第1話:あたくし、男の娘になりたいんですの!(その2)
「ねえ、キルホーマン。あたくしたち、どこに向かっているんですの?」
「酒場ですよ。他の街の情報も収集できますし、求人も確認できますから、どんなスキルを持った人がいるかを調べるには最適でしょう」
「…なるほどですわ…。でも、キルホーマンのその似合わないローブ姿は何ですの?」
「おや? 似合いませんか? 気に入っているんですけれどね。こうやって魔法使いみたいな恰好をした方が、特殊スキルの情報を集めやすいかと思いましてね」
「旅をしながら仲間を集めている魔法使い、という事ですわね…。だから、あたくしもこんな、いかにも魔法使いな帽子をかぶらされたってことですわね…」
「ふふ…。よくお似合いですよ」
「それで、あてはあるんですの?」
「まずは、酒場の店主に客について話を訊きましょう。その手の特殊スキルを持った常連を知っているかもしれないですしね。この街はギルドも多いですから、その手のギルドを紹介してもらえる可能性もあるでしょう?」
「性別を入れ替える特殊スキルを持った人物…?」
「ええ、探しているんです」
「性別ねえ…。情報が欲しいなら、まず先にすることがあるんじゃないのかい」
「これは失礼、ルイーダさん。では、果実酒を2つ頂きましょうか」
「2つ? ああ、グラスの数ね。うちはボトル単位でしか商売してないから」
(ねえキルホーマン、このオバサン、本当に店主なんですの? 随分と高飛車ですわね…)
(酒場の女店主ですから、このくらい肝が据わっている必要があるのでしょうね。厚化粧に気だるい色気、嫌いじゃありませんよ)
「はいよ、グラスとボトル。赤でよかった? まだ若いけど渋くて美味しいよ」
「ええ、赤で結構です」
「で…性別を入れ替えるスキルだったね…。何に使いたいんだか知らないけれど…求人票を見るからちょっと待ってね」
(求人票を見ると何か解るんですの?)
(職を探している人は、自分の経歴や強み、スキルなんかを登録しますからね)
「性別…性別…。う~ん、性別を変えるなんてスキルを持った人は見あたらないねえ」
「そういったスキルに詳しそうな人物を教えて頂けるだけでもいいんですが…」
「そうねえ…。なら、あそこのテーブルに座っている黒いローブ姿の男に声をかけてみるんだね。占いのギルドの上層部だから、そういう変わったスキルについて知ってるかもしれないよ」
「彼が今、お飲みになっているのは?」
「ビールだね。ひとつ持っていくかい?」
「ご親切にありがとうございます。お代はこれで。助かりましたよ、ルイーダさん」
「どうも。まあ、あたしはルイーダって名前じゃないけどね」
「ご合席、よろしいですかな? お代わりをご馳走しますよ」
「これはこれは、かたじけないですな。どうぞどうぞ」
(ねえ、随分と怪しい男ではなくって?)
(しっ、聞こえてしまいますよ。相手がどんなスキルを持っているか解らない事を常に考慮して行動してくださいね。もちろん、何もスキルがない場合も多いですが…)
(わ、わかってるわよ…)
「お二人は…旅の魔法使いですかな? それとも占い師のご一行かな?」
「まあ、そんなところですね。アイラさんも果実酒をどうぞ」
(あたくし、お酒は…)
(お嬢様はもう成人されているから大丈夫でしょう? ご無理でしたら唇を濡らすだけでもなさってくださいね)
「それで、声をかけて下さったのは? 何か御用があるのでは?」
「これはこれは。話が早くて助かります。実は、ルイーダさんにお悩み相談をしたところ、あなたをお勧めされましてね」
「お悩み相談…ですか。伺いましょう」
「私たちは旅の魔法使いなのですけれどね、こちらのアイラですが、旅を続けるにあたって女性のままだと何かと不都合がありまして…。一時的にでも、男性化できるとありがたいのですが、何か秘策をご存じないかと思いましてね」
「おお、それなら、我々のギルドにご招待しますよ。あなたがたは運がいい。まさに、そのスキルを持った者が在籍しております」
「ええ? いきなり!?」
「ただ…色々と触媒が必要となります。その準備を整えてからになりますが」
「触媒…? なんですの? それは」
「男性の肉体を司るものです。なあに、難しい物はありませんよ。たとえばソーセージとか、そういう類です」
「そ、ソーセージ…。なるほどですわ」
「では、我々は準備がありますので、ひと足お先に失礼します。夕方になったら、ギルドまでお越しください」
「キルホーマぁん…あ、あたまが…クラクラしますわ…」
「困ったお嬢様だ。無理をなさらないように申し上げたでしょう?」
「だって…美味しかったんですもの」
「ボトル1本は我々には過ぎた量でしたね。空酒なのもいけませんでした。今後は気を付けて下さいね」
「うう…自分のアルコールの限界量が知れたのは収穫でしたわね」
「そのプラス思考、嫌いじゃありませんよ。さあ、夕方までに、どこかで食事をしましょう」
「それにしても、あたくしが男の娘になりたいと言った事、もっと反対すると思いましたのに」
「おや? そうですか。お嬢様のワガママに、私が反対した事がありましたっけ?」
「あなたはもっと賢い方だと思っていましたけれど、どうやら間違っていたみたいですわね」
「これはこれは。お嬢様も手厳しい事をおっしゃるようになりましたね。ただ、いいのですか? そんな、チヤホヤされたいという目的で、ご自分の体を変えてしまうなんて」
「…まあ、あなたが思っている以上に、あたくしにとっては深刻な問題である、とだけ言っておきますわ」
「なるほど。これは失敬。では、これ以上何も言いますまい」
「それに、男性化ができるのなら、元の女性に戻す事だって可能なのではなくって?」
「そうだといいですけれどね…。まあ、あの黒ローブの男性をここはひとつ信頼してみましょうか」
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