序章 チーズタルト

「はぁ、ひどい目にあったな」

「あはは、まさか雪奈ちゃんたちに会うなんてね」

「ホントだよ……」

「まあ、気を取り直して、次はどこに行くの?」

「ああ、一緒に買い物でもしようかなと思って」

「うん、何か欲しいものでも?」

「まあ、俺じゃなくて陽葵が行きたいかなって思って」

「陽葵?」

「雪奈の誕生日って確かもうすぐだろ?だから行きたいんじゃないかって」

「まあ、買おうとは思ってたけど‥‥‥いいの?」

「ああ、そのために新潟駅に戻ってきたわけだし」

「うん!一緒に選ぼう」

「いや、俺は――」

 

いいからいいからと陽葵は新太の手を引く。

今、新太たちは万代に買い物に来て、二人で雪奈の誕生日プレゼントを選んでいた。

 

「どんなものが良いんだろうな、あんまり高いのも困るだろうし」

「そうだね、でも新太君が選んだものならきっとなんでも喜ぶよ」

「ホントか?それ」

 

あいつが喜ぶところが全く想像できない。

 

「そうだよ」

 

陽葵はそう言いきる。

一通り店を見て回り、新太たちは雪奈の好きなキャラクターがいるというドルニーショップに立ち寄った。ドルニーショップとは、ドルニーランドというのテーマパークのキャラクターグッズを販売している店だ。

 

「ねぇ、見て新太君!ティップがいっぱいだよ」

「へぇー、初めて来たけど凄いな」

 

ちなみに陽葵はティップとセールのティップが好きらしい。――いや、セールは?

 

「雪奈はスウィッチが好きなんだっけ?」

「うん、そうだよ」

「うーん、スウィッチかー」

 

女子が喜ぶプレゼントとは何だろうか。

身に着ける系は、好みが分かれるだろうしな。

新太はスウィッチが描かれたマグカップを手に取る。

マグカップならもらっても使えるし、既に使っているものがあってもペン立てに使えるから困らないだろう。

 

「なあ陽葵、これなんてどう思う?」

「マグカップかぁ、うん、良いと思う!」

「そっか、じゃあ俺はこれにしようかな‥‥‥って俺買う必要なくない?」

 

ナチュラルに買いそうだったけど、今。

 

「まだそんなこと言ってるの?駄目だよ、せっかく一緒に買いに来てるのに」

「わ、分かったよ」

 

新太は渋々購入を決断する。

 

「陽葵は買うの決まったのか?」

「うん、これにする」


陽葵は、スウィッチの柄があてがわれたエプロンを抱えていた。


「良いと思うよ。それじゃ行こうか」


陽葵のレジが終わり、新太たちは店を後にした。

 


「とりあえず、カフェで休憩でもするか」 

「そうだね、ちょっと歩き疲れたね」

 

新太と陽葵は近くのカフェで休憩することにした。

 

「いらっしゃいませ」

「バニラノンファットチョコレートソースミックスフローズンミルクアンドホイップマックスコーヒークリームフラペチーノのトール一つとあとチーズタルト一つ‥‥‥新太君は?」

 

え?バニラなんだって?この手の店に行かな過ぎて全部呪文のように見える。

ていうか、なんでフラペチーノだけでこんなにメニューあるの?水フラペチーノとかあるだろもはや。

 

「カ、カフェラテで……」

「サイズの方はいかがしますか?」

「え、えーとグ、グランデ?で」

「かしこまりました。右にずれて少々お待ちください」

 

やっと終わった。やれやれ注文するだけで一苦労だ。

 

「新太君、頑張ってたね。ふふっ」

「おい、笑うなよ」

 

注文した品が来て、新太たちは席に着いた。

 

「そういえば、そろそろ体育祭の役割決めだけど、新太君は幹部やらないの?」

「え、俺?」


応援団幹部。それは、体育祭の軍団の中でも中心となる、いわばリーダー的な存在だった。

新太は自分がやるとは考えていなかったため、陽葵の提案に面食らってしまった。


「うん、新太君が応援してるところ見たいな」

「いや、俺はいいかな。面倒そうだし」

「えー、かっこいいと思うよ」

 

カッコいいといわれて悪い気はしないが……。

 

「不服そうだな‥‥‥、陽葵はなにかやりたいのがあるのか?」

「……うん。本当はね幹部とかやってみたいんだけどね」

「良いじゃん、陽葵なら立候補しても選ばれると思うぞ?」

「んー、でも、向いてないんだよね。私」

 

えへへ、と陽葵が苦笑いする。

 

「そんなことはないと思うけどな。人の事をよく見てる陽葵ならさ」

「えへへ、そう?でも、まとめるのとかは苦手だな」

「そっか」

 

やりたいことをやることがターニングポイントの回避への近道だと思ったが、本人がそういうなら無理に進めることもない。

 

「なら実行委員とかどうだ?どっちかって言うと縁の下の力持ちって感じだし、まとめるのは幹部の仕事だしさ」

「確かにそうだね、じゃあ新太君が幹部やるなら陽葵もやろうかな」

「なんだそりゃ」

 

幹部か――。前回の体育祭では新太は何の役職にもついていなかった。

 

「まあ、考えておこうかな」

「ふふっ、楽しみだな。ん!新太君これ凄いおいしいよ、新太君も食べてみなよ。ほら」

 

そう言って、陽葵は使っていたフォークにチーズタルトを一切れ刺してこちらに向けてくる。これはもしや「あーん」ってやつでは?

 

「ほら、早くしないと落ちちゃうよ?」

「いや、ちょっとその、さすがに恥ずかしいんですが……」

 

肝心の新太はチキってしまった。

(おい彼氏、チキるなよ)

店内の心が一つとなった。

陽葵がハッとなって動揺する。だがしかし、その手を引っ込める事はなかった。

 

「い、いいからほら、あーん」

 

新太は周りの視線が刺さるのを感じて抵抗することを諦めた。

 

「……あ、あーん」

「ど、どうですか?」

「……甘い、かな」

「そっちの感想もそうだけど‥‥‥」

「う、嬉しかったです‥‥‥なあ、もういいか?」

「ふふ、へぇ~、そっかぁ」


いたずらにクスリと陽葵は微笑みを浮かべる。確かにその顔は可愛らしいのだが……

 

「いや、その陽葵さん?言いにくいんだけどそろそろ‥‥‥」

 

新太はそれとなく周囲を見回す。それに合わして陽葵が辺りを見回す。

一見普通にカフェを楽しんでいるように見える。が、それは虚像。陽葵が前を向いた瞬間、新太に矢のような視線が突きつけられる。

もはや、結託して新太を殺しにかかるかのような形相だ。

殺気漏れてるよ?そして、なぜ陽葵は気づかない?


「アハハ、じゃあそろそろいこっか」


新太は陽葵を急かそうとする。


「まだ、残ってるよ?どうしたの急に」

「いや、そろそろ俺の命が‥‥‥ね?」

「新太君はカフェで何に命を狙われてるの?」

「まあ、うん、ナルベクハヤクネ?」


――俺が死ぬ前に早くね?



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