますか?」

「アホ店主! 手拭いを大量にもってきました」

「バカ! お前が拭くんだよ。宿代も洗濯代もてめえの給料から差っ引くからな!」

「な、なんだって?」

「ったりめえだろうがよ。この後すぐ、一番いい宿を手配してお客様をご案内しろよ!」

「わ…わかりましたよ…」

「さあ、お客様、こちらの手拭いをとりあえずお使いください」

「あ…ありがとうですわ。なんだか騒がしい事になってしまいましたわね…」

「やれやれ。とにかく私は、せっかくですからこの炭酸水を頂いてから移動する事にしますか」

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